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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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魔王アイリアの戴冠式

313話


 師匠の悪企みで奔走する羽目になってしまったが、いよいよ新魔王アイリア即位の日がやってきた。
 ミラルディアの主立った貴族たちは全員招待し、太守や騎士などが大勢集まる。
 魔王軍も大半の将が集められ、リューンハイト新市街の大広場に詰めかけていた。


「ちと多すぎではないかのう」
 師匠が特設舞台の袖から、ちらちらと聴衆を見ている。余裕ぶってはいるが、細い脚がカタカタ震えていた。
「師匠、しっかりしてください。これを終わらせないと、魔王やめられませんよ」
「わかっておる、わかっておるが……大勢の人間を見ると、脚がすくんでしまうんじゃよ」


 師匠はかつて、敵国の軍勢に一族ともども皆殺しにされたことがある。
 そのときの恐怖と絶望は、師匠の心に今でも深く刻みつけられているのだ。
 だから俺は魔王の副官として、師匠に寄り添う。
「大丈夫です。みんな今まで、師匠を魔王として認めてくれた人間ばかりですよ。ていうかですね」
「なんじゃ?」


「師匠がその気になれば、あそこにいる全員一瞬で殺せるんですよ? 集まってる人間たちのほうがよっぽど緊張してますよ」
 客席から漂う人間たちの緊張している匂いが、ここまで伝わってくる。
 そりゃ彼らも怖いだろう。師匠は世界最強の死霊術師で、あらゆる力を呑み込む虚無の渦だからな。


「だいたい師匠、今までも戦場では平気そうにしてたじゃないですか」
「わしも魔王軍の将ゆえ、毅然としておっただけじゃよ。本当は人間の群れを見ると怖くて仕方ないんじゃよ」
「じゃあ今回も毅然としてください。敵じゃないんですから」
「わかっておる。ちと黙っておれ」


 俺はしばらく師匠を見つめていたが、副官の出番だなと感じてもいた。
「師匠、俺も一緒に行きますよ。何かあれば俺がうまく場を持たせますから、安心してください」
「ふむ、そうか」
 とたんに師匠は笑顔になり、ほっと溜息をつく。
「よし、では参るかの。ついて来るが良いぞ」
 現金だな師匠。


 師匠は特設舞台の壇上に上がり、踏み台によっこらしょと登ってから一同を見渡す。
 俺は背後に控えて、師匠が怖じ気付いたときに備える。
 だが師匠は俺を一瞬だけ振り返って、にこっと笑った。
 大丈夫そうだな。


「皆の者よ、わしが第二代魔王ゴモヴィロアである。かつて人間であった頃は、ゴモヴィロア・ゾアケルス・ガオル・ゲルファバル・グルンと名乗っておった。古王朝時代の王族じゃ」
 師匠のフルネーム初めて聞いたけど、どこにもかわいい響きがないな。
 嫌がらせか。
 たぶん格式とか風習とかいろいろ理由があるんだろう。


 師匠は顔を上げ、白い喉を聴衆に晒す。
「見るがよい。わしは敵国の兵に喉を貫かれ、一度は死の淵をさまよった」
 控えていた弟子のラシィが、すかさず幻術で師匠の姿を空間投影する。
 師匠の喉には今も、致命傷の痕がうっすらと残っている。言われないと気づかないほど薄れているが、師匠がその気になるとくっきり浮かび上がるのだ。


「古王朝時代、いくつもの王国が争い、そして滅びた。当時のわしは知らなんだが、戦のために『勇者』を人工的に作り出していた国も複数あったようじゃ。愚かなことじゃよ」
 あの秘宝たちか。
 アソンの秘宝はシンプルなので勇者乱立時代の初期作品、ドラウライトの秘宝は妙に手が込んでるから後期の作品だろう。


「『魔王』も『勇者』も、本来は途方もない力を持つ超越者たちの呼び名じゃ。しかしこの世は大多数の平凡なる者たちのもの。今さら超越者などいらぬ」
 自身が超越者に片足突っ込んでいる師匠だが、それだけに自分が魔王の座に居座ることに疑問を感じている。
 師匠は政治家じゃないしな。


「剣の腕前や魔法の威力が支配者の資質ではない。支配者として不適格なものが支配の座に居座れば、多くの苦しみを生むであろう」
 前半は力を信奉する魔族たちへ、そして後半は元老院に支配されていた人間たちへのメッセージだ。


 魔族の軍人たちも、人間の貴族たちも、神妙な表情で師匠の話を聞いている。
「支配者に必要なものは未来を見通す知恵であり、そして現状に立ち向かう勇気じゃ。それさえ兼ね備えておれば、誰が魔王となり、支配者となっても構わぬ」
 師匠は「魔王」という言葉が持つ意味を変えようとしている。
 それはきっと、前世の俺が思い描いていた「魔王」とは全く違うものになるだろう。
 楽しみだ。


「よってわしは魔王として、次の魔王にミラルディア連邦評議員のアイリア・リュッテ・アインドルフを推挙する。すでに魔王軍ならびに評議会の承認は得ておる」
 舞台上の関係者席に座っている評議員や魔王軍の将官たちが、その言葉に重々しくうなずいている。
 俺もうなずいておいた。


