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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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ヴァイト卿とカルファル公

348話


 国王逃亡の疑惑は、人々の口を伝わるうちに、徐々に確信へと変わっていく。
「やっぱり国王陛下はお逃げになったんじゃない?」
「たぶんな。まともに政治をする性格じゃないらしいし……」
「王様が逃げたのは、ほぼ間違いないらしいな」
「しょうがねえな。で、次の王様は誰になるんだ?」
 王室が何も発表しないうちから、民衆の関心は早くも次の王へと向かっていた。
 殺されたパジャム二世が、ちょっと気の毒になる。
 日頃の行いって大事なんだな……。


 そんなある日の夜、カルファル近くの岸辺に小舟がやってくる。
「ヴァイト・フォン・アインドルフ様であらせられますか」
 小舟から降りた白髪の男性はニコリと笑って、出っ張った腹をがんばって引っ込めてみせた。
「エニケの子、ポワニです。カルファルの太守に任じられております。自分の街を訪問するのは妙な気分ですな」
 カルファル公は愉快そうに笑い、腹を震わせた。


 そしてもう一人。
「お初にお目にかかります、ヴァイト様。ポワニの妻、ラケシャです。シューラたちは無事ですか?」
 こっちは気の強そうなおばさんだ。
 シューラからの手紙を受け取ったカルファル公はほとんど護衛も伴わず、夫妻だけでこっそり帰還してきた。
 俺もびっくりだ。
 カルファル公は笑って、こう言う。
「海の彼方から来た英雄にお会いしたくて、戻って参りましたよ。最初はやはり、直接お会いするのが一番ですからな。人づてではお人柄もわかりませんし、こちらの考えもうまく伝わりませんから」
 これがクウォール人の考え方らしい。


 そうはいっても、危険すぎないか?
 いろいろと心配になった俺だが、表向きは何でもないような顔をして、にこやかに笑ってみせる。
「お帰りなさいませ、ポワニ殿、ラケシャ殿。留守はこのヴァイトが守っておりました」
「おお、かたじけない」
「シューラたちの名誉を守ってくださったこと、感謝しております」
 ポワニ夫妻は何度も礼を述べながら、俺が下宿しているパガ邸へとこっそり移動した。
 前回、パガ夫妻のおかげで市場まで見つからずに移動できるルートを確保したので、それを使って市場からぐるっと迂回してお招きする。


「た、太守様じゃあ……」
「奥様まで……」
 夜中の訪問者にパガ夫妻が口をあんぐり開けて驚いているが、俺は二人に秘密を守ってくれるよう頼む。
「太守殿の安全を守り、またこの街を治めてもらうためにも、このことは誰にも言わないでください」
「お、おう。太守様の為なら、わしゃ死ぬまで何も言わんぞ」
 パガ爺さんは両手でしっかりと口を押さえてみせた。


 太守夫妻がパガ夫妻に丁寧に礼を述べた後、俺はポワニと密談を始める。
「ヴァイト卿、私のスーニとヴィヴィラは今どこにいるのでしょうか?」
 その瞬間、侍女頭のシューラが咳払いをする。
「旦那様?」
「い、いや待て! あの者たちは妾とはいえ、私の妻たちに違いはないんだ。気掛かりになっても仕方なかろう?」
 ああ、愛人のことか。
 しかし一介の侍女相手に、なんでそこまで慌ててるんだ。
 ふと横を見ると、奥さんのラケシャも旦那さんを睨んでいる。


 ラケシャは小さく溜息をついた。
「仕方ありません。クウォールの法で認められているのですから、愛人は大目に見ましょう。しかしあれは『クウォールの男は浮気するに決まっているから、無秩序に浮気されるぐらいなら法で規定しよう』というものなのですよ?」
「う、うむ。わかっとる」
 そうだったのか。
 こっちの人たちは開放的だからな……。


 ラケシャはさらに言う。
「太守は所領に正妻と愛人を一人ずつ。そして遠征や飛び地などのために愛人をもう一人。遠征に行かないあなたに、愛人が二人も必要ですか?」
 ポワニはたじたじだ。
「いやでも、な? 認められているんだから……な?」
 冷たい目でシューラたち侍女がカルファル公を見つめている。
 四面楚歌とはこのことか。


