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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

340/408

戦の支配権

340話


 宴会場に戻った俺はバッザ傭兵隊のクメルク副官を探したが、生真面目な副官殿は完全に酔い潰れていたのでまたしても諦めた。
 一応、あの美女たちの処遇については頼んでおく。ひどい目に遭ったら気の毒だ。
 朝になったらもう一度頼んでおこう。


 そして朝が来る。
 頭がズキズキ痛いのは、たぶん糖蜜酒のせいだろう。
 酔っていたせいか、久々にフリーデンリヒター様の夢を見た。
 フリーデンリヒター様の夢はちょくちょく見るのだが、昨夜は前世の俺の前にバーの主人として現れた。
 フリーデンリヒター様のバーテン姿が妙に似合っていることもあり、店の雰囲気はなかなか良かったと思う。


 しかし酒は何を頼んでも糖蜜酒のストレートが出てくるし、乾き物はバッタしかなかった。
 隣ではスーツ姿のバルツェ殿とクルツェ殿が「魔王軍の株式公開はアリかナシか」で激論を戦わせていたが、最終的にはなぜか「ふとももはいいよね」という話になっていた。
 困り果てた俺がトイレに行こうとしたところで目が覚めた。
 こんな訳のわからない夢は初めて見た。


 太陽が黄色い。おまけに太陽のヤツはゆらゆら揺れていた。
 ミラルディアの太陽はそんなにゆらゆらしてなかったぞ。
 いや、ゆらゆらしているのは俺の肝臓と脳だ。
 俺は右の脇腹をさすりながら、口の中でごにょごにょ呪文を唱える。
 強化魔法には内臓の働きを活発にするものがある。今のは肝臓を強化する術だ。つまりは解毒の魔法でもある。
 しばらくすると酔いが薄れていき、太陽もゆらゆらしなくなった。
 便利だ。
 これは前世で使いたかったな。


 俺は表に出ると、そこかしこでぶっ倒れている人狼やモヒカンやクウォール人たちを起こす。
 せっかく民家の修理をしたのに、半数以上が野宿という有様だ。
「みんな顔を洗ってこい。川の水は使うな。目や鼻から細かい泥が入る。俺たちはここの水に慣れてないから病気になるぞ。礼金は払ってあるから、あそこの井戸水を使わせてもらえ」
 井戸水は地下水だから多少マシだ。モヒカンたちが行列を作って顔を洗っている。
 メジレ河の水は雑菌が多く、ミラルディア人にとっては毒と大差ない。人狼にも感染症は存在するので注意が必要だ。


 それから俺はクメルク副官を捕まえて酔い醒ましの魔法を叩き込み、昨夜の件について改めて苦情を伝えた。
「俺は既婚者だから、ああいう配慮は無用だ。以後よろしく頼む」
「わ、わかりました……?」
 何度もうなずいたクメルク副官だが、首をひねっている。
 何か腑に落ちないことでもあるのだろうか。だがクウォールの夜の文化には疎い俺だった。
 クメルク副官が慌てて傭兵隊の本部に戻っていった後、俺は鍋の残りで朝食を済ませる。
 人狼隊とベルーザ陸戦隊は今日も民家の修復作業だ。


 ただしハマーム隊の分隊員二人には、俺の書状をバッザ公ビラコヤに届けてもらう。
「必ず本人に渡してくれ。ビラコヤ殿以外の誰にも読まれないようにな」
「わかりました、副官」
 ハマーム隊の連中は隠れ里の出身ではなく、どうも人間の盗賊団に紛れていたような気配がある。
 馬術もできるし、こういう隠密任務は得意中の得意だ。


 書状の中身は、カルファルの現状報告だ。傭兵隊に対する懸念についても、ありのままに書いている。
 これを読めば、ビラコヤも何らかの手を打つだろう。
 問題はカルファルとバッザの距離だ。
 馬を乗り継いで走る伝令の速度でも、往復するには早くても三~四日かかる。まとまった軍を動かすとなると、もっと日数が必要だ。
 つまり今、ザカル隊長を実力で止められる者はいない。


