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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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死霊術師の最後の扉(前編)

69話


 グルンシュタット城では魔王襲名のため、戴冠式を行うことになった。何の儀式もしないという訳にもいかないので、一応のけじめだ。魔王様の追悼という一面もある。
 師匠は王位継承後は、リューンハイトを拠点にすると決めている。
 グルンシュタットでの公的な行事は、これが最後になるかもしれない。


 戴冠式前日の夜。
 グルンシュタット城の一室で、俺は師匠の話を聞いていた。
「魔王というのは、単に『一番強い魔族』という意味ではない。神にも等しい力を持つ、超越者でなくてはならぬ」
「そうは言っても、いくら師匠でも魔王様みたいにはなれませんよ」
 師匠が世界最高レベルの魔法の使い手なのは間違いないが、あくまでも人間や魔族の範疇での話だ。
 魔王様みたいに神がかった強さではない。


 師匠は俺の言葉にうなずき、こう続ける。
「そうじゃ。しかし魔王の名を受け継ぐ以上、魔法を連発した程度で気を失っておっては困る」
「普通は連発自体ができませんけどね……」
 魔法を連発しようとしても、必要な種類の魔力をうまく集められないのでなかなかできない。少し待つ必要があるのだ。
 ちょうどゲームの魔法や必殺技にクールタイムが設けられているのに近い。


「実はの、わしの魔力切れを何とかする方法があるのじゃ」
 師匠が思いがけないことを口にしたので、俺は驚いた。
「そんな方法があるんですか?」
「うむ。これに成功すれば、わしも魔王様に匹敵する力を得られる……」
「得られる?」
「……かもしれぬ」
 ずいぶんあやふやだな。
「本当はとっとと試すべきじゃったが、心配性の魔王様から長らく禁止されておっての」
 なんだそれ。


 そもそも俺は、師匠が強くなる必要性を感じていない。
「師匠は別に、強さだけを見込まれて魔王に選ばれた訳じゃありませんよ」
 第一師団は、師匠と先王様との長く強い信頼関係を。
 第二師団は、自分たちを二度も救ってくれた師匠の優しさを。
 第三師団は、師匠の人柄を。
 それぞれ理由は違うが、強さ以外の要素でも師匠を王と認めてくれた。むしろ強さについては、皆あまり気にしていないのではないだろうか。
 もしそうだとすれば、これはおそらく魔族の歴史の中でも初めてのことだ。


 しかし師匠は首を横に振る。
「それはよくわかっておる。じゃがそれだけに、うっかり死ぬ訳にはいかぬというのも、よくわかっておるのじゃ」
 師匠は喉をさすりながら、ふと遠い目をした。
「王が死ぬたびに、臣下は動揺する。魔王様を失った直後に二代目魔王まで死ぬようなことがあれば、魔王様の理想がまた遠のいてしまうじゃろ?」
「それは、まあ……確かに」
 師匠までもが死ぬようなことがあれば、気落ちしているみんながさらに落ち込むのは確実だ。


 師匠はにっこり笑うと、こう続けた。
「安心せい。わしも無謀な賭けをするつもりはない。理論上、差し迫った危険はない」
「あの、それってなんか凄く不安になる響きなんですが」
 すると師匠は苦笑する。
「しょうがないヤツじゃのう。今から説明するから、ちゃんと聴講するのじゃぞ」
 俺が余計なことを言ったせいで、いきなり授業が始まってしまった。


「死霊術は単なる魔術ではない。哲学でもあるのじゃ。死と向き合うためのな」
 師匠は燭台の炎に小さな手をかざしながら、そう呟く。
「そして死霊術師には、『最後の扉』と呼ばれるものがある。何のことか、わかるかの?」
 死と向き合う者が、最後に開く扉か。
「己の死、ですか?」
「よくぞ察した」
 師匠があどけない顔でにっこり微笑んだ。


「死霊術師などと言っておっても、生身であればいずれは死ぬ。そのときに死霊術師としての真価が問われるのじゃ。己の死と、どう向き合うのか」
 師匠は昔一度死にかけたが、まだ死んではいない。前世なら昏睡状態でベッドの上にチューブでつながれているような感じだが、ちゃんと生きてはいる。
 だから、「最後の扉」はまだ開けていないのだ。


 俺の思考を読んだかのように、師匠はうなずく。
「わしが死を迎えたとき、わしの全てが問われる。『命とは何か、死とは何か』という究極の問いじゃ」
「難問ですね……」
「じゃがまあ、長いこと生きたからの。一応、わしなりの答えは出ておる」
 師匠は笑いながら、よっこいしょとイスから飛び降りた。


「しかしこの扉を開けば、二度と元には戻れぬ。そしてわしの人格にも、悪影響が及ぶ可能性が否定しきれぬのじゃよ」
 いったい何が起きるんだ。
 師匠は俺を見上げ、真剣な表情で訴えかけてきた。
「そこで安全のために、弟子であるおぬしに手伝ってもらいたいのじゃよ」


「それならメレーネ先輩のほうが……」
 すると師匠は首を横に振った。
「この手伝いは、おぬしにしか頼めぬ。一人前の魔術師であり、なおかつ武に長けておらねばならん」
「またその手のヤツですか……」


