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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

271/413

汝は何者なりや?

271話


 俺は人狼に変身したまま、ペンを机に戻す。
 密書は古王朝時代の言葉で記されていた。ワの国の公用語だが、魔術師の俺には容易に読み取れる。
 密書の内容は公開情報ばかりだが、よく調べて裏付けを取っているようだ。
 ネットもテレビもない世界だから、前世とは情報の重みが違う。
 評議会に気づかれないようにこれだけ調べるのは、かなりの労力と慎重さを要する。


 幸い、本物の勇者アーシェスのことや、魔王軍の黒色火薬、それに開発中の魔撃銃のことなどは記されていない。これらは機密情報だ。
 魔王軍や評議会の内部では、しっかりと秘密は守られているようだ。「知る必要のない者には教えない」という方針が守られているからだろう。
 もっともフミノが密書に書いていないだけで、本当は情報を得ている可能性もある。
 当面は監視が必要だな。


 それに草がいるというのは予想外だった。
 そういえば工芸都市ヴィエラには、和風の弦楽器を扱う楽士や職人たちがいる。あの中に紛れ込んでいるのかもしれないな。
 あるいは和紙を扱う業者か。絹織物の業者も怪しい。
 太守のフォルネに相談しておこう。


 俺は「草」という表記に気づいていないふりをして、フミノを見下ろした。
「間者は間者、ということか」
「はい」
 微かに震えながらも、フミノは俺を見上げている。
「ですが、なぜこの書状を書いているとお気づきになったのですか?」
「気づかれないとでも思っていたのかね。当然、監視はしている」
 俺は牙を剥いて笑う。


 ここは漁業都市ロッツォの高級ホテルだ。
 実はここ、太守ペトーレが謀略に用いる場所でもある。壁の一部が薄くなっていて、隣室から盗聴できるようになっている。
 今回はモンザたち人狼隊女性陣が待機していて、フミノが何か書き始めたようなので俺に連絡してくれた。
 それだけだ。


 俺は笑うのをやめて、フミノに顔を近づける。
「さて今度は俺が質問する番だ、ミホシ・フミノ。『神世人』とは何かな?」
 返事はない。
 フミノは俺を見つめたまま無言だが、微かに震えていた。
 俺は人狼の姿のまま、彼女を軽く威嚇する。
「答える気はない、ということか」


 フミノはビクッと震えたが、やはり質問には答えなかった。
「も、申し上げる気はございません」
「答えぬ気ならば、聞く方法はいくらでもある。貴殿を殺して死霊術にて魂を引きずり出し、問いただすこともできる」
 やるつもりはもちろんないが、パーカーなら技術的には可能だ。
 特に殺すだけなら、一秒とかからない。


 フミノは真っ青になっていたが、それでも答えようとはしなかった。
「か……覚悟はできております。私は決して口を割りませんので、どのようにでもなさってくださいませ」
「ずいぶんと覚悟が良いのだな。だが素直に話せば、お互い何事もなく平穏に済ませられるのだぞ?」
 どうせ敵に情報が渡ってしまうのなら、素直に白状してしまうほうがいいと思うんだが。


 するとフミノは俺を見上げ、きっぱりと言った。
「ワの国、多聞院の手の者は、殺されようとも口を割らぬ。そう思って頂けるのでしたら、命果てる甲斐もございましょう。私の後に続く者たちへの助けとなります」
 彼女からは、嘘をついている匂いがしない。完全に本気だった。
 見た目は巫女でやっていることは忍者だが、彼女の中身は侍だな。


「見上げた覚悟だ。尊敬に値するな」
 前世の俺だったら、人狼に詰問されたら即座に全部白状していただろう。その点、やはりプロフェッショナルは違う。
「もちろん貴殿を殺す気などない。話す気がないのであれば、いずれ話す気がなるまで待つとしよう。その書状も国元に送るといい」


 俺がそう言うと、フミノは不思議そうな顔をする。
「送ってもよろしいのですか?」
「構わんよ」
 送るところを監視して、誰に密書を預けるか確認しておきたい。
 密書に記されているのは、公開されている、あるいは公開予定の情報がほとんどだ。別にいいだろう。
 それに「神世人」というのは、転生者かそれに類する存在のことだろうと推測できる。
 無理に聞き出す必要はない。


 俺は人狼化を解いて人間の姿に戻り、フミノに告げる。
「貴殿は俺が何者か探っているようだが、答えには決してたどりつけないだろう」
「なぜ、そう断言できるのですか?」
 俺は思わず苦笑する。
「俺にも自分が何者なのか、わからないからだよ」
「それはいったい……?」
 困惑するフミノだが、俺も困惑しているところだ。


 俺はときどき、自分が何者なのかわからなくなる。
 体は人狼。だが心は人間。
 魔族の戦闘集団である魔王軍に所属し、人間の指導者集団である評議会にも所属している。
 生まれたときからミラルディア領で生活しているが、身に染み着いているのは日本の文化だ。
 人間か人狼か、武官か文官か、日本かミラルディアか。


 今までずっと「魔王の副官」としての判断を優先してきたが、心の奥底に迷いは常にあった。
 アイリアとの出会い、ユヒト司祭の陰謀、勇者アーシェスとの対決、皇女エレオラとの死闘、ドニエスク家との抗争。
 どれも難しい判断を迫られ続けた。
 何とか切り抜けられているが、それは運が良かっただけで、決して「功績」などではない。


 特にボリシェヴィキ公のときはギリギリの判断だった。
 一番重要な「魔王の副官」としては、魔族への協力者の助命は当然の判断だ。ロルムンドの魔族も保護できたしな。
 しかし「皇女エレオラの協力者」としては、あまり理想的は判断とはいえないだろう。エレオラが将来苦労するかもしれない。
「ミラルディア連邦評議員」としては、答え合わせはこれからだ。
 そして一方で「日本人からの転生者」としては、流血が避けられてホッとしている。


 出世するにつれて俺の立場は複雑になり、ただでさえややこしい出自を持つ俺は迷うことが増えてきていた。
 このままではいつかきっと、判断を誤る日が来るだろう。
 考え込むうちにだんだん混乱し、怖くもなってきた。
 だから俺は笑ってごまかす。
「俺が何者なのか、わかったら教えてくれ。俺も興味がある」


「あっ、あの、ヴァイト殿?」
 俺は彼女の声には応じず、背を向ける。
「寝所に押し入って済まなかった。今夜のところは失礼する」
 こういうとき、先王様がいてくれたら相談できたのにな。
 まったく困ったお方だ。勝手すぎますよ。
 深い溜息をついてから、俺はフミノの部屋を後にした。
※次回「塩の追憶」の更新は5月9日(月)です。
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