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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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死闘と魔狼

63話


 魔王様と勇者の戦いは、死闘と呼ぶにふさわしいものだった。
 魔王様の槍は、目で追うことすら難しい速さで勇者に突きかかる。みなぎる魔力が槍に乗って、激流のように荒れ狂う。
 勇者の剣は、それに一歩も退かなかった。太刀筋が暴風のように縦横無尽に吹き荒れ、槍の穂先を阻む。
 一瞬のうちに魔王様の突きが数発繰り出され、それを勇者が全て防ぎきる。激しい魔力の衝突で、背後の柱が粉々に砕け散った。


 俺はあっけにとられてその戦いを見守っていたが、ふとあることに気づいた。さっきから勇者が巧みに動き回り、近衛兵たちを巻き込もうとしているのだ。
 魔王様は自分の攻撃が近衛兵に当たらないようにしながら、勇者が近衛兵を巻き込もうとするのを牽制している。


 俺は慌てて、黒い鱗の近衛兵たちを下がらせた。
「近衛兵、後退しろ! 得物の見た目に惑わされるな! どちらの武器も、魔力で射程が伸びているぞ!」
 俺の言葉に間髪入れず反応し、近衛兵たちがサッと飛び退く。さすがは魔王軍が誇る達人の集団だ。
 しかし彼らは魔術師ではないから、目に見える部分しか捉えることができない。


 一方、俺は二人の神性、あるいは霊力のようなものを、魔力の流れとして感じ取ることができた。
 二人の戦いは一見すると、激しい攻防を繰り広げているように見える。
 しかし実際は、双方が相手の存在を消滅させようと泥沼の消耗戦をしていた。


 魔王様の槍の穂先がかすめるだけで、勇者から魔力がごっそり失われていく。
 逆に勇者の剣が魔王様に小さな傷を作るだけで、魔王様の体から大量の魔力が漏れ出していく。
 相反するふたつの存在は、どんなに軽い一撃でも相手に深手を負わせることができるらしい。


 できることなら助太刀したいが、あの間合いに踏み込んだ瞬間にバラバラにされてしまう。それに助太刀は魔王様が許してはくれないだろう。
 支援用の魔法をかけたいが、おそらく魔王様には効果がない。俺が使う程度の魔法では、魔王様の能力を底上げするなどとても無理だ。
 だから俺は周囲を警戒しつつ、近衛兵たちとともに戦いの行く末を見守る。
 何かあれば捨て身で飛び込んで、治癒魔法でお守りするのだ。


 形勢は完全に互角に見えた。槍が突き出され、剣が払いのけ、切り返し、それを槍が受け流す。目まぐるしい攻防だ。
 しかし魔王様が槍を繰り出して引き戻そうとした瞬間、わずかに表情を変えた。ほんの一瞬、槍さばきが鈍る。
 俺は何が起きたのか、すぐに理解した。


 かつて魔王様が「転生者の十字架」と言っていたものだ。
 俺や魔王様は人間から魔物に転生したが、人間と魔物では体格も感覚も異なる。
 俺は前世で格闘技の経験がなかったので、人狼用の格闘術しか知らない。そのせいで、特に不自由はない。


 しかし魔王様が今使っている槍の技は、おそらく前世で身につけたものだ。他の竜人たちとまるで違う。
 だがそれは、あくまでも人間用の技。人間と竜人では腕の長さや関節の構造などで、細かい違いがある。
 そのため、人間用の技を無理して使うと体を傷めてしまうことがある。
 本当は魔王様が最も得意とするのは剣術なのだが、長期戦になると肩や手首を傷めてしまうのだという。
 色々試した末に、槍に落ち着いたのだと言っていた。


 魔王様の槍さばきは相変わらず鋭い。俺にはさほど鈍ったようには見えない。
 しかし超越者同士の戦いでは、それは致命的だった。
「死ね!」
 勇者の一撃が魔王様を襲う。
 魔王様はかわそうとしたが、一瞬間に合わなかった。


 勇者の剣が、魔王様を肩から腰へ袈裟懸けに切り裂く。
 俺の目には、魔王様の魔力が一気に失われていくのが、はっきりと見えた。


 嘘だろ。
 魔王様が負けるはずがない。
 しかし飛び散る鮮血は紛れもなく本物だ。


「見事だ……」
 魔王様はそう言うと、がくりと膝をついた。もう戦えないだろう。
 一方の勇者も、よく見ると深手を負っている。脇腹に槍が刺さっていた。
 魔王様が渾身の一撃でカウンターを放ったのだ。だが勇者を倒すには浅かったようだ。
 手負いの勇者は血塗れの剣を構えて、魔王様に飛びかかる。
 俺は床を蹴ってその間に飛び込もうとしたが、もう遅かった。


 魔王様の巨躯が、黒く磨き抜かれた床に倒れ伏す。もう動かない。
 勇者は折れた剣を投げ捨てると、べっとりと浴びた返り血をシャツで拭った。何の感慨もない様子だ。
 そして魔王様に興味を失った様子で、俺たちのほうを振り返った。