 大賢者ゴモヴィロアの弟子の中で、荒っぽいことに一番慣れているのが俺だ。人狼だからな。
 おかげで今まで、ひどい実験や儀式にさんざん付き合わされてきた。俺は強化魔術師だっていうのに。
 まあいい、それなら俺が手伝おう。
 師匠のためだ。


「わかりました。でもお願いですから、もう悪魔召喚は勘弁ですよ」
「しつこいのう。あれは事故じゃろうに」
 異次元から召喚された悪魔につきまとわれ、凄まじい勢いで攻撃され続けるなんて悪夢、もう二度と体験したくない。
 夜が明ければ帰るかと思ったら、あのクソ悪魔、そのまま翌々日まで師匠を攻撃し続けやがった。守るほうの身にもなってみろよ。
 次に会ったら今度こそバラバラに引き裂いてやる。


 師匠は咳払いをしてごまかし、こう告げる。
「今回のは簡単じゃ。ちと地下の実験室まで来てもらおうかの」
「地下ですか?」
「ついでに少し、昔話など聞かせてやる」
「年寄りの昔話は長いんですよね……」
「大賢者ゴモヴィロアのありがたい特別講義じゃぞ?」


 城の螺旋階段に、師匠の声が響く。
「ここにはかつて、人間たちの小さな王国があった。その王国は魔術師の一族が王として君臨しておっての。魔術の力で、魔族や他国の軍勢から国を守っておった」
 だが王国も、人間同士の戦争であっけなく滅んだと、師匠は語った。
「ちと魔術を過信しすぎたのじゃな。力に溺れ、大事なことを忘れておった。人の恨みほど恐ろしいものはない、ということをの」
 王はその傲慢さが原因で廷臣たちの恨みを買い、彼らの裏切りによって国はあっけなく滅びたという。


 城は裏切り者たちに包囲され、捕えられた王族は一人残らず殺された。
「例外はわしだけじゃの。母上がわしに死を装う治癒魔法をかけておいてくれたので、わしは仮死状態のままゆっくりと回復していった」
「なるほど……ん?」
「どうした?」
「じゃあ師匠、ここが生まれ故郷なんですか? ていうか、本物のお姫様?」
「傍系じゃから王位を継ぐ位置ではなかったがの。一応、王族の一員ということにはなるのう」
 初めて聞いた。びっくりだ。


 すると師匠は当たり前のような顔をして、肩をすくめてみせた。
「魔王軍がなぜこんな廃城を都合良く手に入れたのか、不思議には思わなんだのか?」
「てっきり、誰かが偶然見つけたのかと……」
「実はそうではなく、わしが魔王軍の大家さんだったのじゃよ」
 貸しテナントだったのか、ここは。


「ま、どのみち国は滅びて、街も畑も森に埋もれておったからの。隠れ家にはちょうど良いと思っておった」
 師匠は螺旋階段の終点に降り立つと、古めかしい扉の前に立った。
「わしは喉を槍で貫かれ、他の一族と同様に晒された。何年も過ぎてようやく意識が戻ったときには、かなり恐怖したものじゃ」
「壮絶な体験ですね……」
 痛かっただろうし、怖かっただろう。
「一番驚いたのは、国ごと滅んで廃墟になっておったことじゃのう。何があったかは知らんが、裏切り者たちも繁栄を手にすることはなかったようじゃな」
 内紛でもあったのだろうか。だとしたら、自業自得といえそうだ。


「他の一族は腐り果てて骨になっておった。しかもわしの傷は槍が刺さったまま治癒しておったから、抜くときにまた傷口が開いてのう。三日三晩悶え苦しんだわい」
 師匠が人見知りなのも、魔族より人間の方を怖がるのも、やっとわかった。
 幼少期にそんな体験をすれば無理もない。


 師匠はその後、誰もいなくなった廃墟で一人きりで暮らしていたという。
 破壊されたとはいえ城内には居住できる場所がいくらでもあったし、まだ子供だった師匠には外の世界は危険すぎたからだ。
「来る日も来る日も、わしは独りで考え続けた。なぜこのようなことになったのだろうかとな。そして父上と母上を復活させようと、死霊術の研究に打ち込んだ」


 だがもちろん、それが不可能なことはすぐにわかった。死の不可逆性は恐ろしく強く、死霊術のどんな奥義でも死者の蘇生は不可能なのだ。
 死者の霊を呼び出すことは可能だが、ほとんどの場合は霊がおぼろげに姿を見せるだけで、しかもほんの数秒で消えてしまう。
 そして師匠は生きる目的を失い、無限の時間を生きながら死霊術を学び取るだけの存在となった。
 師匠が再び他者と出会うのは、それから百年以上が過ぎてからだったという。


「その頃のわしはまだ、『最後の扉』の答えは見つけておらなんだ。しかし賢者だの何だのと言われて弟子を持つようになってから、やっと『最後の扉』の答えを見つけての」
「そうなんですか」
 すると師匠はクスクス笑って、俺を見上げた。
「答えを教えてくれたのは、おぬしじゃよ」
「俺?」
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