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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「魔王フリーデンリヒターの遺言」

66話(魔王フリーデンリヒターの遺言)


 ヴァイトよ。
 おぬしがこの手紙を読んでおるということは、余は勇者に敗れたということだ。
 それと同時に、おぬしが勇者を倒したことになる。勇者がおぬしたちと和解するとは思えぬからな。
 そう考えると、まずありえぬ話だ。余は何をしたためておるのだろうな。我ながら滑稽だ。
 しかし同時に、おぬしなら勇者を倒せそうな気もしている。
 それゆえ、この手紙を遺そう。


 まず事務的な引き継ぎだが、余は前世で得た知識を日本語で記している。執務室の右の棚に、赤い背表紙の本が四冊ある。おぬしの判断で必要な箇所を翻訳し、技官たちに渡してほしい。
 それと余の後任だが、皆に異論がなければゴモヴィロアに託そう。あの者なら実績も能力も申し分ない。
 余はおぬしを後任に推すことも考えていたが、断られてしまったからな。


 だが、余の打診を固辞したおぬしの気持ちもわかる。
 王となる者の責任の重さを、おぬしはよく理解しているのだろう。
 王の何気ない一言が、周囲に恐怖や不信、あるいは不和の種をまくこともある。楚腰の故事のようなことがあってはならぬ。
 逆に王の権威を利用しようとする者もいるだろう。
 それゆえ、王は常に慎重でなければならぬ。
 余が慎重であったかどうかは、いささか自信はないのだがな。


 また王というのは、時には非情な決断を迫られることもある。
 敵の一族郎党を皆殺しにせねばならぬときもあるし、投降した兵を処刑せねばならぬときもあろう。かつて戦国大名たちがそうであったようにな。
 彼らとて好き好んでそのような命令をした訳ではあるまいが、そうせねばならぬときがあるのだ。


 しかしおぬしにそれができぬのも、よくわかっているつもりだ。
 それゆえ、余はおぬしに魔王になれとはいわぬ。
 敵に対する優しさはおぬしの甘さでもあるが、同時に強さでもある。魔族はもちろん、この世界の人間にも、そういった平和な価値観は希少であろう。
 しかしその価値観にこそ、余はこの世界を変える力があると信じる。
 おぬしは身軽な副官として、思うがままに世界を変えるのが良いのかもしれぬな。


 ところでひとつ、おぬしに詫びておかねばならぬことがある。
 余はかつて、前世のことを持ち出さぬと告げた。おぬしが何者であるかは聞かぬとな。
 だが余には、おぬしが何者であるか、おぼろげに察しはついていたのだ。


 おぬしは余より数十年、あるいは百年以上後の世から来たであろう。技術も進み、物質的にもかなり豊かな時代を生きていたようだ。
 おぬしの先進的な思想や価値観からは、余も他の者も多くを学ばせてもらった。感謝している。おぬしは自覚しておらぬだろうがな。


 そのことを考えると、おぬしは余の時代よりも平穏な時代を生きていたように思える。おぬしの言動からは、穏やかな時代の気配を感じるのだ。
 ということは、余が前世で生涯を懸けて成し遂げようとしたことは、どうやら何らかの形で達成されたらしい。
 いろいろと邪推をしてすまぬ。
 一度考え始めると止まらぬ性分でな。


 だがそのおかげで余は何の憂いもなく、今世を全力で生き抜くことができた。
 いや、この手紙を書いておる時点では、余はまだ生きておるのだがな。


 余は勇者などに負ける気はない。余は魔族の王。平和の仲介者、フリーデンリヒターである。
 今の余には何の憂いもない。前世も今世も、余は人生に打ち勝ったと自負しておる。
 魔王軍も着々と支配地域を広げつつある。優秀な人材も育ってきた。後継者についても心配はしておらぬ。
 こうなれば余の生死など、もはや些事に過ぎぬな。
 良い機会だ、久々に存分に暴れるとしよう。


 とはいえせっかくしたためたのだから、勇者との戦いの後、この手紙をおぬしに手渡すのも面白いかもしれぬ。
 そのときにおぬしがどんな顔をするのか、少し楽しみであるな。
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