第三師団の軍議
28話
トゥバーン攻略の最後の相談のために、第三師団の諸将がリューンハイトに集まってきた。
太守の館の一室を借りて、俺たちは手順などの確認を行う。
「トゥバーンの城門って、どれぐらい分厚いのかしらねえ」
吸血鬼の女王、メレーネ先輩が頬に手をあてて首を傾げている。
先輩は師匠の一番弟子で死霊術の達人だし、交渉事や戦略面でも才能を発揮しているが、戦術に関してはほとんど素人だ。
「先輩、自分とこの城門思い出してくださいよ」
「ベルネハイネンの城門、鉄格子だけなのよね……」
古都として名高く風光明媚なベルネハイネンは魔物的には全く魅力がなく、その程度の防備で事足りていたらしい。
リューンハイトの門扉ぐらいの厚さなら苦労はしないのだが、ミラルディアの工房として新技術を開発し続けてきた都市だ。
そう簡単にはいかないだろう。
メレーネ先輩の強みは、人間を吸血鬼化して下僕にするところにある。
というか、それ以外ではほとんど期待できない。敵の総司令官を吸血鬼化して、裏切らせることが唯一最大の必勝法だ。
この世界の吸血鬼は日光や聖印は何ともないが、空は飛べないし、変身もできないからな。意外に地味だ。
「ヴァイト、今私のことを役立たずだと思ったわね?」
「思ってませんよ?」
「城門なんか破らなくても、センパイが城門飛び越えて……なんだっけ、『ソウルシェイカー』だっけ、あれやればいいんじゃないかな?」
そうお気楽に言ったのは、新弟子のフィルニールだ。この人馬族の少女は都市に来るのが初めてらしく、今は窓ガラスの匂いを嗅ぐのに夢中になっている。
「あれは元々、魔法戦で優位に立つための術だぞ。効果範囲はそんなに広くないし、連発できないから無理だ」
それに、トゥバーンの城壁に固定式の大型クロスボウが大量に配備されてるのは知ってるんだ。
投げ槍みたいなバカでかい矢が急所に刺さったら、いくら人狼の俺だって死ぬ。
「やはり最初は骸骨兵で押し潰す作戦になるかのう」
そう呟いたのは、我らが師匠・大賢者ゴモヴィロアだ。
死者の軍勢を無限に召喚できる師匠は、歩く兵站拠点だ。
とはいえ、他の公務を全部ほったらかしにしても、一日に補充できるのは百体ほど。千体失えば、師匠が十日間何もできなくなってしまう。
最高幹部は、兵の補充ばかりもしていられないのだ。
実のところ、魔王軍には包囲戦のノウハウがない。
そりゃそうだ。この間までは辺境で人間の魔物討伐軍と小競り合いをしていた集団だ。
城塞都市を包囲攻撃するなんて、誰も経験したことがなかった。
まあそれは人間側も似たようなもので、ミラルディア国内には城攻めの専門家はもうほとんどいないはずだ。統一戦争からずいぶん経っているからな。
さらに俺が一番困っているのが、魔族に共通する悩みだ。
兵種の転換ができないのだ。
たとえば人馬族は優秀な騎兵だが、都市に突入しても下馬できない。別に騎乗してる訳ではないので当たり前だ。
一方、トゥバーンの誇る弓騎兵たちは、下馬すれば弓歩兵としても運用できる。
この差がいつも決定打となって、過去の魔族は人間との戦争に負け続けてきた。
そういえば前世のゲームでも、魔物系のユニットは成長率が低かったり、装備に制限があったり、選択できる兵種が少なかったり、色々あったなあ。
工業都市トゥバーンは大通りこそ資材の搬入用に広くとってあるが、街の中は大小さまざまな工房だらけでゴチャゴチャしているらしい。
小回りのきかない人馬兵にとっては不利な環境だ。突入後の交戦は、かなりつらいものになるだろう。
だから城門突破であまり消耗させる訳にはいかない。
一方、骸骨兵は使い捨てにできるし、狭い場所でも難なく戦えるものの、全自動戦闘人形だから細かい判断はできない。
市民と衛兵の区別がつかないし、降伏されても理解できないから、こいつらを市街戦に投入すると大虐殺になってしまう。
俺たちの任務は占領であって、破壊でも虐殺でもない。
