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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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塩の隊商(後編)

76話


 その日の夜は野営になった。
 街道には、あちこちに野営向きの広場が設けられている。キャンプ場みたいなものだ。
 そのひとつに荷馬車を円形に停め、外敵の侵入を防ぐ簡単なバリケードにする。盗賊や猛獣への対策だ。


 盗賊に火矢でも撃ち込まれると厄介だが、盗賊の目的は積み荷だからそんなことはしない。周囲を荷馬車で囲っておけば、積み荷をこっそり盗まれる程度の被害で済む。
 盗む側もこっそり盗んでいくし、全部は盗まない。もちろん交易商たちを傷つけることもしない。
 やりすぎて交易路が途絶えてしまうと困るし、本格的な討伐隊が来ても困る。盗賊の知恵だ。


「このへんに出る盗賊は、都市や遊牧民からの追放者たちですからね。意外と交渉が通じますよ」
 そんなことをマオが教えてくれた。
「塩は必需品ですし通貨代わりにもなりますから、ちょっと渡してやればおとなしくなります」
 もちろん南部の盗賊に渡すのは海塩のほうだ。ここまで運んできた岩塩は渡せない。


「盗賊たちには縄張りがあって、この辺の盗賊には塩を一塊渡しておきました。今夜は安全でしょう」
 ああ、さっきうろちょろしてたむさ苦しい連中がそれか。
 こうしておけば、他の盗賊が襲ってこないように便宜を図ってくれるのだという。
「でも普段は護衛をつけてるんだろ?」
「もちろんです。『護衛と戦うぐらいなら、おとなしく塩をもらって帰るか』と思ってもらわないといけませんからね」


 そう答えるマオの腰帯にも、剣が差してある。
「使えるのか、それ」
「嗜み程度ですが、交易商組合で教えてもらいました。一度も人を斬ったことはありません」
 なぜか得意げなマオ。
「剣ではなく交渉で危機を切り抜けてきたというのが、私の自負です」
 なるほど、商人の誇りか。


 今回の隊商の護衛は魔王軍が責任を持つことになっているので、俺は人狼隊の八人に交代で見張りをするよう命じた。
「よければ僕が警備を担当しようか?」
 パーカーが殊勝なことを言い出すが、俺は首を横に振る。
「あんたの方法だと、人間たちが怖がる」
 死霊術師が何かするたびに、一般人は腰を抜かすからな。


 俺はガーニー兄弟が見張りに立つのを確認してから、たき火の前に陣取った。
 当然のように、パーカーが向かい側に座ってくる。
「おい、邪魔だ。寝ろ」
「やだなあ、もう永眠してるって!」
 今のは絶対に、俺が言うのを狙ってた感じだ。しかもこのネタ、もう四回ぐらい聞いたヤツだぞ。新作はないのか。
 パーカーは両手を広げた状態で俺を見ていたが、無言で手を下ろす。
「そろそろこのネタも苦しくなってきたね……新ネタ作るよ……」
「くだらない冗談言うのをやめてくれるほうが嬉しいんだが」


 実はこいつに、死霊術について質問したいことがあるのだ。
 しかし何となく言いだしづらい。
 リューンハイトに帰ってから、メレーネ先輩に聞いてみようかな。
 そんなことを思っていると、パーカーが俺の顔をじっと見ていた。
「聞きたいことがあるのなら、何でも聞いてくれよ。僕は君の兄弟子だ」
 どうやら俺の表情に出ていたらしい。こいつに隠し事はしづらいな……。
 またパーカーのペースになりつつあることを自覚しつつ、俺は兄弟子に質問する。
「師匠はこれから、どうなると思う?」


 それは俺にとって、とても重要な問題だった。
 今の魔王軍に、魔王ゴモヴィロアは不可欠の存在だ。先王様の志を受け継ぐ人物であり、強力な魔族でもある。
 その魔王がもし、今の状態でいられなくなってしまったら。
 それは魔王軍にとっても、俺にとっても、非常にまずい事態を招いてしまう。
 何より俺は、師匠を手にかけるようなことをしたくないのだ。


 パーカーはじっと黙っていたが、やがてこう言った。
「先生が開いた『最後の扉』の答えは、何だったんだい? 君はそれを知っているから、不安に思っているんだろう?」
「師匠は生と死は力の変化、『渦』だと言っていたよ」
「ふむ……」
 たき火に髑髏が照らされている。
 パーカーは首を横に振った。
「僕の開いた扉とは違うようだ。だから断言はできないが……きっと大丈夫なんじゃないかな?」
「いきなり無責任だな」


