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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

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切り拓かれた道

372話


 俺がリューンハイトに帰還して数日後、アイリアの陣痛が始まった。
 クウォールではちょうど今頃、諸侯を集めた会議が開かれているはずだ。
 占星術師ミーティの予言がなければ、俺は何も知らずに会議で熱弁をふるっていただろう。
 危ないところだった。


 俺は傍らにいるミーティを振り返った。
 今日の彼女は占星術師ではなく、産婆だ。俺が用意した白い服を着て、髪を束ね、三角巾をしている。
「ミーティ殿には毎回救われていますな」
「占星術師とはそういうものですから」
 にこりと笑うミーティ。
 リューンハイトを占領したとき、ミーティ率いる静月教徒を保護したのがこんな形で報われるとは思ってなかった。
 情けは人のためならず、かな。


 俺の周囲には他に、師匠とメレーネ先輩、それに我が副官のカイトと幻術師ラシィ、副侍女長のイザベルがいる。
 イザベルが不安そうに口を開いた。
「本当にこの七人だけで、お産をするのですか? もっと大勢いたほうが……」
 イザベルは教養のある人物だが、医学には俺以上に疎い。


 だから俺は言葉を選び、こう説明した。
「専門家以外は必要ない。人が増えるとそれだけ病魔の付け入る隙を与えてしまうことになる。我々は皆、知らず知らずのうちに病魔を運んでしまうからな」
 正直なところ、俺も感染症について知識があるとは言いがたいのだが、とにかく警戒しなければいけないのはわかっている。


 俺はみんなに説明した。
「お産が終わるまで、全員その手袋は外すな。また、その手袋で何かに触れるのも厳禁だ。もし軽くでも触れてしまったら、清めの魔術紋を使え」
 緊張した表情で一同がうなずく。
 俺も緊張しながらうなずき返した。


「今回、切開を担当するのは師匠だ。産婆でもあるミーティ殿が補佐する。カイトは探知魔法を使って、赤ん坊の正確な位置とアイリアの体調を監視しろ。ラシィはそれを投影する係だ。二人とも内臓の位置は覚えたな?」
 カイトが真顔でうなずく。
「ラシィでさんざん練習しましたから」
「私も自分のおなかの中があんなことになってるなんて、びっくりしました……」
 ラシィも自分の下腹部をさすりながらうなずいた。
 だから他のものを触るなって言ってるだろうが。


 後で注意しておこうと思いつつ、俺はメレーネ先輩に向き直る。
「先輩は止血担当です。傷口が壊死しない程度に血を止めてください。胎児を取り出したら俺が傷口を塞ぎます」
 子宮も切開するから、そっちも塞がないといけない。


 俺は全員でお産の段取りや注意事項、それと緊急時の対応について再確認する。
「アイリアは八百カイトの魔力を持っている。彼女自身はこれをうまく使いこなせないが、俺の強化魔法で働きかければ生命維持に使える」
 魔術師からみれば、命を八百個持っているようなものだ。
 ただしそれでも、処置を間違えればあっさり死ぬ。
 魔力は貯金のようなもので、何らかの方法で引き出さなければ使えないからだ。
 そしてアイリアは魔術師ではないし、人狼でもない。


「イザベルはアイリアを勇気づけてくれ。俺たちはアイリアと受け答えする余裕があまりないが、アイリア自身の生きる意志は何よりも重要だ」
「かしこまりました、旦那様」
 イザベルが悲壮なほどの決意をこめて、こくりとうなずく。


 俺は手術着代わりの白いローブを身につけ、刺繍された魔術紋でもう一度それを殺菌する。一同もそれに続いた。
 俺はこれ以上緊張させないために、無理して笑う。
「なに、日暮れまでには全部終わっているさ。明日の朝は一人増えたアインドルフ家で盛大に祝おう」
 そうなる保証はどこにもないが、俺たちはそうするためにこれから戦うんだ。


 手術室となる部屋には、アイリアが待っていた。部屋の警備はモンザたち人狼の幼なじみが担当しているので安心だ。
 俺たちの姿を見た白いローブの侍女たちが一礼し、退出する。
 アイリアは少し苦しそうにしていたが、俺を見て微笑んだ。
「明け方に陣痛が始まったばかりなのに、もう切り札を使うのですか? 長い人は一昼夜続くと聞いていますが……」
「君の体力が残っているうちに、さっさとやってしまおうと思ってな。どうせ開腹手術をするなら、陣痛で疲れ果てた後よりは今のほうがいいだろう?」
 軽く言ってみせるが、正直まだ迷いはある。


