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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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女帝と騎士たち

外伝21話


 エレオラ帝を支える有力貴族たちが集うサロン、「騎士百合宮」。
 日当たりの良い広々とした室内で、レコーミャ大公が溜息をついた。
「やりづらいな……」
 その場にいる全員がうなずいた。
「よりにもよって、最初の外交使節にヴァイト殿の娘御が来るとは……」


「陛下の強い御要望を、ミラルディア側が快諾した結果だと聞いたぞ」
 そう発言したのは、盟友の一人であるペーティ卿だ。
 十数年前は最下級の宮士爵だった人物だが、現在は伯爵位と広大な所領を与えられている。


 レコーミャ大公は頬杖をつき、小さくうなずく。
「その通りだ。陛下は殊の外、ヴァイト殿の娘御を気に掛けておられてな」
「やはり未練が……?」
「いや、そうではない。陛下はおそらく、ヴァイト殿の後継者育成を確認したいのだろう」


 レコーミャ卿の言葉に一同はうなずくが、また溜息をつく。
「とはいえ、やはり対面すると気まずいな……」
「そう嘆くな、『神謀のペーティ』」
「その名前で呼ぶな、『護帝将軍』」
 ペーティ卿は困惑を隠せずに腕組みする。


「だいたいヴァイト殿が悪いのだぞ、自分の功績を全部隠蔽してしまうから」
「仕方ないだろう。ミラルディア人の助力で帝位をもぎ取ったことをあまり広めては、陛下の威信に関わる。ヴァイト殿はその辺りをよく心得ておいでだ」
「だからといって、自分の手柄をむやみに人に押しつけるのはやめて欲しいのだが……」


 ロルムンドの民衆や貴族、軍人たちから「護帝十四将」と称えられる俊英たちが、困り果ててうつむいている。
「あのドニエスク家の反乱のとき、我々が北ロルムンドに侵攻できたのはヴァイト殿が後方を押さえていたからだ」
「しかもただ守るだけではなかった。遠征軍の総大将であるウォーロイ皇子を捕虜にして、クリーチ湖上城まで無傷で占領しているんだぞ。あんな功績を押しつけられても困る」


 皇帝バハーゾフ四世の崩御直後に、皇弟の家系であるドニエスク家が起こした反乱。
 ドニエスク家の次男坊であるウォーロイ皇子は、帝都に近いクリーチ湖上城に精鋭を率いて籠城していた。


「そもそもウォーロイ皇子が帝都への侵攻を断念して籠城に切り替えたのも、ヴァイト殿の功績だ」
「ドニエスク軍が帝都への足がかりとして確保していたスヴェニキ城を、連中の到着前にヴァイト殿が奪還してしまったからな」
 ドニエスク家の侵攻が止まり、戦いは膠着状態に陥ったため、エレオラ軍はウォーロイ皇子を避けて北進する作戦に出た。ドニエスク家の拠点を叩くためだ。


 このときウォーロイ皇子を封じ込めていたのが、ミラルディアの客将ヴァイト率いる七千のロルムンド兵だった。
 二万五千のウォーロイ軍を釘付けにした上に大損害を与え、ヴァイトは最終的にウォーロイを捕虜にしている。
 これがドニエスク家の反乱を壊滅へと追いやった。
 だからこの戦いでヴァイトの存在を隠してしまうと、訳のわからないことになる。


「皇子を捕らえる大殊勲まで知らん顔をして、どうしろっていうんだあの御仁は」
「仕方あるまい。手柄というものにまるで頓着しない方だったからな」
「逆に困るんだよな……」
 レコーミャ大公がつぶやくと、彼らは一様にうなずいた。


 ヴァイトとエレオラが集めた下級貴族たちは当時不遇で、そして義理堅い連中ばかりだ。
 今の境遇がヴァイトとエレオラのおかげだということは忘れてはいない。
 レコーミャ大公はさらに続ける。
「ヴァイト殿、あれだけやっておいて『あんなものは手柄でもない』と言わんばかりの態度だったからな。我々も奮起しない訳にはいかなかった」


「ああ。どれだけ頼りになっても、あの御仁はミラルディアの将だ。ロルムンド貴族の我々が後れをとる訳にはいかん」
「今にして思えば、ヴァイト殿はそれも狙っていたのだろうな……。やはりただ者ではない」
 完全に誤解なのだが、護帝十四将たちにとってヴァイトは今でも軍神の化身だ。


「それに最大の功労者があんなに謙虚で無欲だと、我々も戦後に恩賞をくれくれとは言いづらかった」
「あれには参ったな。あれだけ戦って村一つしかもらえなかった」
「だがあそこで一気に大領主になっていたら、私たちは増長していただろう」
 レコーミャ大公が言い、全員がまたうなずいた。


