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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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後日談/フリーデと共に

外伝4話


 愛娘フリーデは生後半年になり、ミラルディアにも春が来た。
 首と腰が据わったフリーデは、ついにハイハイでそこらじゅうを這い回るようになる。
 俺は娘が好き放題動き回れるよう、育児部屋を改装した。


「調度品はいったん全部撤去してくれ。倒れてくると危ない。それとドアに挟まれたりぶつかったりしないよう、この柵を設ける」
 ジェリクが作ってくれたサークルを置き、床には厚手の布を敷く。絨毯にしないのはダニ対策だ。
 フリーデはサークルの中を自由に這い回り、ヨダレをだらだら垂らしている。


「牧場みたいですね」
 アイリアが感想をもらしたので、俺もうなずいておいた。
「人の子も馬の子も大して変わらないからな。どちらも哺乳類だ。むしろ人の子は他の哺乳類よりも未熟に生まれてくるから、今はこれでいい」
 ヒトが歩けるようになるのは、生後一年程度。
 他の哺乳類は生まれた日に歩けるようになるから、ヒトは一歳になってようやく他の哺乳類の新生児なみになれる。
 だからヒトの育児は他の動物より大変だ。


 アイリアは柵の間隔を確かめ、フリーデの頭が挟まらないことを確認する。
「これならフリーデが這い回っても安心ですね。これも前世で?」
「ああ。俺も赤ん坊の頃、こんな感じだったらしい」
 実家で見た俺のサークルはもっと狭かったけどな。


 フリーデはジェリクが作った積み木をつかんで振り回し、目をキラキラさせている。
「だだーう!」
 元気いいな。
 赤ん坊だから危ないこともしょっちゅうするが、俺はギリギリまで制止しない。
 制止すれば、そこでフリーデの探求は終わってしまう。
「あの子は今、この訳のわからない世界を自分なりに調査しているんだよ。俺がこの世界に転生したときもそうだった」
「あなたが転生したときはどうでしたか?」


 アイリアがフリーデを膝に載せてあやしながら、ふふっと笑う。
 俺は少し照れながら笑った。
「脳が十分に発達して思考力が戻ったときに、まず一年が何日か質問したり、星の配置が季節で変わるかどうかを観察したりした。この大地が惑星なのか知りたかったんだ」
「惑星?」
「今から説明する」
 地平線が見えない隠れ里では、大地が球体かどうかもわからない。


 あれこれ調べて「ほぼ間違いなく、地球に似た惑星だろう」という確信を得られたときは、正直かなり安堵した。
 世界の端が滝になって虚無に落ちていく世界だったら、物理法則を最初から学び直す必要がある。
「ただそのせいで、長老たちから変な子供だと思われたらしい。おかげで俺が大賢者ゴモヴィロアに弟子入りすると報告したときも、誰も反対しなかった」


 するとそこに、大工道具を担いだジェリクがやってきた。
 彼は鍛冶師だが、最近は木工も嗜んでいる。
 ファーンの相方のピアという人狼と結婚したジェリクは、新居の家具を自分で作っているのだ。
「よう大将、何の話だい?」
「いや、俺の子供の頃の話だよ」


 ジェリクはサークルのガタつきがないか調べて、釘やネジが飛び出していないかも丁寧に調べる。
 作業をしながら、彼は嬉しそうに笑った。
「大将は神童だったからな」
 それにアイリアが興味を持ったようだ。
「神童ですか?」
「そうさ、魔王陛下」


 ジェリクはサークルの縁の仕上げが気に入らないらしく、鉋で薄く削り始めた。そっと撫でるように動かすだけで、滑らかな曲線が新たに描かれていく。
「ガキの頃から大将はおっそろしく頭がいい上に、妙なことに興味を持つんだ。そして誰も気づかないようなことに気づいちまうのさ」
 気づいたんじゃなくて、確認しただけだよ。


 俺は気まずくなって視線をそらすが、アイリアは楽しげだ。
「なるほど、そうなのですね」
「俺はあの頃から、大将がただ者じゃないと思ってたぜ。たぶん他の人狼たちもそうさ。だからみんなも魔王軍に参加して、ここまで大将についてきたんだ」
 これたぶん二時間コースだ。
 ジェリクが昔話を始めると長いんだよな。


 ちょうどそのとき、いいタイミングで例の臭いがしてきた。
「ウンコしたな」
「ああ、確かに」
 俺とジェリクは人狼の嗅覚で、すぐに察知する。
 少し遅れてアイリアも気づいた。


 この世界に紙おむつはないので、俺は慣れた動作で布おむつを取り替える。
「臭い、臭いぞフリーデ。うん、健康なウンコだ」
「あんまり臭い臭い連呼してやるなよ、大将。娘だろ?」
 離乳食を始めたから、ウンコが大人の臭いとあんまり変わらないんだよ。
 でも自分の子供だと思うと、大して抵抗はないな。


