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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

326/415

人狼でも先生

326話


 慌ただしい公務の合間合間に、俺は人材育成のお手伝いとしてミラルディア大学の講義に引っ張り出される。
 まだ大学は作りかけだが、講堂だけ完成したので講義が始まった。今は前世の暦でいえば一月ぐらいだが、四月頃には大学の全ての建物が完成するだろう。
 今やっているのは本格的な講義の前の基礎教養なので、俺みたいな門外漢まで引っ張り出されている。


 未来のミラルディアを担う一期生四十人ほどは、ぴかぴかの講堂で毎日勉強をしている。
 迷宮都市ザリアの少女太守シャティナに、人馬族の英雄娘フィルニール。ロルムンドの亡命皇子リューニエ。
 そしてリューニエの兄貴分を自称しているのが、ペトーレ爺さんの孫のミュレだ。十三歳になったリューニエより年上の十四歳だ。
 小生意気な少年だが、頭はいい。だからますます生意気になるが、伸ばしがいのありそうな少年だ。


 他にも竜人族の若者もいるし、リューニエのお供の犬人たちもいる。ウォーロイの諸国漫遊に同行した三人だ。
 このパン、パカ、パーンの三人は、いずれも犬人きっての秀才らしい。彼らはお気楽な性格をしているので幼く見えるが、知能は高い。
 彼らが記したウォーロイの武勇伝は迫力ある描写と緻密な構成で、そのまま劇の脚本にもなっている。
 ちょっと引用するとこうだ。


『ウォーロイ卿の穂先が躍り、賊の胸甲を撃ち抜いた。ぞんっ、と背中まで貫き徹すが早いか、ただちに引き戻す。紅く濡れた刃が夜風を切り裂き、骸がのけぞりながら崩れ落ちる。極北の吹雪のような猛攻に、卿を取り巻く数多の凶刃がざわめいた』
 全編こんな具合なので読んでいて疲れるが、犬人もバカではないというのがよくわかる。
 ストレス耐性も高いし、意外と侮れない連中だ。


 さて、俺はそんな曲者ぞろいの生徒たちを前にして、交渉術の講義をしなくてはいけない。
 俺の交渉なんて、人狼パワーで恫喝しておいてから適当に丸め込むという、実に雑なものだ。
 何をしゃべったらいいのやら。


 だがもちろん講義の準備はしてあるので、俺は小さく咳払いしてからゆっくり歩き出す。
 教卓は生徒たちから少し遠いので、ちょっと距離を詰めよう。
「ではこれより、交渉術の基礎講座を始める。なに、交渉術といっても大したことを教える訳ではないぞ。俺の交渉は適当だからな」
 笑顔を浮かべてみたが、みんな静まりかえっている。真剣な表情だ。
 優等生だらけか。やりづらいな。


「本日の講義では『味方の下位者』を対象とする。諸君にとって身近な存在であり、だからこそ重要な他者だ。では、ミュレ」
「はっ、はい!」
 突然指名されたので、ミュレがびっくりして起立した。講義だから聞いてるだけでいいと思っていたようだが、俺の講義は前世スタイルだからな。
 ガンガン指名して発問していくぞ。
「ミュレ、貴族や軍人の周囲にいるのは使用人や部下たちだ。彼らは明確な味方であり、同時に下位者でもある。このとき最も重要な心得は何か?」


 ミュレは背筋を伸ばして大声で答える。
「なっ、なめられないようにすることです!」
「なるほど、それも重要なことだな。ありがとう」
 俺がうなずくと、ミュレはどうだといわんばかりに得意げな顔をした。
 俺はミュレに着席するよう促し、今度は彼の隣に座っているリューニエに同じ質問をした。
「ではリューニエ、君はどう思う?」


 するとリューニエは少し戸惑いながら、それでもはっきりと答えた。
「彼らの職分を侵さないことだと思います」
「うん、いいな。非常にいい。ありがとう」
 俺はつい癖でリューニエの頭を撫でてしまったが、彼は照れくさそうな顔をして笑う。年長者に頭撫でられるの好きだよな、君。
 俺は生徒たちを見回し、こう説明した。


