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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「野心の疼き・8」

364話「野心の疼き・8」


「遅い! 隊列を崩すな! 野営の準備の前に日が暮れてしまうぞ!」
 日没が迫る森の中で、ザカルは後方の騎兵たちに怒鳴る。
 傭兵たちはビクッと震えて慌てて手綱を握るが、もともと本職の騎兵ではない上に、馬もただの乗用馬だ。
 しばらくすると、また行軍の列が乱れていく。
「くそっ、馬のために兵を五百まで絞ったというのに……」


 ザカルが落ち着かないのは、斥候たちの大半が戻ってこないからだ。
 まさか敵の待ち伏せがあったとも思えないが、だとすれば脱走したことになる。
 兵の脱走が相次ぐのは、軍が崩壊する予兆だ。ザカルの率いる部隊では、過去に脱走はほとんどなかった。
(いかんな……だがこれも、ヴァルカーンの秘宝を手に入れるまでの辛抱だ)


「おい、クメルク隊はどうした?」
「まだ戻っておられないようですが……」
 幹部の返答に、ザカルはますます苛立ちを募らせる。
 あの男が脱走するとは考えにくい。
 だとすれば敵襲を受けたか、どこかで道に迷っているのだろう。
(下馬させて襲撃に備えるべきか?)


 傭兵隊が進軍しているのは、深い森の中の一本道だ。
 傭兵たちは乱戦慣れしているが、騎乗戦闘はできない。不意打ちを受ければ壊滅するだろう。
 だが斥候が帰還してこない危険な状況で、それでも傭兵隊は進軍を続けているのだ。
(危険を恐れていては、手に入るものも入らんか……)
 ザカルは覚悟を決める。


 彼が得た「継承秘本」の情報によれば、山の民はいくつかの集落に点在する千人足らずの部族だという。
 だとすれば、生粋の戦士は多くても百人程度だろう。傭兵隊本隊の敵ではない。
 だが問題は、部隊の士気だ。


 今回は国王の捜索が表向きの任務なので、傭兵たちには略奪の機会がない。交戦の可能性が低いのは良いことだが、遠征は危険と隣り合わせだ。
(士気を高める餌が必要だな)
 ザカルは素早く判断して、皆に聞こえるように叫んだ。


「全員、よく聞け! もうすぐ山の民の集落だ! 連中はクウォール人ではないし、ここはクウォールの法が及ばん場所だ! わかるな?」
 傭兵たちがざわめく。
 現地での襲撃許可が出たのだ。
 ザカルはさらに言う。
「聞くところによると、山の民の女どもは美女揃いだそうだぞ? 褐色肌の野性的な女ばかりだそうだ」
「おお……」
 傭兵たちがニンマリと笑った。


 ザカルも笑う。
(実際のところ、どうだか知らんのだがな。まあいい、俺が戦神になればこいつらの忠誠など不要だ)
 もし戦神になりそこねた場合にどうするか、ザカルは少し考える。
 だがもう後がなかった。
(戦神になるか、死ぬかだ)
 半ばやけになっていたザカルは、部下たちにこう言った。


「これからしばらくの間、国王捜索の名目で辺境を荒らし回るとしよう」
「そいつは困るな」
 聞き覚えのある声は前方から聞こえた。


 見れば傭兵たちの行く手を塞ぐようにして、一人の男が立っている。
 ザカルは信じられない気持ちで、思わず叫んでいた。
「ヴァイト!? なぜここに!」
 だがヴァイトは答えず、心底情けなさそうに溜息をつく。
「蜘蛛の糸を自ら切ったか、ザカル」
「蜘蛛?」
 クウォール人には「蜘蛛の糸」は通じない。


 だがザカルは、ヴァイトが敵対的な意図を持っていることは即座に見抜いた。
「あいつを殺せ!」
「おい待て!」
 ヴァイトは手を差し出して制止したが、ザカルは剣を抜いて突撃を命じた。
(この戦力差なら、人狼相手でも勝てる! 何人死のうが構うものか!)
 あの怪物が生きている限り、自分はどこにも逃げられない。
 ザカルの本能が、はっきりとそれを告げていた。


 ヴァイトは逃げない。
 彼は背負っていた杖を構える。
(あれは何だ……?)
 得体の知れない恐怖が、ザカルの警戒心をぞわりと撫でる。


 次の瞬間、夕闇の迫る森が真昼のように明るくなった。
「ぎゃっ!」
「うっ、まぶっ!」
「うわああっ!?」
 前方で立て続けに悲鳴が起きて、騎手が次々に落馬していく。馬も転倒し、後続の騎馬を巻き込んだ。


「何だ!? 何が起きている!」
 ザカルは危険を感じたが、そのまま馬を走らせた。
 後続の騎馬が突進を続けていたので、立ち止まれば激突してしまう。
 それに「今立ち止まれば死ぬ」という、傭兵の直感が働いた。


