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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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巨人投げのアイリア

312話


 俺はその後、師匠のワガママを通すために各地に使者と書状を送り、近場には直接出向いて交渉を行った。
 北部の太守たちは「南部太守が魔王か……」というやや微妙な反応だったが、リューンハイトは魔都として栄えているし、連邦の中心になっている。特に反対意見もなく、すんなりまとまった。
 南部の太守たちはもっとひどい。


「あーよかった。ヴァイトったら弟子時代から浮いた噂ひとつないんだもの。アイリアさんとならお似合いね。ちょっと安心したわ」
「おう、めでてえな! いつ式を挙げるんだ!? 結婚はいいぞ! 人生最大の船出だ! しょっちゅう嵐が来るけどな!」
「時間かかったわねえ。ああそうそう、劇の題材にさせてもらうから取材させてね。そのぶん結婚式は全力で支援させてもらうわよ」
「いよいよ結婚ですか、ヴァイト殿。実は私も最近、遊牧民の女性と……聞いてます?」
「先生! 先生ええぇえ! おめでとうございます! うわああぁ!」


 だいたいこんな感じだ。
「大魔王」なんて新役職が国の頂点に作られるときに、俺のプライベートはどうでもいいだろ。
 みんなのんきすぎる。
 とはいえ、おかげですんなりと話はまとまった。
 何より形式的にではあるが、人間側にミラルディアの支配権が戻ってくるのだ。悪い話ではない。


 大魔王の権限や職務など細かい規定を明文化する必要があったが、そのへんは評議会に丸投げした。太守たちは法学者を顧問弁護士のように召し抱えているから、彼らに草案を作ってもらう。
 俺は異世界から来た人間で、こちらの世界の法体系や思想がわからない。口出ししないほうが安全だな。
 その代わり、魔王軍のほうにも説得に行く。


「あの、ヴァイト様……」
 森巨人の青年がおずおずと挙手したので、俺は彼を振り返った。
「言ってみろ」
 すると彼は仲間たちと何度も顔を見合わせた挙げ句、勇気を振り絞るようにして俺に問いかけてくる。
「人間が魔王なん……です……か?」
 巨体なのに、最後のほうは消えそうな声だった。


 俺は今、アイリアを伴ってグルンシュタット城に帰還している。
 魔王の城である以上、アイリアはここの城主となるのが筋だ。
 実際には師匠が引き続き城主となる予定だが、それでも新魔王のお披露目はしておかないとな。
 俺は居並ぶ魔王軍将兵に対して、アイリアを披露する。


「そうだ。大魔王ゴモヴィロア陛下の下に、魔王アイリアが誕生する。もともと魔王軍の将、『魔人公』のアイリア殿だ。何もおかしくはない」
「は、はい……」
 森巨人の青年は黙り込む。


 生き残っている巨人兵はみんな臆病者で、大半が輜重兵や工兵だ。
 前線で勇敢に戦う連中は、勇者アーシェスにみんな倒されてしまった。目立つ巨体が命取りになったのだ。
 とはいえ、やはり彼らは魔族。
 強い者にしか従わない。弱い者をリーダーにすれば、リーダーも自分も死ぬ。
 本能がそう警告するのだ。


 そのへんも一応わかっている俺は、緊張しているアイリアを振り返った。
「アイリア殿、新魔王の強さを思い知らせてやってはいただけないか?」
「私がですか?」
 八百カイト以上の魔力があるんだから余裕だよ。
 俺は無言でうなずいた。


 するとアイリアは一度だけ深呼吸して、それからキッと前を見据える。
 相手は見上げるような巨人族や異形の鬼族、それに竜人や人狼やその他大勢だ。
 だがアイリアはそんなものに怯えたりはしない。
「私は魔王として、あなたがたの上に君臨します! 我が力を疑う者は進み出なさい! 魔族の流儀に則って、戦いにて証明してみせましょう!」


 さすがに太守だけあって、アイリアは場の空気を支配するのに慣れている。
 人間の女性がこれほど堂々としているのに驚いたのか、魔王軍の兵士たちは誰も名乗り出てこない。
 荒っぽいのがあらかた戦死して、うちもだいぶ雰囲気変わったな……。
 しょうがないので俺はさっきの森巨人の青年に声をかける。


「お前、名前はなんだ?」
「ズーガです……スーカでもいいです」
 遠慮して濁点抜かなくてもいい。
「ズーガ、新魔王陛下と力比べをしてみないか?」
「えっ?」


 彼はおとなしい男のようだが、さすがに人間相手の力比べはショックだったらしい。
「ヴァ、ヴァイト様、俺はそんなに力弱くありません! あっ、大きな声だしてすみません……」
「いや、いい。もちろんお前が巨人族にふさわしい怪力なのは知っている。ここの工兵だしな」
 彼らは丸太を数本まとめて軽々と持ち上げる怪力だ。重機に匹敵するパワーを持ち、重機より俊敏に動く。