「逃げられると思うなよ。次はお前たちだ」
 どうやらこの勇者様、俺たち下っ端を見逃す気はないらしい。出会った魔族は皆殺しにするつもりのようだ。
 近衛兵たちが一斉に槍を構えるが、俺は片手でそれを制する。無駄だ。
「下がってくれ。こいつの相手は俺がやる」
 勇者が俺を見る。嫌な目だ。
「お前、見た目は人間だが魔族だな? 何だ?」


 俺は返事の代わりに変身してやる。
 そして力の限り吠えた。挨拶代わりの「ソウルシェイカー」だ。
 シャンデリアが砕け、燭台の炎が消し飛ぶ。周囲がフッと暗くなった。


 月明かりだけが照らす謁見の間で、俺は勇者に吐き捨ててやった。
「お前、生きて帰れると思うなよ」
 思わず偉そうなことを言ってしまった。
 だが後悔はない。魔王軍がどうなろうが、こいつだけは絶対に生かして帰さない。


 勇者は俺を馬鹿にしきった様子で、折れた剣を投げ捨てる。
「どうやら俺が手負いだから、勝てると思っているらしいな」
 勇者が脇腹に手を当てると、傷口は跡形もなく消え去った。
 それを見て、歴戦の近衛兵たちもさすがに軽く動揺する。
 そして勇者は腰からナイフを抜くと、逆手に握ってみせた。
「どうした? かかってこい」
 ずいぶんと甘く見られたものだ。


 確かに今、こいつは傷を治した。
 だがそれは表面上のものだ。魔王様の渾身の一撃を受けたとき、さらにその傷を治療したときに、ごっそり魔力を消費している。
 今のこいつは、魔王様と戦う前の超越者ではない。無限に湧き出るように見えた魔力も、すっかり弱まっている。さっきのような回復は、もうできないだろう。
 手負いの勇者なら、ほんのわずかにだが俺にも勝算はある。
 ただし、そのためにはこちらも覚悟が必要だ。


 俺は準備しておいた魔法を全て解放し、身体能力を一気に引き上げた。「ソウルシェイカー」で周囲の魔力を引き寄せているので、その効果はいつもより高い。
 さらに俺は、強化魔法の奥義を使うことにした。
「燃えよ我が身、眠れる狂気を力と為せ!」


 禁呪のひとつ、「ファナティックバーン」。
 短時間ではあるが、肉体の限界を超えた力を得ることができる。骨が砕けようが筋肉が裂けようが、お構いなしに力を湧きあがらせる魔法だ。
 使用後の反動で下手をすれば死ぬが、どのみちここで勝たなければ殺されるのだ。


 俺が魔法を使ったと勇者が気づいた瞬間、ヤツは全力で飛びかかってきた。ナイフの切っ先が俺を襲う。
 強化された動体視力が、ヤツの異様な速度をかろうじて捉える。回避はほとんど勘だ。
 ナイフの一撃をかわし、ヤツのみぞおちに蹴りを叩き込む。確かな手応えはあったが、さほど効かなかったようだ。
 ただしヤツの胸甲は穴が開いて吹き飛んだ。


「この!」
 勇者がナイフを振るうのを、俺はギリギリでかわす。俺には魔王様ほど魔力も体力もない。当たれば一撃で終わりだ。
 お返しに顔面をぶん殴ってやった。クリーンヒットしたのに、まるで効いていない。
 なんてヤツだ。軍馬や熊でも即死させる人狼の拳だぞ!?


 接近戦は視界が狭くなって危険だ。俺はいったん距離を取ると、冷静になって考えた。
 落ち着け。俺は人狼だ。
 人狼は誇り高い戦士ではない。残虐な狩人だ。
 この戦いも、名誉ある戦士の決闘などではない。怒りに狂った狼の私闘、手負いの勇者を追い詰める卑劣な狩りだ。
 だから俺は、謁見の間の柱に身を隠す。


「どうした、臆したか!」
 勇者はナイフで、俺の隠れていた柱を叩き斬った。それも数回。巨大な柱がまるで蝋燭のように刻まれ、バラバラになる。
 予想通りだ。
 とにかく攻撃一辺倒。退くことを知らない猪武者だ。


 俺は柱の残骸の幾つかに、立て続けに蹴りを放った。
 それと同時に、俺は本物の狼のように四つん這いになって床を走る。
 黒い床、黒い壁、黒い柱、黒い天井、黒い石塊、黒い人狼。
 ほんの一瞬。コンマ一秒にも満たない瞬間だが、ヤツは俺を捉えそこねた。
 飛んできた石塊の中に紛れている俺を見つけるのにとまどったのだ。


 それだけあれば十分だ。
 俺は捨て身になって、人狼の牙でヤツの足に噛みついた。
 躊躇なく向こうずねを噛み砕く。
「うぐっ!?」
 骨の砕ける音と同時に、むわっとした人間の血の臭いが立ち込めた。
 人狼の本当の武器は爪や拳ではない。牙だ。


 牙以外の全ては、反撃を受けずに敵を噛み殺すための準備に過ぎない。
 俺は人間の戦い方は知らないが、人狼の戦い方はみっちり仕込まれてきた。
 他の攻撃は通じないが、牙の一撃なら勇者にも深手を負わせられる。
 ならまだ、俺にも勝機は残っている。
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