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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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帝国の試問(将の器と聖の器)

外伝20話


 フリーデがエレオラ帝と菓子を食べながら歓談している頃、シリンは宮殿にある武器庫に招かれていた。
「どうかな、シリン殿」
 そう尋ねたのは、ボルシュという名の白髪の紳士だった。
 ロルムンド帝国軍幼年学校の校長だという。
 彼はシリンを特別に、魔撃銃の保管庫に案内してくれたのだ。


 シリンは魔術師ではないが、魔撃銃には興味があった。
「素晴らしいです、ボルシュ殿」
 素人目には同じような銃が銃架にずらりと並んでいるだけだが、シリンには細かい違いがわかる。
「これは騎兵か斥候用ですか?」
「そうだ。よくわかったな」


 ボルシュ校長が楽しげに応じると、シリンは力強くうなずく。
「はい、銃身が短いですから。クロスボウも騎兵用は小型ですので、そこから類推しました」
「いい判断だ。それは馬を驚かせないよう、また敵に発見されにくいよう、発光を極力抑える魔術紋も施してある。詳細は軍事機密だがね」
 そう言って、おちゃめに微笑んでみせるボルシュ。


 しばらく二人はあれこれとロルムンド軍の魔撃銃を見物していたが、やがてボルシュは二挺の魔撃銃を作業台の上に運んできた。
「シリン殿、ちょっと帝国式の教授でもしようか」
「はい、お願いします」
「では君が魔撃歩兵大隊長で、五百人ほどを指揮する立場だと仮定しよう。『半年の遠征に参加せよ。困難が予想されるので追加の魔撃銃を十挺支給する』と通達があった」


 シリンがこっくりうなずくと、ボルシュは問う。
「好きな魔撃銃を十挺持っていっていいと言われたら、君は何を希望するかね?」
 ボルシュは長い銃身を持つ魔撃銃を示した。
「例えばこれはどうかな? 精鋭の重狙撃小隊に配備されている『ノリンスキー重魔撃銃』。一撃の威力を高めた結果、長弓とも渡り合える射程を持つに至った」
 そして彼は苦笑する。
「もっとも、精密すぎて故障しやすいのが欠点だがな。あとかなり重い」


 それからボルシュは、もう一方の魔撃銃を示す。
「あるいは『四式魔撃歩兵銃改』。現在普及している三式魔撃銃とは全く別物の最新型、それも限定品だ」
 ボルシュはそれを手に取る。
「三式も四式も生産性重視だが、四式改は一部の近衛大隊に配備するために作られた。高価で構造も複雑だが、威力・射程・命中精度の全てで三式や四式を凌駕している」


 ボルシュはシリンをじっと見つめる。
「いずれも良い銃だ。さて、君ならどうする?」
 シリンはしばらく考え、二挺の魔撃銃を見比べる。
 そして首を振って、ボルシュに背を向けた。


「僕はこれを希望します」
 シリンが手に取ったのは、銃架に無造作に置いてあった魔撃銃だ。
 ボルシュが目を細める。
「なぜだね? それは一般兵の大半が使っている、旧型の三式魔撃銃だ。君の部下たちも全員がそれを使っているだろう。ほとんどの面でこの二挺に劣る銃だよ。本当にいいのかね?」
「はい」


 シリンはうなずき、こう説明した。
「敵国へ遠征するとなれば、武器が壊れても修理や交換はなかなかできません。新型をもらっても、いずれ数が目減りしていきます」
 そう答えてから、シリンは少し残念そうな顔をする。
「本当はそういう、特別な武器に憧れるのですが……。それが十挺あったところで、戦いの結果は変わらないでしょうから。それならいっそ、使い慣れたものを予備として持っていくほうがいいと思いました」
 するとボルシュ校長は静かな笑みを浮かべて、大きくうなずいた。


「なるほど。この問いに明確な正解など存在しないが、ひとつの判断として正解だと思う。最新型の魔撃銃十挺で特別な分隊を編成するという手もあるがね」
 ボルシュは作業台の椅子に腰掛けると、深く溜息をついた。
「私は以前、ミラルディア遠征に参加したことがあってね。当時のミラルディアには魔撃銃も蓄魔鋼もなかったから、ずいぶん苦労したよ。戦死した部下の魔撃銃を回収するのも重要な任務だった」
 すっかり白くなった髭を撫で、エレオラの副官だったボルシュは遠い目をする。


