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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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魔王の玉杯

291話


 アソンの秘宝は我が副官カイトによって慎重に調査され、プログラムと回路を兼ねる魔術紋が複写された。
 写し取られた魔術紋を見た兎人の魔法職人リュッコが、大根をぽりぽりかじりながらつぶやく。
「こりゃいったい、何に使う道具なんだ? 魔力を無尽蔵に集める以外、何の機能も付加されてねえぞ?」
 リュッコの話によると、これは構造こそ恐ろしく精緻なものの、機能としては「魔力吸い上げポンプに魔力タンクがくっついているだけ」だという。


「圧縮貯蔵できる魔力の量は相当なもんだが、使い方を間違えりゃ街が吹き飛んじまうな。危ないだけで意味がわかんねえ」
「ふむ」
 俺は少し考えて、門外漢なりに思いつきを口にしてみる。
「もしその魔力、誰かが全部吸収したらどうなる?」
「あん? そりゃ……まあ、あれだ」


 リュッコは耳をわしわし掻きながら、慎重な口振りで答えた。
「この量を吸収できるんなら、勇者にでも魔王にでもなれるだろうよ。吸収できるのなら、だけどな」
 酒を飲むのと同じように、魔力を吸収するのも本人の適性が問題になる。強い酒を大量に飲めば命に関わるように、魔力も過度に吸収すると命に関わる。
 ヌエになってしまった猫人のダンダが、まさにその例だ。


「普通の人間にこの魔力全部くれてやっても、使いこなせねえ。吸収できずに体外で爆散させちまうか、体内で暴走して怪物になるか。どっちにせよ、ほとんどの場合は死ぬな」
「なるほど」
「ああでもヴァイト、てめーなら全部吸収できると思うぜ。お師匠からそういう力を受け継いだんだろ?」
「まあ一応な」
 そう、俺は魔力を底なしに吸い込むことができる。


 俺は少し考え、ふとつぶやいた。
「もしかして、あの秘宝はそれが目的なのかもしれないな。勇者を作り出す道具なんだ」
「勇者に? 何でそんなもんになる必要があるんだ?」
 大根をかじりながらリュッコが首を傾げるので、俺はこう答える。
「人間はな、すぐに『人間以上』になりたがるんだよ」
「そういうもんか。よくわかんねえな」
「ああ、だからあの秘宝は魔族が確保しておかないと危険だ」


 俺は人狼に転生し、魔術師になり、魔王の副官を務めているが、それでもやっぱり中身は人間だ。
 どれだけ力を身につけたとしても、人間は人間以上にも以下にもなれない。
 それが俺の実感だ。
 そして人間というのはしょっちゅう判断を間違えるし、考え方もだんだん変わるし、気分もころころ変わる。俺自身がそうだからわかる。
 だからこういう危ない代物は誰にも使わせず、厳重に封印しておくのが一番だと思う。


 リュッコは兎のつぶらな瞳で俺を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「なあおい、ヴァイト」
「なんだ?」
「なってみるか、魔王? お師匠とお前でダブル魔王だ」
「興味ないな」
 俺は首を横に振ると、弟弟子に指示を出した。
「アソンの秘宝を停止させてくれ。魔力の吸い上げを止めさせるんだ」
「おう、任せときな。すぐできるぜ」


 その後、リュッコの手によってアソンの秘宝は停止した。
 そして多聞院とミラルディア評議会の間で、アソンの秘宝の取り扱いについて協議が行われる。
 停止したとはいえ、巨大なエネルギー貯蔵庫だ。取り扱いを誤れば付近一帯が更地になってしまう。
 もちろん、そういう使い方をすれば街ひとつ壊滅させることもできる。


 アイリアと俺、そして評定衆の間でかなり慎重に検討を重ねた結果、「秘宝は機能を完全停止させ、ミラルディアに移送して保管する」ということで決着がついた。
「警備と保管のために、かなりの人員と設備が必要になりますね」
 アイリアが溜息をついたので、俺もうなずく。
「だからこそ、ワの国も秘宝を手放す気になったのだろう。あれが暴走すれば街ひとつ壊滅してしまうくせに、まともな使い道が何もない。迷惑なだけだ」


