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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

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「野心の疼き・5」

358話「野心の疼き・5」


 王都に入ったザカルは傭兵隊の規律正しさによって、一定の支持を得ていた。
 バッザ公との契約が切れた傭兵隊は、そのまま国王に雇われて臨時防衛隊として王都に駐留している。
 国王が雇ったという発表があったため、王都の市民は安堵した。


「陛下が沿岸諸侯の傭兵たちを味方につけたらしいぞ」
「なんだ、王様は逃げた訳じゃないのか」
「これで安心だな。臨時防衛隊と親衛隊がいれば、沿岸諸侯軍も手出しできないだろう」
「やれやれ、やっと落ち着いて商売ができるよ」


「でも傭兵なんだろ、大丈夫なのかね?」
「凄く規律正しいのよ。みんなきちんとしてて、傭兵とは思えないわ。買い物の代金も即金で払うし」
「へえ……。あのザカルって隊長、なかなかやるな」
「このまま都を守ってもらえると助かるかもな」


 王都ではそんな会話がささやかれ、ザカルとその配下たちは好意的に受け止められていた。
 傭兵たちはほとんど姿を見せないが、ザカルとその側近たちは市街の各地で市民の噂になる。
 いわく、ひったくりを取り押さえた。
 いわく、壊れていた神殿や民家を補修した。
 いわく、市民への炊き出しを行った。
 そんな噂が流れるたびに、「規律正しい傭兵隊長ザカル」のイメージは次第に強固になっていった。


 だがそのザカルは今、焦っていた。
「誰も兵を挙げんのか?」
 ザカルの問いに、副官のクメルクが背筋を伸ばす。
「は、はい。現在、いかなる軍も王都に接近しておりません」
「その情報は間違いないのか?」
「おそらく……。偵察隊が少ないので断言はできませんが、行軍は目立ちます。すぐにわかるはずです」


 借り上げた宿の最上級の部屋で、ザカルはイスを蹴り上げる。
「ありえん! 何も知らん庶民はともかく、諸侯は国王が不在のままなのはわかるはずだ! 空っぽの王都に俺がいるのだぞ! なぜ誰も挙兵せん!?」
「わ、わかりません」
「くそっ!」
 ザカルは苛立ったが、ふと思い出す。


「そうだ、それなら沿岸諸侯の軍勢を攻撃しよう。今の俺たちにとって、カルファル郊外に駐留している沿岸諸侯軍は敵だ。追い払って戦功にしてしまえ」
「それはあんまりではありませんか!?」
 クメルクが抗議したが、それと同時に偵察隊からの報告がもたらされる。
「隊長、沿岸諸侯軍が退却したようです。どうやらあいつら、隊長にビビッて逃げたようですぜ」


 嬉しげに報告した傭兵とは対照的に、ザカルは顔を歪める。
「なんだと!? あいつら、戦を放り出して逃げ出したのか! どうなっている!」
「さあ……」
 偵察隊長とクメルクは顔を見合わせたが、彼らに結論は出せなかった。
 ザカルは机上の杯を床に叩きつけると、大声で怒鳴る。


「もういい! 放っておけ!」
「よろしいので?」
「退却する軍勢を追撃するには速度が足りん。傭兵隊はほとんどが歩兵だ。追いつく頃には都から離れすぎてしまう」
 王都から離れれば、親衛隊や侍従たちが掌を返す可能性もある。
 ただでさえ、カルファルにはミラルディア魔王の副官が滞在しているのだ。
(ヴァイトが動けば、あいつらすぐに俺を見限るぞ)


 国王との交渉で、ザカルは自分が平民であることを思い知らされていた。どれだけ武力を持っていても、平民では相手にしてもらえない。
 なるべく早くこの王都で地位を築き、存在感を示す必要があった。
 だというのに、武勲を立てる敵がいない。
「俺たちは勝ち続けなくてはならんが、戦う相手がいないのではどうしようもない」
「どうしますか、隊長?」


 ザカルは不敵に笑う。
「この手はなるべく使いたくはなかったが、仕方あるまい。適当な口実をつけて王の重臣たちを集めろ。侍従に親衛隊、それに神官たちもだ」
「わ、わかりました。……ちょうど明後日に、重臣たちの会議が開かれます。我々はその警備をしますので、隊長なら会議場に入れるかと」
 クメルクが言ったので、ザカルはうなずいた。
「よし。俺の実力を見せてやる。王の器たる実力をな」


 当日、ザカルは会議室で熱弁を振るっていた。
「国王陛下の捜索に、ぜひ我々をお使い頂きたい!」
 集まっているのは侍従長などの重臣たち、それに親衛隊長や衛兵隊長。静月教の神官長など、宗教指導者もいる。
 彼らは王宮の大会議場に集い、ザカルの意見に耳を傾けていた。


「我々防衛隊は、王都の外での活動に慣れております。陛下の消息を突き止め、この国の不安を静めたい!」
 国王の生死だけでも確定すれば、次の王が選べる。
 自分で殺しておいて捜索も何もないものだが、この論法が通用するということは国王殺しは露見していないということだ。
 神官長が溜息をつく。
「確かに王位の空白は悩ましい。パジャム様がお戻りにならぬ以上、次の王を……」


 すると即座に法典庁の長が反対した。
「なりませんぞ。陛下の従兄弟のカシュム様もジャハーディ様も、今は神官職にあらせられます。還俗は通例認められておりません」
「そうは言っても、他に方法がありますまい」
 法典庁の長が、鋭い目つきで神官長をにらむ。
「貴殿、そう言って神殿の発言力を高めるおつもりではありますまいな?」