「敵地では小さな部品ひとつでも貴重だ。同じ三式魔撃銃同士なら、使われている部品もほぼ同じだ。少し加工してやれば部品交換もできる」
 この世界ではまだ工業化が進んでいないので、さすがにそのまま組み込めるほどの規格化はできていない。サイズや性能のばらつきが大きい。
 ミラルディア軍では少しずつ規格化を進めているが、どうやらロルムンド軍も同じように規格化を進めているらしい。


「部品の共用が可能になっているとは驚きです、ボルシュ殿」
「君はこの重要性を理解できるのか。たいしたものだ」
 ボルシュは笑う。
「これもエレオラ陛下が遠征で苦労されたからだよ。物資の豊富な本国にいると、なかなか気づけないものだ」
 ボルシュは作業台の上の魔撃銃を懐かしむように撫でた。


「『半年の遠征』という前提も、アテにはならないからな。戦争の計画など大抵は狂うものだ。敵地深くで補給が途絶えて数年も孤立、などという可能性も十分にある」
 深い溜息をつくボルシュ。
「一部の例外を除き、戦いに負けた側は計画が狂っている。そう考えれば、通達される計画の半分以上はアテにならないと思っていい。勝った側にしても、予定通りとはいかないことが多いからな」


 そう言ってから、ボルシュは穏やかな笑みを見せた。
「君はまだ経験が浅いが、それを補うほどに思慮深く慎重だ。良い指揮官になるだろう。君の部下になる兵は幸運だよ」
「ありがとうございます、ボルシュ殿」
「どうやら君は、良い教官に恵まれたようだな」
「はい、自分でもそう思います」
 脳裏に父バルツェの顔と、名付け親ヴァイトの顔がよぎる。
 確かに、自分は良い教官に恵まれている。
 そう思うシリンだった。


   *   *   *


 その頃、フリーデとシリンがいなくなった控え室。
 クルツェ技術総監もどこかに行ってしまったので、残されたのはユヒテだけだ。
 ユヒト大司祭の孫娘である彼女は、聖印にそっと触れながら窓の外を見つめている。


 するとそこにナタリア侍従長が入ってくる。
 彼女は別の女性を伴っていた。高位の聖職者のようだ。
「ユヒテ殿、こちらはクシュマー枢機卿です。私の先生でもあります」
 ナタリアがそう紹介すると、その女性は静かに微笑んだ。
「クシュマーと申します。お暇でしたら少しお話をしたいのですが、よろしいですか?」


 普段めったに驚かないユヒテだが、相手が枢機卿となれば話は別だ。
 ロルムンド人の精神や文化を束ねる輝陽教の最高位聖職者。
 帝国全体でも八人しかおらず、人々から絶大な信頼と尊敬を得ているという。
 一方のユヒテといえば、まだ見習い神官だ。


 ユヒテは慌てて立ち上がり、ミラルディア輝陽教の作法で恭しく礼をした。
「お初にお目にかかります、クシュマー枢機卿猊下。リューンハイト神殿にて大司祭ユヒトより聖礼を受けました、習教士ユヒテにございます」
 祖父の神殿で作法の心構えは叩き込まれている。
 何よりも大事なのは、「あなたにお会いできて嬉しい」という気持ちだ。
 もっとも「あなたにお会いして凄く緊張している」が本当の気持ちなのだが。


 するとクシュマー枢機卿はにっこり笑い、ユヒテの両肩と頭に順番に触れた。
 確かこれは、ロルムンドの高位聖職者が下位の者を祝福する作法だ。
 その触れ方があまりにも優しく、ユヒテは母親に撫でられているような錯覚に陥った。


「お座りなさい、ユヒテ殿。お会いできて光栄ですよ」
「はい、クシュマー様」
 クシュマーが着席するのを見届けてから、ユヒテも腰をおろす。
 彼女はユヒテがさっきまで読んでいた教典を見て、小さく首を傾げた。


「その教典は『聖戒典』と呼ばれていて、聖職者たちの規範となっているものです。ただ、ミラルディアには伝わっていないそうですね?」
「はい、ミラルディアにはあちらで作られた『律聖録』が同様の役割を果たしています」
 すらすらと答えるユヒテ。伊達に首席ではない。
 ロルムンドとミラルディアでは、輝陽教の社会的役割が違う。
 そのため両者の内容はかなり異なっていた。


