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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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勇者の帰還

46話


「尋問は終わりかの?」
 不意に背後から声が聞こえてきて、俺は振り返る。
「早かったですね、師匠」
 とんがり帽子のちびっこ賢者が、闇夜にふわふわと漂っていた。
「治療でだいぶ疲れたのう……おや、手頃なものがあるではないか」
 師匠はそう言うと、転がっている剣に触れた。


 乾いた布が水を吸い込むように、魔法の剣から一瞬で魔力が消失した。師匠が吸い取ったのだ。
「何してるんですか師匠!?」
「魔力の補給じゃ。気が利くのう、ヴァイト」
「師匠が今吸ったの、たぶん竜殺しの魔剣ライオニヒトですよ」
 竜や竜人に対して異様な殺傷力を持つ剣だ。普通に使っても大盾を真っ二つにする威力がある。
「わかっておるが、ちょうどよいではないか。物騒じゃからのう。お、この盾もよいな」
「その盾も古王国期の紋章が入ってて、明らかに年代物なんですが……最低でも百五十年ぐらい?」
「なんじゃ、ついこの間ではないか」
 盾の次は鎧を吸い始めた。えーとあれは……たぶん本物の歴代勇者の誰かが着てたヤツだな。
「やめて! もったいない! 防具は残してもいいでしょう!」
「わかったわかった、今度魔族用のを作ってやるからの。今は魔力の回復に役立てさせてくれんか。バッヘンでの治療がまだ途中じゃ」
「嘘だ、絶対作る気ないでしょう!」
 俺の持っている魔力を一ヴァイトとすると、今の剣と盾と鎧で合計二十七ヴァイトぐらいある。
 第二師団にあげれば喜ぶのに……。


 偽勇者たちの装備から魔力を全部吸い取って、師匠は満足げに大きく伸びをしてみせた。
 俺ずっと計算してたけど、間違ってなければ百二十八ヴァイト分あったぞ。このロリババア、魔力の容量が底なしだ。
「まあまあじゃの。で、この見習い魔女はなんじゃ?」
「勇者のお供らしいですよ」
 すると師匠は納得したように、うんうんとうなずく。
「ほほう、こんなハリボテで勇者気取りをしておった訳か。これ娘、身の丈を知らんと身を滅ぼすぞ」
 そいつの仲間はさっき全員身を滅ぼしたところです、師匠。


 顔面蒼白の女魔術師のことなどまるで無視して、師匠は軽く印を結ぶ。
「馳走になったからの、骸ぐらいは仲間に帰してやろう。さあ目覚めよ、仮初めの生を与えてやろうぞ」
 師匠がちょちょいと指を振ると、倒れていた死体がズルズルと三体とも起きあがってきた。ゾンビ化させたのだ。
 鮮血をぼとぼと滴らせているゾンビたちを小さな手で撫でて、師匠は優しく言う。
「歩いて同胞のところまで行くがよい。手厚く葬ってもらうのじゃよ」
 無邪気な笑顔で手を振る師匠。
 これだから、死霊術師はサイコ野郎だって誤解されるんだよな……。


 血を流しながらフラフラ歩いていく、かつての仲間たち。
 女魔術師は引きつけを起こしそうな顔をして、ガクガク震えている。
 そんな彼女を見て、師匠はにっこり笑う。
「なんじゃ、自分で歩けんのか? おぬしたち、まだ生きておる戦友を連れていってやるがよいぞ」
 ゾンビがぬるりと振り返り、濁った眼球で女魔術師を見る。
「ひっ……」
 ゾンビはゆらゆらと歩み寄り、腰を抜かしている彼女を三人がかりで持ち上げた。
「ひっ!? い、いやああぁっ!」
「意外と元気じゃの。まあよい、送ってやれ」
 師匠が手をひらひら振ると、偽勇者のゾンビたちは女魔術師を担いで城壁の隙間に消えていった。


「無茶苦茶しますね、師匠は」
「なんかまずかったかの?」
「いや……いいです。ちょっと偵察してきます」
 師匠は人間の心を失って久しい。
 しょうがないので、俺はこそこそとシュベルムの市内に戻る。何かあれば師匠が助けてくれるから、気楽なものだ。


 案の定、市内では大騒ぎになっていた。
「勇者殿!? そのお怪我は!?」
「し、死んでるぞ! ゾンビだ!」
「ランハルト殿のゾンビだ!」
「剣聖殿と聖騎士殿もだ!」
 えらく立派な称号もらってたんだな。正当防衛だから仕方ないが、気の毒なことをした。
「待て! 聖女殿は、まだ生きておられるぞ!」
 その子、聖女扱いだったのか。
 もう、そっとしておいてあげてください。


 ゾンビたちはシュベルムの中央広場まで歩いていくと、そこでグチャリと潰れた。死霊術師ゴモヴィロアの命令を果たして、ただの死体に戻ったのだ。
 周囲には大勢の兵士が集まっているが、あまりの事態に遠巻きにしているだけだ。
 そりゃそうだろう。
 北部戦線の希望の星だったらしい勇者様ご一行が、いきなりゾンビになって練り歩いてたんだから。


