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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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後日談/英雄の名付け親

外伝3話


 フリーデの首が据わり、顔立ちも随分と可愛らしくなってきた。
 その頃になるとミラルディアの人員も大半がクウォールから帰国し、エルメルジアたちクウォールの人虎族もリューンハイトにやってきた。傭兵隊副官だったクメルクも到着する。
 エルメルジアたちは師匠に弟子入りし、より体系的な魔法を学ぶことになった。人虎族では多くの魔法が失伝しているため、基礎から叩きこまれている。
 クメルクは対クウォール政策の専任外交官として、魔王軍の一員となってもらった。


 入れ替わりにカイトたち調査隊がクウォール入りし、カヤンカカ山に眠る秘宝についての報告書が送られてきた。
 カイトによれば、戦神の秘宝に設定されている魔力貯蔵量は、おおむね五十万カイト程度だという。
 容量がずば抜けて多いものを除くと、だいたいこのへんが「戦神を誕生させるのに十分な魔力量」のようだ。


「この数値をより精密に求め、『モヴィ定数』と呼ぼうと思うのじゃよ」
 師匠は砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲みながら、自慢げにそう言った。
「別にいいですけど、なんで『ゴモヴィロア定数』じゃなくて『モヴィ定数』なんですか」
「呼びやすいじゃろ? それにほれ、そうすればわしの愛称も定着するかと思っての」
 神聖な学問の世界に、そんな邪な野望を混ぜ込まないでください。


 ただ、この世界の魔力研究について、師匠が率いるチームが大きく貢献しているのは事実だ。
 俺は砂糖壷をしまいながら、ふとつぶやく。
「魔力研究は、他の学問の発展のためにも不可欠ですからね。物理や化学の実験をしても、すぐに魔力が悪さをしますから」


 この世界では、簡単なおまじない程度で魔力が効果を発揮してしまう。偶発的な魔力の発動も珍しくない。
 だから実験や調査をしても、魔力の影響を除外しないと正しい結果が得られない。
 自然科学の正しい発展のためには、魔力の性質について正しく理解しておく必要があった。


 師匠は苦笑しながら、俺の顔を見上げた。
「魔力が『悪さをする』か。おぬしは魔術師のくせに、魔力への崇拝や畏敬というものが全くないのう」
「すみません、そういう性分で」
 研究対象に敬意を払わないのは、ちょっとまずいな。
 でも崇拝は必要ないと思う。


 師匠はますます面白そうな顔をした。
「それも転生者ゆえ、かの? フリーデンリヒターのヤツも、そういう冷静さが際立っておったぞ」
 師匠は俺とフリーデンリヒター様の共通点にも、ずいぶん前から気づいていたらしい。
 結果、俺とフリーデンリヒター様の両方が転生者だとバレてしまった。


 別にそれで困ることもないのだが、俺はそれ以来しょっちゅう師匠に質問攻めにされている。
「そうそう、先日聞いた感染症の話じゃが、細菌とウィルスの違いをもう少し詳しく聞きたいのう」
「だから俺もよく知らないんですって。細菌は生き物ですが、ウィルスは他の生き物の体内に入るまでは生命活動をしていません。だから死の魔法が効くのかどうか、俺にもわからないんです」


 俺が説明すると、師匠はうんうんとうなずいた。
「ではどこかでウィルスとやらを捕まえてきて、試してみねばのう。観察のための手段も必要じゃし、数年はかかりそうじゃな」
 この世界には抗生物質はないが、いずれ抗生物質やそれに類する魔法が作られるだろう。
 しかし抗生物質ではウィルスは退治できないので、研究が必要になる。
 師匠はそんなことも考えているようだった。


「すみません師匠、俺が医者だったら良かったんですが」
「なに、解決の糸口を教えてもらえるだけでも方策を考えられるでの。後のことはわしに任せておくがよい」
 そんな話題をしていると、師匠の部屋に竜人の騎士団長であるバルツェとシューレが入ってきた。


 バルツェが前に進み出て、師匠に報告する。
「失礼します。婚礼の儀、つつがなく終わりました」
「うむ、めでたいのう。アイリアには報告したかの?」
「はい。大変丁寧に祝福して頂きました」


 竜人たちは良くも悪くもクールでスマートなので、プライベートな行事は身内だけで済ませるのが慣例だ。全部終わってから報告しに来る。
 バルツェとシューレは竜人たちの聖地を巡礼し、それで無事に婚姻が成立したようだ。
 文化の違いというのを、改めて思い知らされる。
 カイトの結婚みたいに、婚礼の取りまとめを頼まれても困るんだが……。


 しかしあいつ、本当にラシィと結婚する気なんだろうか。
 前に「イライラする」って言ってなかったか?
 性格も正反対だし、どこでどう婚約に至ったのか全くわからない。
 だがラシィならゆったりしていて家庭的だし、仕事熱心だがストレスを溜め込みやすいカイトを支えてくれるだろう。