 俺はまたパーカーが悪ふざけを始めるのかと思ったが、そうではなかった。
 パーカーは明るい口調で、こんなことを言う。
「いや、そうじゃないんだ。僕は間違った『最後の扉』を開いてしまった。でも先生はそうじゃなさそうだ。だからちょっとだけ安心しているのさ」
「間違った扉?」
 こいつは不死身だし、お気楽そうにしているし、見るからに死霊術を極めた達人といった雰囲気だ。
 しかしパーカーは自嘲気味に呟く。


「僕が生前、病魔に冒されていたのは話したかな?」
「ああ。死霊術の研究をしてたのも、そのせいだろ?」
 症状を聞いた感じでは、どうもパーカーは結核か何かだったようだ。この世界では魔法で治療するしかないが、専門の治療術師でなければ無理だ。俺にも治療できない。
「死神の足音を聞きながら、僕は必死で研究に打ち込んだよ。生と死の秘密を解き明かし、死神から逃げ切ってやるつもりでね」


 そして余命が尽きたとき、パーカーは「最後の扉」を開いたのだという。
「僕にとって命とは、複雑に入り組んだパズル、『迷宮』だった。生きている間しか歩けない、そんな迷宮さ。そしてどこかに、生と死を超越する秘密の出口があると思ったんだ」
 なるほど、だから『迷宮』のパーカーなのか。
「で、そいつは見つかったんだろう?」
 そうでなければ、今ここに骸骨野郎がいるはずがない。
 しかしパーカーは首を横に振った。


「確かに僕は死を超越した。出口にたどり着いたとき、僕は死神を出し抜いたと思ったよ」
 たき火の炎が、下からパーカーの顔を照らす。
「でも扉の先には、何にもなかった。迷路の外には、生も死もなかった。空っぽだったんだ。果てしない虚無だけが広がっていた。嬉しくもないし、悲しくもなかった。感情の大半すら、色あせてしまったんだ」
「よくわからないな」
 こいつの表現は抽象的すぎて俺には理解できない。
 だいたい感情が色あせてる割にはテンション高くて鬱陶しいぞ。


 するとパーカーは頭を掻いて訂正した。
「僕の中のイメージをそのまま語っても、通じるはずがないね。そうだな……簡単に言えば、『なんか思ってたのと違う』ってところかな?」
「それ絶対、簡略化しすぎだろ?」
 それはそれで俺には伝わってこないぞ。
 パーカーは困ったように腕組みしてみせた。
「うーん、強化術師の君にわかるように説明するのは意外と難しいな。一見すると目的を達成できたように見えるかもしれないが、実は逆なんだ」


 パーカーは薪を拾って火にくべると、顔を上げて俺を見た。
「僕は生と死の神秘に近づこうとして、どんどん遠ざかっていた。そして最後は、生と死の神秘に永遠に届かない場所に置き去りにされてしまったのさ。わかるかな?」
「わからんな……」
 死霊術は哲学だから、門外漢には理解しづらい。
 俺にわかるのは、こいつが取り返しのつかない失敗をやらかしてしまったらしい、ということだけだ。
「まあとにかく、僕は失敗した。でも師匠は失敗しなかったみたいだ。だから安心! これでどうだい?」
「どうだいと言われても……」


 むしろ俺はパーカーのことが心配になってきたので、念のために質問しておく。
「それでその、あんたは大丈夫なのか?」
「うん? ああ、大丈夫だよ」
 パーカーは楽しげに骨をカラカラ鳴らしてみせた。
「魔王軍に入る前に、先王様に言われたのさ。『空っぽなら、何を置こうがおぬしの自由だ』ってね」
 またわかりづらいアドバイスが来たな。


「そのとき思ったんだ。そうだ、何をしようが自由なんだって! だからくだらないジョークを言おうが、生前の姿を幻術で再現しようが、気に入った弟弟子をオモチャにしようが、自由なんだ!」
「おい待て、最後のはなんだ」
 俺が詰め寄ると、パーカーは嬉しそうに悲鳴をあげた。
「いやあ、空っぽの余生っていうのも案外楽しいね! ハハハ!」
「ごまかしてないで、最後の件について釈明しろ」
「くだらないジョークばかり言うのも、他者と積極的に関わっていこうという前向きな姿勢の表れさ! それに残された感情を大事にしていきたいしね!」
「いい話っぽくまとめようとしても無駄だ」
 俺はパーカーの肩をつかんで揺さぶる。
 兄弟子の骨はカラカラと陽気な音を立てて、いつまでも笑っていた。
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