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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

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「先輩と教え子たち」

332話(先輩と教え子たち)


 ミュレはヴァイト卿の執務室を訪ねた後、帰り道でリューニエ相手に兄貴風を吹かせていた。
「な? やっぱり俺もミラルディアの未来を背負う人材なんだよ。俺の祖父ちゃんは評議員だしな」
 するとリューニエが小首を傾げる。
「僕の叔父さんも評議員だよ?」
「うっ……いや、ウチは南部連邦の頃からの評議員だし……古い家柄だし……」


 かろうじてうまく返したつもりだったが、リューニエは不思議そうに言う。
「ロルムンド家も共和制ロルムンドの頃から続く家だから古いよ? 三百年以上続いてるし」
「お、お前んとこはドニエスク家だろ? 分家だろ?」
「でも帝位継承権のある家系だから……あれ?」
 どう扱っていいのか混乱してきたのか、リューニエは首をひねる。


 かろうじて矛先をかわしたので、ミュレは内心で安堵する。
(あっぶねえ……。そういやこいつ、本物の皇子様だった……)
 家柄や名声ではリューニエに勝ち目がない。
 そのことはミュレもよく理解しているつもりだが、じゃあ他に何を自慢すればいいのか。
 彼にはわからない。


「家柄なんかよりだな、俺は……そう! 商売に詳しいんだ! 算術も得意だぞ? 例えばお前、一から百まで全部足した数言えるか?」
 リューニエはますます不思議そうに小首を傾げる。
「えーと……うん。五千五十だよね?」
「なっ!? なぜそれを?」
 するとリューニエは笑った。
「だって百一に五十を掛けるだけでいいんだよ?」
「え? なんで百一なの?」


 リューニエはそのへんの地面にしゃがみ込んで、小石でガリガリと数字を書いていく。
「一と百と足すと百一でしょ? 二と九十九を足しても百一で、三と九十八を足しても百一だよね」
「おお……本当だ」
「こうやって両端から足していって、最後は五十と五十一を足して百一だから、百一の塊が五十個できると思ったんだ」
「ちょっと待て、お前それ今考えたの?」
「うん!」


 ミュレは目の前が真っ暗になった気がした。
 ダメだ。
 俺は頭の良さではこいつに勝てない。ミュレはそう思った。
 たぶん一生だ。
 ただし視界が暗くなったのは、絶望のせいではなかった。
「あんたたち、こんなとこでうずくまって大丈夫?」
 二人を覗き込むようにして、美女が声をかけてくる。彼女のせいで陽が遮られていたらしい。


 きらびやかなドレスをまとい、宝飾品を身につけている。工芸都市ヴィエラの一級品ばかりだ。
 それなのにドレスや宝石のほうが、美女の輝きにかすんでしまっていた。
 二人はこの美女に見覚えがある。
「メレーネ殿!?」
 二人が同時に叫ぶと、南の古都ベルネハイネンを治めるメレーネ卿はニヤリと笑った。
「リューニエ君と……誰だっけ?」
「ミュレですよ!」
「そうそう、ミュレ君。ペトーレ卿のお孫さんよね」


 どいつもこいつもリューニエばっかり大事にしやがって。
 ミュレは内心で歯噛みする。
 そしてそれが当然だということも、最近ちょっと理解してきた。
 こいつは別格すぎる。
 どうしたら俺もリューニエみたいになれるんだろう。
 悩んでも答えは出てこない。


 メレーネは地面に書かれた数字を見て、不思議そうに首を傾げている。
「最近の子は難しい算術を勉強してるのねえ……」
 見た目は若い美女なのに、口調がすっかりおばさんだ。ドレスの裾が地面につくのも気にせず、しゃがみ込んでふんふんうなずいている。
(そういやこの人、不死身の吸血鬼なんだっけ。いくつなんだろ?)
 さすがに彼女に年齢を聞く勇気はない。
 メレーネが手に分厚い本を持っているのを見て、リューニエが尋ねる。


「メレーネ殿、それは何ですか?」
「ああこれ?」
 メレーネは嬉しそうに笑うと、ぱらぱらめくってみせた。
「新開発の秘儀よ」
(新開発の秘儀って凄い語感だな……)
 魔術師ではないミュレにとっては、どうもイメージが狂う。
 メレーネは得意げに説明を始めた。
「吸血鬼は元同族の血を吸わないと生きていけない。つまり人間の血ね。でも吸いすぎると失血死して、そのまま吸血鬼になっちゃうわ」


「少しなら大丈夫なんですよね?」
 ミュレが言うと、メレーネがうなずく。
「そうね。でもやっぱり、美味しい血はたっぷり飲みたいじゃない? ちょうどほら、君たちみたいな若くて元気な男の子の血とか」
 ペロリと舌なめずりする美女の口元には、鋭すぎる八重歯が光る。
(どれだけ優しくても、この人は俺たちを襲う捕食者なんだ)
 ミュレは背筋がぞわぞわするのを感じた。
(でも凄い美人だし、ちょっと吸われてみたいな……)
 そんなことも思う。


 メレーネはミュレの視線に気づいたのか、彼の額とちょんとつついた。
「ほらほら、そんな切なげな目で私を見ない。喉が乾いてきちゃうでしょ? でね、いい方法を考えたの」
 メレーネは木の枝を拾うと地面にガリガリと複雑な魔術紋を書き始めた。
「治癒魔法に高速再生術があるけど、これは失われた血も再生させるの。うまく使えば、同じ相手から血をいっぱい飲めるんじゃないかって」
 ガリガリガリガリと恐ろしい速度で魔術紋が増えていく。


