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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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後日談/魔王の保育園

外伝5話


 フリーデはすくすくと育ち、あっという間に三歳になった。
 この間、ロルムンドでは数回の反乱計画と皇帝暗殺未遂事件が発生し、その全てが女帝エレオラと配下のロルムンド人狼隊によって鎮圧された。
 ワの国ではクウォールへの航路を探す大航海時代が始まり、風紋砂漠の調査も開始された。
 そしてクウォールでは諸侯会議が王国全体の利益調整を行い、たまに対立や紛糾もしながらもおおむね無難に国を動かしているようだ。


 ミラルディアもさまざまな変化があったが、我が娘フリーデの成長ぶりも大きな変化だ。
「フリーデ、お父さんは仕事行ってくるからな」
「うん!」
 俺はミラルディア大学の敷地に開設された保育園に、今日もフリーデを預けていた。
 本当は一日中一緒にいてやりたいが、俺はこれから大学で講義だ。


 俺とアイリアは共働きとはいえ、フリーデの面倒を見るだけなら副侍女長のイザベルもいる。
 だから別に保育園なんか必要ないのだが、俺は敢えて保育園にこだわった。
「集団生活に慣れさせたい」
「集団生活……ですか?」


 アインドルフ家の令嬢として、豪邸に住んで使用人たちに世話される。
 魔王の娘として生きていく以上、それが悪いことだとは思わないが、やはり集団生活に放り込んだほうが良い経験になるだろう。
 それに一人娘として大事に育て過ぎたせいで、少しワガママな性格が出始めていた。


 そう思ってリューンハイト市内で保育園の開設を検討してみたところ、富裕層を中心に申し込みが殺到した。
 それだけでなく、近隣の街からも子息を預けたいという申し出が多数あったという。


 これは俺も予想外だったが、理由は非常に単純かつ俗っぽいものだ。
「みんな、魔王の娘と学友になれるチャンスだと思ったんだろうな……」
「事実、その通りですからね」
 保育園の理事長を務めることになった占星術師のミーティが、おかしそうに笑う。
「しかしまさか、魔族の子弟も通う保育園だとは思わなかったのでしょう」
 紆余曲折を経て保育園が開設されたのは今から二年前、フリーデが一歳を過ぎた頃だ。


 大学の敷地内にある保育園では、人間と魔族の幼児たちが一緒になって走り回っている。
 紫色の鱗を持つ竜人の子は、勇猛で名高い蒼騎士バルツェの息子のシリンだ。
 そのシリンをパパ役にしておままごとをしているのが、我が娘フリーデ。
 ママ役にされて困惑しているのは、ユヒト大司祭の孫娘の一人、ユヒテだ。


 フリーデが何か叫んでいる。
「ちがうの! お父さんはゴロゴロしてて! お母さんは働くの!」
 シリンが首を傾げた。
「そうなの?」
 ユヒテが困ったように笑う。
「フリーデのお父さん、ゴロゴロしてるの?」
「うん!」
 これ以上ないぐらい、力強くうなずかれた。


「あのね! お父さんはいっつも『たいしたことしてない』って言ってるから!」
「ふーん……?」
 シリンは納得がいかない様子だ。
 しかし姉貴分であるフリーデに逆らう気はないらしく、座って二本の棒を磨き始めた。たぶんあれは剣を研いでいるつもりだろう。


 ミーティが微笑む。
「どうも誤解されているようですが……」
「いいんですよ。確かにこの三年ほど、俺はまともに働いていませんからね」
 外交も軍事も研究もそれぞれの専門家に任せ、俺は評議会の雑務とミラルディア大学の講義を中心にこなしている。
 フリーデが生まれる前と比較すると、ほとんど仕事をしていない。
 平和な日々だ。


 この保育園は大学の軍事演習場予定地に作られたので、地形は起伏に富んでいる。
 そこを子供たちが走り回り、好きなように遊んでいる。
 人間の子も魔族の子も、当たり前のように一緒に遊んでいる。
 もちろん種族差に起因するトラブルもしょっちゅう起きるが、別にそれで差別が生まれる訳ではない。


「いい光景だ」
 俺がつぶやくと、ミーティがうなずいた。
「不思議な光景ですが……争いのない世のためには、全ての者が互いを友と見なすことが必要でしょう。これがその礎になればと思っております」
「あなたの仰るとおりだ、ミーティ殿。期待していますよ」


