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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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準魔王級のヴァイト

47話


 そうこうするうちに、どうやら市民兵たちは本格的に偽聖女様をぶっ殺す気になったらしい。
「いやああああ!」
 髪をつかまれて引きずられていくのは、聖女ミルディーヌだ。
「私、悪くない! 元老院の偉い人に言われただけだもの! 言われた通りにしただけなのに、なんで死ななきゃいけないの!」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、石畳にしがみついているミルディーヌ。もう聖女の威厳も何もない。
「聖女様だろ! 最期まで聖女やってみろオラッ!」
「聖女じゃないし! ただの下級官吏だし!」
 彼女は首を振って、いやいやと必死に抵抗している。


 偽勇者に騙されて死線をくぐってきた兵士たちが、こいつに怒り狂うのはわかる。
 でもこいつも、元老院の道具にされていただけだ。
 元老院の実態については不明な部分が多いが、下級官吏が逆らえる相手ではないことはわかる。


 とうとうミルディーヌは広場の石壇に引きずり上げられ、数人がかりで押さえつけられた。
「元老院め! 普段から偉そうに威張り散らしやがって!」
「もう許せねえ、覚悟しろよ!」
「いや、いやっ、いやああっ! やだっ、死にたくない! 謝るから許して!」
「もういい、やっちまえ!」
「いやーっ!! やだやだやだっ、死にたくないいいっ!!」
 驚いたことに、誰も止めるヤツはいない。元老院への憎悪を、彼女に全部背負わせている。
 どうやら元老院は、あまり評判が良くないらしい。


 だが元老院の命令だろうが何だろうが、彼女が大勢の人間を騙して死地に向かわせたのは事実だ。
 それにあいつ、俺たちにとっては敵だしな。
 ……とはいえ、女の子が殺されそうなのに見て見ぬふりってのも無理だ。
 俺はマオの部下たちに、そっとささやく。
「変身する。離れててくれ」
「ヴァイト様、何をなさるのですか!?」
「人助けかな?」
「おかしいですって! ここにいるのは私たち以外、ヴァイト様の敵ですよ?」
 なんかおかしいのは、俺もわかってるんだけどな。
 戦場以外で人が死ぬのは、あんまり見たくないんだよ。


 俺は変身すると、壇上に飛び上がった。
 手近な兵士を持ち上げると、真下の人だかりに向かって放り投げる。
 一瞬、何が起きたのかわからない兵士たち。
「人狼!?」
「じ、人狼が出たぞ!」
「敵襲ーっ!」
 たちまち、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 俺は壇上の兵士たちを適当に蹴り飛ばし、しつこいヤツは兜をつかんで軽く揉む。
 うまくやると兜がひしゃげて、視界が確保できなくなるのだ。そして蹴り飛ばす。
 手早く十人ほど片づけて、俺は壇上を占拠した。
 さっきの偽勇者たちと比べると、さすがに一般兵士たちは遥かに弱い。楽なものだ。


 いい機会だし、ちょっとデモンストレーションしておくか。
「俺の名はヴァイト! 魔王軍の将だ! 勇者とやらは俺が血祭りにあげてやったぞ! お前たちの英雄など、我ら魔族の足下にも及ばぬわ!」
 その瞬間、兵士たちの動きが止まった。
「ヴァイト!?」
「トゥバーンを滅ぼした、人狼将軍ヴァイトだ!」
 いや、滅ぼしてはいない……。


 俺の名を聞いた兵士たちは、常備軍の猛者も、逆上している市民兵も、そろって凍り付いたように動きを止めてしまった。
「伝説の四百人殺し……」
「いや、四千人だ。トゥバーンにはもう、生きてるヤツは誰もいないからな……」
「城壁崩しの人狼だ……トゥバーンの城壁ですら、あいつの一撃には耐えられなかったらしいぞ……」
 なんか前より尾鰭ついてないか?
 というか、その噂が本当なら魔王様と同じぐらい強いぞ。


 刃向かってくるヤツはボコボコにしてやろうと思っていたんだが、こうも萎縮されると反応に困る。
 困ったな、大暴れしてやろうと思ったのに。
 俺はネタを忘れた新米芸人のように、壇上できょろきょろと周囲を見回す。
 あ、聖女様がいた。
 こいつ確か、儀式を盛り上げるのが専門の魔術師だよな。
 ちょっと仕事してもらおうか。