 直後に隊列の前後が昼間よりも明るくなった。
「ぐえっ!」
「ぎゃああっ!」
 あちこちで悲鳴が聞こえ、同時に馬たちがパニックに陥った。軍馬ではない馬たちは閃光に驚いてしまい、騎手たちの制御を受け付けない。
「うわっ!? どうどうっ!」
「おい、ぶつかるな!」
「お前こそ!」


 もめている場合ではないのに、あちこちで混乱が起きる。
 その間にも、無事な騎兵がどんどん減っていく。
 ザカルは馬を走らせながら、騎兵たちが頭や肩を砕かれているのを見た。
「上だ! 上から何かを落とされている! 散開しろ!」
 その言葉を証明するように、辺りに光の帯が降り注ぐ。まるで流星のようだ。


「ひいい!」
「逃げよう! 森に逃げ込め!」
 何名かの騎兵が道を外れ、森の奥に逃げ込もうとする。
 だが馬が突然何かに怯えたように、その場に釘付けになってしまった。
「おっ、おい動け!」
「うぎゃあっ!」
 頭上から降り注ぐ光が傭兵たちを打ち倒す。


(どういうことだ!? 頭上から新兵器で攻撃されているだけじゃないぞ!?)
 道を外れた森の中にも、伏兵がいるらしい。
 いったいどれほどの戦力が潜んでいるのか、全くわからなかった。
 頭上から降り注ぐ光は散発的だが、その閃光で眼が眩む。馬は怯え、反撃も逃走もままならない。


 地獄絵図と化した森の中を、ザカルの軍馬は耐え、他の騎馬を飛び越えながら走った。
 ざっと見る限り、有効な戦力は皆無だ。生存者はまだそれなりにいるが、馬を制御できていない上に、騎手自身が完全に戦意を喪失している。
(役立たずどもが!)


 次々に倒されていく傭兵たちを盾に、あるいは囮にして、ザカルは駆け抜けた。
 ヴァイトの周囲には、護衛も後続もいない。おそらく敵戦力の大半は、樹上と左右の森に潜んでいる。
 安全な退路はもはや後方にしかないが、それはヴァイトも見越しているはずだ。退路は遮断されているとみていい。
(ならばヴァイトの横を駆け抜ける!)


 ヴァイトは謎の武器で猛烈な射撃を行っていて、突撃していく騎兵たちがみるみるうちに薙ぎ倒されていく。
 ザカルは混乱している騎兵たちを盾にして、その横を駆け抜けた。
(やった!)
 ヴァイトはザカルに気づいたようだが、傭兵たちへの攻撃のため反転することができない。
 ザカルが狙っていたのはこれだ。


「あっ、待ちやがれ!」
「おい大将、一人逃げたぜ!? ありゃザカルだ!」
 背後からヴァイト以外の声が聞こえ、数発の光条が走ったが、ザカルには命中しなかった。
(やはり俺は強運の持ち主……いや、天命を持っているのだ)
 土壇場での運の強さにザカルは勇気づけられる。


 戦場の喧噪が遠く去り、夜の闇が周囲を包む。
 ザカルは秘本で得た地図の記憶を頼りに駿馬を走らせた。
 山の中腹にそびえる、古い石造りの神殿。
 登り道を走らせ続けたせいで、とうとう軍馬が泡を吹いて倒れる。
 だがザカルは馬を乗り捨て、神殿の門へと駆け寄った。
(ついに来たぞ!)
 後は神殿の中に安置されている「戦神の宝珠」を奪うだけだ。使い方もわかっている。


「これがお前の選択か、ザカル」
 声は背後から聞こえた。
「なっ!?」
 慌てて振り向いた先には、悲しげな表情のヴァイトが立っていた。
「い、いつの間に!?」
「人狼から逃げられるなどと思わないことだ。人狼たちは何百年、何千年もの間、人間を狩っていたのだからな」


 ヴァイトは神殿の石段をゆっくりと登ってくる。
 ザカルは剣を構えたが、ヴァイトは石段を登りながらゆっくりと変身していった。
 夜の闇よりも黒い体毛を持つ、恐ろしい人狼にだ。
 いつしか輝き始めた満月が、その姿を照らし出す。


「ここには戦神の宝珠などない。ここは山の民が裁判を行うために使っていた神殿だ。偽の秘本に騙されたな、ザカル」
「なに!?」
 ザカルは身構えようとしたが、目の前に立つ人狼の迫力に圧倒される。どうみても勝ち目などない。


 しかも周囲には他の人狼たちも集まってきた。数十匹はいるだろう。
 それに引き替え、ザカルは一人だ。
「ここがお前の野心の終点だ」
 黒い人狼がそう告げると、人狼たちが一斉に遠吠えをした。
※作者が感染性胃腸炎のため、水曜日の更新は休載とさせて頂きます。申し訳ありません。
※次回「野心の末路」の更新は12月9日(金)の予定です。
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