 俺たち親の世代は人と魔族が対立していた。多くの血が流れ、遺恨は消えない。薄れはしたが、憎しみが完全に消えることは決してないだろう。
 しかし俺たちの子供たちの世代は、生まれたときから人も魔族も同じ場所で暮らしている。
 もしかすると、子供たちの世代では親世代の遺恨は消滅してくれるかもしれない。
 子供たちの世代が無理なら、その次の世代に。
 簡単にいくとは思えないが、ここがその長い長い道のりの始まりの場所になると俺は信じている。


 俺は鞄を手にすると、ミーティに一礼した。
「では午後には戻りますので、娘をよろしく。もちろん……」
「『悪いことをしたら、厳しく叱るように』ですね?」
「ええ、特別扱いはしないでください」
「心得ております」
 この街の静月教徒たちを束ねるミーティなら安心だろう。
 さて、今日ものんびりと後進の指導をするか。


 今日の俺はオリエンテーションの臨時講師だ。
 講義の前に、この講義を担当しているクルツェ技官長が前置きを述べる。
「士官科および技官科への進級を希望している新入生諸君。君たちは進級を認められた場合、魔王軍の真の強さに触れることになる。我々の強さは牙や爪ではない」
 士官科は職業軍人、技官科は科学技術者を育成するコースだ。竜人族が多いが、人間もいれば他の魔族もいる。


 しかしミラルディアの将来を背負って立つ秀才たちの講義に、なんで俺みたいな素人が呼ばれてるんだろうか。
 そんなことを考えていると、クルツェ技官長は誇らしげに俺を紹介した。
「本日はそれについて、魔王陛下の副官であるヴァイト殿から直々に御教授頂けることになった。仮に諸君が違う科に進むことになったとしても、この講義は必ず役立つだろう」


 秀才ぞろいなので騒ぐ者は一人もいないが、人間の生徒たちから漂う匂いで彼らの緊張っぷりが伝わってくる。
 まるで戦場に立たされた新兵みたいな緊張度だな。
 クルツェ技官長はこう続けた。
「ヴァイト殿は三人の魔王に副官として仕えておられる。魔族の生存圏確立、人間との融和、ミラルディアの外交や国防。いずれもヴァイト殿なくしてはありえなかった。もちろん諸君は知っているね?」
 生徒たち全員が無言でうなずく。


 そしてクルツェ技官長はこう締めくくる。
「ではヴァイト殿、お願いします」
「わかりました」
 俺はうなずき、教壇に立った。
「諸君、私がヴァイトだ。大したことはしてないが、魔王軍の中では古株の一人になってしまった。私の先輩たちはほとんど戦死してしまったからな」


 俺の言葉で、生徒たちの表情にサッと緊張が走る。
 これは軽い冗談、そして戦乱の時代を忘れないための戒めだ。
 でも軽い冗談なので、ここは和んでほしかった。
 やっぱりエリートは真面目だな。


 俺は内心で頭を掻きつつ、本題に入る。
「士官科および技官科に進んだ場合、諸君は魔王軍が誇る機密兵器の一端に触れることになるだろう。いずれも強力な兵器であり、人口の少ない我が国が広大な国土を防衛するためには不可欠の切り札だ」


 魔撃銃については、魔力タンクとなる「蓄魔鋼」が鉄を主体とする合金であることがわかっている。
 鉄は微量の金属を加えることで性質が大きく変わるが、どうやら蓄魔鋼もその一種らしい。
 もしかすると人間の持つ鉄分、つまり血液などとも関係するのかも知れないな。
 興味は尽きない。


 残念なことに、この合金はロルムンドでしか採掘できない。魔撃兵器が今後の戦争の主役になるとすれば、ロルムンドの一人勝ちだ。
 だが蓄魔鋼の開発さえ成功すれば、ミラルディアでも魔撃銃の量産が開始されるだろう。
 だが問題は、そこからだ。


「強力な兵器の多くは精密であり、量産が困難だ。例えば大型投石機を思い浮かべてほしい。あれは城壁すら砕く強力な兵器だが、量産するのは大変だろう?」
 生徒たちがうなずく。
 こないだ演習で見せたらしいからな。


 俺はかつて迷宮都市ザリアを防衛した経験を元に、こう説明した。
「強力な兵器を開発しても、安定した生産ができなければ戦場では使えない。どんどん損耗していくからな。また使い手の養成も必要だが、これも戦場でどんどん減っていく」


