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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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転生者として(前編)

283話


 千年前にこの大鳥居が最初に起動したとき、現れたのは若い男だったという。
 トキタカと同じ服装をしていたというから、狩衣姿だ。貴族か武士かわからないが、身分の高い人物だったことがわかる。
「その方は『アソン』とだけ名乗られました。最初は言葉がうまく通じず苦労しましたが、アソン様がこちらの言葉をすぐに覚えられたそうです」


「アソン」という響きを俺の脳内辞書で漢字変換しても、「朝臣」ぐらいしか出てこない。
 朝臣というのは地位を表す言葉だが、時代が下るにつれて名乗る人が増えていったので具体的に誰のことかはわからない。
 そもそも若い男なら、平安時代の日本で業績を残す前にこちらに召喚されたことになる。
 歴史に名前を残す暇もなかっただろう。


 そう、この鳥居は死者の魂を呼び寄せる「転生」ではなく、生きた人物をそのまま召喚できる「転移」の門だった。
 俺は転生者だから、この鳥居との関係がわからなくなってくる。
 トキタカは続ける。
「アソン様は神世の大鳥居から現れたとき、大変お疲れの御様子でした。しかしこの地の惨状をみて、言葉が通じないにも関わらずすぐに行動を起こされたのです」


 アソンはどうやら、カリスマ的な統率力を持つ人物だったようだ。彼は絶望の底に沈んでいた異世界の民を奮い立たせ、集団としての統率を取り戻すことに成功する。
 そしてアソンは、砂漠化を防ぐために不思議な術を使った。
 トキタカはしみじみと感嘆する。
「神聖な建物を規則的に配置することで、都市全体に魔力を帯びさせたのです。これは新しい発想でした」


 古王朝時代の魔術師たちなら都市計画に魔術理論を組み込むことぐらい思いつきそうなものだが、単純な発想ほど案外見落としてしまうのだろうか。
 とにかくアソンが提案した都市計画により、都はひとつの魔術紋を織りなし、謎の砂漠化に対抗することができたという。


「アソン様御自身はその概念を『陰陽』と仰っておられました。ただしそれをこちらの世界の理に合うように魔術紋を作ったのは、こちら側の魔術師たちです」
 アソンは人を使うのが抜群に巧かったようで、混乱はほとんどなかったという。これによって街は魔力によって守護され、砂漠化を免れた。
 砂漠化の脅威が去ったこの地を、アソンは「ワ」と名付けたそうだ。


 そして新しい法整備や社会基盤作りを進めた後、彼は忽然と消えてしまったという。
「元の……神世に戻ったのですか?」
「わかりません。砂漠の外の世界を見てみたいと常々仰っていたそうですから、ふらりと旅に出てしまわれたのかもしれません」
 最後まで正体不明なヤツだな。
 彼がどうなったのか、誰も知らない。


 その後、「神世の大鳥居」は定期的に転移者を召喚し続けた。見慣れない鎧に身を包んだ戦士、黒装束の不思議な隠密、謎めいた装束の聖職者、などなど。
 そのたびに新たな技術や概念がワに持ち込まれ、この国は飛躍的に発展を遂げたという。
 転移者たちの多くはワに定住し、ここで子孫を残した。
 多聞院の評定衆は全員、神世人の子孫らしい。たとえば観星家は忍者の末裔のようで、初代は神世で「ロッカク」という太守に仕えていたそうだ。
 残念ながら、俺にはどこの忍者かわからなかった。フミノを見て、てっきり武田の忍者かなと思っていたんだが……。


「神世人が現れる時期は一定周期、おおよそ二十年に一度だったようです」
「だった、というのは?」
 するとトキタカは溜息をついた。
「あの大鳥居はもう、動かないのです」


 ちょうどそのタイミングで、土まみれになったパーカーがうれしそうに叫んだ。
「ねえねえ、この下のとこ見て! 岩に亀裂が入ってるよ! 断面に魔術紋みたいなのが見えるんだけど、これが凄いんだ! どうやって自然石の中に立体的な魔術紋を……」
「あー、わかった、わかったから! 後で聞く」
 今のでだいたいわかった。


 俺はトキタカに向き直る。
「あの巨岩が、『神世の大鳥居』の本体なのですね。そしてそれが壊れてしまった」
「はい、そのようです。パーカー殿の仰る通り、自然石の中に魔術紋を、それも立体的に作った方法はわかりませんので、修復もできません」
 俺にもわからない。
 師匠にもわからないだろう。完全なオーパーツだ。


 神世の大鳥居の調子がだんだん悪くなってきたのは、この二百年ぐらいだという。徐々に起動間隔が延びてきたそうだ。
 さらに転移者が来なくなり、そのうちワの国に神世の記憶を持つ人間が現れるようになった。転生者だ。
 転生者たちの多くは、やはりワの国の発展に尽力してくれたようだ。神世人として子孫代々まで厚遇されるし、それはわかる。
 だがその転生者も現れなくなってしまった。
 焦った多聞院は、占星術師でもある観星衆に調査を命じた。


