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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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岩礁の歌姫たち

79話


 ガーシュは側近に商談を任せた後、再び席に戻ってきた。
「待たせてすまないな。だがあれは、なかなか面白い手土産だ」
「いや、そういうつもりではなかったんだが」
 俺はどちらかというと反省しているのだが、ガーシュは感心したように俺を見つめている。
「お前、食べたこともない料理にあれが合うと、よく見抜いたな」
「何にでも合うからな、あれは」
「ふーむ」
 ガーシュは腕組みをして唸る。


「どうやら魔族というのは、俺が思っているほど野蛮な連中じゃなさそうだ。ちょっと誤解していたみたいだな。詫びておくぜ」
 魔族が野蛮なのは間違いないんだが、そう言ってもらえるのならそういうことにしておこう。
「未開の地で暮らしていたのは事実だから、気にしないでくれ。ただできれば今後は、人間たちと繁栄を分かち合いながら暮らしていきたい」
 俺がそう答えると、ガーシュは小さくうなずいた。


「それなら別に、魔王軍と事を構える理由もねえ。北部のクソ野郎どもと組むより面白そうだ。ただし、その言葉が本当ならな」
 最後の部分は、かなり重みを感じさせる言い方だった。
 ガーシュはまだ、俺たちが海上で何かやらかしていないか疑っているようだ。
 無理もないか、俺たち魔族だからな。
 これはますます、人魚族と相談してみる必要がありそうだ。


 するとパーカーが思案するような口調で、こう話す。
「僕は魔王様の命で長い間、人魚族との交渉を続けていた。しかしその間には、彼らに不審な動きはなかったんだ。地図はあるかな?」
「ああ、ちょっと待ってな」
 ちょうど壁にベルーザの地図が飾ってあったので、パーカーがそれを借りて指で示す。ベルーザの南西の沖合だ。
「このへんかな? ここは潮の流れが緩やかなところでね。ちょっとした岩礁や小島もあるし、人魚たちが大勢いるんだ」
「んん?」


 ガーシュが妙な顔をした。
「そこは航路から外れてる。なんせ岩礁があるからな。東のロッツォに向かう船が行方不明になってるんだ」
「じゃあ人魚は関係ないんじゃないかな? 彼らは人間の船を警戒しているから、航路には寄りつかないと思うよ」
 パーカーは肩をすくめてみせた。
 ガーシュは考え込んでいる。
「ふむ……おい、ヴァイトとか言ったな。この男の言うことは、どれぐらい信用できるんだ」
 全く信用できません。


 と言いたいところだが、パーカーがあやふやな情報を適当に持ち出しているようには見えない。
 仕方ないのでフォローしとくか。
「パーカーは、俺と魔王様が最も信頼する将の一人だ。彼は自分で調べ、確認できたことしか報告しない」
 パーカーがニヤニヤ笑っているのがちらりと見えたが、認めざるを得ないのが悔しいところだ。
「とにかく一度、俺も人魚族に会ってくる。もし彼らに不穏な動きがあれば説得するし、それが通じないようなら魔王軍はベルーザに協力しよう」
 たぶん誤解だと思うんだけどな。


 ガーシュは俺の言葉にうなずくと、カウンターから蜂蜜酒の大瓶を持ってきた。
「飲め」
「なんでだ?」
 するとガーシュはニッと笑った。
「今日の交渉はもう終わりだ。歓迎の宴をするから、酒が苦手でなければ飲め」
「ほう」
 俺は酒瓶を受け取りながら、笑い返す。
「肴はまだあるんだろうな?」
「おう、たらふく食わせてやる」
 どうやら今日はタダ飯食い放題らしいぞ。
 ではしっかりと歓待されておくとしよう。


 翌日、俺はパーカーと共にベルーザ郊外の砂浜にやってきた。入り江の外にある浜だ。
「じゃあ人魚に会いに行こうか」
 釣り船程度の小さな手漕ぎボートに乗って、パーカーが振り返った。
「そいつで行くのか?」
「ここの海は穏やかだし、僕は飲まず食わずでも平気だからね。潮の流れに乗って、三日ほど漂流すればすぐだよ」
 カラカラと笑うパーカーに、俺は念のために質問する。
「その間、俺はどうすればいいんだ」
「おっと、そいつを忘れていたね! じゃあこうしよう」
 俺が言い出すのを待っていたかのように、パーカーは虚空に印を切った。


「暗きゲヴェナの門より来たれ、我が友よ」
 ぞっとするぐらい、冷たい声だった。
 周囲の魔力が空間ごと歪み、暗く沈んでいくのを感じる。
 空間の歪みがいくつも発生して、そこからゆっくりと骸骨が姿を現した。ボロボロに朽ちているが、船乗りの服装をしている。
 現れた骸骨は四体。
 パーカーは普段の口調が嘘のように、低く暗い声で告げた。
「勇敢な船乗りたちよ、休んでいる暇はないぞ。さあ、船を漕ぐんだ」
 骸骨たちは無言で船に乗り、慣れた動作でオールを手に取る。
 そしてゆっくりと漕ぎ始めた。
 俺は船に飛び乗り、この陰惨このうえない船出を見つめる。


