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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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受け継がれる魂

外伝33話


 俺が間抜けにも人狼隊の魔撃銃のバッテリーをあらかた紛失してしまったせいで、今回の調査は早々に帰ることになった。
 今日はもう遅いので砂漠で一泊し、明日の日中に船に戻ることにする。


「お父さん、まだ起きてるの?」
 俺がキャンプの外れで砂丘に腰を下ろして夜空を眺めていると、フリーデがやってきた。
「お前こそ、まだ起きてたのか。明日は帰るだけとはいえ、何が起きるかわからない。休んでおきなさい」
 そう言ってみたものの、俺も寝てないからあんまり強くは言えないな。


「寝る前にオレンジでも食べるか?」
 長旅に備え、壊血病対策として運んできたオレンジ。
 今回はもう帰るので、荷を軽くするためにみんなに配っている。
 柑橘類というかフルーツ全般が大好きなフリーデは、いそいそと俺の横に腰を下ろした。
「うん、半分こしよう」
 勝手に配分を決めるな。
 お父さんはお前に少し多めにやりたいんだ。


 俺はオレンジを皮ごと半分に割り、大きな方をフリーデに渡す。
「これ食べたら寝ろよ?」
「うん、ありがとう!」
 いい笑顔だ。
 笑うと俺……というか、俺の母であるヴァネッサにそっくりなんだよな。
 祖母ちゃん譲りのいい笑顔だ。


 砂漠の冷たい夜風の中、俺たちは立ちのぼるオレンジの香りと味を楽しむ。
「ねえお父さん、これどこの?」
「ベルーザの果樹園だよ。ガーシュが経営してるところ」
「あー、やっぱり。すごく甘くておいしい」
 あのおっさん、飲兵衛の癖に物凄い甘党だからな。歳を取って酒が弱くなったぶん、ますます甘党になってきた。
 しかしこの甘さは前世の柑橘類を思わせる。


「懐かしいな……」
「なぁに?」
「ん、いや……そうだな」
 この子にも、そろそろ俺の出自を教える頃合いか。
 我が子に隠し事はしたくないし、できれば俺の本当の姿を知っておいてほしい。
 フリーデには余計な重荷かもしれないが、父のエゴも多少は許してもらおう。


「フリーデは転生について、どれぐらい習った?」
「え、うーん。魔術科で死霊術の基礎だけ習ったから、そのときにちょっとね。人の魂って、死んでも生まれ変わることがあるんだよね。記憶は無くしちゃうけど」
 だから確認された事例が皆無に等しく、まだ仮説の域は出ていない。
 数少ない例外が俺だ。


「お父さんも実は生まれ変わりを経験したらしい。そのせいで前世の記憶がある」
 俺がそう言うと、フリーデはオレンジを食べる手を止め、どこか不安そうな表情で俺を見つめる。
「え?……本当? お父さんが?」
「ああ。記憶がある程度正しいことは、これまでに確認できている。しかもだ」


 俺は笑ってみせるしかなかった。
「お父さんの前世は人間だったんだよ。しかもこことは全く違う世界、魔法も魔族も存在しない世界だった」
 フリーデの反応はといえば、オレンジの房を持ったまま完全に硬直していた。
 彼女の気持ちはわかる。
 フォローしておこう。


「心配しなくても大丈夫だよ。お父さんは子供の頃からずっと、前世の記憶を持ったまま生きてきたんだ。その記憶に何度も救われた。それにアイリアや師匠……いやゴモヴィロア学長も、このことは知っているよ」
 人狼の、魔族の価値観だけでは、人と分かり合うことは難しかっただろう。
 だから俺が今世で幸せをつかめたのは、間違いなく前世の記憶のおかげだ。


 俺はフリーデに向かって、こう続けた。
「お父さんが今まで、いろんな手柄を立ててきたのも、前の人生の記憶があったからだ。お父さんが凄い訳じゃない。前世の他の誰かがヴァイトとして転生してきても、同じ結果になっただろう」
 人狼の強力な対人能力と、魔術師の力。
 そして近代化しつつあった魔王軍の組織力。
 これに現代人の知恵が加われば、この世界ではやりたい放題だ。


 するとフリーデは悲しそうな顔をして、こんなことを言う。
「でも私は、お父さん以外の人がお父さんだったら嫌だよ……」
「はは、そうか。そうだな。言い方が悪かった。もちろんお父さんだってそうだよ」
 転生して俺は最高の職場と最高の師と最高の上司、最高の仲間に恵まれた。
 そして最高の伴侶と、最高の子供にもだ。
 俺以外の誰にも、この最高の人生を渡す気はない。


