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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

338/415

亀裂

338話


 城塞都市カルファルの中心にある立派な城館が、バッザ傭兵隊の本陣だった。
 どうみてもこれ、カルファル公の館だろ。
 カルファル公の旗や紋章は焼き捨てられ、打ち壊されていた。
 俺はクウォールの政情に詳しい訳ではないが、少し不安を覚える。
 クウォール王室を幕府に置き換えてみれば、諸侯は大名といったところだ。
 しかもカルファル公の祖母は王室の人間だったと聞いているから、現国王とも遠縁だ。カルファル公の力はそれほどではないが、諸侯の中では政権に近い家柄ということになる。
 平民の寄せ集めに過ぎない傭兵たちが、その由緒正しいカルファル公をボコボコにやっつけた。しかも屋敷まで占領している。
 何となくまずい気がする。


「ザカル殿、カルファル公は?」
「命乞いしてきたから、身代金と引き替えに命は助けてやった。もっと上流の都市、ワジャルに逃げたようだな」
 おいおい、やっぱりまずいぞ。
 こいつもしかして、自分が何をしてるか自覚してないのか?
「カルファル公は国王の遠縁だが、そんなことをして大丈夫か? バッザ公の許しは得ているのか?」
 するとザカルは鼻で笑う。


「俺たちは傭兵だ。傭兵は契約通りに戦うのが仕事だ。だから全力で戦う。敵は倒す。それだけだろ?」
 その言葉に、周囲にいるクウォール人傭兵たちが力強くうなずく。彼らはザカル隊長に心酔しているようだ。
 こいつの言っていることは正論に聞こえるが、雇い主の都合というものを全く考えていない。
 だいたいお前、契約違反してるだろ。当初の予定では、カルファルを包囲する作戦のはずだ。
 包囲した上で降伏を勧め、それっぽく交渉した後にカルファル公を降伏させる。
 そうすればカルファル公は親戚である王室に対して忠義を見せた上で、無傷で戦を終えられる。
 回りくどいが、誰も損をしない。傭兵だって死なずに済む。


 しかしザカルはおそらく他の街の傭兵隊とも共謀した上で、バッザ傭兵隊を勝手に動かした。
 カルファルには簡素ではあるが城壁と城門があるし、ちゃんとした衛兵隊もいたと聞く。
 沿岸諸侯の傭兵隊は全部で三千しかいないから、市街への突入でかなりの損害を出したはずだ。
 カルファル攻略戦自体は沿岸諸侯の勝利に終わっているが、戦争全体を考えると「どうでもいいことで話をややこしくしやがって」としか思えない。


 だから俺は苦言を呈する。
「お門違いは承知だが、兵の無駄遣いではないか? 傭兵たちはバッザ公から預かったものだろう?」
 ザカルは俺の言葉を笑い飛ばす。
「指揮権は俺にある。戦場で傭兵たちに命令できるのは俺だけだ! それともバッザ公にできるのか? 海の戦しか知らんバッザ公に?」
「兵を預けられたからといって、何をしてもいい訳ではないぞ?」
 どうも形勢が良くない。
 それに周囲の傭兵たちが殺気の匂いを放ち始めた。


「ふぅん?」
 俺に同行していたモンザが薄く笑う。ぺろりと舌なめずりをした。
 元々いつも笑っているモンザだが、今は目が笑っていない。彼女も殺気の匂いは感じている。傭兵たちを殺すつもりだ。
 他の人狼たちも平静を装っているが、臨戦態勢になっている。
 さらにはグリズたちベルーザ陸戦隊までもが、首や拳をコキコキ鳴らしていた。
 一触即発だ。
 怖い。


 ザカル隊長はまともに話が通じる相手ではなさそうだ。
 話が通じない相手と話をしても仕方がない。
 それにここでミラルディア魔王の副官とバッザ公の傭兵隊長が喧嘩したら、バッザ公の立場が悪くなるだけだ。
 一応は味方だし、適当にやっとくか。
 俺は苦笑してみせ、それからザカルの肩を軽く叩いた。


「だが何にせよ、勝ったのだ。戦は勝たねば意味がないのだからな。貴殿の手柄は俺からもバッザ公に口添えしておこう。本国にも報告する」
 俺の発言の意味を、ザカルは素早く理解した。
「おお、それは名誉なことだな」
 海を越えたミラルディアにも、自身の勝利と武名が轟くのだ。
 ザカルはニヤリと笑う。なんだかいやらしい笑いだ。
 こういう瞬間に、人としての本性が出るな。