「今のリューニエの言葉には、深い真理が含まれている。ここから先は俺が説明しよう。よく聞いてくれ」
 一同の注意をこちらに向けておいて、俺は黒板代わりの石壁に筆で書きながら説明する。
「交渉の基本は、相手の立場を不必要に脅かさないことだ。人間の社会において、立場を脅かされることは安全を脅かされるのと同じだからな。どれほど下位の者であっても、彼らには彼らの立場があり、それが彼らの安全を守っている」
 俺はちらりと前世の自分を思い出しつつ、窓から見える造成中の庭を指さす。アインドルフ家の園丁たちが出張造園中だ。


「例えば園丁には栽培の専門家、庭園の管理者としての立場がある。魔王陛下とて、彼らの技術と知識の前には敬意を払う。魔王陛下は園丁ではないからな」
 その代わり、経理や予算には細かく口出ししてくるんだよなあ。交易商の家系だから。
 そうだ、魔王軍の来年の技術開発予算案、講義の後でまた作り直さないといけないぞ。要求額が大きすぎて魔王陛下から再検討を頼まれている。
 クルツェ技官長や師匠の無頓着な出費をどこかで止めないと、俺が嫁さんに叱られてしまう。


 俺はそんなことを考え、生徒たちに言った。
「先ほどリューニエの言った、『使用人や部下の職分を侵さない』というのは、まさにこれを意味している」
 リューニエが嬉しそうな顔をしているが、隣のミュレは仏頂面だ。不正解だったので面白くないのだろう。
 俺は内心で苦笑し、彼にもフォローを入れておく。
「もちろん諸君にも、主君や上官としての職分がある。なめられるようでは自身の職分を侵害されているのと同じだ。そうならないよう、実力や度量の大きさを示しておく必要はあるな。だからミュレの答えももちろん正解だ」


 ミュレがパッと明るい顔になり、どうだと言わんばかりに胸を張っている。ちょっと誉めすぎたか?
 うーん、さじ加減が難しいな。
 俺はロルムンドの現皇帝エレオラが、伯父であるカストニエフ卿の領地を訪問したときの話をした。
 エレオラはあのとき、村を管理する郷士たちをとても誉めた。郷士たちは自分の立場が認められたと大変喜んだ。
 彼らは後にカストニエフ卿から俸禄を加増され、家臣団での家格も上がったという。


「このように、上に立つ者の発言は下位者の立場に大きな影響を与える。上に立つということは重い責任を負うということだ。偉そうにすることではないぞ?」
 得意げなミュレにチクリと釘を刺しておく。
 すると案の定、ミュレはへこんだ。
 こいつ扱いにくいぞ。


 もちろんリューニエにも釘を刺しておくべきことがある。
「だが一方で、使用人や部下を友人や客人のように扱うことも好ましくない。彼らは諸君の命令で動くことを義務づけられている。特に命を懸けた戦場では規律が重要だ。そういう意味でも、上位者としての責任がある。特別に親しくする場合は、他の者が見ていないときが好ましいだろう」
 今度はリューニエがへこんだ。うなだれてしょげている。
 別に叱ってる訳じゃないんだけどな……。
 講義ってなかなか難しい。


「一部の者は、実家で使用人への接し方や家訓を教わっているはずだ。順番に聞いていこう」
 俺は他の太守の子息などに質問し、彼らから得られた回答を板書していく。
 それから各項目について、順に解説をした。
「この『使用人にきちんと礼を言う』というのは、先ほどの話ともつながるな。彼らの仕事ぶりに満足していることを、言葉で示す訳だ」
 ペトーレ爺さんなんかは「うむ」としか言わないが、フィカルツェ家の使用人たちにはそれでちゃんと意味が通じている。