「おい。死にたくなかったら、あいつらがビビるような幻術を使え。どさくさに紛れてずらかるぞ」
「どうしてあなたが……?」
 まさか俺が助けに来るとは思ってもいなかったのだろう。そりゃ俺だってそうだ。
「俺はお前の命を奪わないと約束した。ここで見捨てたら、約束を破ったのと同じことになる」
 適当に言い訳して、俺は彼女をせかす。
「いいから早くしろ、死にたいのか?」
「は、はい!」
 コクコクと何度もうなずいた偽聖女ミルディーヌは、慌てつつも手慣れた様子で呪文を唱えた。
 詠唱完了と同時に、周囲が薄暗くなる。
 なんだ?


「グワーッハッハッハ!」
 俺の声だ。だいぶエフェクトがかかっているが、俺の声が頭上から聞こえてくる。
 おそるおそる見上げると、巨大な人狼がそびえ立っていた。
 恐ろしくリアルな幻影だ。さすがに専門というだけのことはあるな。


「貴様らなど、俺の腹を満たす役にも立たんわ! 死にたいヤツからかかってこい! 四千人殺すのも、四万人殺すのも同じだ!」
 また桁が増えてる……。
 だが周囲の兵士たちは、もう完全に戦意が崩壊していた。
 勇者が偽物で、ゾンビになって、聖女が下級官吏で、人狼が出てきて、巨大化した。
 これだけ続けて色々起きれば、誰だってパニックになる。


 幻影の俺は、さらに叫ぶ。
「人狼はどこにでもいるぞ! 貴様たちの中にも、人狼は潜んでいるのだ! せいぜい用心するがいい!」
 ああ、そういえば今の俺はミラルディア軍の市民兵の格好だったな。
 俺の幻影が言ったことで、兵士たちは互いをきょろきょろと見つめている。壇上から注意がそれていた。
 即興の割に、なかなかうまい演出を考えつくじゃないか。さすがは聖女様だ。
 俺は幻影の人狼の陰で、そそくさと人間の姿に戻る。
 それからミルディーヌをよっこらしょと担ぐと、こんな場所からはおさらばすることにした。


「あの、どちらに?」
 ついてきた交易商マオの部下たちがおそるおそる訊ねてくるので、俺は簡潔に返事をする。
「こいつ引き取って帰る」
「そ、そうですか……」
「お前たちも気をつけてくれ。くれぐれも、無謀な真似はしないでくれよ」
 彼らはお互いに顔を見合わせ、こう返事する。
「あなたに言われるのは、色々な意味で妙な気分です……」
 そうかな?
 こうして俺は大混乱のシュベルムを脱出し、偽聖女様を連れてリューンハイトへと帰還したのだった。


 その後、北部戦線は妙な具合になったらしい。
 北部戦線の将兵たちに元老院への不信感が高まり、市民兵の大半が帰郷してしまったのだ。
 元老院が躍起になって「勇者ランハルト偽者説」を打ち消して回ったので、ミラルディア側ではこの件は疑惑のまま終わったようだ。
 俺が魔王並みに強かったということで、強引に辻褄を合わせたらしい。準魔王級とか小魔王クラスとか、勝手にランク付けされていると聞いた。
 俺を勝手にどんどん強くするのはやめてくれないかな……そんなに強くないから恥ずかしいぞ。


 シュベルムに残ったのは常備軍と各都市の衛兵隊、それにシュベルムとバッヘンの市民兵だけだという。
 さらに魔族が紛れ込んでいないか、兵士ひとりひとりを定期的にチェックすることにしたようだ。
 おかげで人員管理の手間が膨れ上がって、身動きが取れなくなっているようだ。


 魔王軍側は師匠が奪った魔力でせっせと第二師団の治療を続けた結果、生き残っていた負傷兵は全員が戦線に復帰した。
 目でも腕でも再生させてしまうんだから、そりゃ復帰できるよな。
 もちろん莫大な魔力を消費したらしいが、おかげで師匠は第二師団で聖母とか聖女とか呼ばれているそうだ。
 それがちょっと嬉しかったのか、師匠も北部戦線にちょくちょく顔を出すようになったと聞く。


