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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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嘘つきと正直者と

241話


 祝賀パーティを抜け出した俺とエレオラは、宮殿の広い廊下を歩いていた。
 パーティ会場には、エレオラ派の若手貴族やエレオラの伯父カストニエフ卿がいる。後のことは彼らに任せよう。
「厄介なことになったな」
 エレオラがつぶやいたので、俺もうなずいた。


「まさか、あの場面で婚約発表するとは思わなかった。もっとひっそりと進めるのかと思っていたが」
「帝国における公的な場の中でも、戴冠式は最上級だからな。そこで皇女自らが婚約を発表した以上、覆すことは帝室の威信に関わる。つまり絶対にありえない」
 それだけの覚悟を示したということか。


 祝賀パーティには、アシュレイ新皇帝もディリエ皇女も現れなかった。ボリシェヴィキ公ぐらいは現れるかと思ったが、それもなかった。
 おかげでエレオラは貴族たちの相談窓口みたいになってしまい、派閥を超えて苦情を処理するはめになった。
 もちろんエレオラはこの好機を逃さず、旧ドニエスク派やアシュレイ派からごっそり好感度を獲得している。


「結婚式の日取りはどうする?」
 俺が問うと、エレオラは薄く微笑んだ。
「延期だけなら何とかなるだろう。ロルムンドは雪が深い。国家的な行事は遠方からも人が来るため、どうしても春と秋に集中する」
「今回の戴冠式もそうだな」
「ああ。そして行事が集中すると、日程の調整がつかない。それを口実にして、少し遅らせることはできるだろう」


 俺はうなずいたが、ふと気づいたことを質問してみた。
「改めて確認しておきたいんだが、ディリエ殿がボリシェヴィキ公に嫁いだ場合、彼女の帝位継承権はどうなる?」
「他家に嫁いだ時点で帝位継承権を失うから、私が繰り上がって第一位になるな」
 つまりボリシェヴィキ公が皇帝の夫となる可能性はないということだ。だからこの程度の騒ぎで済んでいるのだろう。
 いや、でも待てよ?


 そのとき、まるで見計らっていたかのようにボリシェヴィキ公が廊下の向こうから姿を現す。
「これはこれはエレオラ殿下にヴァイト卿、本日はお疲れさまでした」
 軽やかな仕草で会釈するボリシェヴィキ公。
 あんた、いつでも楽しそうだな。
 ちょっと聞いてみるか。


「ボリシェヴィキ公、貴殿はディリエ殿と結婚してどうなさるおつもりですか?」
 すると彼は芝居がかった仕草で顔を上げ、ニヤリと笑った。
「帝位継承権のことをお考えですか?」
「そうです」
 ますます嬉しそうに笑うボリシェヴィキ公。


「ディリエ殿がボリシェヴィキ家に嫁げば、帝位継承権第一位の座はエレオラ殿下のもの。これもまた、エレオラ様のお役に立ちたいという、私の忠誠の証にございます」
 ヤツから嘘つきの匂いがする。
 エレオラは微笑み、ゆったりと会釈を返した。
「貴殿のその気持ち、大変嬉しく思う。今後もその働きに報いるゆえ、変わらぬ忠誠を期待する」
 おお、こっちからも嘘つきの匂いがするぞ。


 俺は両嘘つきのやりとりを眺めた後、唯一の正直者として彼に釘を刺しておく。
「貴殿がディリエ殿を通じてアシュレイ陛下に進言して下さるのなら、これほど心強いことはありません。よろしくお願いします」
「はい、喜んで」
 三人で和やかな笑顔を浮かべる。
 嘘つきが三人になった。


 ボリシェヴィキ公は俺たちに一礼する。
「では私めはこれにて。ディリエ殿に温室の花を差し上げる約束ですので」
 温室の花か。「温室の花」といえば、アシュレイ皇子の代名詞だな。
 もう一発釘を刺しておくか。
「温室には毒の花もあります。よくお考えになってお選びください」
「はい、そのようにいたします」
 にっこり笑って、ボリシェヴィキ公は立ち去った。


 俺とエレオラは彼がいなくなったのを確認してから、ひそひそと会話する。
「ヴァイト殿。どうだ、あの野心むき出しの様子は」
「わざとらしすぎて、逆に野心がないんじゃないかと思えるぐらいだな」
 陰謀がうまくいきすぎて調子に乗ってるのかもしれないが、彼は非常に用心深い。全ての陰謀は水面下で極秘裏に行うから、まだ何か隠していそうな気がする。


 だがそれはそれとして、今回の婚約について気になる点があった。
 控え室に戻った俺たちは、側近のナタリアが淹れてくれた紅茶を飲みながら話の続きを再開する。
「俺はボリシェヴィキ公が、次にまたとんでもないことをやらかす気がしているのだが……。貴殿があいつの立場なら、次にどうする?」
 エレオラは少し考え込み、こう答える。


「結婚すればディリエ皇女の帝位継承権が失われてしまう。その前にアシュレイ皇帝を排除すれば、ディリエ皇女に帝位が転がり込むな」
「やはりそれか」
「ああ。結婚はその後でゆっくりすればいい。ボリシェヴィキ公が婿入りする形でな」


 そのとき、隣の部屋からナタリアがやってきた。
「失礼します」
「どうした、ナタリア?」
 ナタリアが少し不安そうな顔をしているので、エレオラが優しい口調で促す。


 すると彼女は困ったような顔をして、俺たちに告げた。
「あの、アシュレイ陛下がお見えになっています」
 いきなりすぎないか?
 エレオラも少し驚いた様子だったが、小さくうなずく。
「わかった。用向きは?」
「ディリエ様の件で、お二人に御相談したいと……」


