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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

253/407

皇女追跡

253話


 ディリエ皇女の逃亡先については、割とあっけなく情報が集まった。
 この騒動が起きる直前に彼女専用の馬車が西に向かって走っていくのを、大勢の市民が目撃していたのだ。
 ロルムンドの西側は、彼女の実家のシュヴェーリン家の勢力圏だ。身を潜める場所はいくらでもある。
 とはいえ、本人が乗っていると確認した訳ではない。


「馬車の随行員は?」
「聞いた話によると、護衛が二騎だけです。後は馬車に乗る分しかいませんから、せいぜい二、三人でしょう」
 この報告をもたらした張本人、マオが俺と共に歩きながら答える。
「皇女の随員にしてはずいぶん少ないな」
「それだけ焦っていたのでは?」


 マオはそう軽く言うが、俺はだいぶ疑り深くなっているので、彼に重ねて尋ねた。
「馬車の中に本当に皇女がいるか、誰も見ていないのか?」
「分厚いカーテンを降ろしたまま、どこにも止まらずに走り去っていったそうですからね」
 怪しいな。
 ボリシェヴィキ公の得意とする策略は、虚々実々の駆け引きだ。
 彼が入れ知恵をした可能性がある以上、警戒したほうがいい。


 俺はしばらく考え込み、それから結論を出した。
「よし、その馬車への追跡隊を一個分隊出す」
「四人だけですか?」
「ああ。残りは北に向かうぞ」
「北ですか? つまりボリシェヴィキ領?」
「そうだ」


 マオは首を傾げる。
「ディリエ皇女がボリシェヴィキ領に逃げ込んでどうするんです? 婚約者のボリシェヴィキ公が、そこにいるとは限りませんよ」
「もちろんそうだ。だが西ロルムンドに逃げるようなら、ディリエ皇女はそれで終わりだろう」


 シュヴェーリン家の当主は依然としてアシュレイ帝であり、ディリエ皇女にたいした権限はない。
 西ロルムンドに逃げ込んだところで、シュヴェーリン家が保有する別荘あたりに潜伏するのが限界だ。挙兵などとても無理だろう。誰も従わない。


 だから彼女に西に逃げるようなら、もう政争の舞台からは退場することになる。
 その場合は彼女が逃げ込みそうな場所を片っ端から捜索していけば、いずれ捕まえられるだろう。


「問題は北に逃げた場合だ。ボリシェヴィキ領には兵がいる。もしボリシェヴィキ公がいた場合、合流されると厄介だ」
「それは確かにそうですが……しかし根拠が弱い割に、ずいぶん自信ありげですね、ヴァイト様」
 マオがつぶやいたので、俺はニヤリと笑う。
「北ロルムンドは極星教の聖地でもある。そしてディリエ皇女は極星教に改宗している」


 マオがあきれ顔になる。
「まさか、この期に及んで神頼みですか?」
「俺もお前も不信心者だから、ついつい忘れそうになるけどな。信仰は心の支えになるし、それと極星教徒からの支援も受けられる。彼女は今、極星教の要人物だ」
 もっとも大多数の極星教徒にしてみれば、厄介事の火種になるありがた迷惑な存在じゃないかという気もするが……。


 俺は西に向かった馬車の探索を部下に任せ、人狼隊の残りを率いて北ロルムンドに向かった。
 ちょうどクリーチ湖上城の辺りで、俺は戻ってきた伝令たちと合流できた。
「隊長、エレオラが勝ちました!」
「数倍の規模の反乱軍相手に大勝利らしいですよ! やるじゃん、あのお姫様!」


 ハアハアと息が荒い人狼たちが興奮気味に語ったところによると、エレオラ軍は反乱軍の陣地を発見し、千あまりの精鋭のみで急襲したという。
 見つけたのは俺が護衛につけた人狼たちだ。
 どうやらエレオラは人狼たちを護衛に回さず、偵察に出したらしい。スクージ隊の一人が、森の中で野営している敵軍を発見している。
 このとき反乱軍は何ヶ所かの野営地に分散して一万人以上いたが、ほとんどは戦闘訓練を受けた農奴だった。


