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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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殲滅者の足音

61話


 それから二日間、俺はグルンシュタット城で勇者を待ち受けた。リューンハイトも気になるが、城内で治療魔法が使える魔術師は俺一人だ。
 師匠が回復したら交代するつもりだが、それまでに勇者が来たら俺が治療をするしかない。


 一方、不気味な報告も寄せられていた。
「この二日間で哨戒中の分隊が三つ、何者かによって全滅させられました」
 シューレ副官が深刻な表情をしている。
 地図に示されたバツ印は、徐々にグルンシュタット城に近づいていた。
「勇者に遭遇したとしか考えられませんね」
 俺が言うと、シューレ副官もうなずく。
「交戦は避けて報告を最優先するよう厳命していましたので、逃げる暇もなく全滅したものと思われます」


 まるでホラー映画だ。霧の中での遭遇戦になると、たった一人の歩兵である勇者は待ち伏せができるから、圧倒的に有利だな。
「ヴァイト殿の部隊編成を参考にして、一個分隊は四騎で編成されていました。さらに二騎ずつ前衛と後衛に分け、どちらかが襲撃されても離脱して報告に戻れるようにしていたのです。それなのに……」
 騎兵たちの音を聞いて物陰に隠れ、逃げる余裕さえ与えずに四騎とも斬った……ということだろうか。
 恐ろしい。


「ヴァイト殿も死体を御覧になられたそうですね」
 見た。もしかしたら息があるかもと思ったのだが、これ以上ないぐらいに殺害されていた。
「刃物による一撃で騎竜ごと切断されていました。通常の片手剣ではありえない切り口です」
「どうお考えになりますか?」
 大型の武器を使った可能性もあるが、切断面からは斧や大剣のような「重さ」が感じられなかった。カミソリのように斬られているのだ。


 俺はまだ確信を持てなかったが、こう答える。
「あくまでも一魔術師としての想像ですが、勇者の魔力によるものかと」
「そうですか……。もはや我々では、対処不可能なようですね」
 シューレ副官は悔しげな表情を浮かべているが、俺は彼女に進言しておく。
「最後の分隊の全滅地点を見る限り、勇者はもうかなりグルンシュタットに近づいています。これ以上の哨戒行動は危険ですね」
「私もそう思います。以降は兵力の消耗を避け、城内での警戒にあたらせましょう」


 シューレ副官はそう言った後、声をひそめて続けた。
「先ほど第二師団の全将兵に、部隊解散の命令が下されました。一時帰郷を許すとのことです」
「それがいいでしょうね。勇者の進行方向や大まかな位置はわかりましたから、遭遇しないように脱出させましょう」
 第二師団はもう無理だ。師団長を倒されてしまった彼らには、自信も勇気も何もない。それに長期の遠征で疲れ果てている。


 第二師団が解散してしまうと、城内の戦闘員は竜人族だけになる。紅鱗騎士団五百騎と、歩兵が三千。それに副官クラスの腕前を持つ近衛兵が十二人だ。
 歩兵隊は三人の副官が千人ずつ指揮しているが、俺は魔王様に相談した上で彼らを撤退させた。
 俺の予想が正しければ、歩兵は三千いようが三万いようが無駄だ。


 最後まで手こずったのが、紅鱗騎士団だった。
「いったん城外に退避してください」
「そうはいきません。騎士団ぐらいは陛下のおそばにお仕えしていなくては」
 シューレ副官は凛とした口調で、そう言い切る。
 困ったな……こう言っては悪いが、いくら精鋭の紅鱗騎士団とはいえ、勇者相手では藁束と変わらない。
 しかしそれを言うと、シューレ副官は絶対に退避しないだろう。


 するとそこに、鎧を着た魔王様がやってきた。黒い鱗の近衛兵たちを引き連れている。
「シューレよ、ヴァイトを困らせておるようだな」
 娘に話しかけるような、優しい声だった。
 シューレはたちまち背筋を伸ばし、緊張した声で応える。
「い、いえ、私はあくまでも副官としての責務を果たそうとしているまでです!」
「その忠誠、嬉しく思うぞ。だが聞くのだ、シューレよ」
 魔王様は長身を屈めて、彼女に目線を合わせる。


「ゴモヴィロアやヴァイトの言によれば、勇者は余と同等の力を持っておる。であれば、余が直接戦うのが最も確実な戦術となろう。いかにおぬしや紅鱗騎士団が優れた武人たちであっても、余には勝てまい?」
 そりゃそうだ。もし魔王軍全軍で魔王様に勝負を挑んでも、たぶん魔王様が勝つんじゃないだろうか。
 だいたい人類を滅ぼすだけなら、魔王様一人でもできそうなんだよな。滅ぼす気は全くないんだけど。


 優しく諭されて、シューレはうつむいてしまう。そしてつらそうな声で、こう答えた。
「仰る通りです……私は……」
「よい、それ以上申すな。おぬしの忠誠と武勇は、余の誇りでもある。それゆえ、このような些事でおぬしたちを失いたくないのだ」
 勇者侵攻を些事って言っちゃったよ、この魔王様。
 もちろんそう簡単ではないことは魔王様もわかっているはずだが、そう言えばシューレが安心することを知っているのだ。


 シューレはようやく納得したらしい。
「申し訳ありませんでした。ヴァイト殿の提案に従います」
「うむ、余には近衛兵たちとヴァイトがついておる。これだけで一万の軍勢に匹敵しよう。おぬしは第二師団の生存者たちを守ってやってくれ。いずれまた、彼らにも戦線に復帰してもらわねばならん」
「はい!」
 やれやれ、やっと納得してくれたか。
 しかしシューレ副官、嬉しそうな顔をして、さっきとは別人のようだな。これが魔王様効果か。


「ヴァイト殿」
 シューレ副官が俺のほうを振り返って、真剣な口調で告げる。
「非力な私の代わりに、魔王様のお力になってください。そして、ヴァイト殿もどうかご無事で」
 正直、どうなるかは全くわからない。少しでも運が悪ければ、俺もかなりの確率で戦死するだろう。
 だから俺は、こう答えるしかなかった。
「全力を尽くします」


 そして城内がすっかり静かになり、深い森に夜の闇が忍び寄る頃。
 霧の彼方から、そいつが現れた。
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