 お前のお姉ちゃんのことなんか、俺たちに相談されても困るんだよ。
 むしろ俺たちが相談したいよ。
 ていうか帝室の婚姻は国事行為なんだから、しっかり手綱握っててくれよ。お前、今はシュヴェーリン家の当主だろ。
 言いたいことは山のようにあるが、喉のところでグッと飲み込む。
 エレオラを見たら、同じことを考えているような顔だった。


 俺とエレオラはもう一度顔を見合わせ、ほぼ同時に小さく溜息をつく。
 それからエレオラがうなずいた。
「お通ししてくれ」
「は、はい」
 困り果てた御様子の新皇帝陛下がお見えになったのは、それから数秒後だった。


「姉の件で方々に御迷惑をおかけしており、大変申し訳ありません」
 今日即位したばかりの皇帝陛下の第一声がこれだ。
 エレオラが苦笑し、首を横に振る。
「お気遣いは無用です。アシュレイ殿が一番迷惑を被っておられるでしょう?」
「ええ、まあ……」
 アシュレイ帝は溜息をつく。


「私が即位に必要な用件に忙殺されている間に、どうやらボリシェヴィキ公が姉に接近していたようです」
 ディリエ皇女には貴族令嬢の友人たちがいる。
 その誰かの私的なパーティに、あの男が紛れ込んでいたらしい。
 反乱が鎮圧されてホッとしていたせいもあり、後はもうボリシェヴィキ公の掌で転がされまくったようだ。


「姉は子供の頃から結婚願望が強かったのですが、亡くなった父と叔父上がそれを禁じていまして……」
 皇帝の娘となれば政略結婚の手札としては最強だから、できるだけ温存しておきたかったようだ。
 周囲の貴族令嬢たちが次々に結婚していく中で、嘆息していたらしい。


 俺は彼女の心境を考え、こう訊ねる。
「そのお父上と叔父上が両方ともいなくなったため、積年の結婚願望が爆発したということですか?」
「そのようです。姉は忍耐強いほうですが、すでに忍耐の限界を超えていたようです」
 弟としても姉の気持ちはわかるので、どうしても強く言えないのだという。


「何とかして思い留まらせようとしたのですが、法的にも家格にも問題はありませんし、あまり私が言うと『尼僧になる』と言い出す始末でして……」
 困り切っている従兄に、エレオラが冷淡に返す。
「それならもう、いっそ尼僧になってもらえば良かったのではありませんか?」
「戴冠式の直後に姉が出家したら、何が起きたのかと皆が不審に思うでしょう。あまり波風を立てたくなかったのです」


 とにかく穏便に事を済ませたい弟と、何が何でも結婚したい姉。
 アシュレイ皇子がボリシェヴィキ公の危険性を知っていれば、ディリエ皇女を説得できたかもしれない。
 しかし結果はこの通りだ。
「身内が起こす揉め事は、本当にどう処理していいのかわからなくて……」
 若き皇帝が頭を抱えている。
 俺、あんたの政敵なんだけどな……。


 俺としてはエレオラを即位させてとっととミラルディアに帰りたいが、アシュレイ個人は嫌いじゃない。
 彼がミラルディアに利益をもたらしてくれて、なおかつエレオラのことも大事にしてくれるのなら、仲良くしてもいいとは思っている。
 だから俺は心底同情しつつ、彼に声をかける。


「心中お察しいたします。ただ一番気がかりなのは姉君よりも、むしろボリシェヴィキ公でしょう」
「シャリエ殿ですか? 確かに巧言令色が目立ちますが……」
 どうやらアシュレイ皇子は、ボリシェヴィキ公の裏の顔を知らないようだ。
 教えてやりたいが、どこでどう本人の耳に入るかわからない。


 俺は慎重に言葉を選んで、新皇帝に忠告する。
「ボリシェヴィキ公はかなりの野心家です。単なる保身が目当てなら、エレオラ殿の庇護下にいればいいだけのことですから」
「確かにそうですね」
「何をしてくるかわかりませんので、陛下もくれぐれも身辺には御注意ください」
 脅しじゃないからな。


 アシュレイ帝は神妙な顔をしてうなずいた。
「用心しましょう。今や私だけが帝室の男系男子です。責任重大ですからね」
「それだけではありませんよ」
 彼が重苦しい表情をしているので、俺は笑ってみせる。
「他にも何かありますか?」
「ええ。アシュレイ陛下は情に厚く、農政に長けた名君であらせられますから。陛下を失うことはロルムンドの民にとって大いなる損失です」
 本心だよ。


 アシュレイ帝は少し驚いた表情をして、それからにっこり微笑んだ。
「ありがとうございます。今日はどうも居心地の悪い思いばかりしていましたので、そのお言葉に救われました」
 彼が立ち上がったので、俺たちも立ち上がる。
 アシュレイ帝は皇子だった頃と同じように会釈して、別れの言葉を述べる。
「この件について、近いうちにもう一度御相談させてください。それではまた」


 彼が去った後、エレオラが溜息をつく。
「相変わらず貴殿は、弱った心につけ込むのが巧いな」
「意図してやっている訳ではないのだが」
「だから余計に効くのだよ……」
 しみじみとつぶやいて、エレオラはソファに座り直す。
「アシュレイ殿ならともかく、ディリエ殿やボリシェヴィキ公にこの国はやれん。策を練るとしよう」
「ああ、そうだな」
※明日3月20日(日)は更新定休日です。
※次回予告:第242話は「輝陽の沈む刻」です。
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