 トキタカはそのときの結果をこう話す。
「占星術の結果は驚くべきものでした。転生者の出現位置がワの領外だったのです。これは他国に神世の知識が広まってしまうことを意味します」
 転生者の知識は独占しておきたいというのが、ワの国の本音だ。気持ちはわかる。


「新たな神世人は風紋砂漠の遙か西、ミラルディア北西部かそれよりも西の大樹海であろうと推測されました」
 あ、たぶん先王様だ。
 やっちゃいましたね、先王様。


 観星衆は統一戦争期のミラルディアに潜入し、あちこちで神世人の情報を求めたのだが、何の手がかりもつかめなかったそうだ。
 そりゃそうだろう。そのときの転生者は人間ではなく竜人族、それも山奥で暮らす赤鱗氏族の集落にいたんだから。
「その次の起動は何とか成功しましたが、間隔が七十年も空いてしまいました。しかも転生先はやはりワの外で、ミラルディア南西部かその西の大樹海でした」
 たぶん俺だ。
 なんかすみません。


 トキタカは続ける。
「事態を重くみた多聞院は数年前、大鳥居起動に魔術的な介入を施すことを決定しました。八人の術者を用意し、神世から来る魂を逃さないようにしたのです」
「危険ですよ、それは」
 作動中の魔術装置に介入するのは、工場の巨大な機械に人間が手を突っ込むようなものだ。


 案の定、トキタカは深い溜息をもらした。
「はい。幸いにも死者は出ませんでしたが、儀式は完全に失敗したようです。……それと、不思議なことが起きました」
「なんですか?」
「儀式に参加した術者は、それぞれが対になるよう二の倍数を重ねたもので、八人です。それは間違いないのですが、公式記録には七人しか残っていないのですよ。私も術者全員と面識がありますが、どうしても七人しか思い出せません」


 俺は少し考え、一番ありそうな可能性を口にする。
「七人しかいないから儀式が失敗したのでは?」
「まさか、国家的な事業ですよ。一人欠けていたのなら、円陣を組んだときに誰でも気づきます」
 つまり参加したのは間違いなく八人ということか。


 俺はそのとき、前世でよく読んだ怪奇作品を思い出す。
「となれば、過去改変でしょうか」
「過去改変、とは?」
 トキタカが不思議そうな顔をしたので、俺はぎこちない説明で返す。
「八人目の術者は確かに存在していたのですが、何かの作用で過去の歴史が書き換わり、八人目の人物は『最初からいなかった』ということになってしまったのです」


 消えてしまった八人目の術者がどうなったのか、俺にはわからない。
 もしかすると大鳥居に吸い込まれてどこかに飛んでいったのかも知れないし、文字通り消滅してしまったのかもしれない。
 だが神世の大鳥居の規模を考えれば、その程度の犠牲で済んだのは奇跡だ。
 気の毒だが、俺はホッと安堵する。


 ただし、この代償は決して小さくはなかった。
「パーカー殿の御指摘通り、あの巨岩は割れてしまいました。もう動かせませんし、直す方法もわかりません。その証拠に、何の魔力も感じられないでしょう?」
「ああ……確かに」
 パソコンでいえば、待機電力やバッテリーの残量すら感じられない状態だ。
 この魔法装置は動いていない。


 そのときの召喚で呼び込まれた転生者がどうなったのか、多聞院でも把握していないという。
「この世界のどこかに転生していれば、必ずわかります。しかしどこにも反応がありませんので、召喚自体が失敗したのでしょう」
 トキタカはそうつぶやいたが、俺は違うことを考えていた。


 この転生門が過去にまで干渉してしまうのなら、あの転生者と結びつけることができる。
 三百年前にロルムンドを脱出した奴隷剣士・ドラウライトだ。魂の召喚には成功したが、転送先は三百年前のロルムンドだった……というのは突飛すぎるだろうか。
 だが彼の現代的な登山技術は、そうでも考えないと説明がつかない気がする。


 ふとトキタカを俺を見つめ、質問してくる。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……なんでもありません。この鳥居について、魔術的に検証していました」
 もし今の仮説が事実だった場合、こいつはかなり危険な代物になってしまう。
 もう下手に動かさないほうがいい。


 俺は神世の大鳥居を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「つまりこの装置は、もう使えないということですね」
「はい。残念ながら……」
 トキタカも同じように大鳥居を見上げ、残念そうにつぶやく。
「ねえヴァイト、これ修復は無理だろうけど、みんなで解析してみないかい? ゴモヴィロア門下総出でやれば、きっと何かわかると思うんだ」
 パーカーの脳天気な声が、やけに大きく響いていた。
※次回「転生者として(後編)」の更新は6月6日(月)の予定です。
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