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ヴァイト教官の人間学概論

72話



 新魔王ゴモヴィロアは、即位と同時に北部戦線からの完全撤退を宣言。全戦力を南部に投入し、外交と防衛を強化する計画を打ち出した。

 これは御前会議で事前に決定していたことで、ただちに実行に移される。



 先王様が眠るグルンシュタット城は今後、新しい将兵たちの教育機関として活用されることになった。

 以前から新兵の教練はここで行われていたので、必要な設備は整っている。

 辺境各地から集まってきた魔族たちは、ここで隊列や行軍、武器の扱い方など、新兵としての基礎教育を受けることになる。いわば、魔族ユニットの生産拠点だ。

 俺も体力が回復するまでグルンシュタットに留まり、しばらく教官として魔王軍将兵の再教育を行うことになった。

 主に第二師団のだ。



 第二師団は解体され、今後は第三師団に統合される予定だ。

 彼らもいずれ、ミラルディア南部に来ることになる。南部ではまだ何もやらかしていないので、人間との付き合いも可能だろう。

 しかし今のままの粗野な振る舞いでは困るのだ。

 俺の仕事は、こいつらに人間との接し方を教えることだった。

 それにはまず、「強いヤツが偉い」という魔族の動物的な価値観を崩す必要がありそうだ。



「諸君はミラルディア北部戦線で、地獄のような戦場を経験した」

 グルンシュタット城の広間のひとつを教室にして、俺は居並ぶ巨人族や鬼族を見回す。机を前に着席している魔族たちは、なかなか壮観だ。

 第二師団は壊滅的打撃を受けたが、こうして生き残ったのは各種族の強者たちではない。

 むしろ、どちらかというと脆弱なイメージの連中ばかりだ。

 臆病、あるいは聡明な者ばかりが生き残ったのだ。



「諸君は第二師団の精鋭ではない。むしろ戦死した者たちの方が精鋭だ。それは諸君が一番わかっているだろう」

 うなだれる一同。やはり気弱だ。立て続けに経験した敗北のショックもあるだろうが、元から気弱な連中が多いらしい。

 だから俺は彼らを励ます。

「しかし諸君は逃げることを恐れなかった。人間の恐ろしさを理解し、逃げた。だから生き残ったのだ。今後はさらに人間について深く学ぶ必要がある」



 巨人や鬼たちが戸惑ったような顔をして、互いに顔を見合わせている。

「どういう意味だ?」

「わからん。ヴァイト教官の話、難しい」

「でも人間は怖かった。あいつら思ったより強い」

「ああ、人間は恐ろしい……」

 わかってるような、そうでないような、微妙な感じだな……。



「人間の恐ろしさは、そのしぶとさだ。一番偉いヤツを倒しても、すぐに次のヤツがリーダーになって戦いを続ける。俺たちとは違う」

 人間の指導者は腕力で選ばれる訳じゃないからな。

 だから強い戦士を惜しみなく前線に投入することもできる。

「そしてもうひとつ。人間は弱い仲間を守ろうとする」

 逆に身内同士で結構争っている気もするが、それでも市民兵や衛兵は無力な市民を守るために命がけで戦う。

 巨人や鬼の大半は群れを作らないから、こういった社会性がない。

「戦士でないヤツは戦えないから死んでも仕方ない」ぐらいの感覚だ。



 原始的な群れを作る妖鬼族などを除くと、今の説明は彼らには理解できなかったようだ。

「よ、弱いヤツを守る?」

「なんでだ? 弱いヤツ守っていいことがあるのか?」

「普通は強いヤツ守る。強いヤツが敵倒す。みんな安全になる」

 うーむ、実に魔族らしい思考だ。



 ちょっと別の角度から攻めてみよう。

「ところでお前ら、先代の魔王様は好きか?」

 その途端、大歓声があがる。いちいち聞くまでもない。

「じゃあお前ら、今の魔王様も好きか?」

 これも大歓声だ。



「それなら聞くが、お前たちは魔王様たちが強いから好きなのか?」

 その瞬間、第二師団の生存者たちは顔を見合わせた。

「どう……かな?」

「先王様は強かった。でも、優しかった。だから好きだ」

「今の魔王様も優しい。聖女様だから優しい」

 よしよし、それならこう畳みかけよう。



「わかるだろ? 強いだけが全てじゃないんだよ。魔族は強いヤツに従う。でも好きになれるかどうかは、それとはまた別だろ?」

 ところどころ、深くうなずいてるヤツらがいるな。

 たぶん上官に恵まれなかった連中だろう。

 強さをかさにきて威張り散らす魔族というのも、かなり多いのだ。

 もっともそういうのは北部戦線であらかた戦死してしまった。

 部下が助けてくれないからな。



「もし魔王様が弱かったら、お前たちは魔王様を守らないのか?」

 すると彼らは一斉に立ち上がる。

「そんなことはありません!」