 ザリアの攻撃に向かった北部同盟の投石機隊は、そのまま全機を奪取されてしまった。
 しかも投石機の操作や弾道計算を行う技術兵たちが逃亡してしまったため、投石機隊は二度と再建できなかった。


「このように、兵器には生産や補修や輸送などを含めた一連の支援体制が不可欠だ。これをシステムと呼ぶ」
 システム化できないものは、基本的に軍には組み込めない。
「システムこそが軍事のみならず、あらゆる組織的な行動に不可欠の仕組みなのだが、未だに魔王軍以外では周知されていない。なぜだかわかるかな、シャティナ?」


 俺がザリア太守シャティナを指名すると、彼女はイスを蹴って立ち上がる。
 彼女は士官科の四年生だが、無理矢理この講義を受講しに来ている。ちょうどいいので、少し難しい発問に使わせてもらった。
「はい先生! 難しくて理解できないからです!」
「ある意味正しいな……。半分正解だ」
 俺は苦笑し、説明を続ける。


「実はシステム化というのは非常に複雑だ。例えば投石機をシステム化する場合、補修や生産の効率を考えると部品の統一を行う必要がある。お互いの部品を共用できなければ、いちいち職人を派遣して現地で部品を生産しなければならないからな」


 今のところ、どこの国の軍隊もそういう非効率的な兵器運用をしている。
 なんせ一つとして同じ兵器がないからな。
 職人の手仕事なので、見た目は似ていても部品の互換性はない。ミリ単位の違いが随所にあり、無理に交換するとガタガタになる。
 魔撃銃も同様で、中の機関部は精緻な職人仕事だ。


「部品の統一は『規格化』と呼ばれる。しかし規格化には精度の高い工作技術と、正確な単位系が不可欠だ。さらに生産力も重要になる」
 要するに工業化、近代化が欠かせない訳だ。
 システム化された強力な軍隊を持つためには、どうしても近代化しなければならない。


「魔王軍が他国の軍隊よりも秀でているのは、まさにこの点だ。これは初代魔王フリーデンリヒター様のおかげなのだが、成り立ちや考え方について今から説明する」
 俺はシステム工学や軍事学の専門家ではないので、説明は拙い。
 だがここに集められているのは、ミラルディアきっての秀才たちだ。
 真剣な表情で俺の説明をメモしていく。


 そうそう、魔法のことにも触れておくか。
「魔法についても現在、魔術科のカイト教官が単位系の整備を進めている。魔力の単位が『カイト』なのは知っているだろうが、その名前の由来となった偉大な研究者だ。魔王軍の最高幹部でもある」
 今年入学した生徒が多いので、俺はカイトのことを持ち上げておいた。
 あいつ地味だから生徒から誤解されがちなんだけど、ミラルディアが誇る頭脳の一人だからな。
 最近ではゴモヴィロア門下生だと思われているし、師匠もそういう接し方をしている。


 そろそろ時間なので、俺は講義をしめくくる。
「諸君が今後、どの学科を選ぶにせよ、規格化やシステム化からは逃れられないだろう。『この新技術は既存のシステムにどう組み込むのか』『この新兵器のシステム的な運用に必要なものは何か』といった視点を、ぜひ養ってほしい」
 俺には無理だけど、みんなならできるよ。
 俺なんかよりずっと優秀だからな。


 どうにかこうにか講義が終わったので、俺は冷や汗をかきながら保育園に戻る。
 午後からは評議会の議題選定をしないといけないが、その前にちょっと様子見だ。
 まだおままごとしてるかな?


 するとおままごとの様相は一変しており、シリンが愛用の棒を二本構えてフリーデと対峙していた。
 ユヒテや他の子供は、ひっくり返って死んだふりをしている。
 フリーデは棒きれを振り回して、なんか叫んでいた。


「もびばーちゃんのまほー! みんなほろびるのじゃー! びびびびー!」
「うわーっ、フリーデの『ごらんしん』だー!」
 ぱたりと倒れるシリン。
 こんなおままごとの終わり方があっていいのか。
 俺の仲間は教育に悪い連中が多いけど、ミラルディア大学の学長様もかなり教育に悪いな……。
※次回「フリーデの冒険(前編)」の更新は1月17日(火)の予定です(都合により更新日を火曜と金曜に変更しました)。
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