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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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熱いミーチャ

外伝18話


 ミラルディア連邦からロルムンド帝国への技術交流使節団は、無事に帝都オリガニアに到着した。
「かつてここは帝都シュヴェーリンと呼ばれていました。先帝アシュレイ陛下の代まで、シュヴェーリン家が帝位を守ってきましたので」
 落ち着いた口調でクルツェ技術総監たちに説明しているのは、近衛師団所属のレンコフ中隊長だ。
 彼は精鋭の近衛魔撃騎兵たちを率いて、南端のノヴィエスク城から帝都まで一行を護衛している。


 細身だが歴戦の軍人といった雰囲気の中年男性は、フッと笑った。
「その帝位もエレオラ陛下の代でオリガニア家に移り、今は帝都オリガニアです」
 シリンが尊敬のまなざしでレンコフ隊長を見つめる。
「その最大の功労者となったのが、エレオラ陛下直属の魔撃部隊だと聞いています。レンコフ殿もそうなんですよね?」


 するとレンコフは苦笑を浮かべて、制帽を目深に被り直した。
「最大の功労者は我々ではないよ、竜人族の少年。君たちがよく知っている、あの男さ」
 それからレンコフは小さく溜息をつく。
「仮想敵国に借りを作ってしまうと、どうにもやりにくいな」


「敵国……ですか」
 ユヒテが不安そうにつぶやくと、レンコフはまじめな顔で応じる。
「敵国ではなく仮想敵国だ。敵対はしていない。しかし我々がエレオラ陛下に忠誠を誓い、神聖ロルムンド帝国を守るためだけに存在しているのも事実だ。君たちを警護しているのも陛下の命であり、また帝国の利益を守るためだからな。とはいえ」


 レンコフは頭を掻いた。
「ミラルディア連邦とやりあうのは、もう二度と御免だ。そうならないよう、共に力を合わせよう」
「はい、がんばります!……何ができるかわかりませんけど」
 フリーデは元気に答え、最後にそう付け加えた。


 道中では通過地の領主たちから歓迎され続けたが、帝都オリガニアに到着してからも歓迎ムード一色だった。
 慣れない異国の地で、しかも慣れない歓迎ムードとあって、特にフリーデたちは疲れ果てる。


 ようやく宮殿に入って一息ついたときには、子供たちはもう限界だった。
「も、もうくつろいでも大丈夫ですか?」
 シリンがうめくと、案内役のナタリア侍従長が微笑んだ。
「はい、仮眠を取っていただいてもいいですし、食事や飲み物をお持ちしてもいいですよ」


「きちんとするの疲れる……」
 ソファに崩れ落ちたフリーデに、ナタリアが苦笑する。
「お疲れさまでしたね。みんな嬉しいんですよ。中には『ようやく黒狼卿が赦してくれた』と安堵している貴族さんもいるぐらいですし」
「お父さん本当に何やったの……?」


 ソファに埋もれたままのフリーデに、ナタリアは顔を近づけて問う。
「お父様はお元気?」
「はい、シャツの柄選びが致命的にダサいことと、寝癖をちゃんと直さないことを除けば元気です」
 するとナタリアはとても嬉しそうに、そっと微笑んだ。
「相変わらずですね」
「え?」


 フリーデがガバッと身を起こすと、ナタリアは子供たちに軽く会釈した。
「さて、では私は失礼します。後で誰か来ると思いますが、仲良くしてあげてね」
「誰かって誰でしょうか?」
 ユヒテが尋ねたが、ナタリアはくすくす笑ったまま首を横に振る。
「軍事機密です」
 ロルムンドの人も冗談を言うんだなと、フリーデは疲れた頭でぼんやりと思った。


 ミラルディア大学の教室ぐらいある広さの、しかも宝石と貴金属だらけの煌めく部屋で、子供三人は思い思いの姿勢で休む。
 他の使節員たちも少人数に分かれて、いくつかの部屋で休んでいるはずだ。
 フリーデはぼんやりと天井を眺める。


「あのシャンデリア、蝋燭の代わりに魔法の照明で光ってる……。いくらするのかな」
「それを言ったらあの暖炉の石組み、ぜんぶ古竜貝の大理石だよ。魔王軍の魔撃銃が百挺ぐらい買えるよ」
 シリンが返すと、ユヒテが安楽椅子にもたれたまま、うっとりと壁を見上げた。
「それにこの壁画、ロルムンド輝陽教の『聖ザハキトの悔恨』の一場面ですね。こんなに緻密で色鮮やかで……大聖堂の拝殿に飾られてもいい逸品ですよ」