 ミーティの予言が絶対に的中すると決まった訳ではない。もしかすると、これは無用な危険を冒すだけになるかもしれない。だから午前中は様子を見た。
 しかしまだ生まれる気配は全くないそうだし、体力と気力を使い果たしてからでは危険が大きくなる。
 ここは二十一世紀の日本ではないし、俺は医者ではないからだ。
 ただし正真正銘、本物の魔術師ではある。
 そこに賭けるしかない。


 アイリアは俺の表情を見て、ふと真面目な顔になった。
「もし私か赤ん坊、どちらか片方しか助からないのであれば、迷わずに赤ん坊を助けてあげてください」
「アイリア、それは……」
 するとアイリアは痛みに顔をしかめつつも、無理して笑ってみせた。
「でも、できれば両方助けてくださいね、ヴァイト」
「もちろんだ」
 何が何でも成功させてやる。


 俺はアイリアの下腹を露出させると、白い肌に鎮痛の魔法をかけていく。
 ロルムンドでシュメニフスキー鮮血伯と決闘したときのことを、ふと思い出した。彼が激痛をもたらす魔法のサーベルを使ったからだ。
 あのときと違って俺の命ではなく、妻子の命がかかっている。
 絶対に負けられない。


 俺は火酒でアイリアの肌を消毒しながら、各員に指示を出す。
「メレーネ先輩、止血の用意をお願いします。師匠は『魔刃』の準備を」
「任せてといて」
「うむ」
 真剣な表情でメレーネ先輩と師匠がうなずく。


 師匠は細く小さな指先に、魔力の刃を宿らせた。俺が使うものよりもずっと小さく、そして魔力がよく鍛えられている。
 厚みがゼロで切れ味も抜群。そして実体を持たない力場なので無菌状態だ。
 問題は出力の調整だが、師匠ほどの達人なら間違いはない。


「カイト、ラシィ。師匠に胎児の位置を示してくれ」
「はい」
 二人の声が揃い、頭上に胎内の様子がぼんやりと浮かび上がる。カイトが探知魔法で読み取った情報をラシィに送信し、ラシィがそれを幻術で投影している。
 ロルムンドで雪の砦を守ったとき、このコンビネーションが大活躍したな……。


 産婆でもある占星術師ミーティが、師匠に子宮の位置などを説明している。切開する場所の微調整を行っているようだ。
 そして最後に、師匠がうなずいた。
「よし、参るぞ」
 全員がうなずく。


 そしてゆっくりと慎重に、魔力のメスがアイリアの腹に吸い込まれた。
「我が霊術をもって、血潮よ退け! 干潮のごとくに!」
 メレーネ先輩が止血を行い、出血を食い止める。
 白い肌が裂かれ、皮下脂肪の組織が露出した。その下は腹筋だ。


 よし、出血はほとんどない。
 緊急時に備えて治療魔法を準備していた俺は、ほっと安堵する。
 だが勝負はまだこれからだ。


 師匠は額に汗を浮かべながら、魔力の刃を拡大した。
 感染症予防のため、指を傷口に触れさせる訳にはいかない。より深く切るためには、出力を上げて刃を長くする必要があった。
「むぅ……」
 師匠の小さな子供の手だからこそできる、緻密な作業。
 今は人狼の鉤爪など、何の役にも立たない。祈るだけだ。


「痛みはないか、アイリア?」
「大丈夫です。少し熱い気がしますし、もぞもぞしていますが……」
 アイリアは緊張で真っ青になっていたが、気丈に笑ってみせた。その手を副侍女長のイザベルがギュッと握る。
 イザベルは悲壮な表情で、顔は青ざめるどころか真っ白になっていた。


 そんなイザベルをアイリアが逆に励ます。
「大丈夫ですよ。心配しないでください。これから人の親になるのですから、この程度で怯んでいるようでは務まりません」
「お嬢様……」
 泣きそうな顔のイザベル。
 俺もつられて泣きそうになったが、これならアイリアのメンタル面は大丈夫だ。


 俺はアイリアにありったけの強化魔法をかけ、彼女の免疫力や体力を高めた。アイリア自身が持つ魔力が強大なこともあり、魔法の効果は絶大だ。
「師匠、他の臓物に傷をつけないでくださいね。あとそれはたぶん膀胱、尿を貯める器官です」
「うむ、わかっておる」
「触ったらダメですよ。念動術で動かしてください」
「わかっておるというに。気が散るじゃろう?」
 だって心配なんだよ。


