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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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本当の副官

36話


 俺は次の定例報告で、アイリアからの申し出を魔王に伝えた。
「うむ、なるほどな……」
 ここは魔王の執務室で、他には誰もいない。意外に質素で小さな部屋だ。
 魔王は小さくうなずき、こう呟いた。
「大胆な提案だが、理にも利にも適っている。信用できそうだが、バイトよ、おぬしの意見はどうだ?」
 バイトじゃないんだけどな……。


 俺はすぐさま、魔王を説得するために口を開いた。
「これまでの経緯から、リューンハイトの太守アイリアは合理的な思考の持ち主で、聡明で誠実と判断しております」
 もちろん本心だ。彼女は間違いなく、太守の器だと思う。
「また我が軍はリューンハイトの諸勢力との関係も良好であり、この同盟によって致命的な問題が発生する可能性は低いと思われます」
 一番面倒くさい衛兵隊と輝陽教がおとなしくなったので、大きな障害は何もない。


 魔王は俺の意見を黙って聞いていたが、やがて深くうなずいた。
「我が軍に大きな利のある提案だ。しかし事は魔王軍の未来に関わることゆえ、慎重に検討せねばならぬ」
 やはり少し時間が必要か……。


 魔王は手元の書類をめくりながら尋ねた。
「ときにトゥバーン攻略の際に、『竜の息吹』を全て使ったと聞いておる。相違ないか?」
 やはりバレてたのか。
 俺は背筋を伸ばし、慌てて答えた。
「作戦の成否に関わる状況であったため、万全を期して全量を使用いたしました」
 実際、あそこで城門を突破できていなかったら攻略はできなかった。火薬樽をぶちこんだことは後悔していない。
 やりすぎたのは認める。


 俺は怒られるかと思ったが、魔王は静かにうなずいただけだった。
「よかろう。ただし最高機密であり、また運用方法が確立しておらぬゆえ、この戦法は当面慎め。よいな?」
「ははっ!」
「その代わり、今後は攻城戦の技術について研究を進めさせる」
 お、そいつはありがたいな。


「『竜玉』の運用についても、報告を受けておる。実戦での有効性が確認されたため、竜火工兵隊の管理下で引き続き運用するがよい」
「ありがたき幸せ」
 あの花火を使えるのなら、今後はかなり高度な戦術が可能になる。これもありがたいな。
 魔王は大きなイスから立ち上がると、窓の景色を眺めながら呟いた。霧の中に生い茂る草木も、みずみずしい色をしている。
「そろそろ夏か。やはり花火といえば夏であろう」
「仰せの通りにございます」
 上機嫌の俺は、深くうなずいた。


 待てよ。
 おかしくないか?


 振り返った魔王が、俺をじっと見ている。
『花火とは何だ、ヴァイト』
「はっ、それは……」
『余がおぬしに支給したものは竜玉である。では花火とは何だ?』
「花火とは……」
 俺はそのとき、とんでもないことに気がついた。


 さっきから魔王が日本語をしゃべっている。
『日本語が通じるようだな、ヴァイトよ』
 魔王は流暢な日本語で語りかけながら、俺の名を「ヴァイト」と正確に発音していた。
 もう訳がわからない。


 いや、正確にはわかる。
 魔王は俺と同じ日本人だ。
「もしや、魔王陛下は……」
 俺はあくまでも慎重にこちらの言葉で問いかけたが、魔王はもはや気にすることもなく日本語で答える。
『左様。余は転生者である。おぬしと同じようにな』
 俺は思わず叫んでいた。
「なんですって!?」


 魔王は混乱している俺にイスを勧め、そして日本語で言った。
『順を追って話そう。座ってしばし、余の話を聞いてはくれぬか』
 あっけにとられた俺がイスに座ると、魔王は『おぬしのいた日本と、余のいた日本が同じ時代、あるいは同じ世界かどうかはわからぬ』と前置きした上で、このように語った。


