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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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笑う追跡者

267話


 しばらくはリューンハイトで地味な副官業務に専念していた俺だったが、不意に転機が訪れた。
「ワの国からの使者?」
 俺は新型魔撃銃の開発命令書にサインをしながら、ふと首を傾げる。
「評議会ではなく、俺個人に用があるのか?」


 すると取り次ぎを担当したファーンお姉ちゃんが、肩をすくめてみせた。
「なんかね、ベルーザでヴァイトくんが作らせた祠を見たらしいよ。誰が作ったのか尋ねてまわって、それでここまで来たんだって」
 ああ、慰霊のために作ってもらった島蛸神社か。
 すっかり忘れてた。


「参ったな、次の会議の資料を作らなきゃいけないんだが」
 英雄ドラウライトの一行がロルムンドから持ち出した秘宝について、所在の確認調査を予定している。以前にエレオラから聞いた話によると、どうやらとんでもない代物が何点か流入しているらしい。
 その調査の人選と予算について、評議会で相談しようと思っていたところなんだが……。
 しょうがない、ワの国の使者となれば会わない訳にもいかないだろう。


 俺は書きかけの書類を引き出しにしまい、大きくのびをして立ち上がった。
「すぐに会おう。遠方からの使者だ、待たせては悪い」
 俺がもう一人いたら、こういうときに楽なんだけどな。
 いや、もう二人いたら俺は隠居できるな……。
 隠居したら魔術の研究と魔物の生態調査に没頭して、前世でなれなかった生物学者になるんだ。
 まあそれはそれとしてだ。


 俺は応接室で、その人物と会っていた。
「はじめまして、ヴァイト殿。私はワの国の『多聞院』に所属する者で、ミホシ・フミノと申します」
 巫女さんのような服装の若い女性は、そう言って静かに一礼した。背筋がピンとしていて、楚々とした女性だ。
 俺も会釈する。
「ミラルディア連邦評議員にして魔王陛下の副官、ヴァイトだ。多聞院というと、こちらの評議会のようなものとお聞きしているが」


 するとフミノは真顔でうなずいた。
「はい、ワの国の統治機関です。私は公氏の中では末席で、あくまでも多聞院の使いですが」
「公氏?」
「貴族のようなものとお考えください。市井の者は民氏と称します」
 もしかすると、前世でいう「公家」と「民家」みたいなものかな。
 ますます興味が出てきた。


 だがまずは、先方の用件を聞いてからだ。
「今回は評議会ではなく私個人に御用とお聞きしているが、どのような御用件かな?」
 フミノは静かに目を細め、俺をじっと見つめる。
「ワの国でよく用いられている宗教的な様式を、こちらの海賊都市ベルーザで見かけました。製作を命じられたのがヴァイト殿とお聞きして、事情を伺いたく参上した次第です」


 ここまでは聞いていた通りなので、俺は重ねて問う。
「それを聞いて、いかがなさる?」
 するとフミノの冷静な反応に、ほんのわずかだが綻びが感じられた。
「……人狼の方々は、人の発する匂いで嘘を見抜くとお聞きしております。それゆえ、今は申し上げることができません」
「正直には言えない、ということか?」
「はい」
 ある意味、すごく正直な人だ。


 フミノは淡々と言葉を紡ぐ。
「お教え願いたいのは、あの様式をどこでお知りになったか、そしてなぜそれをベルーザで用いようと思ったか、それだけにございます。御都合が悪ければ、それ以上はお尋ねいたしません」
「ふむ」
 俺は腕組みした。
 たぶんワの国にも神社があるのだろう。
 だがワの国と無縁の俺が、これまたワの国とは無縁に近いベルーザで神社なんか作ったから、不審に思っているようだ。


 俺の素性を疑っているのかもしれないし、あるいは宗教的にまずかったのかもしれないな。
 適当にごまかしておくか。
「私は魔王ゴモヴィロア陛下の弟子ゆえ、あのようなものも多少は知っている。島蛸のような怪物の霊を弔うなら、あれが適当であろうと思った。それだけだよ」


 フミノはしばらく俺をじっと見つめていたが、小さくうなずいた。
「そのお言葉、多聞院にお伝えいたします。ですが、ヴァイト殿も何かを隠しておいでですね」
「お互い様だ」
「ええ」
 真顔でうなずきあう俺とフミノ。
 そっちが正直に言わないから、こっちも正直に言えないんだぞ。


 俺は少し席を立ち、隣室に下がって考え事をする。その間に茶菓子でも用意させることにした。
 ワの国とは交易の話もしたいから、あの使者をこのまま帰すのは惜しい。それに個人的な興味もある。
 それには少し距離を縮める必要があるが、うまい方法が見つからないな。お互いに素顔をさらけ出していないから、一向に話が進まない。
 世間話でもしながら、少しずつ間合いを詰めていこうか。