第二師団から巨人族の投石兵でも呼んでくれば城門ぐらい簡単に潰せるし、第一師団の竜人兵がいれば市街戦も楽なのだが、あいにくとどちらも呼べる状況ではない。
強力な魔族の多くは種族ごとにだいたいの兵種が決まっていて、人間のように柔軟な運用ができないのが頭の痛いところだ。
俺の人狼隊は数が少ないし、犬人隊では大した戦力にならない。メレーネ先輩の吸血鬼隊は、正面きっての戦闘は苦手だ。それに各隊、占領地での任務がある。
なかなか理想的な状況で戦争できないのがつらいところだが、それを何とかするのが我々指揮官の仕事だ。
さて、どうしたものか。
城門を突破するための作戦計画は用意できているのだが、城門の強度などの情報が足りないため、確実性が乏しい。
市街戦は……もう損害覚悟で人馬隊を投入するしかないな。フィルニールも覚悟はしているようだ。
ただ損害を出すことにまだためらいがあるようで、フィルニールはメレーネ先輩にすがるような視線を送った。
「あの、メレーネせんぱ……メレーネ様がトゥバーン太守を吸血鬼化しちゃうのはダメですか?」
俺のときと言葉遣いがまるで違う。
どうやら先輩にこっぴどく叱られたようだな。
よく見ると、フィルニールが痛そうに後頭部をさすっている。初対面のときにさっそく殴られたらしい。
メレーネ先輩は少し考える様子をみせたが、すぐに申し訳なさそうに首を振った。
「うーん、ちょっと無理ねえ。緒戦は奇襲が成功したからいいけど、今はもう人間側も警戒してるわ。私もヴァイトも、簡単な魔法で正体がバレちゃうのよ」
人間たちだって、伊達に俺たちと何百年も争ってる訳じゃない。
魔術師なら見習いレベルでも使える、初歩的な魔除けのおまじないがある。それで俺たちが魔族だということは簡単にわかってしまう。
だから俺たち人狼の祖先は街を離れ、子々孫々ずっと隠れ里に閉じこもっていたのだ。
結局話はまとまらないまま、会議は同窓会の様相を呈し、いつしか話題は修行時代を懐かしむ流れになってしまった。
俺たちは大学の研究室みたいな集まりなのでわからなくはないが、俺としてはちゃんとプランを立てたい……。
そのときドアがノックされ、遠慮がちにアイリアが入室してきた。
「お初にお目にかかります。リューンハイト太守のアイリア・リュッテ・アインドルフです。ささやかですが、夕食を御用意しております。後ほど食堂にお越しください」
男装の美女の登場に、たちまち女性陣が色めき立つ。
「ヴァイト、この綺麗な子がここの太守なの!? なんで教えてくれなかったのよ! きゃーっ、かっこいい!」
「先輩が美形を見ると、性別の見境なしに血を吸おうとするからですよ。いい加減、その悪癖改めてください」
アイリアが吸血鬼化してしまったら、俺の統治方針が根底から崩れてしまう。彼女には人間のままでいてもらわないと困る。
「お師匠様、もしかしてセンパイってモテるんですか?」
「さて、どうかのう。こやつは堅物じゃからの。そうそう、修行時代の面白い話が……」
ちびっこ師匠と人馬少女が、子供みたいな顔をして嬉しそうに話をしている。恋に恋する中学生みたいだ。
「アイリア殿は魔王軍との協調路線を歩んでくれている、大事な戦略的パートナーです! そういう邪推はやめていただきたい! 彼女に失礼です!」
「やっぱりセンパイのパートナーなの!?」
「だから邪推するなと言っている!」
俺はその後みんなが帰るまで、アイリアとの仲を疑われ続けた。
おかげで大事な提案をしそこねたが、もう勝手に準備することにしよう。魔術師の集団に包囲戦の計画を立てさせるのが、そもそも無理なんだよな……。俺だって専門的な知識がある訳じゃない。
規模は大きくなったが、魔王軍にはまだまだ人材が不足しているのだ。
次の謁見のときには、魔王軍の特色に合った包囲攻撃の開発を魔王に提案するぞ。絶対にだ。
出撃の支度を整えながら、俺はそう誓った。