「また『予定外の働きをした者には褒美を与える』というのは、使用人の忠誠心を高めるだけでなく、身分の区別をつけることにもなる」
 俺は勇敢な侍女が暴漢から令息を守った話や、聡明な料理人が主の食事ぶりから病気を見抜いた話などを例に挙げる。いずれもアインドルフ家の古い逸話だそうだ。
「本来の職分以外で使用人の世話になれば、それは借りを作ったことになる。主が使用人に借りを作ったままでは立場が弱くなる。何より恩知らずの主君では人がついてこない」


 他にも色々出てくる。
『使用人を褒めるのは皆の見ているときに、叱るのは二人だけのときに』
『小さな過ちを繰り返す者は解雇せよ。大きな過ちを一度だけ犯した者には挽回の機会を与えよ』
『侍女のことはまず侍女長に、料理のことはまず料理長に相談せよ』
『去る者を大切にしない当主は悪評に斃れる』
 どれも深い理由が隠されていて、生活の知恵だなと感じさせられる。
 あとやっぱり、古い家ほど家訓が充実しているな。リューニエの実家、つまりロルムンド帝室は家訓の宝庫だった。
 代々苦労してきたんだろうな……。


 その後、俺がロルムンドなどで体験した話もいくつか挙げ、「では理想的な接し方はどうあるべきか?」ということをみんなで考える。各人に実演してもらった。
 ここの生徒たちは未来の政治家や司令官になるし、そうでない者も社会的地位は高くなるだろう。部下を持つ身分だ。
 彼らが下位者との接し方をわきまえていないと、かつてのカイトや前世の俺みたいな連中を量産することになる。
 そうなったらミラルディアは徐々に崩壊していくだろう。


 もっとも対人関係には正解なんてない。俺が生徒たちに教えられるのは「部下や使用人と接するとき、そこに重要な問題が隠れている」ということだけだ。
 後は自分なりに考えてください。先生もずっと悩んでいます。
「では本日はこれまで。次回はより複雑な状況を想定し、いかに行動すべきかを皆で考えよう」
 やれやれ、冷や汗が出た。


「先生!」
 講義の後、シャティナが俺のところに駆け寄ってくる。
 こいつも対人能力に不安がある生徒だが、十代の少女とはいえ現役の太守なので早急に何とかしなくてはいけない。
「シャティナ、最近は使者の胸ぐらをつかんで振り回したりしてないだろうな?」
「し、してません!」
 俺が最初に副官のカイトと出会ったとき、彼はシャティナに胸ぐらをつかまれていた。
 思えばあいつも災難続きだよな。


 俺が笑っていると、シャティナは不思議そうな顔をして質問してきた。
「先生はどうして、下の者の苦労がわかるのですか?」
 俺は一瞬ギクリとしたが、笑顔でごまかす。
「俺も最初の頃は下っ端だったんだぞ?」
「あ、そうでした」
 もっとも魔王軍は快適な職場だったので、上司との関係で苦労したことは一度もない。直属の上司は恩師だったしな。
 どちらかというと前世のせいだ。


 俺はなんだか色々思い出して遠い目をした後、元気いっぱいの少女太守に問いかける。
「評議会がかつての元老院のようにならないためには、お前やフィルニールのような若い世代が頼りだ。期待してもいいか、シャティナ?」
 するとシャティナは目を輝かせ、背筋を伸ばして大声で返事した。
「はっ、はい! 期待に応えます!」
 期待してるよ、新米太守殿。


 すると、そこにアインドルフ家の副侍女長が入ってくる。アイリアより少し年上で、彼女とは古いつきあいの使用人だ。侍女といっても彼女ぐらいになると結構幅広い仕事をこなしており、前世なら総務課の主任といったところだ。
 旧市街の太守の館に勤めている彼女が、わざわざ新市街まで来るなんて珍しいな。俺に用があるにしても、普段なら男の従僕に言づてを頼むはずだ。
「旦那様、まだこちらにおいででしたか」
「どうした、イザベル殿?」
 するとイザベルは少し興奮した様子で俺に告げた。
「御公務が終わりましたら、本日はお早めにお戻りくださいませ。奥様から大事な御報告がございます」
 アイリアから?
※次回「吉報と凶報」の更新は9月14日(水)の予定です。
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