 魔王がこの世界に転生したとき、竜人族は部族間の対立が深刻化していた。原因は人間だ。
 人間が鉱山開発で、山に住む竜人たちを武力で追い出した。その結果、難民となった部族が他部族の住む山に侵入し、争いになっていたのだ。


 魔王はこれを憂慮し、強大な武力を背景に竜人族の全部族を統一する。一致団結した竜人族は、人間たちから元の住処を奪い返すことに成功した。
 そして魔王は魔族全体の生存圏を守るため、魔王軍を結成して他の魔族をも取り込んでいった。


 魔王と呼ばれた魔族の英雄は過去にも何人かいるが、近代的な軍隊を組織したのは今の魔王フリーデンリヒターが最初だ。
 効率的な運用システムにより、人間との戦いは連戦連勝。まだ確立されていなかった新戦術も駆使して、一気に魔王軍を不敗の戦闘集団へと育て上げた。
 そりゃそうだろう。前世の知識があるんだから。
 ……ちくしょう、楽しそうだな。


『余は他に転生者がいるなどとは、思いも至らなかった。日々の戦いに無我夢中で、そんな余裕もなかったしな。だがそのとき、おぬしが現れた』
 最初の頃は、魔王も俺のことをただの優秀な部下だとしか認識していなかったという。
 俺の名を呼ぶのが苦手でうっかり「バイト」と呼んだときに、俺が嫌そうな顔をしていたので、少し気になったそうだ。


 とはいえ、名前を正確に呼んでもらえなければ、誰だって嫌だろう。
 そう思って、魔王はそのことをすぐに忘れてしまった。
 あと、正確な発音ができるよう練習もしたそうだ。
『予想以上に努力家ですね、魔王様』
『命を懸けてくれる部下に申し訳ないのでな……』


 本格的に疑問を感じたのが、俺が火薬を作ろうとしたときだったらしい。
『竜の息吹……つまり黒色火薬だな。あれを調合しようとしたのを知ったとき、まさかと思ったのだ』
 現代人が異世界に転生して軍人になったら、まず間違いなくやろうとするだろうからな。
 疑われるのも仕方はない。
 ときどき俺の名をわざと「バイト」と呼んでみては、俺の反応を見ていたりしたそうだ。


 しかしこのときも魔王は確信を持つには至らなかった。
 大賢者ゴモヴィロアの弟子なら、火薬の調合に気づいても不思議ではないからだ。
『それに余が転生者の存在を気に掛けるようになったのは、別に前世の郷愁に浸るためではない。高度な知識や余に近い価値観を持つ、優秀な人材を求めてのことだ。それゆえ、おぬしがリューンハイトの統治に失敗するようであれば、そのことは忘れるつもりであった』
 魔王としてもかなり気にはなっていたらしいのだが、個人的な興味で特別扱いはできないと、ずっと静観していたという。


『だがその後、おぬしは次々に功績を積み重ねた。特にリューンハイトの諸勢力の懐柔と、トゥバーン占領への貢献は大きい』
 俺は全然気づいていなかったが、これによって俺の名声はもはや不動のものになっているという。
 魔王は机の上に、見覚えのある茶筒と、慣れ親しんだ匂いのする壷を置いた。緑茶と甘ダレだ。


『クルツェ技官が送ってきた緑茶と醤油ダレだ。もはや、ただの偶然にしてはできすぎておる』
『まさか陛下、彼を使って私の素性を調べておられたのですか?』
『それは違う。あくまでもおぬしを補佐させるために、優秀な技官であるクルツェを遣わしたのだ。と同時に、おぬしの統治手法を竜人族に学ばせたいという願いもあった』
 俺の予想通り、クルツェ技官は魔王の大事な側近だったようだ。
 クルツェ技官は魔王の期待通りに俺のふるまいを観察し、それをレポートとして送っていたらしい。


『しかし余にも、未だに疑問がある。おぬし、なにゆえ余の素性を全く気に掛けていなかったのだ?』
『さすがにわかるはずがありません』
 だが魔王は真顔で、不思議そうに言う。
『余の名をみれば一目瞭然であろう?』