 俺は溜息をついて、ファーンに言う。
「バッザの近くではビラコヤ殿の目が届くから、傭兵隊もおとなしくしてたらしいんだけどな」
「じゃあ、いよいよ本性を剥き出しにしてきたってこと?」
 口を引っ張って「いー」と健康的な歯を剥き出しながら、ファーンが首を傾げる。
 人狼たちは政治に興味がないから、気楽なもんだ。


「そうかもしれないな。後方の沿岸諸侯の軍は寄せ集めで、見た目ほど戦力はない。傭兵隊が寝返ったら、下手すれば負けるぞ」
 正規軍といっても内訳は軍船の水兵や街の衛兵、あとは市民兵だ。陸戦で絶対に必要になる隊列変更もままならない。
 俺はこちらの世界で何度か陸戦を経験したから、陣形をうまく作れない戦士たちがあまり役に立たないことも知っている。
 傭兵たちも陸戦が得意な訳ではないが、指揮官のザカル隊長が陸戦の専門家だ。ちゃんと陸戦の訓練も積んでいる。


「傭兵隊は自分たちが好き勝手できる瞬間を待っているんだろう。今回の独断専行はあくまでも予行演習だ」
 カルファル攻略での勝手な行動を咎められれば、そのままおとなしくするか敵方に寝返ったはずだ。
 しかしビラコヤから何らかのリアクションがあるのは、早くても三日後。それまでに王都エンカラガに突入してしまえば、誰もザカルを止められない。


 すると材木を適当なサイズに切っていたウォッド爺さんが、ふとつぶやく。
「しかしお飾りとはいえ、沿岸諸侯の軍は数が多い。傭兵隊は三千しかおらんし、カルファル攻略でかなり損害を出しとるじゃろ?」
「いやそれが、ザカル隊長は他の街の傭兵隊を盾にしたんだ。直属のバッザ傭兵隊一千はほぼ無傷だし、生き残った他の街の傭兵たちも続々とザカルに服従を誓っている」
 このへんは泥酔したクメルク副官から聞き出した。
「それに……」
 俺が言いかけたとき、俺の前に武装した中年男がやってきた。


「失礼つかまつる。それがしはシュムザの子、バルケル。あなた様が傭兵隊長殿か?」
 綺麗なクウォール語だが、男の身なりは薄汚れている。
 錆だらけの鉄鎧を着ているが、手甲や肩当てなどのサイズもデザインもバラバラだ。違う鎧から拝借してきたものだろう。
 脚甲は片方だけで、右脚用をわざわざ左脚に着けていた。たぶん前足の防御のためだ。
 武器は古めかしい曲刀だけ。剣帯のなめし革は安物の油で手入れしているのか、異様な臭いがする。
 なんだか浪人みたいだ。


 俺は首を横に振った。
「いや、私はミラルディアからの援軍を率いている者だ。傭兵隊長ならカルファル公の屋敷にいる」
「これは御丁寧にいたみいる。しからば御免」
 右膝をついて丁寧に一礼してから、男は去っていった。まだ悪臭が残ってる。
 男の背中をじっと見て、ウォッドが溜息をつく。
「ありゃ食い詰め傭兵じゃな。下級貴族の三男や四男が家を出て、十年か二十年ぐらいするとああなる。ミラルディアでもよう見たわい」
「傭兵隊に志願者が集まってきてるのかな」


 俺が首を傾げると、ウォッドが目を細めてうなずいた。
「そうじゃな。頼りになる傭兵隊長が荒稼ぎしとると、その界隈では評判になるからのう。稼ぎどきを逃すと食っていけんから、こういうときは大慌てじゃわい」
「部外者から見れば、沿岸諸侯の軍勢は破竹の進撃だしな……」
 メジレ河流域の諸侯は、裏で沿岸諸侯と密約を結んでほぼ素通りさせている。
 しかし表向きは一応、攻め込まれて降伏したという形になっている。
 これを「先鋒を務めるザカル傭兵隊長の大活躍」だと勘違いする連中が出てきても仕方ないだろう。