 排便したら授乳と昼寝の時間なので、ジェリクには帰ってもらう。
 フリーデが寝た後、アイリアはサークルの外にあるテーブルで煎豆茶を飲む。
「覚悟はしていましたが、やはり子育ては難しいですね。私は兄弟がいなかった上に、子守をしたこともありませんから」
「俺も子守の手伝いをしたことはあるが、やっぱり育児は大変だな」
「でもあなたは大賢者の弟子ですし、今はミラルディア大学の教官ですからね。人を育てる秘訣はありますか?」
 そう言われてもな……。


 俺は腕組みして考えたが、そういえば気をつけていることがあるのを思い出した。
「観察かな」
「観察ですか?」
「うちの師匠の口癖だ。弟子の意欲や気質、興味の対象はそれぞれ違う。だからよく観察して、どう育てるかをしっかり考えるそうだ」


 教えるというのは一方通行ではなく、双方向のやりとりだというのが、我が師の考え方だ。
 これは前世だと当たり前の考え方だが、この世界では相当に先進的らしい。
「しっかり観察することは、育児中の事故防止にも役立つ。やらかしそうなことがだいたいわかるからな」


 うちの娘の場合、冒険心が強いのかとにかく脱走したがる。
 フリーデにとっておむつ交換は最大の脱走チャンスらしく、毎回が親子の真剣バトルだ。俺たちが油断するとフリーデは尻を丸出しにして、ハイハイでどこかに旅立とうとしてしまう。
 こういう子は結構多いらしい。


「あと観察する以上、同じ場所で一緒に過ごすことになるだろう? これもいいらしい」
「なぜですか?」
「親子の絆が生まれるからだよ」


 赤ん坊にとって日常は戦場と変わらない。
 周りは知らないものだらけ。体はうまく動かせないし、言葉も通じない。周囲にいる連中は、敵なのか味方なのかよくわからない。
 この状態で誰かに愛情を向ける余裕なんてない。
 まず先に、周囲から愛情を与えてもらわなければ無理だ。


 俺はそう説明し、湯気の立つ煎豆茶を飲んだ。煎った大豆の香ばしい香りが漂うが、どうもノンカフェインだからか少々物足りない。
「一緒に過ごして信頼と愛情をたくさん積み重ねれば、今度は子供のほうから愛情を向けてくれるようになる」
「一緒に過ごして……ですか」


 どこの国でも、貴族は育児を乳母や教育係に任せがちだ。
 まともな貴族の多くは、領地経営や出仕などで忙しい。屋敷を遠く離れ、数週間戻れないこともある。
 あと金銭的に余裕があるので、腕のいい専門家を雇えるというのもある。
 もちろん一番大事な部分は自ら教えるが、一緒に過ごす時間をなかなか取れないのが悩みだそうだ。


 さらに育児に無関心な貴族になると、子供とは年に一度会うかどうかだという。
 ここまでくると俺には虐待にしか思えないが、この世界では別に珍しい話ではないようだ。
 教育学や発達心理学という言葉が存在しない世界だからな。


 幸い、アイリアは父親と一緒に過ごした時間が長い。妻を亡くした先代当主は、一人娘であるアイリアの養育に人生を捧げたのだ。
 だからアイリアも、俺の言葉に納得してくれたようだ。
「確かに大事なことです。この子は生まれながらにして多くの宿命を背負っています。魔王の子が情の薄い人物になっては、国が乱れる元になりかねません」


 俺は先日、育児に失敗して滅びかけた国に行ってきたので、フリーデの教育には重大な責任を感じている。
 といっても、別に優秀じゃなくてもいいし、偉くならなくてもいい。
 平凡でおおむねまともに育ってくれれば、それで十分すぎるぐらいだ。
 後は自分なりの幸せを見つけて、他の人の迷惑にならない範囲で自由に生きていって欲しいと思う。


「だから俺は、フリーデにしっかり愛情を注ごうと思う。そうすればフリーデは心の優しい人物になるだろうからな」
 さて、前振りはこれぐらいで十分だろうか。
 俺はごそごそと懐を探り、先日購入したものを妻に見せた。
 ワの国からの輸入品で、何とも味わいのあるデンデン太鼓だ。
「それで父親からの愛情の一環として、この民芸品をフリーデに……」


 アイリアが微笑む。
「ヴァイト」
「はい」
「玩具の類は過剰に与えないほうが良いと、昨日あなたが言ったのですよね?」
「はい」
 確かに言いましたが。
 これはまだ過剰ではないと思います。


 俺は妻の顔色をうかがい、ごくごく小さなデンデン太鼓を「ててん、ててん」と鳴らしてみる。
 別に超合金フリーデンリヒターDXとか、合体変形ジンロウロボとかじゃないんだし、これぐらいはいいじゃないか。
 するとアイリアはフッと笑った。


「ずるいですよ。あなたにそんな目をされたら、ダメだとは言えないじゃないですか」
「どんな目だ」
「教えません」
 アイリアは笑いながら俺の手からデンデン太鼓を取り、くるくる回して鳴らしてみせた。
※次回「後日談/魔王の保育園」更新は1月13日(金)の予定です。
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