 宝物庫のような客間で三人が転がっていると、ドアが控えめにノックされる。
「はい、どうぞ」
 シリンが返事すると、ドアがそろそろと開いた。


 三人がじっと見守っていると、フリーデと同じぐらいの年頃の少女が入ってくる。
 身なりのいい、だが気の強そうな少女だ。
「えー……。あなたたち、ミラルディアの使節団でしょう?」
 ロルムンド語ではなく、ミラルディア語だった。両者はほぼ同じ言語だが、方言レベルで微妙に違うからすぐわかる。


 フリーデたちがどう反応しようか迷っていると、少女は眉を寄せて首を傾げる。
「発音変だった? ちゃんと練習したのよ。通じてるわよね?」
「あ、うん。通じてるよ。私はフリーデ。フリーデ・アインドルフ」
 フリーデがうなずくと、少女は得意げに笑う。


「そう、安心したわ。私はミーチャ。ミーチャ・ウィクラーン・オリガニア・ロルムンドよ。待たせちゃったわね」
 フリーデたちは顔を見合わせる。
「誰?」
「誰って、ほら……オリガニア姓だから、帝室の誰かだと思いますよ。ウィクラーンの名も、聞き覚えはあるんですけど……」


 するとシリンが言う。
「二人とも、ロルムンドの皇族の名前ぐらい暗記しとこうよ。その子、エレオラ陛下の姪だよ。確か帝位継承権二位ぐらい」
「一位よ!? お母様が帝位継承権を辞したから、私が一位!」
 ミーチャと名乗った少女は憤然と叫び、フリーデを指さした。


「あなたも王女でしょう!? 王の血統なら隣国の皇女ぐらい覚えときなさい!」
「王女?」
「魔王アイリア陛下の娘でしょ! フリーデ王女!」
「王女……?」
 また顔を見合わせる三人だった。


「フリーデ、君は王女なのか?」
「知らない」
「魔王陛下の息女ですから王女で間違いはないと思いますけど……」
 この会話にミーチャがますます苛立つ。
「あなた、王女としての自覚を持ちなさい。そんなんじゃ王室外交なんて夢のまた夢よ?」


「王室外交……」
 フリーデがバカみたいにオウム返しでつぶやくと、ミーチャ皇女は怒鳴り疲れたのか溜息をついた。
「私はそのうち帝位を継ぐわ。あなたが魔王位を継ぐ頃にね」
 きょとんとするフリーデ。
「私は魔王位を継がないと思うよ?」


 その瞬間、ミーチャはギョッとした顔をした。
 慌てて周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、急いでフリーデに近づく。
 そして彼女の腕をぎゅっとつかむと、真剣そのものの表情でささやいた。


「どういうこと? あなた、王女なのに継承権を持っていないの?」
「た、たぶんね」
 するとミーチャ皇女はますます真剣な表情になる。
「まさかあなた、今回の来訪目的は亡命……?」
「えっ?」


 フリーデが驚くが、ミーチャは緊張した面持ちで考え込む様子をみせた。
「心配しなくていいわ、よくあることだから。大丈夫。王族のよしみで、このミーチャ・ウィクラーン・オリガニア・ロルムンドが、あなたとその家臣を守りましょう」
 まだ幼さの残る顔に威厳すら漂わせて、ミーチャ皇女は重々しくうなずく。
「もう心配しなくいいのよ? ここなら安全だわ」


 慌てたのはフリーデだ。
「いや、待って待って! 亡命しないよ!?」
 フリーデが半分パニックになっていると、ユヒテが何かに気づいた様子で苦笑した。
「ああ、そういうことですか。大丈夫ですよ、ミーチャ殿下」
「どういうこと?」
 ミーチャが振り向くと、ユヒテは言葉を選びながら慎重に答えた。


「ロルムンドの帝位と違って、ミラルディアの魔王位は世襲ではありません。だからフリーデには、王女という自覚がないんです」
「じゃあなんで魔『王』なのよ!? 王は血統が大事なのよ!?」
「いや、魔族の指導者を魔王って呼び始めたのは、昔のミラルディアの人間たちだし……」
 フリーデが若干申し訳なさそうに答える。


 ミーチャはしばらく三人の表情を見つめていたが、やがて思考を整理してフリーデに問う。
「……つまり、あなたは魔王の娘だけど、次期魔王とは限らないのね?」
「うん。お母さ……魔王陛下も大魔王陛下も、『能力と意欲と責任感のある者なら誰でもいい』って」
 今のところ、フリーデに魔王になる意欲はない。