 エレオラは少数の精鋭だけで兵を編成し、敵の本陣に対して夜襲を仕掛ける。深い森での夜襲だったため、完全な不意打ちになった。
 ボリシェヴィキ公の騎士や郷士たちをここで討ち取ってしまったので、他の野営地にいた農奴たちはあっという間に逃げ出してしまった。
 農奴兵は自発的に戦う気がないので、直属の指揮官が討たれるとこれ幸いと逃げてしまう。


 結果、エレオラは大した損害もなく敵の組織的な反抗をくじいてしまった。農奴の大半は武器を捨てて自分の村に逃げるか、エレオラ軍に投降した模様だ。
 確かに人狼は斥候としても優秀だが、俺はそういうつもりで貸したんじゃないんだけどな……。


「どうやらボリシェヴィキ公の野望は完全に潰えたようですね」
 マオがそう言うので、俺もうなずく。
「たぶんな。報告によれば、ボリシェヴィキ公は反乱軍は農奴だけで構成していたようだ。正規の兵はおそらく帝都に潜り込ませていたんだろうが……」
 帝都は骸骨兵に制圧され、ボリシェヴィキ公の配下は身動きがとれなくなっている。
 集団で行動すればパーカーに発見されてしまうし、当初の作戦計画は完全に崩壊しているだろう。


 となるとやはり、後は今回の首謀者たちを捕らえることが最優先だな。
 だがそれも人狼たちの手にかかれば、そう難しいことではなかった。
「隊長、怪しい巡礼者の集団を見つけました。街道を外れて、山の中を歩いています」
 追跡に出した人狼たちが戻ってきて、そう報告する。
 さすがに今度は囮じゃないだろうな。


「人数は?」
「十六人。女が五人に男が十一人です。男は全員体格が良く、巡礼服の下から金属音がしていました。何人かが馬に乗っています」
 侍女と近衛兵ってとこか。
 俺は人狼隊にそれを包囲するよう命じて、俺も行くことにした。


 俺が遠目にその集団を目視したとき、すぐにそれが訓練された隊列であることがわかった。
 前後に三人ずつ、男性の巡礼者。中央に女性の巡礼者たちが集まっている。一人は騎乗していた。
 そして彼女たちの両脇を、馬に乗った男性巡礼者が二人ずつで固めている。
 完全に行軍の隊形だな。


 俺たちは木々を飛び移り、こっそり彼らを追い越す。
 人狼隊の包囲が密かに完了したところで、俺は数名の部下を伴って巡礼者たちの前に現れた。
「待て。私はエレオラ皇女の副官ヴァイトだ。職務上、あなた方を調べさせていただく」


 とたんに男性巡礼者たちが一斉に身構えた。彼らは杖しか持っていないが、その杖の構え方が槍術の基本形だ。しかも一糸乱れぬ動きだった。
 間違いなく、男性巡礼者たちは正規兵としての訓練を受けている。それもかなり高度な水準だ。
 俺はすかさず指摘する。


「貴殿らの隊列と身構え方は、明らかに武人のそれだ。街道を外れた巡礼者の集団というだけでも怪しいが、もはや言い逃れはできまい」
 男性巡礼者たちは俺を見て緊張しながらも、じりじりと間合いを詰めてくる。一触即発の雰囲気だ。
 抵抗されたら魔撃銃で掃射することになるが、できれば避けたい。


 そのとき、女性巡礼者の中で唯一騎乗していた人物が、一同を制する。
「者ども、おやめなさい。私たちのかなう相手ではありません」
「しかし……」
「良いのです。それに周囲を御覧なさい」
 女性の言葉に男性巡礼者たちが周囲を見回し、はっと息を呑む。
 茂みや木々の間から、魔撃銃の銃口が彼らを睨んでいた。人狼隊のものだ。