「お父さんは前の人生では、いいことがあんまりなくてな。悪いこともあんまりなかったが、幸せじゃなかった。でも今はフリーデがいる」
「今は幸せ?」
「もちろんだよ。お前みたいによくできた娘がいて、不幸な訳がないだろう」
 俺がまじめに答えると、我が娘は「ふへへ」と変な声で笑った。
 嬉しそうにニヤニヤしている。


 それから俺は、フリーデにいろんなことを語って聞かせた。
「お父さんは人間だったから、人間の社会の複雑さや人間特有の心理もわかる。人間の怖さもな」
 魔族にとっては理解しにくい価値観も、俺にとってはなじみの深いものだ。
 どこをどうつつけば人間の心が動くのか、俺には多少わかった。
 だから無駄に敵を作らず、逆に片っ端から味方を作っていった。


「後はまあ、火薬を爆発させたり、ナトリウムらしきものを爆発させたり、色々した……」
「爆発させてばっかりだね……」
 もう少し俺が自然科学に精通していれば良かったんだけどな。
「だから正直なところ、もっと賢い人が人狼に転生していれば、もっとうまくやれたんだろうと思う。お父さんはこの程度が限界だな」
 ちょっとみっともないが、少なくとも俺なりに全力を尽くした。
 努力が報われるってのはいいもんだな。


「そういうことだから、お父さんは平凡な普通の人だよ。……あれ、何でこんな話をしてるんだっけか」
「知らないよ?」
 フリーデはあきれたように言い、それからちょっと俺をにらむ。
「それでもやっぱり、お父さんは凄い人だと思うよ。だって他の誰にも、お父さんみたいなことはできなかったんだから」
 理由は何であれ、娘に誉められると嬉しいなあ。


「なあに、お前ならお父さんより凄いことをやれるさ」
「無理。絶対無理」
「できるできる。できるように鍛え上げるつもりだ」
「いや、無理だって!?」
「はははは」
 俺は無性に楽しくなり、思わず笑う。
 それからフリーデの頭をくしゃくしゃ撫でた。


「心配するな。お前は凄いヤツになる」
「なるかなあ?」
「お父さんが保証しよう」
 親馬鹿だとは思うけど、やっぱりどうしてもこの子が凄いヤツになる未来しか見えない。
 この子がいれば、魔族と人間の未来は明るいだろう。
 何の根拠もないけど。


「あの……さっきのお父さんが前世は人間だったって話だけど」
「うん?」
 彼女はかなり迷ってから、ちらりと俺を見る。
「お父さんは、これからもお父さんだよね?」
「もちろん」
 変わらぬヴァイトクオリティをお約束します。


 俺はフリーデの懸念を払拭するために、なるべく明るい口調で言った。
「確かにお父さんは違う世界の人間だったけど、今は人狼のヴァイト・フォン・アインドルフだよ。魔王の副官、そしてフリーデのお父さんだ。他の何者でもない」
 今さら前世に未練はない。
 全くないといえば嘘になるが、もう戻る方法もないんだから考えても仕方ない。
 今の俺はフリーデの父親だ。


 フリーデは少しとまどっていたが、ずっと持っていたオレンジの房をようやく口に放り込んだ。
 それからやけに恥ずかしそうにしつつ、改まった口調で言う。
「お父さん」
「なんだ?」


 すると彼女は俺にぺこりと頭を下げた。
「あの、ええと、これからも御指導御鞭撻をよろしくお願いします。……なんちゃって」
「『なんちゃって』はいらないんじゃないかな……」
「いや、なんか凄く照れくさかったから……」
 言われた方も照れくさいよ。


 俺たちはしばらく黙り、それからフリーデが興味深そうに俺の顔をのぞき込む。
「ねね、お父さん」
「なんだ?」
「お父さんの前世の世界って、どんなとこだった?」
 ものすごく高度に発達して洗練された社会だったけど、住みにくかったな……。


 子供に夢のない話はしたくないので、俺は少し考える。
 せっかくだから、前世の凄いところを教えてやろう。
 といっても、飛行機や戦車じゃフリーデはそこまで驚かないだろうな。
 よし。


「前世でもポテトチップス……あれだ、芋の薄揚げが人気の食べ物で、袋詰めされたポテトチップスが売られていた」
「ふーん」
 こちらでも屋台の定番だから、フリーデの感動は薄い。
 だがここからが本番だ。