「よって……あー」
 まずい、師匠が何を言うか忘れている。
 ああ見えて数百年以上生きてるお婆ちゃんだからな。
 ド忘れすることも多い。


 俺はスススと前に出て、声を張り上げた。
「これにより魔王ゴモヴィロア陛下から、新魔王となるアイリア・リュッテ・アインドルフ魔人公に王冠が授けられる!」
 師匠が露骨にホッとして、胸を撫でおろしている。
 ずっと緊張してたんですよね、師匠。
 お疲れさまでした。


 俺の声で進み出てきたのは、正装したアイリアだ。
 工芸都市ヴィエラの総力を結集して作られた軍装の礼服は、どうみても歌劇の男役主人公だった。
 彼女は男性の礼服を着慣れているので、恐ろしく似合っている。
 思わず見とれてしまった。


 父の形見の剣を腰に吊ったアイリアは、壇上の師匠に一礼する。
 舞台上に王冠などの儀礼用の道具が運び込まれ、わずかにだが式典に隙間の時間ができる。
 俺はすかさず、舞台袖に待機しているラシィにこっそり合図を送った。拡声の魔法で、二人の会話を聴衆にも聞かせるのだ。
 ラシィが杖を掲げて精神集中し、何か呪文を唱えている。
 ああ見えてラシィは超一流の幻術師であり、元老院時代は舞台演出を本職にしていた。
 視覚効果も音声も、彼女にとってはお手の物だ。


 アイリアが微笑む。
「陛下のお言葉、感銘を受けました。私も志は同じです」
「そう言ってくれるのは心強いのう。おぬしのように高潔な者が民を導いてくれるのなら、わしも人間に絶望などせぬよ」
「恐縮です」
 ふふふ、いいぞいいぞ。新旧魔王の信頼関係をアピールしろ。
 こういう地味な謀略こそ副官の仕事だ。
 もっとやれ。


 聴衆たちの反応を見ると、やはり上々だ。あまり感情を表に出さない竜人族の兵士たちまで、しきりにうなずいている。
 アイリアは膝をついて師匠と同じ目線になり、師匠の小さく冷たい手をぎゅっと握った。
「陛下、魔王の大任を謹んでお引き受けいたします」
「うむ、ありがとう」
 よしよし。


 内心でガッツポーズを取っていた俺だが、不意にぎょっとする。
 師匠がとんでもないことを口走ったからだ。
「我が愛弟子のヴァイトを、よろしく頼むぞ」
「はい。ヴァイト殿がいてくださるのなら、私も魔王の大任を果たせると信じております」
「うむうむ。それとあやつは寝相が悪いでの。よく注意するのじゃよ」
「は、はい……承知いたしました」
 待って。
 ストップ。音声さんストップ。
 今のは拡声しなくていい。


 俺は慌てたが、もう完全に手遅れだった。
 師匠は弟子自慢が始まると止まらないので、にこにこ笑いながらどんどんエスカレートしていく。
「こやつは魔法はもちろん、武勇にも知謀にも長けておるが、何よりも優れておるのは他人の立場を理解し、自分も他人も両方がうまくいくように知恵を絞る誠実さじゃ」
「はい、私もそう思います。強さと優しさを備えた御方だと」
「じゃろう?」


 俺はラシィに合図を送って、拡声術を止めるように指示した。
 だがあろうことか、ラシィは俺の指示を無視して術を維持している。
 いつの間にかラシィの横にカイトがいて、何か言っていた。
「このまま続けるんだ。ヴァイトさんを後戻りできなくさせてやれ」
「いいんですか?」
「いいんだよ」
 よくないよ。
 ちくしょう、俺の副官が裏切ったぞ。


 俺は戴冠式の準備が整わないかと振り返ったが、王冠の台座を運び込む係の犬人兵たちまで、師匠とアイリアの会話に聞き入っている。
 威圧感がない魔族として式典係に任命したのだが、そういえばこいつらは興味を持ったらそっちに集中する癖があった。
 しっぽ振ってないで早く準備しろよ。


 俺は内心で焦りまくるが、壇上で注目を浴びているのでみっともない真似はできない。
 下手な策が裏目に出た。
 やはり俺は策士としては二流だったようだ。
 その間にも、師匠とアイリアの会話は進行していく。


「あとヴァイトは服装がだらしないゆえ、あやつが恥をかかぬように気をつけてやってくれぬか。こやつの美的感性だけは信用してはならぬ」
 異世界から来た人間なんだから、こっちのセンスとはズレててもしょうがないでしょう。
「承知いたしました。ですがヴァイト殿の私服、私はとてもかわいいと思いますよ」
 アイリアさん、なんでそんなに嬉しそうなんですか。
 もうやめて。


 その後、戴冠式は無事に進行してアイリアが新魔王となり、聴衆の歓呼に応え、歴史に残る名演説などしたのだが、俺は壇上でずっと背筋を伸ばしたまま小刻みに震えていた。
※次回「ウォーロイ開拓公」の更新は8月15日(月)の予定です(更新日が変更になる可能性があります)。
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