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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

353/413

悪霊と魔狼

353話


 パーカーが崩れかけた廃屋に入り、霊の気配を探っている。
「あ、ここだね。悪霊寸前って感じだけど、本当に呼ぶのかい?」
 クウォール王との対話は無事に終わったから帰ってもいいんだが、ついでだからそいつとも話をしてみたい。
 なんせザカルの手下で、彼に殺されたいわくつきの人物だ。
「何か秘密を握っているかもしれないし、話ぐらいは聞いてみたいな。安全は確保できるだろう?」
「まあね」
 パーカーに扱えない霊などない。
 なんせ生と死の全てを知り尽くした達人だ。
 あんまりそうは見えないのが難点だが。


「じゃあ呼ぶよ……。あ、これダメだ、まともな説得通じない。最初は強制的に呼ぶとしよう」
 パーカーはわざとらしく咳払いをしてみせると、声を作って恐ろしげに告げる。
「我はパーカー、生と死の狭間を漂う者にして、生者の友、死せる者の王なり。蠢く怨念よ、我が声を聞け」
 死霊術師ではない俺にはわからないが、パーカーが魔力を操り、見えない誰かと駆け引きしているのはわかった。


 ただ駆け引きのやり方に、最近のパーカーらしさが垣間見える。
「あっ、この、そんなとこに隠れようったって無駄だからね!? こっちから、こう……引っ張って……」
 ソファの裏側に潜り込んだ猫じゃあるまいし、いったい何をやってるんだ。
 世界最高レベルの死霊術師の降霊術とは思えないが、専門家のやることなので黙って見ておく。


 やがてぼんやりと黒い霧が生じて、その中に憂鬱そうな中年男の顔が浮かぶ。
「なんでだ……なんで俺がこんな目に……ちくしょう……ちくしょう……」
「はいはい、恨みを聞いてあげるからね。もっと前向きになろう。目が死んでるよ?」
 怨霊を積極的に煽っていくパーカー。
 だが霊の反応が鈍いとみたのか、彼は一転して凄みを効かせる。
「お前の絶望など、我が闇の深さには遠く及ばぬ。違うというのなら、せいぜい語ってみるがいい」
 やはり煽っていくスタイルだった。


 どす黒い霧の中で、男の顔が怒りと屈辱に歪む。
「俺はただ、使者になりすまして国王を連れてこいと言われただけだ! 命令通りにやった! 味方どころか敵さえ殺してない! なのに、どうして殺されなきゃならないんだ!」
「よくある口封じだよね」
 またしても煽っていくパーカー。
 大丈夫か、これ。


 しかし亡霊はパーカーにホイホイと乗せられて、べらべらまくし立てていく。
「王を殺すなんて予定にはなかった! 隊長がミラルディア陣営の関係者を名乗って、王と交渉するはずだったんだ! なのにいきなり殺しやがった!」
 国王暗殺はザカルの衝動的な行動だったのか。
 いや、彼は部下を信用していない。本当の目的を伏せて、この男を利用していたのかもしれないな。


 傭兵の亡霊はなおも叫ぶ。
「俺は隊長に忠誠を誓った! 任務はきっちり片づけた! なのにどうして俺は! なんで俺は! 今頃みんな、ザカル王誕生のために楽しくやってるはずなんだ! 俺だけ殺されて、こんな場所に!」
 ザカル王か。
 あんまり愉快な響きじゃないな。
 それにしてもこの亡霊、だんだん不憫になってきたぞ。


「パーカー、こいつと直接会話しても大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ。暴れたら僕がなだめるからね」
 ペットショップの店員みたいな気安さでパーカーが保証してくれたので、俺は安心して霊に語りかけた。
「聞こえるか? 俺がそのヴァイトだ。俺の霊体をよく見ろ」
 霊は肉体的な視覚を失っているので、霊体を見て生者を認識する。
 そこで彼はようやく、俺に気づいたようだ。


「あ、あんたが……!?」
「そうだ、俺こそがヴァイト。魔王の副官、ヴァイト・フォン・アインドルフだ」
 まずはたっぷり威厳を見せつけておいてから、俺は一転して口調を和らげる。
 ザカルっぽい気さくな感じでいってみるか。いや、もう少し品のある……そうだ、ウォーロイっぽく振る舞ってみよう。
「さあ、貴殿も名乗れ。俺と貴殿に争う理由はないはずだ。俺は貴殿の話が聞きたい」


 すると霊はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと答える。
「ラフハド。……シャリガの子、ラフハドだ」
「その名、忘れはしないぞ。ラフハドよ、ザカルに恨みはあるか?」
「ある」
 ラフハドの霊は即答したが、やや弱々しく続ける。
「けど……隊長には恩もある。世話になったし、大事な仕事も任された。だから俺は……」
 ザカルの人心掌握術は、なかなかのものだ。
 抹殺された後でも、彼はまだ心を縛られている。


 だが俺は彼の心情が何となくわかったので、ぐいぐい踏み込んでみることにした。
「目を覚ませ、ラフハド。貴殿は捨て駒にされたのだぞ。ザカルは貴殿の命も夢も大切にしなかった。貴殿は危険を冒して働いたのに、ザカルは貴殿を邪魔だと思ったのだ。そのような男に恩義を感じるのはよせ」
 あの野郎、ブラック企業の経営者みたいな真似しやがって。


 俺は内心でザカルに対して苛立つ。敵なら敵で別に構わないが、自分の部下は大事にしろよ。
 だんだん俺も腹が立ってきたぞ。
 パーカーがそっとつぶやく。
「君が悪霊を煽ってどうするんだい?」
 いいんだよ、ここは大事なところだ。