 パーカーの死霊術の最大の特徴は、冥府の門を開いて死者を直接召喚できる点にある。いちいち自作しなくてもいいから、手っ取り早い。いわばアンデッドのレンタルだ。
 ただし召喚した場所によって、アンデッドの形状や能力が違う。ここは海辺だから、漁師や船乗りの骸骨が出てくる。遠い昔に、この辺りで死んだ連中だ。


 黙々と船を漕ぐ骸骨たちを見て、俺はふとパーカーに問う。
「こいつらには感情や知性はないのか?」
「意志疎通は一方通行だからわからないな。だけどおそらく彼らに残っているのは、在りし日への未練だけさ」
 パーカーはぽつりと答え、そしてこう続けた。
「僕も彼らとそんなに差がある訳じゃない。だから呼び出せるんだよ」
 それっきり俺たちは黙り込み、骸骨たちが漕ぐ船で沖合へと向かう。


 しばらくすると、俺は妙な違和感を覚える。
 周囲に漂う魔力に、波紋のようなものが広がっている。魔力の波だ。
 人魚族は魔法を使う。それも精神支配の魔法だ。
 なんとなくだが、帰りたい気分にさせられる。リューンハイトやグルンシュタット城、人狼の隠れ里が懐かしい。
「近いな」
「わかるかい?」
「ああ、音は聞こえないが魔力の波動を感じる。これ、精神支配魔法だろ」
「うん。これは人魚たちの『こないで』の歌だね」
 人魚は歌によって他者を惹き寄せたり、逆に遠ざけたりするのだと、パーカーは言った。


「まあ僕には無意味だし、君にも大して効きはしないだろうけどね。人間なら十分だと思うよ」
 この船の漕ぎ手たちは骸骨だから、もちろん効きはしない。
「歌の中心に向かって漕げば、勝手に着くって寸法さ」
「なるほどな」
 俺は故郷を懐かしむ気持ちをぐっと抑え、そのまま船の行き先をじっと見守ることにした。


 それからしばらく経って陸地が完全に見えなくなった頃、小舟は岩礁だらけの海域に差し掛かった。
 やがて船の周囲に、ちゃぷんちゃぷんといくつもの波紋が広がる。海面からにゅっと出てきたのは、半裸の美しい女性たちだ。
 人魚たちだろう。俺も見るのは初めてだ。意外にも、みんな好意的な笑顔を浮かべている。
 パーカーが帽子を脱いで、彼女たちに一礼する。
「お久しぶり、みんな元気かな?」
 すると人魚たちは透き通るような涼やかな声で、口々にこう返した。
「ええ、おかげさまで」
「パーカーさん、そちらの殿方は?」
「あら、精悍で素敵ね」
 他の乗員はみんな骸骨だから、俺は美女たちの視線を独り占めだ。
 ちょっと照れくさい。


 俺は彼女たちに挨拶をする。
「はじめまして。俺は魔王ゴモヴィロア様の副官、ヴァイトだ」
「まあ、あなたがパーカーさんの言っていた!?」
 なんだ、その驚き方は。
 人魚たちは一斉に俺の周囲に集まってきて、まじまじと俺を見つめる。
 俺はパーカーの頭蓋骨をつかむと、ちょっと確認しておくことにする。
「あんた、俺のことをどう話したんだ?」
「い、いや、僕の弟だと……」
「弟弟子だろ。他には?」
 船底に崩れ落ちて、ただの骸骨のふりをするパーカー。
「おい、なんか言えよ」


 すると人魚たちがクスクス笑いながら、こう教えてくれた。
「パーカーさんったら、ヴァイトさんの自慢ばかりしてたんですよ。魔王軍には優秀な人材が大勢いるけど、中でも一番なのが僕の弟だって」
「ヴァイトさん、人の心がわかるんですってね。だから魔族なのに、人間からも慕われているんだとか」
 彼女たちの表情からは、嘘やお世辞を言っているようには思えない。


 俺がパーカーの顔をじっと見ると、ヤツは恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「いやあ、まさか弟自慢がバレてしまうとは思わなかったよ……」
「もしかしてあんた、出かける先々で俺のこと言いふらして回ってるのか?」
 するとパーカーは早口でまくしたてる。
「べ、別に君の話だけしてる訳じゃない。ゴモヴィロア門下の仲間たちは、僕にとってかけがえのない宝物だからね。僕にはもう家族もいないし、そりゃどうしても仲間の話になるさ。いいだろ、これぐらいは」
 柄にもなく照れてるぞ、こいつ。
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