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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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塩の追憶

272話


 翌日、俺たち一行を乗せた船は漁業都市ロッツォを出港した。
 真っ白な帆が風を受け、舳先が波を切って進んでいく。
「座っていれば着くから楽だな」
 俺はデッキで波を見ながら、のんびり笑う。
 今回は船酔いしない連中ばかりなので、以前のように手当てに追われる心配もない。


 船は陸地沿いに進んでいくが、ここから見える陸地は鳥取砂丘のような光景だ。砂しかない。風が強いのか、砂塵でぼやけている。
「風紋砂漠ですね」
 マオが俺の視線に気づいたのか、陸地を見つめて言った。
「ミラルディア同盟ができる遙か昔、ワの国ができた頃から存在する大砂漠ですよ」
 マオはワの国の出身で、はるばるミラルディアまで渡ってきた男だ。


「お前は砂漠を渡ってきたのか?」
「まさか。風紋砂漠は、巨大な砂虫やその他にもよくわからない怪物が出没する場所ですよ。安全な経路は専門の隊商しか知りませんし、商売敵には決して教えません」
「じゃあ船か?」
「ええ、密航同然で……親切な船乗りに助けられました。その後がまた大変でしたが」
 マオは昔を思い出すようにしみじみとつぶやき、深い溜息をついた。


「おかげで、信用できる人間とそうでない人間の区別は難しいということを学びました。もっと言えば、信用できる人間がある日突然信用できなくなるのが、人間という生き物なんです」
「よくわかるよ」
 俺にも前世で経験があるし、俺自身も他人の信用を失うような失敗を何度もしている。
 たぶん今世だって、気づいていないうちにそんな失敗を幾度もしているだろう。


 マオはふと俺を見て、ニヤリと笑う。
「ヴァイト様は私の身柄を多聞院に引き渡したりはしないと信じていますよ?」
「そいつはどうかな? お前を犠牲にしてワの国との外交を円滑に進められるのなら、俺は躊躇しないぞ」
 俺もニヤリと笑う。
 するとマオは笑ったまま、こう返した。


「ではヴァイト様に私を手放すのが惜しいと思われるよう、せいぜいお役に立ってみせましょう。都に着いたら、鮮魚料理の老舗を御紹介しますよ」
「困ったな、それでは貴殿の身柄を多聞院に引き渡せないぞ……」
 俺が芝居がかった口調で悩んでみせた後、俺とマオは顔を見合わせて大笑いした。
 実に悪役っぽくて楽しい。


 風紋砂漠を左に眺めながら、東に進む船。
 島蛸みたいな怪物が現れないか少し心配だったが、昨年一匹退治したからまだ大丈夫なようだ。そのうちまた駆除要請が来るだろうから、準備をしておかないとな。
 数日後、船はワの国の支配海域へと入り、港に到着する。
 いよいよワの国だ。


 しかし俺は到着早々、少しがっかりしていた。
 確かにワの国は、和風テイストあふれる国だった。人々は着物によく似た服を着ているし、町並みは木造家屋に瓦葺きだ。日本人だった俺でも、「あ、ここ日本っぽい」と思える。
 だが日本は日本でも、文明的には江戸時代ぐらいの街並みだ。もっとも俺は本当の江戸時代の街並みを見たことがないから、時代劇のセットと比較しての感想だ。
 とにかくこれは江戸時代の日本だ。
 つまりそれ以降、この国は全然発展していないことになる。
 現代人の転生者がいるなら、もっと変化していてもおかしくはない。


 とはいえ俺がいるリューンハイトもヨーロッパの古い観光地みたいな街並みだし、がっかりするのは早いかもしれないな。
 そんなことを考えながら、俺は一行と共に下船した。
「懐かしいな……ここはナギエです。ロッツォみたいな街ですよ。塩も作っています」
 少し嬉しそうな顔でマオがそう言う。


 フミノが俺を振り返った。
「このまま海路で都まで行く方法もありますが、天候の影響を受けますし、大きく迂回することになります。都までは歩いても二日ほどですから、予定通り陸路で参りましょう」
「ああ、わかった。宿と馬の手配を頼めるかな?」
「はい、お任せくださいませ」
 にっこり笑うフミノ。
 任務になると利害が対立しがちだが、根本的にはいい人っぽいんだよな。