「単に血を増やすだけだと使いにくいから、血を操る方法をいろいろと考えたわ。抜き取った血は骨や肉と同じで、死霊術で操れそうだったから……こうね、この治癒術式をこうして……こっちの死霊術式につなげれば! ほら!」
「あの、俺たち魔術師じゃないんで……」
 ミュレがかろうじてそう答えると、メレーネはハッと気づいた。
「あ、そうだったわね。ごめんごめん、ヴァイトがちゃんと話を聞いてくれないから……」
 照れくさそうに笑うメレーネは、とても美しかった。
(血、吸われたいなあ……)
 ぼんやりとそう思う。


 リューニエがまた横から口を挟む。
「ヴァイト殿はお忙しいんですか?」
「そうね。渡航の準備のために人員や物資を手配してるから。あとやっぱり、アイリアさんが身重でしょう? 私は吸血鬼になっちゃったからよくわからないけど、妊娠って大変みたいだしね」
 首を傾げながら、ドレスの下腹の辺りを撫でるメレーネ。仕草がいちいち色っぽいというか、妙な吸引力がある。
 ミュレはさっきからドキドキしっぱなしだが、リューニエは何も感じていないようで平然としている。
(やっぱりこいつ、ただ者じゃないな……)
 ミュレはまた親友に微かな恐怖を感じた。


 そのときミュレはふと、メレーネとヴァイトが同門の魔術師であることを思い出す。二人は先輩後輩の間柄だ。
「あの、メレーネ殿?」
「なあに?」
 にっこり笑顔で笑うメレーネに、ミュレは思い切って尋ねてみる。
「あ、あの、ヴァイト殿って、子供の頃はどうだったんですか?」
「ほえ?」
「い、いや、さっきヴァイト殿が『自分も子供の頃はクソガキだった』って言ってたんです」


 するとメレーネは頬に手を当てて考え込み、眉を寄せる。
「まあ、ある意味でクソガキだったかもしれないわね……」
「それはどういう……?」
 その瞬間、メレーネは吠えた。
「あいつ、メッチャクチャ頭いいのよ! 何でも知ってるの! 入門前から博識で!」
 メレーネは拳を握りしめ、ふるふると震わせる。
「どいつもこいつも、弟弟子のくせに優秀なのよ! 姉弟子の立場ってもんを考えなさい! こっちは一番弟子として肩身が狭いのよ!」


「あの、メレーネ殿。話が脱線してます」
「あ、ごめん」
 メレーネはスッと我に返ると、小さく咳払いをする。
「まあほんと、優秀だったわよ? 先生もヴァイトからはかなり刺激を受けてたみたいだし」
「大魔王陛下が!?」
 深遠なる知識の守護者にして、果てしなき真理の探究者。大賢者ゴモヴィロア。
 その大賢者に刺激を与えるような子供が、ヴァイト自身が言うような「クソガキ」だったはずはない。


「やっぱり天才って、子供の頃から違うんですね……」
 師の言葉に微かに期待を抱いていたミュレだが、やはり師に追いつくことなど不可能らしい。
 するとメレーネは苦笑して、こう答えた。
「周りが優秀だと苦労するわね。でもうちの先生がいつも言ってたわよ、『世の中を実際に動かしていくのは天才でも英雄でもない。圧倒的多数の凡人なんじゃよ』って」
「凡人……?」
「そう。私や君みたいな凡人」
「メレーネ卿のどこが凡人なんですか!?」
 凡でもなければ人でもない。


 しかしメレーネは笑う。
「そう言ってもらえるのなら、私も努力した甲斐があったのかもね」
「え?」
 メレーネは立ち上がると、ミュレの頭をポンポンと撫でた。
「私は平民の生まれで、吸血鬼になった後も落ちこぼれ。空も飛べないし変身もできない、ダメダメ吸血鬼だったのよ。聖印にさえ反応しないんだもの」
 メレーネはクスッと笑って、遠い目をする。
「他の吸血鬼たちにも呆れられたけど、結局生き残ったのは私だけだったわ。人間たちは誰も私を吸血鬼だと思わなかったから」


 ベルネハイネンには多数の吸血鬼がいるが、みんなメレーネの眷属だと聞いたことがある。
 メレーネは吸血鬼の女王、今の吸血鬼たちの母なのだ。
「大賢者ゴモヴィロアに弟子入りした後も、後輩たちに追い越されまくりでね。ほんと、やんなっちゃうわよ。でもこうして、君みたいに私を評価してくれる人がいる。捨てたもんじゃないわ」
 ミュレはどう反応すればいいのかわからなかったが、それでもメレーネが苦労してきたことはわかった。


 メレーネは唇に人差し指を押し当て、そっと微笑んだ。
「あ、今の話はヴァイトとパーカーには内緒よ? さもないと……」
 彼女の眼が妖しく輝く。
「眷属にしちゃうからね?」
「は、はい!」
 それも悪くないなと思うミュレだったが、礼儀としてうなずいておく。
「じゃあ勉強がんばってね、ミュレ君、リューニエ君」
 麗しき吸血鬼の女王は空を飛ぶでもなく、コウモリに変身するでもなく、太陽に向かっててくてくと歩いて去っていった。


 ミュレは傾き始めた太陽を見つめながら、ふとつぶやく。
「凡人、か」
「どうしたの?」
「何でもない。……さ、行こう。勉強がんばらないとな」
「う、うん」
 こっくりうなずいたリューニエに笑いかけると、ミュレは一歩歩き出した。
※次回「クウォールへ」の更新は9月26日(月)の予定です。
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