「やあヴァイト、ワの国から使者が来……」
 部屋に勝手に入ってきて、馴れ馴れしく声をかけてきたパーカーに、俺は釘を刺しておく。
「あんたは絶対に顔を出すなよ。話がややこしくなる」
「君は僕のことを誤解しているね?」
「これ以上ないぐらいに正確に理解しているとも、敬愛する兄弟子殿。だから黙れ」
 今は微妙なタイミングだから、こいつのせいで話がこじれる可能性がある。


 しかしパーカーは全くめげずに、しつこく俺に絡んでくる。
「もちろん顔を出さない方法はあるんだよ。ほら、こうして頭の骨だけ外して」
「そういうところが問題なんだよ。最初ぐらいは人間のふりしててくれ」
「しかし素顔をさらけ出さないと話は進まないだろう?」
 さっき思っていたことをそのまま言われ、ドキリとする俺。


「うまいこと言いやがって! いつもいつも、俺の心でも読んでるのかアンタは!?」
「えっ、何!? 僕またなんかいいこと言っちゃった?」
「言ってない!」
 俺は兄弟子をゆさゆさ揺さぶる。
 こいつを野放しにしてるのは誰だ。


 するとそのとき、隣室から変な声が聞こえてきた。
「ぷふっ、あははっ、あははははっ……」
 俺とパーカーは顔を見合わせる。
「隣の部屋にいるのは誰だい?」
「ワの国の使者だが……」
 間違いなくフミノの声だが、なんでいきなり笑ってるんだ?


 俺とパーカーがそっとドアを開けると、フミノがソファの上で身悶えしている真っ最中だった。
「な、何この落差は……こっ、黒狼卿っ……ふっ、ふはっ! おなかくるしい……」
 俺はパーカーと、もう一度顔を見合わせた。
「どうやら彼女、君と僕の会話を盗み聞きしていたようだよ」
「それでなんで爆笑してるんだ?」
「さあ……」


 そのときフミノは俺たちの視線に気づいたようだ。笑い転げたまま、ハッとしたような表情をする。
 それから風を切るような速さで、フミノは姿勢を正した。
 乱れた襟元を整え、澄ました顔で俺を見つめる。
「どうされましたか、ヴァイト殿?」
「こっちの台詞だ」


 俺は大股で彼女に歩み寄ると、ぐぐっと顔を近づけた。
「盗み聞きとは感心しないな、フミノ殿?」
「いえ、何も?」
 知らん顔をしてみせたフミノだが、俺の肩越しにパーカーがニュッと顔を出す。
「やあ君がワの国の使者かい? 僕はパーカー! ヴァイトのお兄ちゃんさ! 君は妹かな?」


 緊急事態が発生したので、俺はパーカーの肩をつかむと隣の部屋に押し込んだ。
「失礼した。あれはどこかの馬の骨だ」
「馬じゃないよ! れっきとした人の骨だよ!」
「そういう話じゃねえって言ってんだろうが! 引っ込んでろよ、もう!」
 せっかく頑張って威厳を出そうと取り繕ってきたのに台無しだ。


 床に散らばったパーカーが、カチャカチャと勝手に組み上がっていく。
「だからどうして、僕を邪険に扱うんだい!?」
「胸に手を当てて考えてみろよ!」
「おやおや、胸がないね?」
「うぜえ! それ何度目だ!」
 ソファの上でフミノが悶絶しながら爆笑している。
 なんなんだこれは。


 それからパーカーが調子に乗ってフミノを笑わせ続け、悲鳴をあげたフミノが降参したところでようやくこのバカ騒ぎが終わった。
「た、大変……失礼、いたしました……」
 ハアハアと息を整えながら、フミノが努めて平静を装う。
 完全に手遅れだ。


 完全に観念したのか、フミノは伏し目がちに俺に告げる。
「私は密偵としての訓練も多少受けておりまして、隣室の会話ぐらいでしたら聞き取ることができます」
「密偵、ですか」
「はい。正攻法では聞き出せない情報もありますから」
 巫女さんだけでなく、忍者要素もあるのか。
 この人個人にも興味が湧いてきたぞ。


 ヴァイト卿が隣室に引っ込んでいる間に、側近と何か重要な会話をするのではないか。
 そう期待していた巫女忍者フミノだったが、聞こえてきたのが兄弟子とのバカトークだったので爆笑してしまったようだ。
 笑うような会話じゃないと思うんだけどな。
 ワの国の人は笑いのツボが違うのかもしれない。


 ともあれ、なんだか少し親近感が湧いてきた俺は、彼女ともう少し話をしてみることにした。
※次回更新「糖蜜酒の宴」は5月2日(月)です。
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