「でも師匠、魔法の武具は学術的にも戦略的にも価値があるんですから、粗末に扱わないでくださいよ」
「人間用の武具は魔族には合わんぞ。手の大きさや頭身が違うからの。それに古代の魔術師にとっては、あれは魔力の備蓄袋じゃ。本来の用途に使っただけじゃろうが」
「最近は貴重だから、将兵に支給すると士気が上がるんですよ。盾のひとつぐらい、残しておいてくれてもいいじゃないですか」
 確かに師匠の判断は合理的だったと思うが、何も全部吸ってしまわなくてもいいと思う。
 魔法の武具は、たいていの武人が欲しがる。俺も前世でネットゲームしてた頃は、魔法の武具でゴテゴテに固めていたものだ。
 今は人狼だから、せっかく実在するのにほとんど装備できないが……。


「そういうものか。それなら魔力に余裕のあるときに何か作って、第二師団に届けるかの。大賢者ゴモヴィロアの逸品じゃ。それでええじゃろう? だから怖い顔をするな」
「まあ、それでしたら……」
「死んだ瞬間にゾンビになって、そのまま戦い続けられる首飾りとかどうじゃろうな?」
「どんだけ死霊術が好きなんですか。死なないようにしてあげてくださいよ」
 師匠は困ったように頭を掻く。
「死霊術師が作る以上、それっぽいものになるのは仕方ないじゃろうが。専門外じゃと数が作れんし、戦友たちの霊が勇気と加護をくれる兜では嬉しくなかろうし……」
「いや、それでいいと思いますよ?」


 師匠がこの兜を何個か作って持っていったところ、第二師団では師匠の株がますます上がったらしい。
 こういうの普段からやればいいのに、師匠は人間関係の構築が下手なんだよな……。
 俺も含めて魔術師はみんな世間離れしているが、死霊術師は特にひどい。見えてる世界が違うからな。
 ティベリト師団長とは違った意味で、師匠も問題児だ。強い魔族はマイペースな生き方ができるから、どうしてもこうなる。
 だから俺たちみたいな地味で堅実な副官が必要なのだ。


 兵力と士気を回復し、強力な装備も獲得した第二師団は、その後もミラルディア同盟軍と互角に睨み合いを続けているという。
 侵攻開始時と比べると兵力は激減しているが、機会さえあればシュベルムを再占領することも可能だろう。
 これでしばらくは北部戦線も安泰だな。


 ただ、交易商のマオは不満そうだった。
「何で最初に私の部下に連絡してくれなかったんですか?」
「お前が胡散臭いからだ。反省しろ」
「胡散臭いのは否定しませんがね。利得もないのに裏切ったりはしませんよ。失礼な方だ」
 どうやら彼は俺に疑われたことではなく、「利益もないのに裏切るヤツ」と思われたことが不満らしい。
「交易商にとって損得計算ができない者は、強欲な卑怯者よりタチが悪いのですよ。交易商失格だと言われたのと同じです」
「そ、そうか。そいつは悪かった」
 なんで俺が謝らなくちゃいけないんだ。


 さらに部下たちからも色々言われた。
「おい、隊長がまた勝手にそのへんうろついてたらしいぞ」
「南部戦線の最高司令官が、北部戦線うろついてどうするんだ……」
「いや、それが偽勇者を倒しに行ってたらしい」
「意味がわかんねえよ」
 お前ら、わざわざ執務室で俺に聞こえるように悪口を言うな。書類読めないだろ。


「てか、あの捕虜の女は何なんだ」
「偽勇者の仲間だった偽聖女だってさ」
「もうムチャクチャだな、この人」
 いつまで俺の悪口言ってるんだ、帰れ帰れ。
 何か言い返したいが、全部事実なので何も言い返せない俺だ。


「隊長は人狼の中でもデタラメに強いからな……。無茶しても平気だから、どんどん無謀になる」
「隊長がのんきな分、俺たちが支えないとな。死なれたら困る」
「ああ、責任重大だ。魔族の未来がかかってるぞ」
 なんか俺も問題児扱いされてないか?
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