 彼はとたんに上機嫌になり、俺の背中を軽く叩き返した。
「さすがは魔王の副官だ。異国の将軍とはいえ、やはり生粋の武人は違うな。そうは思わんか、お前たち?」
 ザカルが笑うと、傭兵たちの殺気の匂いが薄れていく。
 この場の支配権を握っているのは、俺ではなくザカル隊長ということか。
 どうも動物じみた序列争いをしている気分だな。
 俺は学問と文化を愛する、優雅で繊細な魔術師だ。
 そういう野蛮な遊びはしないんだ。


 俺はさっさと退散することにした。
「では俺は配下の親衛隊を街に入れる。指揮系統から独立した部隊だ、邪魔にならん程度に手伝わせてもらおう」
「ああ、そうだな」
 今ザカルから、フッと嫌な匂いがした。嘘をついたときの匂いだ。
 どうやら俺たちの足を引っ張るつもりのようだな。
 警戒しておこう。
 俺は笑顔でザカルと礼を交わし、さっさと引き上げる。
 おかげで昼飯を食いそこねた。


 ミラルディア軍の待機場所に戻りながら、グリズ隊長がぼそりとつぶやく。
「ありゃゲバみたいな男だ。腹に毒を溜めこんでやがる」
 ゲバというのはベルーザで獲れる食用魚で、身は旨いが内臓に猛毒がある。フグと違って見た目は普通の魚なので始末が悪い。
 俺はうなずく。
「危険な男だな。だが有能でもある。だからますます危険な男だ」


 グリズはうなずき返し、不快そうに眉を寄せる。
「だいたい俺たち兵士ってのは、やりすぎちゃいけねえんですぜ。十人殺せって言われたら、きっかり十人なんだ。九人でも十一人でもねえ。やりすぎは困るって、ガーシュの旦那が言ってやした」
「命令するほうは十人殺す前提で、その次のことを考えているからな」
 その辺りをよく心得ているから、この凶悪そうなモヒカンの大男は陸戦隊の隊長を任されている。


 俺は溜息をついた。
「バッザ傭兵隊のようにやりすぎる連中は、必ず問題を起こす。俺が雇い主なら隊長を交代させるところだが、雇い主はバッザ公だ」
「あの婆さんは策士だが、戦のことは詳しくねえからな。特に陸戦は」
「そうなんだよな。沿岸諸侯たちには陸戦の専門家がいない」
 少々やりすぎるとしても、ザカルを罷免はできない。


「ヴァイトの旦那、これから戦はどうなりやす?」
「カルファル公はこの件を絶対に忘れないだろう。名誉を傷つけられた貴族は危険だ。貴族も傭兵同様、メンツが何よりも大事だからな」
 領民や家臣、それに他の諸侯や国王からの評価。いずれも領主にとっては大事な財産だ。生活の糧や身の安全に直結している。
「カルファル公の人柄はわからないが、今後の動向に警戒したほうが良さそうだな。機会さえあれば、必ず復讐してくるはずだ」
 平民の軍勢に蹂躙された屈辱を水に流せるほど、彼らは甘くない。


 俺は人狼隊とベルーザ陸戦隊を、城門近くの空き地に集めた。
「さて宿舎が必要だが、ここは沿岸諸侯の占領地だ。我々はそのへんの民家を徴発する」
「ヴァイトく……ヴァイト隊長、いいの?」
 副隊長のファーンが心配そうに声をかけてくる。ファーンは最近、人間のやり方をだんだん覚えてきた。
 俺の指示が住民の反発を買うことに気づいているようだ。
 だから俺はにっこり笑う。


「そのへんの民家は例外なくボロボロだ。我々が宿舎として利用するためには、修理が必要だな?」
 ちょうどそこに、ジェリク隊が材木と日干しレンガを荷車で運んできた。
「おーい、大将! これだけ買い付けとけば足りるだろ!? 早くやっちまおうぜ、日が暮れる」
「ああ、すぐに始めてくれ。なるべくクウォールの建築様式でな。構わんから住民にも手伝わせろ」
「おう!」
 ジェリク隊には鍛冶師と大工と石工がそろっている。
 さっそく地面の状態を調べたり、柱の寸法を測ったりしだした。