「俺たち聖女様に命を助けてもらった! 今度は俺たちが聖女様を守る!」

「魔王様弱ったとき、俺たちの出番!」

「命を惜しまず戦うぞ!」

「敵はどこだ!」

 机の上に上がって、部族の雄たけびをあげている妖鬼もいる。すぐ感情が昂るのは何とかしてほしい。



「いいから静かにしろ。噛むぞ」

 俺がそう言うと、一瞬で場が静まり返った。

 机に上がっていたヤツが俺の顔色をうかがいながら、そろそろと着席する。

「ヴァイト様に噛まれたら死ぬ……」

「勇者殺しだからな……」

「なあ、今のうちに謝っといたほうが良くないか?」

 いや、冗談だから。そんなに萎縮されると困るな。



 話を続けるか。

「お前たちは魔王様が弱くても守りたい。そうだな?」

 うんうんとうなずいている彼らに、俺はこう言う。

「強さに関係なく、大事なヤツは守りたい。それが人間の気持ちだ。だから弱いヤツを虐めたり殺したりすると、あいつら全員で仕返しに来るぞ。あの勇者もそうだったらしい」

 静まり返った空間に、巨人や鬼たちのヒソヒソ声が流れる。

「人間怖いな……」

「やべえ、蜂みたいだ」

「うっかり手出ししたらヤバいぞ……」

「ああ、気をつけないとな……」

 少しは理解してもらえたかな?

 ま、気長にやろう。



 一方、将兵の再教育と並行して、魔王軍の組織改革も進められていた。

 そのひとつが「副官」の整理だった。

 今までは序列をあまりはっきりさせないため、敢えてみんな副官にしていた。一部隊長も副師団長も、みんな副官だった。

 今後は魔王や師団長の公務を補佐する者だけが、「副官」と呼ばれることになる。



 師匠、いや新魔王は俺以外に副官を置かないことにしたので、今後は「魔王の副官」といえば俺を指すことになる。

 そういえばバルツェが、こんなことを言っていた。

「ヴァイト殿のことを、兵士たちが『魔王の代理人』と呼んでいるようですよ」

「いや、そんな大げさな呼び方をされても困ります」

「私は適切な呼称だと思いますよ」

 そうかな?



 第二師団の壊滅により、師団の編成も変更になった。第一師団の大半と第二師団の全兵力が、南部に展開する第三師団に編入される予定だ。

 名称も新たに「南征師団」に変更される。まずはミラルディア南部を支配下に置こうという、新魔王の意気込みだ。

 なお、結果的に魔王軍の大半を預かることになったメレーネ先輩は、こう言っていた。

「また先生に騙された!?」

 またってなんですか、メレーネ先輩。



 一方、見舞いに来てくれたフィルニールが気楽そうな顔をしている。副官の重圧からやっと解放された、という表情だ。

「これでボクは南征師団の一部隊長だね。これからはトゥバーンの統治だけしてればいいし、ちょっと楽になるかなあ」

 残念だが、お前はそうはいかないぞ。

「お前には、メレーネ先輩の副官も兼務してもらう」

「え?」

 むくりと起きあがるフィルニール。

「なんで? ていうか、ボクがメレーネ先輩の何を補佐するの?」



「メレーネ先輩には軍務の補佐役が必要なんだよ。戦術レベルでの助言を頼む」

 ゴモヴィロア門下では随一の武闘派だからな。

 逃げられるとは思うなよ。

 年少のフィルニールにとっては試練だが、第一師団から竜人の将たちが副師団長として配属される予定だし、まあ何とかなるだろう。

「これ絶対、ヴァイトセンパイの差し金だよね? 恨んでやる……」

「俺じゃないぞ。文句はメレーネ先輩に言ってくれ」

 フィルニールは頭を抱えて、尻尾をぐるぐる回している。

「うう、そういう難しい仕事やだ……」

「いいじゃないか、副官。俺は好きだぞ」

「そりゃセンパイはそうだろうけど!」



 南征師団に組み込まれなかったのは、蒼鱗騎士団と紅鱗騎士団、それに先王直属だった近衛兵たちだ。

 彼らは新たに「近衛師団」と名乗り、魔王や要人の警護などを担当することになった。

 師団長は蒼騎士ことバルツェ。副師団長は紅騎士のシューレだ。

 師団と名乗るには少々規模が小さいが、師匠の骸骨兵もいる。



 俺は人狼隊と共に魔王直属となり、今後は魔王ゴモヴィロアの目となり口となり手となる。

 それに近衛師団への命令権も与えられた。魔王の代行としてだ。

 そう考えると確かに、「魔王の代理人」かもしれないな……。

※書籍化作業中につき、本日から更新が1日1回になります。そのぶん1話あたりのボリュームを少し増やしますので、今後もよろしくお願いします。

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[一言] 魔族たち、かわいいな
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