「その後も我々はヴァイト殿のように、清廉で高潔であろうとした」
「ヴァイト殿ほど手柄を立てていない身としては、当たり前だがな」
 ヴァイトが帰国した後、混乱を極めた神聖ロルムンド帝国を支えたのは、間違いなくこの十四人だ。
 しかしここにいる誰も、それをむやみに誇る気にはなれなかった。


 最後にショーチ卿が自嘲気味につぶやく。
「ふと気づけば、皆から『護帝十四将』だの『オリガニアの英雄騎士』だのと賞賛される有様だ」
「確かに結構頑張りはしたが、その名で呼ばれるたびにヴァイト殿の笑顔がちらつくんだよ」
「貴殿もか。俺もだ」


 モッティモ卿が苦笑した。
「あの御仁、皮肉でも嫌味でもなく本気で喜んでくれているからな。今でもたまに便りをくれる」
「私はその手紙、全部家宝にしているよ。いずれ当家の家格を示す逸品になるだろう」
「ミラルディアの大英雄だからな。連邦建国の父として千年後も語り継がれるに違いない」


 溜息を連発していた彼らだが、いつの間にか皆一様に口元に笑みが浮かんでいた。
「あの冬は楽しかったな」
「ああ、楽しかった。何度も死にかけたが」
「俺たち日陰者の下っ端貴族が、歴史に名を刻む大戦で存分に暴れられたのだからな」
「痛快だった。私たちは自らの手で、己の価値を証明できたのだ」


 レコーミャ卿はそう言ったが、ふと頭を掻く。
「……ヴァイト殿のおかげでな」
 彼らは苦笑して、また小さくうなずいた。


 そのとき、部屋のドアが静かに開いた。
 入ってきたのは主君であるエレオラだ。一同は起立し、皇帝に会釈する。
 エレオラは軽く手を挙げると、いつも通り皆に着席を促した。
「この部屋ではくつろいで良いと、いつも言っているだろう?」
「好きでやっているのですよ、陛下」
 十四将たちが笑う。


 エレオラが着席すると、一同は興味津々といった様子で女帝を向いて着席した。
「フリーデ殿はいかがでしたか、陛下」
 笑顔のレコーミャ卿が一同を代表して尋ねると、エレオラも笑う。
「聞くまでもなかろうよ。全く、隙だらけに見えて一分の隙もない男だ。黒狼卿の娘はいずれ、ミラルディアを背負う名将になるだろう」


 その言葉に一同は妙にホッとした表情を浮かべる。
「予想通りですな」
「逆に安心しました。ヴァイト殿に限って、後継者の養育に失敗するはずはありませんから」
 忠臣たちの言葉に、エレオラも微笑みながらうなずく。


「フリーデが愚かな小娘なら、いささか困ったことになっていたのだがな」
「まさか陛下、ミラルディアへの再侵攻を考えておられたのですか?」
 将の一人が問うが、エレオラは首を横に振る。
「そうではない。ミラルディアは北部民と南部民、そして魔族たちの寄り合い所帯だ。いずれも文化や価値観が違う。団結するのは容易ではない」


 エレオラは目を閉じ、記憶の糸をたぐり寄せるようにつぶやく。
「あの国をまとめるには、これからも細心の注意が必要だ。ミラルディアは多様性を認めるがゆえに強靱であり、多様性を認めるがゆえに脆い」
 目を閉じたまま、彼女は続ける。
「そして希代の英雄が一代で築いた繁栄は、英雄の死と共に消え去ることも多い。後継者の力不足で政変や内乱が起きる可能性を憂慮していた」


 そう言ったエレオラは、目を開いてまた笑う。
「だが今のところ、その心配はさほどなさそうだ。フリーデだけではなく、他の人材も数多く育っているようだからな」
 エレオラはそう言い、シリンやユヒテのことに触れた。


「ミラルディアの使節団に会った者は皆、彼らの知識の深さや見識の高さに感心している。ロルムンドにも優れた学生は多いが、それに一歩もひけを取らぬとな。かの国の人材はどの分野でも優秀で、層が厚いようだ」
 それを聞いたレコーミャ大公が、どこか楽しげに応じる。


「ではミラルディア連邦は今後も安泰、帝国は連邦との協調路線を歩むのが正解……ということでしょうか」
「そうだな。私はそのように感じたが、貴殿らはどうだ?」
 一同は顔を見合わせ、それから苦笑した。
「陛下の御心のままに」
「あの御仁がいる国とは戦いたくありませんな」
「願わくば、これからも双方の平和を」


 エレオラは微笑む。
「わかった。ではこの件はそれでよしとしよう。後はいつも通り、邪魔者を片づける時間だ。『狩人たち』が獲物を見つけた」
 その瞬間、十四将の表情が鋭くなる。
 さっきとは全く違う気迫をみなぎらせて、全員が一斉に立ち上がった。
「陛下の御心のままに」
※次回「魔王の娘と女帝の姪」更新は3月17日(金)の予定です。
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