 ミーチャは溜息をつく。
「早とちりしてごめんなさい。それと少し落胆もしたけれど、これも私の早計だわ。国が違えば王の意味も違うのね」
「あー、うん。いえ、問題があるのはたぶん私の方だと思う……」
 自分自身が貴人であることを、今さらながらに自覚するフリーデだった。
(これじゃお父さんのこと笑えないよね……)
 内心で冷や汗をかく。


 するとドアがノックされ、落ち着いた男性の声がした。
「ミーチャ、ここだな。フリーデ殿、失礼するよ」
「あ、はい」
 入ってきたのは中年の男性。筋肉質の堂々とした体格に親しげな笑みを浮かべており、身なりは非常に立派だった。


 彼はフリーデたちに会釈する。
「はじめまして。レコーミャ・ヒノケンティウス・ウィクラーンだ」
 その名前を聞いた瞬間、三人は同時に思い出した。
「レコーミャ大公だ! 皇帝陛下の義弟の!」
「そうか、ウィクラーン家って、レコーミャ大公の御実家だよ! フリーデ、ほら御挨拶!」


 慌てて背筋を伸ばし、フリーデは恭しく頭を下げる。
「お初におまに……お目にかかります。フリーデ・アインドルフです。こちらは親友のユヒテとシリンです」
「ありがとう。だけどそんなに改まらないで下さい。私はただの新米大公爵で、見た目の爵位ほど偉くはないからね」


 にこにこ笑うレコーミャ大公に、ミーチャ皇女が不満そうに唇をとがらせる。
「なぜそこで謙遜されるのですか、お父様? お父様はエレオラ陛下をお守りする『護帝十四将』の筆頭ではありませんか」
 とたんにレコーミャ大公が落ち着かない態度になる。
「ミーチャ、ミーチャ。その大層な異名は口にするなと、あれほど言っただろう?」


「な、なぜですか……?」
「いやそれは、ヴァイト殿の御息女にそれを聞かれてしまうと、微妙に恥ずかしいというか……」
 威厳ある紳士がそわそわしている。


「どこかで見たような光景だね、ユヒテ」
「そうですね、シリン」
 フリーデの親友二人がじっと見つめてくるので、フリーデは頭を掻く。
 と同時に、興味が湧いてきたので、さっそくミーチャの口を割らせることにする。


「ねえ、ミーチャ殿下。レコーミャ大公といえば、ロルムンドの誇る最高の将軍だよね?」
 するとミーチャは力強くうなずき、拳を握って語り始めた。
「そうよ! エレオラ陛下がまだ帝位継承権第六位の皇女だったとき、いちはやくエレオラ皇女殿下のもとに馳せ参じた十四人の誇り高き貴族たち! 彼らを束ねていたのが、お父様なのです!」


 それにシリンが食いついた。
「聞いたことがあります。ドニエスク家の反乱鎮圧では一騎打ちで敵将を討ち取り、北ロルムンドの治水や農業に貢献し、さらに北限の調査隊を指揮し、皇帝暗殺計画を阻止し、そのときに陛下の妹君と恋に落ちた英雄だと」
「そう、そうですわ! お父様こそロルムンドの至宝! 生きた伝説よ!」
 目をキラキラさせて叫ぶミーチャ皇女に、レコーミャ大公がとうとう娘の肩をつかんで、手元に引っ張る。


「ミーチャ、やめなさい。ミーチャ」
「ですがもう少し、お父様の武勇伝を補足しておきませんと」
「しなくていい。フリーデ殿の父君は、あの伝説の決闘卿だぞ。私なんかの出る幕じゃない」
 何を焦っているのか、レコーミャ大公は額に汗を浮かべている。


「すまない、娘がはしゃぎすぎて失礼した。また後ほど、ゆっくりお話をしよう」
 そう言って会釈すると、レコーミャ大公は娘を引っ張るようにして、慌てて部屋から出ていった。


 残された三人は顔を見合わせる。
「どうしたんだろ?」
「わからないよ。ああでもレコーミャ大公の武勇伝、もっと聞きたかったな」
 シリンは残念そうに溜息をつき、こう続ける。


「領地を持たない一介の下級貴族から、武勲を重ねて大公爵にまで登り詰めた豪傑なんだよ。ミラルディアでも吟遊詩人の英雄譚になってるぐらいだし」
「ですが、相当慌てておられましたね……」
 子供たちには生まれる前の事情などわかるはずもなく、ただただ困惑するばかりだった。
※次回「帝国の試問」の更新は3月7日(火)です。
※予告とタイトルが違いますが、構成を見直したためです(今回の掲載分は本来19話の予定でした)。
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