 厄介な代物を押しつけられた形だが、俺たちにとってはそれほど手強い物品ではない。
 ミラルディアには、古王朝時代の魔術師である大賢者ゴモヴィロアと弟子たちがいる。取り扱いの専門家は十分そろっている。
 最悪の事態が起きたとしても、師匠が魔力ごと吸い込んでしまえばそれで終わりだ。


「ミラルディアは貴重な魔術遺産を入手して、研究に役立てられる。ワは砂漠化の元凶がひとつ消えて、国土を広げられる可能性が出てきた。双方に利益があって、悪くない決着だと思う」
 あの秘宝ひとつで風紋砂漠が形成されたのか、リュッコにもわからなかった。
 同様の秘宝がまだ砂漠のあちこちに眠っているのかもしれない。
 だから風紋砂漠が消えるのか、縮小するだけなのか、それとも何も変わらないのか、長い時間をかけて見守っていく必要がある。


「あの秘宝はリュッコの分析によると、魔力を付与して人為的に勇者を生み出すことも可能だそうだ。その負荷に耐えきれる人間はほとんどいないが、万が一ということもある。目の届くところに置いておきたい」
 先王様と戦った勇者アーシェスがどうやって勇者になったのかは知らないが、またあんなのが出てきたら困る。
 もう勇者はこりごりだ。


 するとアイリアは俺をじっと見つめた。
「ヴァイト殿は、あの杯の魔力に耐えられるのでしょうか?」
「やってみないとわからないが、理論上は問題ないと思う」
「勇者、あるいは魔王になってみたいとは思わないのですか?」
 またその質問か。
 俺は煩わしい気持ちで首を横に振った。


「思わないな。ようやく隣国との関係がうまくいって、国内の情勢も落ち着いたきたところだ。そんな強大な力を使う必要がない」
 今のミラルディアには師匠がいる。
 師匠の「渦」の力を使えば、敵軍の将兵の命……というか熱量をまとめて吸い尽くすことも可能だろう。
 軍事的には無敵の切り札を温存している状態だ。
 これ以上、切り札を増やす必要はない。


 するとアイリアは不思議そうな顔をして、それからくすくす笑い出した。
「ヴァイト殿は無欲なのですね。絶対的な支配者になる好機ですよ?」
「そんなもの、なってどうするというんだ……」
 今の俺は人狼の力と魔術師の能力を持ち、自分と身近な者の安全を守れる程度の力を持っている。
 これ以上の力は身を滅ぼすだけだろう。
 あと責任が重くなるのも嫌だ。


 俺は少し意地悪を言ってみたくなり、アイリアに笑いかける。
「それならアイリア魔人公は、もし適性があれば御自ら魔王になってみたいと思われるのかな?」
 彼女にそんな野心がないことはよくわかっている。
 アイリアは仮に自分が魔王や勇者になる機会を与えられたとしても、全く興味を示さないだろう。
 彼女は高潔で清廉な、尊敬に値する人物だ。


 ところがアイリアは悩む様子を見せて、ちらりと俺を横目で見た。
「そうですね……可能であれば、考えてみてもいいかもしれません」
「おいおい」
 するとアイリアはにっこり笑って、俺に詰め寄った。
「私が魔王になれば、どこかの前線好きな副官殿をずっと後方に待機させておけますから」
 冗談っぽい口調だが、本気で言ってるのが匂いでわかった。


 どうやら俺は、アイリアにかなり負担をかけていたらしい。
 思えば裏方仕事や留守番など、全部押しつけてきたからな。
「あー……その、申し訳ないアイリア殿。今後はなるべく前線には出ないようにする……と思う。だから魔王にはならないで欲しい」
「わかりました。それでしたら、私も魔王の座に興味はないですね」
 にっこり笑うアイリアだった。


 おかしいな、最初に彼女と出会ったときと力関係が逆転している気がするのだが……。
 どこでこんなことになったんだろうか。さっぱりわからない。
 やはり人間というヤツは手強い。
※次回「南静海同盟」の更新は6月24日(金)の予定です。
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