 神官長が不愉快そうな顔をした。
「世俗の権力など求めてはおりません。ですが王が失踪したまま行方不明など、国が乱れる元となりましょう」
 いいぞいいぞ。
 ザカルは心の中でほくそ笑む。
 もっと争うがいい。
 争えば武力が必要になる。
 その武力を持っているのはザカルだ。
 どちらの側でもいいから、戦力を高く売り込むとしよう。


 そのとき、議場の扉が開いた。
「遅くなりました」
 聞き覚えのある声に、ザカルはハッとする。
 全身の毛が逆立つような、危険と恐怖の感覚。
 振り返った先には、あの魔王の副官がいた。


「皆様、お初にお目にかかります。ミラルディア連邦評議員にして魔王の副官、ヴァイト・フォン・アインドルフです」
 異国の礼装に身を包んだ男は静かに微笑み、居並ぶ一同に礼をする。
 すると侍従長が驚いたように口を開いた。
「こ、これは……なんという……。ミラルディア最重鎮の貴方にお会いできて光栄です。しかし本日の訪問予定は、ワジャル公アマニ殿のはずでは?」
 ヴァイトが楽し気に笑う。
「アマニ殿も御一緒ですよ。安全確保のため、私たちは同伴者という形でお忍びで参りました」
「……私たち?」


 皆が首を傾げたところに、アマニが美女を支えて入室してくる。
 それを見た瞬間、ザカルは恐怖を覚えた。
 後宮の妃以外に着用を許されないドレスを着た美女。その下腹が大きく膨らんでいる。身ごもっているのだ。
 王妃であるなら、その相手は言うまでもなく国王。
 王の子だ。


「き、貴様……」
 ザカルが声をかけようとしたとき、美女がザカルを見据えた。
 恐ろしく冷たいまなざしだった。
 あの目と同じだ。
 国王を殺したときの、あの目。
 侮蔑と哀れみの入り交じった、突き放すような目。


 美女はザカルからすぐに視線をそらし、一同に恭しく頭を下げる。
「パジャム二世陛下の妃、ファスリーンにございます」
「ファスリーン様!」
「陛下の正室候補と名高い、あの!?」
 一同が慌てて起立し、右膝をついて頭を垂れた。
 ザカルにはわからないが、相当に身分の高い女性のようだ。


(馬鹿な、後宮に妊婦がいたのか!?)
 わかっていれば、そのままにしておくはずがない。
 後宮の妃たちについては、集められるだけの情報を集めていた。
 だが妃の数が多く、後宮から出てくることも滅多にないため、得られた情報は極端に乏しい。
 さらに後継者についての話題に上ることもなかったので、ザカルは妊婦などいないと思いこんでいた。


 ヴァイトが一同に訴えかける。
「聞けばお腹の中の子は男子とのこと。侍医長とその公務記録が証拠です」
(医者だと!?)
「妊婦は医者に診せるもの」という考えを持たないザカルには、侍医たちを調べるという発想は全くなかった。
 ファスリーンの奥に控える数名の医者らしき連中を見て、ザカルは内心で歯噛みする。
(くそっ! ぬかった!)


 王位の空白を狙って混乱を起こし、その中で暗躍するという謀略。
 それが動き出す前に潰されてしまった。
 正当な王位継承者がもうすぐ生まれる以上、流産でもしない限りこの問題は棚上げだ。
 すでに大神官として要職にある他の王族たちは、決して動かないだろう。


(遠のく……俺の、俺の戦場が……)
 やっと数千の兵を従え、国政の場に顔を出せるようになった。
 ここからが野望の始まりだというのに。
 それがもう終わろうとしている。


 ヴァイトが一同に告げる。
「陛下は行方不明のままですが、陛下のお世継ぎが間もなく誕生します。諸侯と廷臣全てがお世継ぎを支え、未来の王となるべくお育てするのです。知恵と経験豊かな皆様は、新王の父や祖父の代わりとなりましょう」
 父なき王子を育て、父親代わりとなる。
 なんという魅惑的な言葉だろうか。


「もちろんミラルディアも、クウォールの盟友としてお支えいたします。王家とクウォールの地に不穏あらば、我が魔王軍が安寧のために駆けつけましょう。巨人でも竜の兵士でも、お望みのままに」
 一同が微かにざわめく。
 要するにヴァイトは、「内戦や王位簒奪が起きれば、ミラルディアが武力介入する」と警告しているのだ。
 それも魔物の軍勢で。
 そのまま国を乗っ取られてしまう可能性もある。
 これではもう、迂闊な真似はできない。


 ヴァイトはなおも一同に説明をしていたが、ザカルはもう聞く気力すら起きなかった。
 ここで落胆すれば怪しまれるという判断だけが、彼の体を支えている。
 そのとき、ヴァイトがザカルを振り向いた。
「ザカル殿、またお会いできたな」
「……ああ」
 なんて笑顔で俺を見るんだと、ザカルは心の奥で呻く。


 だがヴァイトの次の言葉を聞いた瞬間、ザカルの心臓は凍り付いた。
「ラフハドが貴殿を待っているぞ」
「なっ!?」
 ザカルはヴァイトを問いただそうとしたが、彼の背中は重臣たちに囲まれ、もう手が届かなかった。
 夕日が沈む。
※次回「野心の疼き・6」は11月23日(水)更新です。
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