 師匠は手を触れることなく、念動術で膀胱をずらして子宮を露出させる。皮下脂肪と筋肉は既に切開しているので、今度は子宮だ。
 探知魔法で内部をチェックしていたカイトが、緊張した口振りで告げる。
「大魔王様、刃の長さを半ミオロ短くしてください。切開場所は、右に三ミオロずらして」
「承知した」
 そしていよいよ、子宮が切り開かれて……。


 俺はアイリアのバイタルを監視し維持するのに専念していたので、そこから先は落ち着いて見られなかった。何種類もの魔法をかけ、急な変化に備える。
 だが師匠が赤ん坊を両手に捧げ持ったところだけは、しっかりと見た。
 ミーティが即座に赤ん坊をぴたぴた叩いて起こすと、か細いが元気な産声が聞こえてきた。胎盤からの酸素供給が終わり、自発的な肺呼吸が始まった証拠だ。
 この子はもう、自分で生きられる。


 師匠が珍しく興奮した表情で叫んだ。
「生まれたぞ! 生きておる! 元気な女の子じゃ!」
 娘か!
 娘なんだ!
 娘か!


 嬉しさで叫び出したい気分をこらえ、俺はアイリアと視線を交わす。
「赤ん坊はもう大丈夫だ、アイリア。俺たちの娘だぞ!」
「ええ!」
「後は自分の命を守ることだけ考えてくれ。ミーティ、イザベル、赤ん坊を頼む」
 後のことは産婆と侍女のコンビに任せておけばいいだろう。
 魔術師たちはアイリアの処置だ。


 そこから先はもう大変だった。
「胎盤を取り除いてくれ。すまないミーティ殿、どれが胎盤だ!?」
「少々お待ちを。イザベルさん、産湯を任せました」
「はい! えっ、私がですか!?」
「メレーネ先輩、血流を少し戻して! 傷口が接合しない!」
「加減が難しいのよ! 他の魔法も試して!」
「ラシィ! 子宮の状態を投影し続けろ! 切った部分は子宮も含めて全部治さないと!」
「はっ、はい!」
「師匠、膀胱の位置そこで大丈夫ですか!?」
「えっ!? うむ、ええと……カイト、どうなんじゃ?」
「合ってます、位置は記録してますから!」


 二十一世紀の日本なら、帝王切開後の処置にこんなにドタバタしなかっただろう。
 医学に疎い魔術師たちが右往左往しながら傷を治したのは、日没前だった。
 確か昼前に手術を始めたから、何時間も悪戦苦闘していたことになる。


 カイトがアイリアの容態をチェックして、近くにあった魔法の燭台から魔力を吸い取る。
 あれは魔力供給用のアイテムだ。もう限界らしい。
「問題ありません……どこにも……」
「本当か……本当に、本当か……?」
「あるとすれば、俺たちの体力ですかね……」
 そんな冗談が出てくるぐらい、余裕が戻ってきた。


 今回、俺たちは大量の魔力を消耗することが予想されたので、魔王軍が保有する魔法のアイテムを手術室に運び込んでいる。
 魔法のアイテムにはバッテリーのように魔力が充填されているので、それを吸って魔力を回復させてきた。
 だから足下には、空っぽになった魔法のアイテムがゴロゴロ転がっている。俺もさっき、師匠がずっと前に作った「英霊の兜」を二個ほど空にした。
 魔法を適当にぶっ放すだけなら楽なんだが、こんなに精密な制御を求められると消耗が凄まじい。
 ブレーキを踏みながらアクセル全開にしている感じで、恐ろしく負担がかかる。


 アイリアはというと疲れ果てて眠っており、早めに出番がなくなったラシィも壁にもたれて眠っていた。
「もう大丈夫か……? あいつが寝てても大丈夫か……?」
「わかりませんけど、何かあったら起こし……」
 カイトがひっくり返る。
 ラシィのおなかにカイトの後頭部がぶつかるが、二人とも起きる気配はない。カイトはそのまま、ラシィを枕にして意識を失った。


 周囲が妙に静かなので振り返ると、師匠とメレーネ先輩もくっついて眠っていた。この二人は睡眠があまり必要ないので、大変珍しい光景だ。
 ミーティとイザベルも赤ん坊の寝台によりかかったまま、すうすうと寝息を立てている。


 しかしこうなると、俺が眠る訳にはいかないな。看護の交代要員が来るまで、俺だけでも起きてないと……。
 そう思っていたら、目の前の壁が天井に変わっていた。
 いつ倒れたんだ、俺は?


 慌てて起きようとしたとき、俺の視界の端を大きな人影がよぎった。
 誰だ?
※次話「旅路の果てに」更新は12月28日(水)の予定です。
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