「そういえばヴァイト様は、奥方以外に……」
 ポワニが俺に助けを求めるような目を向けてきたので、俺は首を横に振った。
「いえ、妻しかおりません。ミラルディア貴族は一夫一妻が定めです」
「そ、そうですか……」
 せっかくアイリアの話をする機会が来た以上、ちょっとぐらい嫁さん自慢してもいいよな。


「我が妻アイリアは聡明で忍耐強く、思いやりの心に溢れており、尊敬すべき伴侶です。私にとっては理想の妻、理想の相棒です。遠く離れた地でも妻の愛に満たされておりますので、他に女性は必要ありません」
 あんまりやりすぎると良くないので、ごくごく控えめに嫁さん自慢をしておく。
 その割に一同が沈黙しているのはなぜだ。
 もっと聞きたい?


 するとすかさずラケシャがつぶやく。
「御覧なさい。ヴァイト様の高潔で一途なこと。あなたも少しは見習って、英雄の仲間入りをなさいな」
「無茶言うな、ヴァイト様のような聖人の真似ができるか」
 俺が聖人なら、前世の日本は聖人だらけの聖地だよ。
 カルファル公はうつむき加減に、ぶつぶつつぶやいている。
「陛下なぞ、後宮に才色兼備の妃を何十人も集めておいでだぞ。それに比べたら……」


 その瞬間、ラケシャがぴしゃりと言った。
「王家は男系男子にしか王位継承権がないのですから、それは当然でしょう? 女子や養子にも相続権がある私たちとは違います」
 ポワニは額にじっとりと脂汗を浮かべる。
「でもあれだぞ、ムベニ公とか法典に書いてないからって美少年を何人も侍らせてるし、みんな好き放題やっとるんだ。わしなんか法律をきちんと守ってて、結構偉いと思うんだが」
「あなた、法律は守るのが当然でございます」
「わかってるよ! でもちょっとは誉めてくれ!」
 泥沼だ。
 もう余所でやってください。


 そこにぴょこりとやってきたモンザが、報告書を俺に手渡しながらよけいなことを言う。
「カルファル公の愛人たちなら、ザカルが毎晩わっしょいわっしょいしてるよ。あは、じゃね」
 するりと退出したモンザを見送って、カルファル公が俺に問う。
「わ……わっしょいわっしょいとは何です?」
 しょうがない。
「ザカルは夜毎、愛人二人と行為に及んでいるそうです。その、とても激しく」


 その瞬間、ポワニはギョッとしたような顔になり、即座に拳を握りしめる。
「うううぅ、許さん! 許さんぞ! あの忌まわしい卑劣漢め、絶対に許さん!」
 確かにこの人、俺から見れば「女好きのダメなおっさん」だ。
 しかしおそらく、これはクウォールではみっともない反応ではないのだろう。
 もしかすると、とても男らしい反応なのかもしれない。
 価値観なんて場所と時代でいくらでも変わるからな。


 俺はそんなことを考えていたが、ふと自分の仕事を思い出す。
「ポワニ殿、その意気です。我がミラルディアはクウォールの古き友、この国の安定を望んでおります。あのような者の跳梁を許してはなりません」
「おっしゃるとおりです、ヴァイト様。必ずやあの者の企みを打ち砕いてみせましょう」
 どうも動機が不純な気がするが、やる気になってくれたのなら心強い。


 俺は彼に、最も重大な秘密を打ち明けることにした。
「傭兵たちを仕切るザカル隊長は、よからぬ野心を抱いているようです。もはや事態は港への課税などという話ではありません」
 するとポワニは落ち着きを取り戻し、眉間にしわを寄せた。
「ヤツは太守から身代金をせしめるような男です。その男の『よからぬ野心』とくれば、並大抵ではありますまい。……まさか王家への反逆を?」
 のんきそうに見えても、やはり太守は太守。
 俺の言葉の意味にすぐ気づいた。


 少し緊張しながらも、俺は彼に告げる。
「ええ。ですが反逆といっても、並大抵のものではありません。国王陛下、あるいはその影武者と思われる方が、ザカルに殺されました」
「な……なんですって!?」
 信じられないという顔をしているカルファル公に、俺は手短に事情を伝える。
「私の部下が急行したときには、もうその方は事切れておりました。危険すぎて亡骸を回収することも叶わず、そのままに……」
 若干の嘘は許してもらおう。


