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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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英雄の器

287話


 俺は猫人のイズシから、神世人アソンの秘宝について情報を集めた。
「まあ猫人の伝承だから、細かい部分はあやふやだと思うんだけどね。……ニャ」
 ニャはいいから。


 ワの国父となった初代転移者アソンの悩みは、「ワの国土を脅かす砂漠化の原因がわからない」ことだった。
 どうやら陰陽道で砂漠化をくい止めたらしいが、問題の解決にはなっていない。
 そこで彼はこっそり都を抜け出し、風紋砂漠へと調査に向かったようだ。
 フットワークが軽いのはいいけど、国父が国外をふらつくのはどうかと思うぞ。
 そういうのは副官にでも任せるべきだ。
 いや、よく考えると副官の仕事でもないな……。まあいいか。


「そのときにお供の三人の猫人が大活躍した話、聞きたい?」
「そこはまた今度でいい」
 色々苦労した末に風紋砂漠の最奥部から持ち帰ったのが、魔力を操る謎の秘宝だという。どうやら極めて重要な、魔法の道具らしい。
 その後、アソンは「この宝の扱い方を知る者を探そう」と言い残し、再び行方不明になってしまったという。
 猫人たちの伝承に残っているのはそこまでだ。
 今回の用件とは別件になるが、実物を見ておく必要があるな。


 近隣の街での盗難については、イズシはきっぱりと否定を繰り返した。あんまり問いつめるのも失礼なので、この件は保留するしかなさそうだ。
 猫人の場合、汗の匂いでも真偽が判断できないしな。
 人狼の能力は対人に特化しているから人間相手だと圧倒的に有利だが、それ以外の種族に対してはそんなでもない。


「ついでだ、アソンの秘宝を見せてくれないか?」
「いいよ」
 だんだん「ニャ」をつけるのが面倒くさくなってきたのか、イズシは普通に応じてくれた。
「アソン様の秘宝は、ここから少し離れた場所にあるんだ。ついておいでよ」
 そんなに大事なら、街の中に安置すればいいのに。


 そう思っていたが、俺は秘宝が祀られている祠に到着した瞬間、事情を理解した。
 乾燥地帯のど真ん中に、局所的に密林が発生している。
 中に入って、さらに驚いた。
 猫人より巨大なカボチャ。鈴なりのナス。季節外れのリンゴ。
 ろくに手入れもされていない畑に、異常なほどの作物が実っている。
「なんだこりゃ」
 人狼たちが呆れているが、俺は少し顔をしかめた。


 イズシは麦わら帽子でパタパタ扇ぎながら、得意げな顔をしてみせる。
「どうだい、立派なもんだろ? 食べ残しをそこらへんに捨てておけば、勝手に芽が出て実がなるんだよ」
 なるほど、働かなくていい訳だ。
「作物を食べにくるウサギや鳥を捕まえれば肉も手に入るし、なーんにも困らないんだ。人間の街に食べ物を盗みにいくなんて面倒臭いよ」
「確かにそうだな。これがアソンの秘宝の力なのか?」


「そうだよ。アソン様の秘宝が置かれた土地は、すごく豊かになるんだ。……まあ暮らすのには、ちょっと不便だけどね」
 かつてはここも街だったようだが、植物が爆発的に生い茂ったせいで石畳も城壁も破壊し尽くされている。道路も建物も木の根でボコボコだ。
 何を建てても数年で木が壊してしまうので、ここには住みづらいのだという。


 しかし住めはしないものの、みんなここに食料を求めて集まってくる。
 そこらじゅう、あちこちの集落からやってきた猫人だらけだ。収穫したりその場で食べたり、みんな好き勝手にやっている。
 俺は周囲の土壌をじっと見つめながら、ジェリク隊と共に歩き続けた。そして、秘宝が安置されている祠に入る。
 ここだけは猫人たちが頑張って手入れしているらしい。