「袋詰めされたポテトチップスは長持ちする。三ヶ月ぐらいは揚げたての味のまま、腐ることも湿気ることもなくカリカリサクサクだ」
「どうやって? 魔法?」
「魔法は使ってないよ。しかも、どこの雑貨屋にもいつでも置いてある。仕入れが安定してて、売り切れになることがほとんどないんだ」
「嘘だ!?」
 こちらの世界では、どんな商品でも売り切れになることがざらにある。流通も生産も不安定だからだ。


「さらにだ。袋詰めされたポテトチップスの値段は、これぐらいの大きさで銅貨一枚……もいらないな、そんなにあったら三袋か四袋は買える」
「やっす!? 安すぎない!?」
「企業努力だ」
 ミラルディアも芋は安いけど、食用油と燃料が高いので屋台の揚げ芋もそれなりの値段になる。


 食いしん坊の我が娘は、じゅるりとよだれを垂らす。
「いいなあ……そんなに安かったら、お小遣いで買い占めるのになあ」
「あっちの世界だと雑貨屋は夜中も明かりをつけて営業してるから、別に買い占めなくても大丈夫だぞ」
「なんで!? お客さん来るの!?」
 来るよ。前世の俺とか。


「それに機械で空調ができるから、夏は店内を涼しくしてるし、冬は火も使わないのに暖かい。制服を着た店員さんが親切に応対してくれる」
「それでそんなに安く売って、儲け出るの!? おかしくない!?」
「お、いいところに気づいたな。さすがだ」
 我が娘の成長ぶりに、俺はにっこり笑う。


「そうなんだよ。もちろん他の商品も売っているし、人件費を限界まで削ったりしているが、とにかくそれで商売が成立しているんだ」
 俺は指を折ってゆっくり数えながら説明する。
「まず、芋の安定供給。農業技術がとても発達しているから、芋は安定して収穫できる。保存技術も高いから一年中芋が使えるし、凶作のときはよそから運んでくることもできるな」


 ふむふむとうなずいているフリーデ。
 もっとも北海道に台風が連続で直撃でもしない限り、現代日本でそんな凶作は起きないだろう。
 もちろん可能性はゼロではないが、ちょっと想像つかないな。


 くすくす笑いながら、俺はさらに続ける。
「薄揚げを大量生産する技術も発達してるし、薄揚げを袋詰めして長期保存する技術もある。それを店舗に運ぶ手順や、商品管理の技術も完成されている。だからそんなことができるんだ」
 フリーデはしばらく黙っていたが、やがて大きくうなずいた。
「つまり、ミラルディアで真似しようとしても無理だね!」
 はい、正解です。


「それっぽいものを一袋作るだけなら、師匠とリュッコに頼めば何とかなるんだろうけどな……」
 魔王軍謹製、大魔王チップス。
 師匠とリュッコの人件費を時給七百円ぐらいに抑えても、一袋十万円ぐらいだろうか。
 いや、桁がひとつ違う可能性もあるな。
「生産や流通の方法がシステムとして確立されてないから、どうにもならないんだよ」
「だよね……」


 がっかりするフリーデだが、俺は逆に嬉しかった。
「だが今の説明だけで、よくそこまで理解できたな」
「お父さんの授業で習ったもん。システムがどうとかいうヤツ。どんなに凄い武器や魔法も、システムに組み込めなかったらあまり意味がないって言ってたでしょ?」
 そういやそうだった。
 だがしっかり身についていることを再確認できたので、やっぱり娘を誇りに思う。


「だから極めて高度な技術をいくつも組み合わせ、安定した巨大なシステムとして完成させなければ、そういうことはできないんだ」
 俺が何気なく食べていたポテトチップス一袋一袋には、多くの人の努力と最先端の技術が詰め込まれていた。
 なくなって気づくありがたみというヤツだ。


「なあフリーデ。袋詰めされた芋の薄揚げが、いつでもどこでも、そして誰でも手軽に買える。そんなミラルディアにしたくないか?」
「したい!」
「だったらお父さんもお前も、もっと頑張らないとな。道は遠い」
「うん、だいぶ遠そう」
 まず芋とかオリーブとか菜の花とかの収量を増やして、それを安定させないとな。
 そこからだ。


 フリーデはわくわくした表情で、さらに俺に問いかけてくる。
「他には? 他にはどんな、すごいものがあったの?」
「そうだな……」
 俺は冷たく澄んだ砂漠の星空を見上げながら、次はどんな話をしてやろうかと考えていた。
※次回更新は来週後半の予定です(色々あって申し訳ありません)。
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