『魔王陛下のお名前……フリーデンリヒターですか?』
『左様。ドイツ語で、平和の仲介者を意味する語である。力に溺れぬよう、己への戒めとして名乗っておるのだ』
 せめて英語にしてください。
『竜人族の名は、音の響きがドイツ語に近いのでな。新たに魔王としての名を名乗る際も、そうせざるを得なかった』
 俺が魔王の名前に全然反応しないので、最後の最後まで魔王は俺が転生者かどうか悩み続けたという。
 わかるか、そんなもん。


『畏れながら陛下』
『申してみよ』
『突然のことでしたので、なんかこう気持ちが混乱しているのですが……』
 俺が恐る恐る言うと、魔王は怒りもせず、むしろ申し訳なさそうな声で弁解した。
『まあ待て、余の立場もわかろう?』
『わかりすぎるぐらいわかりましたが、魔王軍内部に転生者がいないか呼びかけるとか、もっとわかりやすい方法で転生者アピールするとか、方法があったのではありませんか?』


 魔王はわざとらしく咳払いをしてみせた。
『待て待て、それはおぬしがドイツ語に疎かったのも一因であろう。これぐらいが余としては最大限の譲歩なのだぞ』
 そうかな?
『余が転生者であることや、他の転生者を探していることが広く知られれば、厄介なことになる。我らとは異なる世界からの転生者と偽って、余に取り入ろうとする者も出よう。王の権威は悪用されぬよう、常に警戒せねばならぬのだ』
 なるほど。
 どうも王というのは、俺たちが思っているよりも慎重な振る舞いが必要らしい。


 事情はだいたいわかったが、俺は気持ちの整理がついていない。まだ少し混乱している。
 それが顔に出ていたのだろう、魔王は俺に頭を下げた。
『色々とすまぬ。余の不手際であった。……いや、余は怖かったのだ。おぬしが何者なのかを確かめるのがな』
『あっ、いえ、滅相もございません。陛下のお立場、若輩ながらお察しいたします』
 普段堂々としている魔王が申し訳なさそうにしているのを見ていると、こっちが恐縮してしまうのだ。
 やっぱり魔王は怖いぐらいに威厳をもっていて欲しい。


『さて、そろそろ本題に入るとしよう。余は魔族ゆえ、人間から魔族を守りたい。だが元は人間でもあるゆえ、人間を憎むこともできぬ。できることならば、人と魔族が共存できる国を創りたいのだ』
 魔王は立ち上がると、俺の近くに歩み寄った。
『おぬしの前世が何者で、どのような生涯を送ったかは聞かぬ。余もことさらに明かすつもりはない。ただ、おぬしなら余の葛藤をわかってくれよう。余と共に戦い、この途方もない夢を叶えてはくれぬか?』
 それならもう、答えは決まっている。
 俺はイスから立ち上がり、魔王の前に片膝をついた。


『私も今は魔族の一員、一人の人狼にございます。この世界に流れる人と魔族の血を減らすため、今後も私をお使いください』
『おぬしの忠誠、改めて受け取った。……ありがとう、ヴァイトよ』
 俺の肩に、魔王の分厚く重い手が置かれた。
『リューンハイトの件も、おぬしが転生者であるとわかった以上、安心して託せる。太守アイリアを我が盟友として歓迎しよう。詳細は後日、会議を開いた上で決定する』
 おお、やった。あいつも喜ぶぞ。


『もちろん、おぬしにも今後一層励んでもらうことになろう。期待しておるぞ』
『はっ! 微妙にまだ気持ちの整理ができておりませんが、粉骨砕身いたします!』
『おぬしも意外とこだわるな……』
 魔王が苦笑いすると、つられて俺も笑った。
『まあよい、恨まれついでだ。夕食でも共にしながら、余の苦労話でも聞いてもらおうか』
『はい、ぜひ』
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