 何かの宗教施設だったらしい祠は、古びてはいるが荘厳な建物だった。
 奥の祭壇に黄金の杯が置かれていて、仰々しい着物姿の猫人たちがなにやら熱心に拝んでいる。歌うような聖句も聞こえてきた。
「ナーミャーミャーナー、アソンアソン」
「ナーミャーミャーナー、アソンアソン」
 俺は思わず吹き出しそうになったが、彼らは至って真面目だ。失礼がないよう、俺は真顔を保つのに苦労する。
 するとイズシがヒゲをぴくぴくさせながら、自慢げに言った。
「あれがアソン様の秘宝だよ。猫人族の守り神みたいなもんさ」


 俺はそれをじっと見てから、落ち着かない気持ちでうなずく。
「ああ、立派な物だな。うん、凄くいいと思う。ありがとう」
 俺はそれだけ言うのが精一杯だった。
 ジェリクの脇腹をつつくと、急いで隊員たちを全員外に連れ出す。


「おいおい、どうしたんだよ大将? お目当てのお宝だろ?」
 ジェリクが不思議そうに言ったので、俺はミラルディア語でなるべく冷静に伝えた。
「今すぐここから離れよう。あれはまずい」
「そうなのか?」
 魔術師ではないジェリクたちには、よくわからないのも当然だ。


 だから俺は説明する。
「あの杯、確かに魔法の道具だ。それも稼動を続けている。ずっとだ。たぶん千年間ずっとな」
「それの何が問題なんだよ?」
「ええとだな……」
 俺は専門用語を使わないよう、頭の中で懸命に翻訳した。
「あの杯、周囲に満ちている魔力を吸い上げるのが目的らしいんだが、もう貯蔵の限界を超えてるんだ」


「あふれてるのかい?」
「ああ、このへんの作物がバカみたいな実り方をしているのは、そのせいだ。魔力はどんな力にでも変わる、万能の力だからな」
 魔力は未分化の力、未知の力だ。運動エネルギーにも化学エネルギーにも位置エネルギーにもなる。
 そして燃料などと同様に、何かの弾みで簡単に爆発する。
 魔撃銃の仕組みがまさにそれだ。


 あの杯はおそらく、周辺の土地から魔力を吸い込んでいる。それもかなり広い範囲でだ。そういう目的の道具なのだろう。
 だが今は集めた魔力を貯蔵しきれず、その場にぶちまけ続けている。
 ポンプで水を吸い上げているが、タンクがいっぱいなのでポンプの周囲が水浸しになっているような状態だ。
 本来あるべき状態とはたぶん異なる。
 そしてそういうのは一般的に、「異状」という。


 転移者アソンがこれを持ち帰ったときは、まだ魔力を吸い込むだけの装置だったはずだ。
 アソンは平安時代の日本人だろうから、こちらの魔術理論は何も知らない。こうなることは予測できなかっただろう。
 だが千年間も魔力を吸い込みまくったあの杯からは、魔力があふれ出て周囲の土地を汚染している。畑の異常な実りはそのせいだ。


 俺はジェリクたちに告げる。
「俺たちは今、油まみれで焚き火にあたっているのと同じだ。今この瞬間に魔力が暴走して、この森が吹き飛んでもおかしくない」
「大将がそこまで言うんなら、ずらかったほうがよさそうだな」
 ジェリクはまじめな顔をしてうなずく。
 だが彼はすぐに、こうも言った。


「でも大将のことだから、また無茶するんだろ? つきあうぜ」
「いや、無茶は滅多にしてないが……」
 あの装置の停止か回収は急務だ。俺は魔法装置は専門じゃないからわからないが、あれが暴走したら森が吹き飛ぶ程度で済まない可能性もある。
 俺はジェリク隊からジェリクとゲオルを残し、あとの二人を多聞院とアイリアへの急使として派遣することにする。


 すると祠から出てきたイズシが、握り飯をもしゃもしゃ食いながらのんびりと声をかけてきた。
「いいところでしょ?」
「あ、ああ……」
 イズシはヒゲについた米粒をつまんで食べながら、喉をごろごろ鳴らした。
「この平和がずっと続くと嬉しいなあ」
「俺も心からそう願っている」
 調査官のカイトと魔法職人のリュッコを、大至急ミラルディアから呼ぼう。
 どんな方法を使ってもだ。
※次回「鵺」の更新は6月15日(水)の予定ですが、書籍化作業がピークのため16日以降にずれ込む可能性があります。御了承ください。
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