「貴殿は俺の敵だったし、貴殿のしたことはクウォール全体を不幸にする愚行だ。上司への忠誠で片づけていい問題ではない。だが、それはそれとしてだ」
 俺は拳を握りしめる。
「一人の人間として大事にされなかった無念、俺にはよくわかる。だから俺が貴殿の無念を晴らしてやろう。あの男に償いをさせてやる」
「あ、ああ……」
 黒い霧の中で、ラフハドの亡霊がおずおずとうなずいている。
 もっと元気を出すんだ。復讐は根気と気合いだぞ。


「使い捨てられる者の悔しさがどれほどのものか、ザカルに思い知らせてやろう。貴殿には怨霊になるだけの正当な理由がある。俺は貴殿に味方するぞ」
「ヴァイト、ねえヴァイト! また君の悪い癖が出てるよ!? 死者に肩入れしすぎだよ!?」
 うるさいな、パーカー。
 俺は今、この不幸な男に猛烈に共感しているんだ。


「俺が貴殿の復讐を代行してやる。そのためにはまず、知っていることをもっと話せ。貴殿の秘密がザカルを滅ぼすのだ」
 俺がにじり寄ると、亡霊はいくぶん青ざめた顔でこくりとうなずく。
「わ……わかった……で、できるだけ話す……」
「その意気だ」
 俺が仇を討ってやるからな。


 ラフハドの亡霊から聞けたのは、次のような話だった。
 ザカルは最初、権力の中枢に近づく方法を模索してたらしい。
 傭兵隊長といっても契約期間が終われば無職に戻るし、バッザ公が契約を延長してくれる保証はない。
 そこでザカルは今回の反乱を利用して、雇われる側からの脱却を目指したらしい。
 具体的なプランはラフハドには教えられていないが、そのひとつが王家側への裏切りだ。
 だがこれは国王に相手されず、失敗したようだ。


 そこで彼は王を暗殺し、クーデターを起こす方針に切り替えたらしい。
 ザカルは直前までそのことを部下に告げていなかったようで、ラフハド自身も驚いたそうだ。
 前々から国王暗殺を企んでいたのか、それとも急に心変わりしたのか、俺にはわからない。
 そしてラフハドは「顔を知られすぎた」という理由で、ひっそりと殺された。
 あんまりすぎる。


 俺は拳を握りしめる。怒りのあまり、じわじわと人狼への変身が始まっていた。
「ザカルのやったことは、自分自身がされていることと同じではないか。雇われて使い捨てられるのが嫌で、傭兵以上の身分を目指しているのだろう? その本人が部下を使い捨てて殺す。道理が通らん」
 俺が壁を殴ると朽ちたレンガが粉々に吹き飛び、強風が吹き込んできた。
「人を粗末にする者が、人の王になどなれるものか。そうだろう?」
「あ、ああ……」
 亡霊がどうしていいのかよくわからない様子で、こっくりうなずいている。
 もっと復讐心と憎悪をたぎらせるんだ。


 するとラフハドの亡霊は、こんなことを言い出した。
「あんた変わってるな……どうして俺に親切にしてくれる?」
 どうしてと言われても困るんだけど。
「俺はもう死んでる。何の役にも立たないぞ? 知っている秘密も全部話した。あんたが俺に優しくする理由はないはずだ」
 言われてみれば、それもそうだな。
 俺は少し考え込むが、考えは変わらなかった。


 だからこう答える。
「俺にもわからんよ。だが貴殿の人生に、こんな変わり者の一人ぐらいいても構わんだろう?」
 すると亡霊は驚いたことにクスクス笑いだした。
「本当に変わってるな……。そうか、あんたみたいな貴族もいるのか……」
 白い霧がゆっくりと消えていく。
「ありがとうな、ヴァイトさん……。ああ、あんたの部下だったら、俺の人生ももう少し違っていたのかな……」
 その言葉を最後に遺して、亡霊は消え去った。


 パーカーがしばらく様子をうかがっていたが、やがてこう告げる。
「行ってしまったね。怨念は感じない。彼はもう戻ってこないと思うよ」
 それからパーカーは俺に向き直ると、珍しくたしなめるような口調で言った。
「君のやり方はメチャクチャだよ。死者は生者とは違う論理、違う法則に縛られている。霊との対話はもっと慎重にすべきだ。先生もいつも言ってただろう?」


「言われてたような気がするな」
 するとパーカーは大仰に溜息をつくそぶりをした。
「君は霊に親身になりすぎだよ。それで大変な目に遭ったのに、まだ懲りてないのかい?」
「その話はもうするなって言ってるだろ」
 未だに門下生が集まるとその話題になるので、俺は少し辟易している。
 確かにあれは俺が悪かったんだけど。


 死霊術師の多くは、霊と接するときは医師や弁護士のような態度で臨む。立場の区別をきちんとつけ、専門家としての冷静さを失わないためだ。
 そういう意味では、確かに今のはまずかった。
 下手をすると憑りつかれていた可能性もある。
 というか、修業時代に一度やられた。


 パーカーは印を結んで霊の冥福を祈りながら、あきれたように言った。
「君を死霊術師にさせなかったのは、先生の英断だよ。さっきの対話、死霊術師としては失格だ。ただ……」
「何だよ?」
 パーカーはニコリと笑う。
「君のおかげで救われた魂がまた増えたことは間違いないよ。君のような弟を持ったことを、僕は誇りに思う」
「弟じゃない、弟弟子だ」
 俺は訂正し、ぷいとそっぽを向いた。
※次回「狂犬と群狼」の更新は11月11日(金)の予定です。
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