 俺はズーガのプライドを傷つけないように彼を称えた後、こう続けた。
「だが魔王陛下はもしかすると、お前より強いかもしれないぞ?」
「えっ? ええ……?」
 彼の視線が俺とアイリアを行ったり来たりする。
「巨人は人間より強い」という固定観念と、「魔王の副官」である俺の言葉との板挟みになって、かなり混乱している様子だ。


「論より証拠だ。やってみるほうが早い。人助けだと思って、ちょっと力比べしてみてくれ」
 俺が言うと、ズーガも辞退はできずにおずおずと前に進み出てきた。
 アイリアはかなり緊張している様子だったが、三メートル以上ある巨人兵と向き合う。
「よろしくお願いします、ズーガ殿」
「は、はい……どうも」


 アイリアが差し出した掌に、ズーガはおずおずと自分の掌を合わせる。
「思いっきり押してみてくれ、ズーガ」
 俺が言うと、巨人族の工兵は表情を引き締めた。臆病者でも魔王軍の兵士だ。やるときはやる。
「ふおおぉっ!」


 ズーガは踏み込みながら掌を押し出したが、アイリアは微動だにしない。
 もちろん彼女に心の余裕は全くないだろうが、俺には彼女の強大な魔力がしっかりと見えた。
 彼女の持つ魔力が活性化し、鎧のように全身を覆っている。
 さらに地面に魔力の杭を突き刺して固定し、アイリアは一歩も退かない。


 それを見ていた魔族たちがどよめく。
 ズーガは驚きつつも、なおも押し込もうとした。
「ふんぬぬうぅっ!」
 巨人の雄たけびが城壁を揺るがす。
 するとアイリアは微笑みながら、くるんと手首を返した。
 数百キロはある巨人兵が、空中でふわりと一回転する。


「ぬわあぁっ!?」
 地響きを立てて、森巨人の体が地面に沈んだ。
「勝負あったな」
 俺はそう宣言して、この力比べを終了させた。


 この瞬間、その場にいた魔族の戦士たちは一人残らず沈黙した。
 目の前にいる人間の女は、我々の誰よりも強い。
 そのことを確信したのだろう。
 そして彼らは強者と認めた者には従う。


 今のアイリアなら、森巨人一人ぐらいなら軽く投げ飛ばせる。
 何せ八百人分の魔力だ。八百人分の筋力が出せる訳ではないが、それでも彼女は百人分の筋力を出せると俺は推測している。
 アイリアにとって、数百キロの物体は数キロ程度にしか感じられないはずだ。文字通り赤子の手をひねるようなもんだな。
 魔力の使い方を練習すれば、もっと強くなるだろう。


 しかし当のアイリアはというと、勝利を誇る訳でもなく、ぶっ倒れた巨人に手を差し伸べている。心配そうな表情だ。
「痛くありませんでしたか?」
「あ、はい……巨人なんで……」
「それを聞いて安心しました」
 巨人と力比べをして片手で投げ飛ばすほどの強さを見せながらも、アイリアはいつも通り優しく微笑んでいた。
 その姿は一瞬、魔王ゴモヴィロアの姿と重なる。


 俺は一同を見回して、それから尋ねた。
「どうだ、納得したか?」
 全員がうなずいた。
 腕っ節の強さを見せつけるのは、魔族の通過儀礼として必要だ。
 アイリアにはこれからもときどき、腕前を披露してもらうことになるだろう。


 俺はその後も大魔王モヴィちゃん誕生と新魔王アイリア即位のため、評議会であれこれと働くことになった。
 さらにリューンハイトで起きた事件についても、評議会での説明やワとの交渉準備などに奔走する。
 観星衆のフミノが一時帰国して、本国の多聞院と相談しているらしい。


 多聞院から「いいよいいよ、神世人のヴァイト殿のやることですからね。ヴァイト殿をアテにしてますので今後ともよろしくね」という趣旨の私信をもらった頃には、ミラルディアでは新魔王アイリアの即位祝いが始まっていた。
 ふと気がつくと、評議員辞職を申し出る機会を完全に逃している。
 もしかして師匠、これを狙っていたのか?
 だとしたら完全にやられた。


 俺は暇なときに、師匠にこっそり尋ねてみる。
「もしかしてこれ狙ってたんですか、師匠?」
「さあのう……」
 我が師にして偉大なる大魔王ゴモヴィロアは、湯気の立つ紅茶を飲みながらにこにこ笑っているだけだった。
※次回「魔王アイリアの戴冠式」の更新は8月12日(金)です。
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