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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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リューンハイトの夜明け

34話


 それから俺はしばらく、リューンハイトの統治に専念した。
 魔王への報告や相談にも行きたいが、まだ本調子ではない師匠に頼むのは気が引けた。もう少し休ませてあげたい。
 代わりにクルツェ技官が部下を連絡係として使ってくれているので、報告書だけは送れている。


 昼時の執務室。
「クルツェ殿がいて助かったよ。人狼隊や犬人隊では、報告書の内容を質問されてもうまく説明できないだろうからな」
 すっかり仲良くなったクルツェ技官に、俺は屋台で買ってきた串焼きをごちそうしていた。例の甘ダレが美味しいヤツだ。
「ここの屋台の味は、個人的に好きなんだ。お口に合うといいんだが」
「大変美味です」
 肉食種族らしく、クルツェ技官もなかなかの食べっぷりだ。
「この甘ダレ、イナゴにも合いそうですね」
「……そうだな」
 本当に虫が好きなんだな、竜人族。


 鶏の串焼きを何本か平らげた後で、クルツェは秘蔵の緑茶を飲みながらしみじみと言った。
「交易都市だけあって、ここの食文化は豊かですね。この調味料は何ですか?」
「豆を醸造した調味液を、甘辛く味付けしたものだな」
 異世界で醤油味のファンが増えたことは、素直に嬉しい。
 ただやっぱり、微妙に味が違うんだよなあ。


 クルツェはふむふむとうなずきながら、こう答える。
「この味は魔王陛下が興味を持たれるかもしれません。購入先の屋台を教えていただけませんか? 有償で少し譲ってもらいましょう」
 やはりクルツェ技官は魔王の側近だったか。
 魔王の味覚まで知っているとなれば、相当な腹心だ。
 発言には気をつけないとな……。


「この発酵させていない茶も香り高く、なかなか興味深い。こちらも魔王陛下に献上したいと思います。よろしいですか?」
「ああ、お気に召されるといいんだが」
 お取り寄せなので正直ちょっと痛いが、あまりケチ臭いことは言わずに茶筒ごと進呈しておく。
 まだ三つ隠してあるからな。


 クルツェはほっと一息ついて、室内に漂う茶の湯気を見上げる。
「そうそう、トゥバーンとリューンハイトの何カ所かで土壌の採取を行いました。これらをグルンシュタットに送り、成分の分析を行う予定です」
「できるのか?」
「特に鋭敏な味覚を持つ技官たちが、味で判断するという伝統的な方法ですが……有益な鉱物資源が見つかるかもしれません」
 彼らの手法は科学的だが、技術はまだまだ追いついていないようだ。


 その後、俺とクルツェは報告書を携えた竜人の技官たちを南門で見送った。
 その甘ダレと緑茶、しっかり魔王に届けてくれよ。
 和食に栄光あれ。


 一方、ユヒト司祭の方は順調に回復した。
 しかし晒し者にされていた期間が長かったため、足腰が弱ってしまったようだ。杖なしでは歩けない体になってしまった。
 俺は公務の合間にときどき見舞いに行くが、よっぽどつらい経験をしたようで心が弱りきっている。


「私のような罪人が、生きていていいのでしょうか……。私は同胞を大勢死なせ、不幸をまき散らしただけの老いぼれです」
 ふとユヒト司祭がそんなことを呟いたので、俺は少し考えた。


 魔法が存在するこの世界でも、死んだ人間は決して蘇らない。
 師匠に頼めばいくらでも復活させてくれるが、できあがるのは意志も記憶も持たない死者の人形だ。生前の人物ではない。
 転生術を使えば理論上は死後に転生できるらしいが、記憶は失われるので効果を確認できていない。あまり意味はない。
 どれだけ悔いたところで、死んだ連中はもう戻ってはこないのだ。


 だから俺は、悩んだ末にこう言うしかなかった。
「確かに俺と貴殿で、トゥバーンの兵を四百人殺した」
 俺のは軍務で、彼のは犯罪行為だが、まあそれは言わないでおいてやる。
「俺はそのことを後悔していないが、貴殿がそのことを悔いているのなら、同じ数だけ命を救うしかあるまい」
 これは魔王軍の流儀だ。
 失敗は同じ重さの功績で償えばいい。


 ユヒト司祭はじっと俺を見て、小さくうなずいた。
「同じ数だけ命を、ですか……」
「四百人で不満なら、八百人でも四千人でも救うがいいさ。罪は決して消えないが、一人も救わず死ぬよりはマシだろう」
 俺は立ち上がると、ユヒト司祭に一礼した。
「早く快復して、輝陽教徒の取りまとめに戻っていただきたいものだな。彼らが不安がっている」
 そう言い残して、俺は病室を後にした。
 ちょっと冷たかっただろうか。
 まあいいよな。