 クシュマーはユヒテに質問する。
「こちらの教典について、何か疑問に思った点はありますか? ミラルディアの方から見た印象について、私も知りたいのです」
「はい……それでは」
 緊張しつつ、急いでページをめくるユヒテ。


 ユヒテは戒律のひとつを指し示す。
「これです。聖職者が魔術を学ぶ必要はない、と書かれています」
「ふふ、やはりそれが気になりましたか」
「はい。魔術は人々を救う力があります。病気や怪我を治せますし、災害を前もって知ることもできます。なぜ学ぶ必要がないのでしょうか?」


 クシュマーの指が教典の文字をなぞる。
「これは共和制時代の名残です。当時は識字層といえば聖職者か貴族であり、それが魔術師の層でもありました。魔術師の多くは聖職者だったのです」
「だとすれば、人々は聖職者を特別な存在として尊敬するでしょう。どうしてこんな戒律ができたのか、やはりわかりません……」


 するとクシュマーはくすくす笑った。
「ではこう考えてみてはどうでしょうか。貴族や聖職者ではない魔術師が現れたら、どうなります?」
 しばらく真剣な表情で考え込むユヒテだったが、やがてハッと顔を上げた。


「人々が混乱します。神の加護と魔術が同一視されていますから、聖職者ではない魔術師が尊敬されてしまいますね」
「そう。その通りです」
 クシュマー枢機卿はうなずいた。
「神殿に行けば治療を受けられるとなれば、人々はそれを神の奇跡と称えるでしょう。しかし神に仕えているから魔術が使えるのではありません」


 胸の聖印に触れながら、クシュマー枢機卿は目を伏せる。
「異教徒や背教者でも魔術は使えます。『あの者は神の教えを守らないのに神の加護を得ている』となれば、いささか困るのです」
「なるほど……」
 ミラルディアと違い、ロルムンドの輝陽教は異教徒との壮絶な争いがあったことは聞いている。
 事情がまるで違うのだ。


 さらにクシュマーは続ける。
「ですがもうひとつ、私はもっと大事な意味があると思います。聖職者は治療魔法など使う必要はありません。聖職者はそのようなことは求められていないのです。この意味がわかりますか?」
「え、ええと……」
 困惑しながら頬に手を当てるユヒテだったが、またしてもハッと顔を上げた。


「おじいさま……いえ、我が師ユヒトが申しておりました。『全てに見放された者を救うのが神の教えだ』と」
 クシュマー枢機卿は静かに微笑む。
 ユヒテは急いで言葉を続けた。


「薬や魔法で治せる人は、それを頼ればいいと思います。ですけれども、薬でも魔法でも治せない人はいます。我が師はそういう人の心に平穏を取り戻せるよう尽くしています」
「そうです。薬で治せるのなら薬師や医師に、魔法で治せるのなら魔術師に頼めばいいでしょう。人の知恵と力ではどうしようもなくなったときに、私たちの務めが始まるのですよ」


 クシュマー枢機卿はそう答え、胸の聖印を外した。
「ミラルディアとロルムンドでは輝陽教のあり方は違いますが、それは朝日と夕日のようなものですね。どちらも太陽であることに変わりはありません」
 彼女は立ち上がると、ユヒテに歩み寄る。
「リューンハイト神殿のユヒテ習教士。このクシュマーは、あなたを神の使徒と認めました」


 クシュマー枢機卿が聖印を差し出し、ユヒテは頭を垂れてそれを受け取る。クシュマーがユヒテの首に聖印をかけてくれた。
 クシュマーは嬉しそうに微笑む。


「まだ年若い習教士……ロルムンドでは従仕と呼びますが、いずれにせよ見習い神官でありながら立派なものです。本当によく学び、よく考えていますね。悩むことは多いでしょうが、これからも励んでください。応援していますよ」
「ありがとうございます、クシュマー様」
 ユヒテも笑顔になり、こっくりとうなずいた。
※次話「女帝と騎士たち」更新は3月14日(火)の予定です。
注)本編でエレオラが率いていた「第二〇九近衛魔撃大隊」は、実際にはロルムンド軍における中隊規模ですが、格式の問題で大隊扱いとされていました(本編のどこかに書いてますが念のため)。
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