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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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ちびっこ師団長

6話


 ありがたいことに太守のアイリアが協力的なので、その夜はあまり苦労することもなく寝ることができた。もちろん交代で見張りを立てて、不穏な動きがないか警戒はしたが。
 翌朝、リューンハイトはかなり落ち着きを取り戻したようだった。


「昨夜、どさくさに紛れて窃盗を働いた人間が数名いたようです」
 人狼隊の若者が、俺の部屋に報告を持ってやってきた。昨日のガーニー兄弟との一件を見たせいか、彼の視線は妙に熱い。英雄を見るまなざしだ。
「どうします? 見せしめに処刑しますか?」
 彼が人狼に変身していたら、しっぽをパタパタ振っていただろう。ボール遊びをねだる犬のようだ。
 だが俺は首を横に振る。
「俺たちは軍人だ。警察じゃない」
「けいさつ?」
 不思議そうに首を傾げている若者に、俺は簡単に説明し直す。
「あー、治安維持は人間にやらせろということだ。リューンハイトの法律に従って処罰しろ。ここの法律はどうなってる?」


 すると同室していた人間の書記官が、慌てて返答した。
「窃盗や損壊は、同額の賠償をしない限り強制労働です。品物を返せない場合は倍額です」
「だそうだ。賠償額を稼げるまで、畑仕事をさせておけ」
「畑仕事ですか?」
「この街の住民が、昨日から二百五十六人ほど増えてるからな」
 いうまでもなく、犬人隊と人狼隊の分だ。食料を徴発するのは簡単だが、やりすぎると反感を招く。食い物の恨みは恐ろしい。


 その後も次々に俺のところに面倒な案件が持ち込まれてくる。
「戦闘に巻き込まれた行商人たちが、商売の再開のために市外に出たいと陳情してきました」
「犬人隊の調査によると、城壁直下の下水道が老朽化しているそうです」
「ガーニー兄弟がもっと肉を食わせろと文句を言ってました」
 俺はそれを片っ端から処理する羽目になった。


「今は人の出入りは全部禁止だ。行商人の商品を少し色をつけて買い上げろ。その金でしばらく宿にでも泊まれと言っておけ」
 この費用は……しかたない、アイリアに頼もう。また借りができてしまうな……。
「それから城壁直下の下水道はそのままにしておくと危険だから、すぐに改修工事に取りかかれ。下水道からの敵の侵入もありえるから、防衛機能も忘れるなと伝えろ」
 二百人しかいない犬人隊に、あまり大きな工事はさせられない。三交代制で各シフト六十人程度しか動かせないからだ。これは厳しい。
「ガーニー兄弟の任務割り当てを増やせ。その手当として鶏肉を支給してやる。食いたければ働け」


 気づいたら朝食を摂る暇もなく、もう昼前だ。
 俺は何か食おうと思い、席を立って大きく背伸びをした。
「ふう……」
「お疲れのようじゃな」
 可愛い声が聞こえた。
 慌てて振り返ると、背後にちびっこがふわふわ浮いている。とんがり帽子に黒いマントの女の子だ。
 俺はすぐさま床に膝をついた。
「お待ちしておりました、ゴモヴィロア師団長」
「これ、モヴィちゃんと呼ばぬか」
 魔王軍第三師団の長、大賢者ゴモヴィロアは不満そうにほっぺたを膨らませてみせた。まるで子供だ。
 しかし彼女こそ魔王軍最強の魔術師であり、一応は人間の身でありながら、魔王の側近中の側近である。
 そして俺の魔術の師匠でもあった。


「モヴィちゃんはないですって。せめて師匠と呼ばせて下さいよ」
「おぬしもなかなか堅いのう」
 我が師ゴモヴィロアは溜息をついたが、にぱっと笑顔を浮かべた。
「まあよいよい。リューンハイト攻略、うまくいったようじゃな」
「師匠のおかげです。ところで……」
 師匠が来ているのなら、彼女の直衛部隊が来ているはずだ。俺はそれを期待する。
 すると師匠はニコニコ笑った。
「我が槍骨隊が、よほど恋しいとみえるのう。手勢二千を犬人隊と合流させておいたぞ」
「さすが師匠」
 師匠の専門は死霊術だ。彼女が生み出す骸骨兵は手練れの戦士であり、意のままに動く。


 二千の骸骨槍兵がいれば、人間の軍隊数千と渡り合うことも可能だ。しかも食料いらずときた。
 師匠が溜息をつく。
「おぬし、またくだらぬことを考えておったであろう?『骸骨は飯食わないから、維持が楽でいいなー』とか」
「ええまあ」
「作る手間も考えてくれんかの。一体一体、愛情と手間をかけて作っておるのじゃ」
「一日あれば百は作れるくせに」
「なんか言ったかの」
「いえ別に」


