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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「人狼酒場」

318話「人狼酒場」


 魔王アイリアと黒狼卿ヴァイトの婚礼を祝って、リューンハイト旧市街がお祭り騒ぎになっている頃。
 披露宴が終わってもまだお祝い気分が抜けない人狼たちは、新市街にあるベルーザ陸戦隊の食堂に集まっていた。


「魔王陛下、キレイだったねー」
 揚げた芋をつまむモンザがうきうきしている横で、酒樽を抱えたジェリクが男泣きに泣いている。
「よかった、よかったぜ大将……大将は女っ気がないから、ほんともうどうなるか心配だったけどよ……」
 浴びるように糖蜜酒を呑んでいたファーンがぐろりと首を回し、だいぶ据わってきた目でジェリクを見る。


「そういうジェリクくんはどうなの? ヴァイトくんのことばっかり気にかけて、自分の恋愛してる?」
 すると横にいたモンザが芋にトマトソースをディップしながら、ぽそりとつぶやいた。
「ジェリクくん、ピアとつきあってるよ。ほら、あのちっこくて可愛い……ていうか、ファーンお姉ちゃんの相方だよね」
「嘘!?」
 ファーンがギョッとした表情で振り返る。


「え? だってピア、そんなこと一言も……分隊の子たちも、何にも言ってくれないし……」
 そこにジェリクが追い打ちをかける。
「ファーンに相談しても無駄だって、みんな知ってるからな」
「どういう意味!?」
「だってほら、三度の飯より暴れるのが好きだしよ。『女ガーニー』って呼ばれてるの、知ってるか?」
「なっ!?」
 硬直するファーン。


 別のテーブルで一杯やっていたウォッド老が、微笑みながら杯をあおる。
「ファーンや。争い事ばかり好んどるとな、わしみたいになるぞ?」
 歴戦の傭兵である彼は、ずっと独身だ。
 ロルムンドから持ち帰った極上品の火酒の瓶を封切りながら、彼はつぶやく。
「強い人狼ほど血を好む。わしも幾度も機会はあったが、そのたびに戦いを選んでしもうた。おかげで子も孫もおらん。……ま、別に後悔はしとらんがな」
 琥珀色のとろりとした火酒が杯に注がれ、甘い芳香が人狼たちの嗅覚をくすぐった。
 懐かしい香りだ。


 ウォッドは他の人狼や給仕のベルーザ兵たちにも火酒を振る舞いながら、しみじみと笑う。
「その点、ヴァイトは強いばかりではなく優しさもあったのう。大物を逃したな、ファーン」
「あーもう、ウォッド爺ちゃんってばうるさい!」
 子供みたいな口調でファーンが拗ねた。彼女もウォッドの前ではやんちゃな少女に戻る。


 ファーンの横でモンザは肩をすくめて、ジェリクと会話している。
「ピアってどう? 話合う?」
「おう。鍛冶にも理解があるしな。それに俺が大将の話をしても嫌がらない。むしろ大将のことを一緒に褒めてくれる」
「ああ、嫌がられてるって自覚はあったんだ……。ジェリクが隊長の話すると長いもんね。ていうか気持ち悪い」
「だって人狼族にあれほどの英雄は、これからもまず現れねえぜ? 別格すぎるだろ?」
「いやまあ、それは同感なんだけどね……はいはい、お酒飲も?」
 苦笑したモンザがジェリクにお酌をしている。


 ファーンはというと度数の高い糖蜜酒をストレートのまま、ぐいぐいあおっている。
「だって戦うのが楽しいんだから、しょうがないじゃない……。それに人狼隊のみんなが大事だし、誰も死なせたくないし……」
 ウォッドに酌をしていたメアリが、にこにこ笑う。
「おやまあ、ファーンはほんとにいい子だねえ。でもね、恋は狩りと同じなのよ? よそ見をしてると、獲物はスルリと逃げてしまうからね」
 ファーンはうつむき加減になり、上目遣いにメアリを見る。
「……メアリお婆ちゃん、経験あるの?」
「もちろんだよ」
 メアリの視線の先には、ウォッドの苦笑があった。


 ウォッドは火酒を飲みながら、ふとつぶやく。
「ベルジのヤツ、メアリを遺してあんなに早く逝くこともあるまいにな……。わしより十も若かった癖に」
「でも隠れ里のみんなが助けてくれたからねえ。おかげで娘も無事に嫁げたし、孫の顔も見られましたよ」
 そのやりとりを見て、ファーンは遠い目をする。
「大変だったよね。病気になっても治せない、怪我をしても治せない。肉を獲るのも命がけで……」
 人狼たちは常に変身していられる訳ではないし、変身していないときは嗅覚と聴覚が鋭敏な人間に過ぎない。


 モンザがうなずく。
「あたしも隊長がいなかったら死んでたしね」
「ああ、トカゲのときね。ほんと、ヴァイトくんのおかげだよね」
 その場にいる全員が無言でうなずいた。
 無口なハマームが遊牧民特産の乳酒を飲みながら、珍しく口を開く。
「今の俺たちは敵に襲われることもなく、暖かな寝床と旨い食事にありつけている。魔王軍に口を利いてくれた副官のおかげだ」
「そしてその魔王軍をここまで支えて、人間たちと共存させたのもな」
 ジェリクが笑う。


 一同は少し黙り、そして互いに微笑んだ。
「全く大したヤツだよ、俺たちの大将は」
「同感じゃな」
「ちょっと変わってるけど、昔から賢くて優しい子だったものねえ」
 だいぶ酔いの回ってきたジェリクが、なみなみと注がれたジョッキを掲げる。
「その大した大将が、ようやく嫁さんをもらいやがった! これからもっと支えてやらないとな!」
「そしてもっと甘い汁を吸おー!」
 ジョッキを掲げてモンザが笑う。
 みんなも笑った。


「じゃあもう一度、我らの副官殿に乾杯だ!」
「おう!」
「かんぱーい!」
「呑むぞー!」
 木のジョッキが乱暴に打ち合わされ、糖蜜酒や火酒や乳酒の滴が燭台の灯火にきらめいた。
※次回「未来への投資(上)升と魔法」の更新は8月26日(金)の予定です。
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