 なんだかだんだん不安になってきたぞ。
「モンザ」
「なぁに?」
 屋根の修理をしていたモンザが、ぴょこりと逆さ向けに現れた。屋根からぶら下がってるんだろうが、どうやって体を保持してるんだろう。
 俺は内心で不思議に思いながら、彼女に命令する。
「モンザ隊はザカルの動向を監視しろ。相手に気づかれないことを優先してくれ」
「はぁい、任せといて」
 ぴょこりと頭が引っ込む。
 古いつきあいだが、未だに謎の部分があるな。


 俺は傭兵隊を潜在的な敵として認識し、改めて情報を集め直した。
 その結果、まずいことがわかる。
 まず沿岸諸侯の正規軍だが、道中の都市に兵を配置してきたため、だいぶ目減りしているという。
 流域諸侯たちは降伏しているし、彼らはもう戦うつもりもないだろうが、そうはいっても沿岸諸侯軍としては退路を確保しておかないといけない。いずれは故郷に帰る連中だ。
 そのため、監視や連絡の兵を駐留させておく必要があった。


 カルファルの近くの村に集結している沿岸諸侯軍は、現在六千ほど。残り二千ほどを途中のあちこちに置いてきた計算になる。
 傭兵隊は二割ほどが死傷する大損害で、兵力は二千数百まで減っている。しかしモンザの報告によると、あちこちから新しく傭兵が集まってきているという。
 もし傭兵隊が裏切って、王都エンカラガにいる国王の親衛隊四千と共に襲いかかってきたら、沿岸諸侯軍が負けるのは確実だ。


 俺はベルーザ陸戦隊のグリズ隊長が作ってくれた昼食を頬張りながら、彼に言う。
「そんな訳だから、今回の内戦の勝者を決める権利を持っているのはザカル隊長だ」
「へえ、そいつは気に入らねえ話だ。旦那、おかわりいりやすかい?」
「ああ、大盛りで頼む」
「へい毎度」
 クウォールの主食である穀物、メジ。
 別名クウォール麦とも呼ばれるこいつを、グリズがパエリア風にアレンジしてくれた。


 正直、メジ自体はあんまり美味しくない。米や小麦に慣れたミラルディア人には合わない。
 麦と違って粉にしなくても食べられるのは偉いが、米のつもりで食べると違和感がひどい。
 だからクウォールに先に着任していたグリズ隊長が知恵を絞って、ミラルディア人好みの調理法を編み出してくれていた。
 遠征中の楽しみといえば食事だけだから、非常に助かる。
「これ美味いな。これならメジを輸入してもいい。それに具の川魚が感動的に美味い」
「へへ、クウォールの香草を白身にもみ込んで、川魚の泥臭さを消してみたんでさあ。味はタラみたいで素直ですからね、調理しがいがありやしたぜ」
 世紀末的な凶悪な面構えで、グリズが嬉しそうに笑っている。


 モヒカンと人狼たちで白身魚のパエリア風の何かをかきこみながら、俺は今後の相談をする。
「傭兵隊は危険だな。いつ裏切るかわからん」
「てことは旦那、あのザカルの野郎を刺激しない方針ですかい?」
「そうしよう。俺のせいで沿岸諸侯が負けたら困る」
 当面は卑屈に揉み手しておいて、国王との因縁が片づいたら傭兵隊は解散してやる。
「バッザ公は国王に使者を送ると言っていたから、水面下で交渉が進んでいるはずだ。俺たちは時間を稼ごう」
「へい、承知しやした」
「わかりました、隊長」
 パエリア風の何かをもぐもぐ食べながら、モヒカンと人狼たちが同時にうなずいた。
※次回「野心の疼き・1」の更新は10月12日(水)の予定です。
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