 師匠は魔術の達人だが、軍略の専門家ではない。だから俺の苦労は今ひとつ理解してもらえない。
「だいたいのう、食料ぐらい徴発すれば良いではないか。人間どももやっておるじゃろう?」
「徴発するの好きじゃないんですよね。恨まれますから」
「侵略しておいて恨まれたくないとは、なかなか虫の良い話じゃの」
 ほっほっほと笑う師匠。師匠は元々は人間だが、思考は魔族のそれだ。
 その気になれば指先ひとつで、太守の館を丸ごと原子分解することもできる。リューンハイト全域を更地に変えるぐらいなら、半日かからないだろう。もう人間とは違うのだ。


 とはいえ元々は人間だから、魔王軍の中では師匠は屈指の穏健派である。
「ま、おぬしのそういうところを気に入って弟子にしたのじゃがの。わしは血を好む者に魔術は教えぬ」
「恐れ入ります」
 俺が師匠のもとを訪ねたときの会話は、今でもはっきりと覚えている。


『なに、魔術師になりたいじゃと? おぬし、人狼であろう?』
『俺、あんまり強い方じゃなくて……でも強くなりたいんです』
『何のためにじゃ?』
『村のみんなを守るためです。あと、仲間内で尊敬されたいってのも、ちょっとあります』
『えらく正直なヤツじゃの……。まあよかろう、おぬしに魔術の才があるかどうか、ひとまず看てやろう』
『やった! ありがとうございます!』
『才がなければ諦めて帰……これ、聞いておるのか?』


 師匠も同じことを思い出しているようで、俺を見て苦笑していた。
「人狼に魔力を操る能力があるのは理論上確信しておったが、まさかここまでになるとはのう。ま、死霊術の才は欠片もなかったが」
「人狼ですからね」
 俺が使えるのは、肉体強化に役立つ魔法だ。魔力が内側に向かってしか働かないのだ。
 前世っぽい言い方をすれば、Bufferというところか。あくまでも余技的なものだが、回復魔法も多少使える。
 多少ではあるが魔法を修得したおかげで、俺は人狼としては最強の存在になることができた。
 人狼自体がかなり強い種族なので、魔族でも指折りの強さということになる。まあ副師団長どまりだが。


「ところで師匠、こちらにおいでになるとは聞いてませんでしたが」
 前に魔王軍の城で会ったときには、師匠は城に駐留する予定だったはずだ。第二師団と第三師団は複数の街を同時に攻略していて、各師団長は救援が必要なときに駆けつけるはずだった。
 すると師匠は笑いながら、こう応える。
「どう見ても一番救援が必要そうなのは、おぬしのところじゃろう? 他の弟子たちは兵力も十分じゃから、わしの援軍はいるまい」
「そ、そうですか」
 やはり兵力を絞りすぎたかもしれない。他の副師団長たちは、千人規模の兵を率いている。


 俺は精一杯格好をつけて、胸を張ってみせた。
「最小限の手勢で攻略したんですから、褒めて下さいよ。しかも損害ゼロですよ、ゼロ」
「人狼の隠密性を最大限生かしたのは認めるがのう。昨夜あたりは反乱が起きぬか、震えておったじゃろうに」
「なぜそれを」
「おぬしの性格など知り尽くしておるわ」
 大賢者ゴモヴィロアはそう笑うと、ふわふわ浮きながら俺の肩によっこいしょと腰掛けた。
「おぬし、公務の代理を頼める者はおるか?」
「あ、はい。城門のとこにいたファーンって人狼に、指揮権の一部を委ねてあります。お会いになりました?」
「ああ、あのおぬし好みの娘じゃな」
「なぜそれを」
「おぬしの好みなど知り尽くしておるわ」
 師匠は子供っぽい表情を浮かべて、ニヤニヤ笑っている。


「まあよい、それなら少し顔を貸せ。魔王様に御報告せねばならん」
「俺も行くんですか?」
 副官程度がいちいち報告に行くというのも珍しいことなので、俺は不思議に思った。その手の報告は師団長がするはずだ。
 しかし師匠は首を振って、俺にこう言った。
「実際に指揮を執った将の言を聞きたいと、魔王様の御意向じゃ。つべこべ言わんと、ついてくるがよい」
 師匠は可憐な声で歌うように呪文を唱える。
 次の瞬間、俺の視界がぐにゃりと歪んだ。
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