 カルファル公は真っ青になったが、じっと俺を見つめる。
「あなたは……あなたはそれに関与していないのですね、ヴァイト様?」
「もちろんです。聖なるメジレと我が魔王に誓いましょう」
 カルファル公はしばらくして、小さくうなずいた。
「私はあなたを信じます。ここで嘘をつく理由が思いつきませんし、あなたは信用できる方に見えますので」
「ありがとうございます」
 話の通じる人で良かった。侍女頭のシューラの人物評は的確なようだ。


 カルファル公の祖母は王家の人間なので、亡くなったパジャム二世とも遠縁にあたる。幕府と親藩みたいな関係だ。
 ただプライベートな親交はあまり深くないようで、カルファル公は王の死をそれほど悲しみはしなかった。
「父王様は大変に偉大な方でしたが、陛下は……いえ、よしましょう。実務面においてはともかくも、パジャム様は悠久のメジレの支配者、正統なる王。凶刃に倒れたとすれば無念です」
 カルファル公はそう言い、戻り次第王宮の様子を調べると約束してくれた。


 本当は死体を見てもらうのが一番なんだが、ここからだと距離が遠い。それに過酷なクウォールの暑さで、遺体はすぐに腐敗する。もう正視できない姿になっているだろう。
「ヴァイト様。くどいようですが、バッザ公や沿岸諸侯は王家やそれに従う諸侯を滅ぼしたりはせんでしょうな?」
 カルファル公が不安そうに尋ねてきたので、俺は慎重に答える。
「少なくとも私が接した限りでは、そのような動きは全く見られませんでした。今回の件はザカルの謀反、傭兵たちの暴走が原因です」
 そしてこう続ける。


「我がミラルディアも、クウォールの安定を切実に願っています。クウォールの人々への同情心もありますが、砂糖の輸入が止まれば我々も大損害ですから。こんな無益な諍いは早く終わらせたいのですよ」
 心情的な理由と合理的な理由を両方述べる。どちらも本心ではあるが、これは説得力を持たせるためだ。
 ミラルディアが学校を作ったり科学や魔術の研究を進めたりするには、しっかりした財源が必要だ。それも健全で持続的な財源だ。
 こんなとこで戦費を垂れ流してる場合じゃないんだよ。


 カルファル公は俺の言葉を信じてくれたようだ。
「あなたが何か企んでいるのなら、ここに来た時点で私たちは殺されているでしょう。もちろん、そうではないという確信があったから来たのですが」
「ありがとうございます」
 俺は頭を下げる。
 割とあっさり信用してもらえたのが不思議だが、とにかくこの信頼は裏切らないようにしよう。


 すると彼は微笑みながら、急に話題を変えた。
「私は今、旧知のワジャル公のもとに身を寄せていますが、彼女の人脈は大変なものです。それに大変美し……」
 ハッとしてカルファル公が背後を振り向くと、奥さんと侍女たちがじっとりした視線を彼に向けていた。
「……ともかくですな、彼女の力を借りることにしましょう。特に最近、彼女のところには大魔法使いが出入りしております」
 おや、プロの魔術師がいるのか。
 魔術の研究はあまり盛んな国ではないはずだが、やはり調査漏れはどうしても出てくるな。


 しかしどれぐらいの腕前なんだろう。クウォールの水準だと大したことなさそうだが。
 俺は失礼がないよう、それとなく水を向けてみる。
「クウォールにも偉大な魔術師がいるのですね」
 するとカルファル公はニヤリと笑う。
 あれ、彼から騙そうとする者特有の匂いを感じるぞ。


「いえいえ、異国の方ですよ。大変に聡明で徳の高い人物で、名前は……そうそう、パーカー殿です」
「パーカー!?」
「やはり御存知でしたか」
「ええ、とても。……不幸なことに」
 知ってます。確かに大魔法使いです。
 何やってんだ、あの野郎。


 カルファル公は嬉しくて仕方ない様子で、こんなことを言う。
「ヴァイト様のことも、パーカー殿からいろいろ聞いておりましてな。信頼できそうな方だと感じましたから、お会いしたくてうずうずしておったのですよ。なあ、ラケシャ?」
「ええ。本当にパーカー殿のお話通り、いえそれ以上の方でしたね」
 あいつ、また俺の変な噂をばらまいてるのか。
 さっさと戻ってこいよ。
※次回「聖河の病」更新は10月31日(月)の予定です。
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