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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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凶星の輝き

58話


 俺は人狼隊が戻ってくるのを待ちながら、望遠鏡で城門前の風景を観察していた。
 ボロボロになった重騎兵たちが、あちこちから集まってくる。愛馬を失い、徒歩でよろめいている者もいる。
 湖でずぶぬれになった軍旗が、じっとりと重たげに垂れていた。
 偉容を誇る精鋭たちが、今はもう見るも無惨なありさまだ。


 歩兵たちはほとんど無傷だったが、こちらも気が抜けたように地面にへたり込んでいる。死を覚悟していたのだろう。
 やがてアラムが彼らに歩み寄ると、重騎兵の中から指揮官らしいのが進み出てきた。
 遠くて会話は聞こえないが、指揮官が何度も頭を下げているのが見える。
 アラムが何か言うと、指揮官はアラムの手を両手で握りしめた。


「うまくいったみたいだ」
 俺がそう言うと、帰ってきた人狼隊がガッツポーズで喜ぶ。
「楽勝だったな!」
「俺たちなんにもしてないけどな!」
「暴れたかったな!」
 喜んでいるように見せかけて、実は俺への不満だった。
「仕方ないだろ! アラムが本当に裏切ってたら、お前たちの出番だったんだから!」


 俺はアラムのことを全面的に信用していたが、大勢の命を預かる指揮官としてはそうもいかない。
 そこでどさくさに紛れて人狼隊を潜伏させ、アラムが裏切ったらシャルディールの街に火を放つ予定だった。
 街が火事になれば、戦争どころではない。アラムは必ず衛兵たちを退却させる。北部の連中より、自分の街の方が大事だからな。
 結果的に空振りになったようで、本当によかった。
 奥の手というのは、無駄になるのが一番いい。


 その後、俺たちは城門前でのやりとりを監視していた。
 どうやらアラムはミラルディア常備軍の指揮官とすっかり打ち解けたようだ。
 何かあれば人狼隊で救援に行くつもりだったが、これなら大丈夫だろう。


「よし、一度帰るか。戦勝祝いに肉でも食って、ここからはまた外交の時間だ」
「よっしゃあ!」
「肉だ肉!」
「何にもしてないけどな!」
 しつこいなお前ら。


 俺は今回、わざとアラムに裏切るチャンスを与えた。
 アラムが本気で俺たちを裏切るつもりなら、他に選択肢はいくらでもあっただろう。
 だが彼は裏切らず、俺の書いたシナリオに乗ってきた。
 もっと重要な局面で裏切るつもりかもしれないが、彼の性格を考えるとその可能性は低いだろう。
 一見すると謀略家だが、中身は割と熱血漢だからな。


 後日、ミラルディア軍が退却していったのを確認してから、俺はまたシャルディールに出向いた。
「おかげで助かりました、ヴァイト殿」
 アラムは満面の笑みで俺たちを出迎えてくれた。
「どうやら当初は私を査問会にかける予定だったようですが、指揮官の口添えで不問になりましたよ」
 命の恩人を拘束はできないだろうなあ。
 それにあの局面で救援を出してきたということは、魔王軍に加担する意志はないという現れでもある。


「しかしまさか、私兵まで全部投入してくるとは思わなかったな。てっきり衛兵隊の百二十人だけかと」
「それでは少なすぎて、戦況はあまり変わらないでしょう。それで魔王軍が撤退したら不自然です」
 アラムは笑いながら、俺を客間に案内した。
「今回の功労に免じて、隠し持っている私兵についても黙認してくれるそうです。防衛に必要な戦力であると」
「そいつはよかった」


 どんなやりとりがあったのかはよく知らないが、どうやらアラムが熱く義を語ったらしい。
 ミラルディア軍の指揮官も熱い性格だったようで、すっかり意気投合したそうだ。
 最後にはすっかりアラムの考えに賛同したそうで、「シャルディールの衛兵数はおかしい。上に掛け合ってくる」と約束までしたという。
 アラムの場合は変に小細工するより、自然体の方が陰謀に向いているようだ。