 同盟軍の将兵たちが呆然としていると、文官らしい貴族が慌てて走ってくる。実物を見るのは初めてだが、あの格好は元老院の書記官だな。
 中年の書記官は聖女様を見るなり、詰問口調で叫ぶ。
「何があったのだ!? 説明せよ、聖女ミルディーヌ!」
 すると女魔術師が石畳に尻餅をついたまま、悲鳴のような声で答える。
「じ、人狼です! 一匹の人狼に、全員殺されました! しかも、ゾンビにされて……」
「人狼だと!? バカな、その程度の敵に倒される勇者殿ではないぞ!」
 確かに並の人狼なら、三人がかりで襲われて一瞬で倒されていただろう。俺も「ソウルシェイカー」を使っていなければ、たぶんアウトだ。


 しかしミルディーヌと呼ばれた女は、ぶんぶんと首を振って反論する。
「人狼の遠吠えで、魔法も剣も封じられてしまったんです! 勝てませんでした!」
 このやりとりに、兵士たちの間から不穏な会話が漏れ始める。
「四人がかりで人狼一匹に負ける勇者なんて、いるのか……?」
「いや、魔王軍には恐ろしく強い人狼の将軍がいるとは聞いている」
「そんな偉いヤツが、こんなとこにのこのこ来る訳がないだろう」
 来てる。
 来てるぞ。


 兵士たちの不穏なざわめきに、書記官はうろたえ始めた。
「待て、聖女様は取り乱しておられる! さあ、こっちに来なさい!」
 ミルディーヌの手を引っ張ろうとした書記官を、兵士の一人が制した。普段着に胸甲を着けただけの市民兵だ。
「待ってくれ、本当にランハルト様は勇者だったのか!?」
「そうだ、この程度で勇者が死ぬはずがない!」
「まさか俺たちを騙していたのか!?」


 元老院が雇っている常備軍は、食いっぱぐれた剣客や傭兵、あるいは遊牧民の戦士たちだ。プロフェッショナルの彼らは、何が相手だろうと戦う。
 しかし衛兵や市民兵は、そうはいかない。衛兵の管轄は自分の市だけだし、市民兵は仕方なく戦っているだけのアマチュアだ。
 何かあれば士気は簡単に崩壊する。


 徐々に兵士の数は増え、それに伴って広場は大混乱に陥っていた。
 元老院の書記官は逆上した兵士たちに詰め寄られ、顔を殴られている。鼻や口が血だらけだ。そのうち誰かが彼の袖をつかみ、書記官の姿は群衆の中に消えた。
 偽勇者たちの死体には誰も敬意を払わず、偽聖女を兵士たちが取り囲む。
「アンタ、二十六流派の魔術を極めた達人なんだろ!? 人狼一匹ぐらい、魔法で倒せるんじゃないのか!?」
 そりゃ凄いな。うちの師匠以上じゃないか。


 すると聖女ミルディーヌは首を横に振って、怯えた表情で彼らを見上げた。
「む、無理……できません……」
「どういうことなんだ!?」
「だって私、た、ただの元老院魔術官ですし……げっ、幻術しか……」
「幻術ぅ!?」
 ごつい兵士に凄まれて、彼女は言わなくていいことまで言ってしまう。
「ひっ! ぎ、儀式を盛り上げたり、不祥事を隠蔽したり、そういうのが仕事です!」
 一瞬、沈黙が流れた。


「とんだ女詐欺師だ!」
「偽聖女様かよ! ふざけやがって!」
「こんなヤツらに従ったせいで、仲間が何人やられたと思ってやがるんだ!」
「こいつをブッ殺せ!」
「殺せ! 首を斬れ!」
 おいおい正気か?


 無抵抗の丸腰の女を、よってたかって殺すというのは普通じゃない。
 だいたいお前らが街をふたつ取り返せたのも、あいつら偽勇者が士気を高めてくれたせいじゃないのか?
 そんなことを考えていたら、俺は背後から袖を引かれた。
「ヴァイト様、ヴァイト様」
 この状況で俺の名を呼ぶヤツは、間違いなく交易商マオの手下だな。


 若い交易商人が二人、俺を驚愕のまなざしで見つめている。
「ヴァイト様ご本人が、こんなとこで何やってんですか?」
「いや、ちょっと様子を見にきたついでに勇者をやっつけた」
「それおかしいでしょう!?」
 元はと言えば、お前らの上司が胡散臭すぎるせいだ。
「とにかくこちらへ。お召し替えを」
 俺は近くのテントに引っ張り込まれ、北部市民兵の一般的な上着を着せられた。
「あんまり目立つことをしないでください、我々まで危険になります」
「すまん」
 だから、お前らの上司が悪いんだって。
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