 バルツェとシューレを招いて四人でティータイムにしながら、俺はしみじみとつぶやく。
「もうすぐジェリクも婚礼ですし、みんなどんどん結婚していきますね」
「平和になったからのう。ようやく落ち着いて、身を固められるようになったということじゃな」
 師匠はにこにこ笑っている。


 竜人族伝統の鉄鉱茶を飲みながら、バルツェも笑った。
「ヴァイト殿が結婚した辺りから、みんな少しずつその気になっていたのでしょう。黒狼卿が身を固めたのなら、もうミラルディアも安泰だろうと」
「そういう訳ではなかったのですが……」
 俺は頭を掻いて、話題を変えた。


「ところでシューレ殿が懐妊されたと聞きましたが、御出産はいつ頃ですか?」
 竜人族は卵ではなく、普通に出産をする。
 卵胎生なのか胎生なのか興味があるが、デリケートな話題なので科学的興味はぐっと抑える。
 するとシューレは少し恥じらいながら、こう答えた。
「これから一年余り先になります。来年の夏頃になりましょうか」


 妊娠期間が人間より長いのか。大変だな。
 ますます科学的興味が出てきたが、もう一度ぐっと抑える。
「それは楽しみです。我が娘フリーデと共に、様々なことを学ばせましょう」
「ええ。私やフリーデンリヒター様の紅鱗氏族と、バルツェの蒼鱗氏族。長年対立していた両氏族の架け橋となる、大事な子ですから」
 対立の芽や傷痕は、あちこちにある。
 人と魔族、人と人、魔族と魔族。
 だがそれを解消しようと、今も大勢の者たちが努力しているのだ。


 するとバルツェが思い出したように、俺に言った。
「そんな大事な子ですから、できればヴァイト殿に名付け親になって頂きたいのですよ」
「俺にですか? いやしかし、まだ一年以上先でしょう?」
 戸惑う俺に、バルツェが笑う。


「生まれる前から名前で呼び、もし流産したときもその名で弔うのが竜人のならわしです」
 でも普通は、もうちょっと大きくなってからつけると聞いているぞ。
 どうやらバルツェは子供の誕生が待ちきれないらしい。
 シューレは苦笑している。
「夫の性急さには困っていますが、兵法は速くあるべしと言い張っていますのであきらめました。それに天下無双の英雄である魔狼ヴァイト殿が名付け親になって下さるのなら、この子もきっと英雄に育ってくれると思うのです」
「いや、それは……」
「お願いできるでしょうか、ヴァイト殿?」


 どうも今この場で決めないといけないような雰囲気なので、俺はますます困惑する。
 すると師匠がふと口を開いた。
「ヴァイトがつけぬのなら、わしがつけてやっても良いがのう。ほれ、わしも一応は大賢者と名高いことじゃし」
「いえ、俺がつけます。師匠は座っててください」
「一応、ニュメッザとかポクシュルとか、古王朝時代の由緒ある名を考えておるのじゃが……」
 シューレが困惑した表情をしているので、俺は腹をくくる。


 俺はワの国から輸入した和紙と筆を用意し、その間に大急ぎで子供の名前を考えた。
 赤い鱗の竜人と、青い鱗の竜人の子だ。
 どんな色の鱗になるかはまだ誰にもわからないが、鱗の色はちゃんと遺伝するようだし、紫色ではないだろうかと思っている。
 紫の鱗……「紫鱗」か。
 シリン。
 うん、なかなかいいと思う。これにしよう。


「バルツェ殿とシューレ殿の栄えある子の名は、『シリン』でいかがでしょう?」
 俺は漢字で「紫鱗」としたため、漢字の意味を説明する。ワの国の言葉として紹介した。
 バルツェはすぐにうなずき、満足げに溜息をつく。
「素晴らしい名です。長音を含まない三音なので、緊急時に名前を呼びやすい。響きも意味も申し分なく、将来語り継がれる英雄の名に相応しいと思います。一音目が無声音なのも良いですね」
 感動のポイントがよくわかりません。


 シューレも名前の意味を知って非常に喜んでいたので、無事にこれで決まりとなった。
 すると師匠がニヤリと笑う。
「おぬしの背中を押すのは、何回やっても面白いのう。恐ろしく慎重な癖に、覚悟を決めたとたんに即断即決の男じゃからな」


「まさか師匠、俺に名前をつけさせるために、わざとあんな変な名前を?」
「わし自身は良い名じゃと思うておるのじゃがな。まあ今どきの名ではなかろうて」
 紅茶を一口飲んで、大魔王陛下は楽しげにそう答えたのだった。
※次回「後日談/フリーデと共に」更新は1月11日(水)です。
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