 騎乗していた女性は男性巡礼者に轡を取らせ、馬ごと進み出てくる。
 フードで隠れていたが、その顔はやはりディリエ皇女だった。
「おひさしゅうございます、ヴァイト殿。直接お言葉を交わすのは、これが初めてですね」
「はい、ディリエ殿下」
 肝が据わっているというか、覚悟が決まっているというか、彼女はぜんぜん動じていないな。


「殿下、勅令により御身を預からせていただきますぞ」
 俺はディリエ皇女に歩み寄り、アシュレイ帝からの命令書を見せた。俺の周囲を近衛兵たちが取り囲む。
 彼女は命令書を見た後、最後の署名の部分をじっと凝視した。
「……本気なのですね、アシュレイ」
 なぜかディリエ皇女は微笑んでいる。


 そして彼女は俺にうなずいた。
「この期に及んで抵抗しても無駄なこと。今の私は咎人です」
「姫、まさか!?」
 杖を構えた男の一人が驚いた声をあげたが、ディリエ皇女は淡々と続ける。
「ええ、ヴァイト殿の御指図通りにいたしましょう。皆、これまで御苦労でした」
 その言葉に、巡礼者たちががくりと膝をつく。全員、忠実な侍女や近衛兵なのだろう。


 ディリエ皇女は俺に尋ねる。
「ヴァイト殿、この者たちも裁かれますか?」
「そうならぬよう、私がエレオラ殿とアシュレイ陛下に口添えいたしましょう」
 こんな皇女にここまでついてきたのは、損得勘定抜きだからだろう。正真正銘忠義の人々だ。敵とはいえ、死なせるには惜しい。
 どうせエレオラもアシュレイも、こんな末端の連中を処罰はしないだろうしな。


 俺の言葉にディリエ皇女は安心した様子で、馬から降りる。
「私はどうなりますか?」
「それは私にはわかりません」
 普通に考えれば死刑なんだろうが、身分の高い人だからどうなるんだろうな。
 もうすぐエレオラが帰還するはずだから、そこらへんはアシュレイと相談してもらおう。
 俺は異国人だから知らん。


 するとディリエ皇女は懐から小瓶を取り出した。
「余計な疑いをかけられぬよう、これをお渡ししておきます。自害用の毒薬ですが、私は戒律で自殺を禁じられていますから」
 輝陽教にはそんな戒律はなかったはずだから、たぶん極星教のほうの戒律だろう。
 使わないのなら持ち歩くなよと言いたかったが、皇女としての習慣なのだろう。


「お預かりいたします」
「毒魚の肝で作った薬です。無味無臭ですが、一口飲めば息が止まって死に至ります」
 フグ毒みたいだな。
 じゃあテトロドトキシン的な何かだろう。


 アルカロイド系の毒は時間と共に代謝できるから、肝臓を強化魔法でちょいとブーストしてやればいい。それで簡単に治せるから、こんなものを飲んでも無駄だ。
 その場合はおもしろい光景が見られただろうが、彼女が潔かったせいで「服毒自殺をはかったが解毒されて死ねなかった」という結末は避けられた。


 俺はなんだか少しおかしな気分だったが、あくまでも真面目な顔で彼女を促す。
「ひとまずクリーチ湖上城へ御案内いたします」
「わかりました。シャリエ殿にもうお会いできないだろうというのが心残りですが」
 ディリエ皇女はそう言って、にっこり笑う。


「それ以外、悔いはございません」
 そうですか……いや、まあいい。
 でもやりたい放題やった後始末は、弟くんがするんですよ?
 俺は溜息をついて、彼女の轡を預かる。
「では御同行願います」
 こうして俺はなんとか、ディリエ皇女の身柄を確保したのだった。
※明日4月7日(木)は更新定休日です。
※次回予告:第254話は「野望の残滓」です。
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