 アラムはここで襟を正し、俺に向き直る。
「この度は私とシャルディールの危機を救っていただき、大変感謝しております。元はといえば私の外交下手が原因ですが、それを救っていただきました」
「貴殿は性格がまっすぐだからな……」
 最初の頃はだいぶがんばっていたようだが、アラムには腹芸の類は向いていない。どうしても本音が出てしまうタイプだ。
 そしてたぶん、変に隠さずに最初から本音で語ったほうが人を動かせるタイプなのだと思う。


 俺はアラムに問いかける。
「魔王軍は約束を守るし、十分な戦力も持っている。そして何より、無益な殺生はしない。この戦いでおわかりいただけたと思う」
 敵の重騎兵隊は脅威なので徹底的に叩いたが、それでも戦死者は数十人だ。
 逃げたり落馬したりで一時的に無力化された騎兵は多かったが、あの場面で無理に殺す必要もないからな。


 アラムは俺の言葉に深くうなずいた。
「はい。今後は魔王軍と協力して、シャルディールだけでなく南部の諸都市に魔族との共存を訴えましょう」
 そう簡単にいくかな?
「我々南部の人間は、海を渡ってきた開拓者の末裔です。新境地を切り開く心は忘れていません。魔族との共存だって、きっとうまくいきますよ」
 自信たっぷりに、アラムは言ったのだった。
 こいつ本当に情熱家だな……。


 アラムに別れを告げた後、俺たちはリューンハイトに戻ってくる。
 これでリューンハイトは北方にベルネハイネンとトゥバーン、東方にシャルディールという盾ができた。
 南方の備えがまだ整っていないが、こちらからまとまった数の敵が来る可能性はかなり低い。
 しばらくはゆっくり内政に専念できそうだ。


 だがその夜、俺は叩き起こされることになる。
「隊長、静月教の長が面会を求めてるんですが……」
 当直の人狼が、熟睡していた俺を起こしに来た。
「こんな夜中になんだ……?」
 できれば朝まで待って欲しいんだが。
 すると俺の部下は、こう答えた。
「魔王軍の一大事を予知した、とのことです」
「ん?」
 リューンハイト静月教の長というと、占星術師のミーティだな。
 宗教会議以来あまり会ってないが、魔王軍の一大事ってなんだ?
 相手はリューンハイトの有力者のひとりだし、とにかく会おう。


 ミーティを執務室に通した俺は、眠気をこらえながら応対する。
「夜分申し訳ありません。星の配置が、勇者の出現を告げています」
 なんだ、その話か。
「教えて頂いてこんなことを言うのは申し訳ないが、勇者なら既に倒した。偽者だったが……」
「いえ、『勇者ランハルト』ではありません。本物の勇者です」
 ミーティは真剣そのものの表情で、俺に詰め寄ってきた。
「今夜遅くから、北方に強い宿星の輝きが現れています。すぐに北方に使者を送って、状況を確認されたほうがよろしいかと」


 俺はどうするか迷ったが、彼女の占星術師としての腕前は色々と聞いている。南部では有名な人物らしい。
 この世界の占星術は本物の予知魔法だ。術師の実力が高いほど、恐ろしい精度で未来を予知する。
 同じ魔術師として、専門家の意見には耳を傾けよう。
「ミーティ殿がそこまで仰るのなら、ただごとではないな。わかった、すぐに調査しよう」
 確か師匠は今夜、ベルネハイネンに滞在しているはずだ。
 今夜中に人馬隊の誰かをベルネハイネンに派遣して、師匠に北部戦線の様子を見てきてもらおう。
 電話もメールもない世界なので、何をするにも時間がかかる。


 それにしても、敬虔な聖職者が勇者の出現を魔族に教えるというのは奇妙だな。
「しかしミーティ殿、勇者はあなた方にとっては味方なのでは?」
 すると彼女は首を振って微笑んだ。
「ヴァイト殿には宗教会議での恩があります。それに」
「それに?」
 ミーティは悪戯っぽく答える。
「今のままのほうが、リューンハイトの静月教徒にとっては幸せですからね。北部の勇者より南部の人狼です」
 そう言ってもらえると、なんだか嬉しい。
「ありがとう、ミーティ殿。この恩は忘れません」
 俺は一礼すると、すぐさま伝令を走らせた。
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