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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「夏至祭のアイリア」

264話(夏至祭のアイリア)


 館の北側の部屋で、私はぼんやりと夜景を眺めていた。着慣れないドレスの裾が夜風になびく。
 太守として街のあちこちで夏至祭の祝辞を述べてきたが、今夜の務めは終わりだ。ここからは私人としての時間を過ごせる。
 あの方は今、どの辺りを旅しているのだろう。


 窓の外では、輝陽教徒の市民たちが聖なる日を祝福している。太陽が最も長く輝く夏至は、彼らにとって最も神聖な日だ。
 農作業の合間に少し息抜きをする意味もあるという。
 あちこちに屋台が出て、肉を焼く煙の匂いや、珍しい果物の香りが漂ってくる。


 細かいことにこだわらない静月教徒たちも、輝陽教徒と一緒になって夏至を祝っている。月は昼夜に関係なく登るからだろう。
 あの方は昨年の夏至祭のとき、信仰に関係なく皆で楽しく過ごしているこの光景をとても好きだと言っていた。
 あの嬉しそうな横顔が、今でも忘れられない。


 通りという通りでは盛大に篝火が焚かれ、リューンハイトの街は夜を忘れてしまったかのようだ。
 私は窓を閉めて、テーブルの上に目をやる。
 二人分の食器が並べられているが、料理はまだだ。
「ふう……」
 ふと溜息が漏れる。


 評議会に届いた報せによると、ヴァイト評議員の一行はミラルディア領に戻ってきたところだという。
 一方、魔王軍からの連絡によると、魔王ゴモヴィロア様が直々に北部の都市クラウヘンまで出迎えに行ったらしい。
 しかし運悪く行き違いになってしまい、あの方が今どこにいるかはわからないようだ。


 あの真面目な人のことだから、今頃はきっと必死になってリューンハイトに向かっていることだろう。
「ふふ……」
 思わず笑みがこぼれた。窓に映った私の横顔は、自分の表情とは思えないほど悪い笑みを浮かべている。
 私もこんな表情をするのかと、ちょっと怖くなった。


 理由はわかっている。
 あの方はここにはいないが、あの方は今、私との約束を守るためだけに必死になっている。
 あの方の心は、私が独り占めにしている。
 そう思うと笑みが抑えられない。
 私は自分が思っていたよりも、ずっと悪い人間らしい。


 本当はこんなことをしてはいけないはずだ。
 あの方は魔王軍の最高幹部で、ミラルディアでも要職にある。私の個人的な感情で縛ってはいけない。
 わかっている。
 わかってはいるのだけど。


 あの方が戻ってきたら、謝らないといけない。
 無理な約束をさせてごめんなさい、と。
 外交や軍事のために異国にいる方が、予定通りに帰国できるはずもないのだから。
 政変や反乱などで予定外の問題が起きれば、約束は簡単に反古になってしまう。
 だから最初から「約束はなさらなくてもいいですよ」と言うべきだったのだ。


 でも私は、あの方の優しさに甘えてしまった。太守としても人間としても、褒められた判断ではない。
 それなのに笑みがこぼれてしまい、私は内なる邪な心に戸惑わずにはいられない。
 あの方の心を独り占めできるのなら、もう少し邪になってみようか。
 窓に映る横顔を見つめて、私はそんなことをぼんやりと考えていた。
※次回(第265話「黒狼卿の贖罪」)の更新は4月25日(月)です。
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