 ファーンはしばらくぼんやり見ていたが、俺の意図を理解したようだ。
「あー……なるほどね。よし、そういうことならやっちゃおう。ほらみんな、準備して! 家の修理なら隠れ里で慣れてるでしょ?」
 どこの家もガタガタだったからな。
 ベルーザ陸戦隊も気勢をあげている。
「おう、野郎ども! 軍船の応急修理の要領だ、手際よくやれ!」
「がってんでさあ!」
 たちまちトンテンカンテンと工事が始まる。


 気になるのは住民たちの反応だが、人狼隊やモヒカンたちがそのへんにいる人々を捕まえて強制的に手伝わせているので、彼らに選択権はない。
 本当はもう少し低姿勢で接したいが、これも各方面への配慮なので我慢してもらおう。
「元の区割りを守れよ! 宿舎として利用した後は放棄していくからな!」
 城門周辺の家々は損壊しているから、我々が勝手に修理して勝手に宿舎として使って、勝手に置いていく。
 それだけだ。


 なお経費については、俺が個人的にマオから買い付けた「龍鱗玉」をクウォール商人に売り払って確保している。買い叩かれないよう、業者は人脈を頼って慎重に選んだ。
 クウォールには存在しない鉱石だけあって、小粒な石すら信じられないような値段で売れた。思わず罪悪感を覚えるようなレートだったが、それで彼らも儲けが出るのだから凄い話だ。
 おかげで戦費は潤沢にある。
 戦地になったカルファルに少しばかりの金を落として、ついでに復興も少し手伝うとしよう。


 作業が軌道に乗り始めた頃、傭兵隊のクメルク副官がどこからともなく現れた。さては見張っていたな?
「ヴァイト卿、何をなさっているのですか?」
「ミラルディア兵の宿舎ぐらいは、自前で用意しようと思ってな。兵たちに支度させているところだよ」
 俺の金と俺の部下たちでやっていることなので、誰にも止める権利はないはずだ。
 邪魔できるもんならしてみろ。
 そう思ってニヤニヤしていると、クメルク副官は俺をまじまじと見つめる。
「ヴァイト卿、あなたはカルファルの民に同情を……」
「さて、何のことかな?」
 紛争中の他国であまり勝手なことはできないので、俺がやっているのはあくまでもミラルディア軍の宿営準備だ。


 するとクメルク副官は溜息をついた。
「私の実家は陶器を扱っていまして、装飾用の陶板の仕入れが私の担当でした。ですから、建築のことも少しならわかります」
 それから彼は困ったような笑顔を浮かべる。
「お手伝いしてもよろしいでしょうか?」
「ありがとう。助かるよ」
 その瞬間、クメルク副官は上着を脱いで、クウォール語とミラルディア語を織り交ぜながら声を張り上げる。


「そこ、レンガの積み方がまるで違います! それだと横からの力で簡単に崩れるでしょう!? この家の主は誰だ!? あんたか、ミラルディア兵に好き勝手されたくなかったら手伝え!」
 口うるさいのが来たのでモヒカンや人狼たちが困惑しているが、クメルクは怖がる住民たちを引っ張ってどんどん作業に参加させていく。
「おいあんた、その蛇の陶盤を捨てるな! この蛇はメジレの化身、家の魔除けなんだ。家の主を示す大事なものだぞ。軽く継いで、また南の壁に飾ればいい」
 表札兼鬼瓦みたいなものか。
 それにしてもやたらと細かい。


 凶悪な面構えのモヒカンが、二つに割れた丸いタイルを持ったまま首を傾げている。
「継ぐって言われても、俺たちゃ焼き物はわかんねえよ……」
「そうなのか? じゃあ私がやろう。あんたは作業に戻ってくれ。他に割れたものがあれば、全部私が直す」
 クメルクは屈強なモヒカンからタイルを受け取ると、腰のポーチから小さな壷や革袋を取り出して何か練り始めた。
 どうやら金継ぎみたいな方法で直すつもりらしい。さすが本職だ。
 でもこれ、作業間に合うかな……。
※次回「夜の誘い」の更新は10月7日(金)の予定です。
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