 ワの国では、古王朝時代の言葉がそのまま使われている。
 俺とパーカーはゴモヴィロア門下の魔術師なのである程度の会話ができるが、人狼隊は全く言葉が通じない。
 何かトラブルがあっては困るので、俺たちは埠頭で待つことにした。
 積み荷を上げ下ろしする人足や船乗り、それに商談に忙しい商人たち。漁船も出入りしている。
 活気のある街だ。
 時代劇のセットに迷い込んだ気分だな。


 そのとき俺は、背後から人が静かに接近する兆候を感じた。
 反射的に警戒した俺は、半歩動いて振り返る。
「おっとと……こいつはすみません」
 つんのめりそうになりつつ愛想笑みを浮かべているのは、着物姿の若い男だ。
 こいつ、嫌な匂いがするな。
 他人を欺こうとするときの匂いだ。


 男は俺の視線に気づいたのか、ぺこりと一礼して慌てて去っていく。
 慌てすぎたせいか、今度はマオにぶつかった。
 その瞬間、マオが腰を落として踏み込んだ。
「ふっ!」
 なんだ?
 そう思った瞬間に俺の動体視力が反射的に加速し、マオの手の動きを捉える。
 マオは男の右手首をつかむと、ひねりながら踏み込み、グッと押し上げた。


「うぐわっ!?」
 男が悲鳴をあげるが、手首と肘が完全に極まっているので肩しか動かせない。
 肩の関節でマオの力を逃がそうとした結果、男はたまらずに自分からひっくり返ってしまった。
 よくわからないが、合気道みたいな動きだ。


「おう、なんじゃなんじゃ」
 木箱に腰掛けていたウォッド爺さんがのんびりと、しかし目に闘争の光を輝かせながら立ち上がる。
 その頃にはもう、マオは男を完全に取り押さえていた。
「ヴァイト様、こいつスリです。私の財布を盗もうとしていました」
「なるほど」
 確かにさっき、俺に対しても妙な動きを仕掛けていたな。
 男が右手に持っているのは、確かにマオの財布だ。


 このスリ、異国人の金持ちを狙ったつもりなのだろう。だが相手が悪かったな。
「人狼隊、こいつを拘束しろ。逃げるようなら手足の一本ぐらいはもいでいいぞ」
「ひいぃっ!?」
 包囲されて真っ青になったスリ。
 すぐに港の役人が駆けつけ、ナギエの衛兵隊がスリを連行していった。
 どうやら常習犯らしいが、他国の使者を狙ったので今度という今度は厳罰を与えると役人が確約してくれる。
 そういう意味でも相手が悪かったな。


 俺はそれよりもマオの技に興味を覚えていた。
「マオ、今の技は?」
「え? ああ、コグソクのことですか」
 小具足?
 マオの説明によると、今使ったのは「小具足術」と呼ばれるワの武術なのだという。
「具足」は鎧兜、「小具足」は手甲など細部の防具だ。
「ミラルディアでもそうですが、戦場では重装甲の戦士たちは組み討ちで決着をつけるでしょう? そのときに使う技ですよ」


 ベースとなる戦場用の「具足術」から使いやすくて致命傷を与えない技だけを抜き出し、改良したものが「小具足術」らしい。簡易版といったところか。
「商人のお前が、なんでそんな技を?」
「町道場で習いました。盗人や酔っぱらいを捕らえるのに使うんですよ。その後で役人に突き出します」
「なるほどな」


「元々が相手を組み伏せる技ですから、商人にはちょうどいいんです。相手を突き飛ばしたりすると、近くにある商品が壊れますからね」
 本来は鎧武者たちが命を懸けて使う技だが、商人たちにとっても便利な技らしい。
 それにしてもこれは、前世の雰囲気が色濃く感じられる技だ。


「俺も少し習ってみたいな。どこに行けば習える?」
「人狼のあなたが習うんですか? こんな技かけなくても、腕ごと引きちぎれるでしょうに」
「まあそうなんだけど……」
 前世との関係を知りたいのだが、それ以外にも利用方法はある。


「相手を殺さずに捕らえる技は、平和になれば今後ますます必要になってくる。戦場以外で武人が務めを果たすとなれば、むやみに殺す訳にもいかないだろう?」
「なるほど、そういうことですか」
 マオが感心したように俺を見てくるが、それは理由の半分なのでそんなに感心しないでください。


「具足術の道場はどの街にもありますが、私はここナギエで学びました。昼食の後で御案内しましょうか?」
「ああ、それはちょうどいいな。少し街の様子も見ておきたいし」
 おもしろそうだ、ちょっと寄り道していこう。
※次回「達人と達人」の更新は5月11日(水)です。
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