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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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北部戦線

44話


 勇者の出現は、魔王軍の中でもかなり危険視されていた。
 過去に魔王は何度も出現したが、勇者は魔王にとっては天敵のような存在だ。
 理由は魔族の習性にある。
 最も強い者に従う魔族は、魔王を倒された瞬間に混乱状態に陥ってしまう。
 魔王の次に強い者が統率を代行すればいいのだが、その者すら混乱状態になるので、誰も戦えなくなるのだ。


 過去に魔王を討伐した勇者たちは敵陣深くに切り込み、魔王を直接対決で倒してきた。魔族にとっては一番苦手な方法だ。
 ただ、影武者を用意するなり、後継者を育てておくなり、色々方法はある気もする。


 問題は、魔族の感覚がそれを受け入れられるかどうかだが……無理だろうな。こういうのは理屈ではないのだ。
 魔王の代わりはいない。
 仮に魔王と同じ実力者がいたとしても、その者はまた一から自分の勢力を興していかなくてはいけない。


「またえらく難しい顔をしておるのう……」
「うわあ!?」
 耳元で甘酸っぱい声で呟かれ、俺は唐突に振り返った。
「やっほー、モヴィちゃんじゃぞい」
 師匠がわざとらしい子供っぽさを振りまいて、肩のあたりで小さく手を振っている。
「師匠、その愛称普及させるのまだあきらめてなかったんですか」
「愛娘にゴモヴィロアなんて名前をつける親が悪いんじゃよ」
 いつまで根に持ってるんだ。


 俺は師匠の性格をよく知っているつもりだが、こういう冗談を言うときの師匠は案外落ち込んでいる。無理して周囲を和ませようとしているのだ。
「師匠も勇者のことが気になってるんですか?」
「……まあの」
 そっけない返事だが、師匠の苦悩はありありと伝わってきた。
 魔王フリーデンリヒター、巨人ティベリト、大賢者ゴモヴィロア。魔王軍旗揚げのときからの同志だ。
 北部戦線にはティベリト師団長がいるし、勇者はいずれ魔王様を狙ってくる。二人のことが心配なのだろう。


 俺は師匠の幼い横顔を眺めながら、交易商マオとの取引を思い出していた。
 勇者は北部の要衝シュベルムにいる。
 マオの配下の者が潜入しているらしいから、師匠に送ってもらってちょっと様子を見に行くのはいいかもしれない。
 師匠を元気づけられるような情報があるかもしれないからな。


「師匠、もし差し支えなければ、北部に転送してほしいんですが」
「北部にか?」
 きょとんとしている師匠に事情を説明する。
 師匠は考え込む様子で、こう呟いた。
「なるほどのう……人間の間者か。罠ではあるまいな?」
「わかりません」
 敵が待ち伏せしていたら全力で逃げよう。騎兵より早くて重装歩兵より頑丈な人狼様だ。なんとでもなる。


「ただ情報源の交易商には、俺を裏切る理由がありません。何の利益にもなりませんから」
「ミラルディアからの懸賞金とか、宗教的動機とか、そこらへんは大丈夫かの?」
「そこまでは……」
 ミラルディアが俺に懸賞金をかけている可能性は低いだろう。俺は大勢いる副官の一人だ。
 それにモンザに調べさせた限りでは、マオは静月教徒、それもあまり熱心ではないほうだ。魔族を忌み嫌う宗教的な理由はない。
 何かの理由で個人的に魔族を恨んでいる可能性はあるが、その可能性は誰にでもある。だから気にしないことにした。


「おぬし、自分が魔王軍の最重要人物である自覚はあるか?」
「あまり……」
 リューンハイトの統治を任されているという重責はあるが、仮に俺が死んでもアイリアとクルツェ技官が何とかしてくれるはずだ。
「まったく……まあよい、わしがついておれば逃げ切るぐらいは容易であろう」
 師匠はそう溜息をつくと、よっこらしょとイスから飛び降りた。
「シュベルムは敵地じゃからの、魔王軍の支配地域であるバッヘンに転送陣を開く。準備するから、ちょっと待つがよい」


 師匠が転送に必要な儀式を終えるのを待つ間に、俺は今日の事務仕事をあらかた終わらせておく。細かいことはアイリアに一任だ。
 それから俺たちは師匠の魔法で、北部の農業都市バッヘンへと飛んだ。


「うわあ……」
 俺の口から最初に出てきた言葉がこれだから、バッヘンの惨状がどんなものか、想像はつくだろう。
 理由はふたつ。


 ひとつめは街並みだ。
 第二師団の侵攻時に破壊し尽くされたせいで、バッヘンのインフラは完全に機能を停止していた。
 農業都市だけあって水路も計算し尽くされているのに、あちこちが崩れている。水飲み場には赤黒い泥水が溜まっていて、獅子を模した噴水口は叩き割られていた。


 もうひとつは、魔王軍第二師団のありさまだ。
 まだ戦える部隊は市外に陣を張っているが、市内は負傷兵がそこかしこにひっくり返ってうめいている。
 小柄な人間ぐらいのサイズの妖鬼兵が、二の腕を毛布で巻かれてうめいている。だが本来あるべきはずの片腕がない。
 かと思えば、五メートルほどの巨人族が民家の壁にもたれて、じっと動かずに肩で息をしている。両目を槍で突かれたらしく、酷い傷痕が残っていた。


「かろうじて逃げ延びてきた……という感じじゃの」
 師匠は平静を装っているが、かなりショックを受けている様子だ。
 城門を入った大通りだけで、数百の兵士があちこちに倒れている。中にはもう息をしていない者もいた。
 どこかの民家が臨時の野戦病院になっているらしく、すさまじい悲鳴が聞こえてくる。手か足の切断術でも行っているのだろう。


 師匠は俺を振り仰いで、こう言った。
「この者たちは苦労して本隊に戻ってきたというのに、このまま死んでいくのはあまりにも哀れじゃ。わしは負傷兵の治療をしてくる」
「それはいいですけど、勇者はどうするんですか?」
「おぬしに任せよう。何かあれば、ここまで戻ってくるがよい」
 負傷兵のことが気が気でないらしく、師匠はそう言い残すとさっそく手近な兵士に治療魔法をかけ始めた。
「ほれおぬし、しっかりせぬか。すぐに傷口を塞いでやるでの」


 世話焼きの師匠は、こうなってしまうともう止められない。
「じゃあ師匠、俺だけ行ってきます。なるべく急いで戻りますので」
「うむ、気をつけるのじゃぞ。後で迎えに行く」
 師匠はすでに三人目の兵士を治療している。二人の妖鬼兵が目をパチパチさせながら、治った傷口を何度もなでているところだ。
 まあしょうがないか……。目の前で味方に死なれるのも嫌だし。
「師匠もお気をつけて。また魔力使いすぎて、倒れないようにしてください」
「ここにはティベリトのヤツもおるから大丈夫じゃ。後で挨拶しておくでの」


 俺は変身すると、バッヘンの城門を駆け抜ける。城壁の外の広大な小麦畑を横目に、俺はシュベルムへと走り出した。
 バッヘンはシュベルムの駐留軍に食料を供給するための街なので、距離はかなり近い。馬より速い人狼の脚力なら、夜には着けるだろう。
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