 その後、ユヒト司祭は神殿の仕事に復帰したが、以前とは論調が変わったらしい。
 以前は強烈な同調圧力を誇る全体主義者だったのだが、昨日の説法はこんな感じだ。
「私は浅はかでした。同じ価値観、同じ道徳を持つ者が力を合わせることは、人の知恵にすぎません。神の知恵とは、もっと奥深いものです。異なる価値観、異なる道徳を持つ者の上にも、太陽の光は同じように降り注いでいるのですから……」


 俺にはよくわからないが、どうやらユヒト司祭は異教徒や魔族との共存を訴えるようになったようだ。
 どういう心境の変化なのかわからないが、おかげでリューンハイトの輝陽教徒たちはすっかりおとなしくなった。
 どこに行っても優しくしてもらえるので、荒っぽい人狼たちも最近は御機嫌だ。


 ふと気づくと、リューンハイトの中で魔王軍に敵対的な勢力は皆無になっていた。
 衛兵隊も輝陽教徒も、今では協力的だ。
 そしてこれが、新たな展開を生むことになる。


「ヴァイト殿。ちょっと御相談があるのですが、お時間を頂けるでしょうか?」
 太守アイリアが俺の執務室を訪ねてきたのは、もう夕刻だった。
 俺は最後の書類にサインをしてから、彼女にイスを勧める。
「改まって、何の相談だ?」


 するとアイリアは珍しくためらっていたが、意を決したように口を開いた。
「リューンハイトを、ミラルディアから独立させようと思うのです」
「何だって?」
 俺は思わず立ち上がって、まじまじと彼女の顔を見つめた。
 正気か?


 俺たち魔王軍は、リューンハイトを完全に占領している。
 あくまでも占領しているだけで、リューンハイトはミラルディア同盟の一員だ。早い話が魔王軍の人質で、俺たち魔王軍は不法占拠中のテロリスト集団といったところか。
 残念ながら俺たち魔王軍は、人間にとっては正規の軍隊でも国家でもない。

 魔王軍は付近の都市も占領したから、リューンハイトを解放できる希望はミラルディア同盟軍の主力だけだ。
 だがリューンハイトがミラルディアから独立してしまえば、もう助けは来ない。
 それどころか、ミラルディアの全都市を敵に回してしまうだろう。


 俺がどう返事したものか迷っていると、アイリアはこう続けた。
「独立と同時に、リューンハイトは魔王軍と正式に同盟を結びたいと思います」
「いや、待て待て」
 申し出はありがたいが、さすがに俺はアイリアの心配をせずにはいられない。


「いくら太守といえども、貴殿一人の判断でそこまではできんだろう? 落ち着いて考えた方がいいんじゃないか?」
「それなら大丈夫です」
 アイリアは懐から書状の束を取り出した。
「各地区の商工会、輝陽教神殿、静月教神殿、リューンハイト衛兵隊。その他の組織も全て、リューンハイト独立に賛成を公式表明しています」
「まじかよ」


 俺はあまりの展開に驚いたが、落ち着いて考えてみると納得できた。
 現状、リューンハイトがミラルディア同盟軍によって解放される可能性は限りなく低い。
 となればいっそのこと、魔王軍に寝返った方が何かと都合がいい。
 今のリューンハイトは俺が統治しているが、俺が戦死でもして司令官が変われば、統治方針も変わってしまうだろう。
 しかし独立した都市国家として魔王軍と正式に同盟を結べば、リューンハイトは今後も安泰だ。
 ……とはいうものの、大胆すぎる。


「よくそんな賭けをする気になったな」
 俺があきれて言うと、アイリアは澄ました顔で書状の束を机の上に置いた。
「リューンハイトは交易都市、商人の街です。危険と見返りを吟味した上で、あくまでも利得で判断をします」
「その結果が、こんな無茶な提案か」
 するとアイリアは、困ったような微笑を浮かべてみせた。


「あなたが皆をその気にさせたのですよ、ヴァイト殿」
 俺がか?
「あなたの占領政策をみて、魔王軍は信用できる取引相手だと皆が判断したのです。ヴァイト殿が仲介者になってくださるのなら、魔王軍ともうまくやっていけるでしょう」


 理屈としては納得できたが、まだちょっと判断に迷うな。
 するとアイリアは小さな声で、俺の耳元にそっと囁きかけた。
「魔王軍に味方した最初の都市国家として、末永く甘い汁を吸わせてくださいね?」
 おっと、そうきたか。
 なかなかの悪党だな、こいつ。


 だったら俺も魔王軍第三師団の副官として、なすべきことをなすとしよう。
「独立と同盟は、魔王軍への先行投資という訳か。了解した。責任をもって、俺が魔王様に御報告する」
 俺が手を差し出すと、アイリアはその手を握り返した。
 爽やかな笑顔だった。
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