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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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非公式な謁見

22話


「ときに交易都市リューンハイトの支配はうまくいっておるか? 小規模な敵の攻撃を受けたと報告を受けておるが」
 そうだ、その件を報告しなくては。
 俺は輝陽教の司祭がリューンハイトの解放を企んだことと、彼を追放したことを正直に報告した。


「なるほど、聖職者が内通しておったか」
 魔族には聖職者がいない。何十年、あるいは何百年かに一度現れる「魔王」を崇拝する信仰があるだけだ。
 魔王は静かにうなずき、こうコメントした。
「信仰はときに人を狂気に駆り立てる。やはり力で支配するしかないのではないか?」
 痛いところを指摘されてしまった。
 このままだと、俺のリューンハイト統治方針にケチがついてしまう。俺は慌てて弁明した。
「さ、幸い混乱は最小限に留められました。指導者を在位のまま追放し、代理の者を立てさせないことで、反抗勢力の動きを封じております」


 魔王はじっと俺を見据えて、こう問いただす。
「おぬしの統治方針を続ける限り、今後も宗教勢力との折り合いをつけていかねばならんぞ? わかっておるのか?」
「覚悟の上にございます」
 正直なところ、予想以上に手を焼いてはいる。俺自身は前世でもあまり信心深くなかったから、彼らの気持ちはよくわからないのだ。
 だがそれでも、俺は戦場以外でなるべく人間を殺したくない。
 何とかやってみるさ。


 俺の覚悟が伝わったのかどうか、魔王はそれ以上の追求はしてこなかった。
「各都市の占領政策については、現場の指揮官に一任しておる。リューンハイトの統治がうまくいっている限り、その方針を認めよう」
「ありがとうございます」
 今後の俺の課題がひとつ増えてしまったが、とりあえず今回は切り抜けられたようだ。


 魔王はこう続けた。
「先ほどミラルディア北部戦線の件で、第二師団と軍議を行った。状況は把握しておるか?」
「思わしくないと仄聞しております」
 どうも第二師団は当初の勢いを失っているらしい。犬人の隊商からは、そんな噂を聞いている。


 どうやらその噂は正解だったようで、魔王は小さくうなずく。
「人間の反攻が激しくなっておる。そのため、第二師団長自らが全軍を率いて出陣することとなった」
 なるほど、城内の物々しい雰囲気はそれか。見れば円卓の上には地図が広げられ、色々と書き込まれている。
 ざっと見た感じ、最初に占領した三都市のうちひとつを奪還されてしまったらしい。その後の野戦では連敗のようだ。


 魔王は俺が地図を見ていることを特にとがめはせず、むしろごつい指先でそれを示した。
「南部の二都市の支配は、いずれも順調と聞いておる。これらは今後の魔王軍の戦略に深く関わってくる。心せよ」
「ははっ!」
 俺は背筋を伸ばして敬礼した。


 魔王はその後、俺に椅子に座るよう勧めた。
「ここから先は、非公式の謁見とする。着席を許そう。座るがよい」
 魔王の前で着席できるのは、師団長クラスの最高幹部だけだ。俺はおずおずと椅子を引いて、落ち着かない気持ちで座った。
 ちらりと振り返ると、同じ副官のバルツェは立ったままだ。
 一緒に座ってくれれば気楽なのだが、彼は表情の読めない爬虫類顔のまま直立不動だった。


 俺は円卓を挟んで魔王と向き合い、次の言葉を待つ。
 しかし間近で見ると、物凄い威圧感があるな。彼の放つ魔力で酔いそうだ。
「以前から、おぬしとは一度ゆっくり話をしてみたかった。魔王軍の諸将の中でも、特に知謀に秀でた将と認識しておる」
「きょ、恐縮です」
 魔王は落ち着いた態度で、俺に質問してくる。
「例えばおぬしは、人狼隊を四人ずつの分隊に編成しておると聞く。おぬしのことだ、四人という数字には意味があるのではないか?」
 俺は頭を下げる。
「御慧眼、恐れ入ります」


 もちろん、この四人編成には意味がある。
 危険な活動をする場合、一人より二人の方が格段に生存率が高い。これは人間も人狼も同じだ。
 だから警察官や一部の軍人などはツーマンセルといって、二人一組で行動するのが基本だと聞く。
 俺自身も小学校のとき、水泳の授業でバディを組まされた経験があるしな。


 ただ俺は、ツーマンセルにも限界があることに気づいた。
 片方が負傷した瞬間、戦闘能力を失ってしまうのだ。もう片方は負傷した相棒を救助しなくてはいけないので、援護なしで退却するしかなくなる。
 無理してそのまま戦うにしても、一人では戦力は半減以下だ。


 そこで俺は二人組を二組用意した。四人編成だ。
 片方のチームに負傷者が出ても、無傷な方のチームが戦闘を継続する。あるいは合流して三人で戦う。
 さらに負傷者が出て残り二人になっても、まだぎりぎりツーマンセルを維持できる。
 また偵察時には片方のチームだけが偵察に出て、もう片方のチームは今の地点の安全を確保する……といった運用も可能だ。


 といっても別に俺が考えた訳ではなく、前世のゲームで得た知識なので、威張るような話ではない。
 それにしても、この質問をされたのは初めてだ。


 俺の説明に、魔王は深くうなずいた。
「今後の参考としよう。副官、今のバイトの発言を記録せよ」
 バイトじゃないんだけど……副師団長なんだけど……。
 まあ口の構造の問題だから、不満を抱いても始まらない。
 バルツェは手慣れた様子で、今の会話をメモしているようだ。
「仰せのままに。ヴァイト殿の発言を記録しました」
 いや待てよ、バルツェはちゃんと「ヴァイト」って発音してるよな?


 魔王は引き続き、俺に問いかけてくる。
「良い機会だ、おぬしなりに魔王軍について疑問に思うことがあれば述べよ」
「私が、ですか?」
 俺はただの副師団長だ。響きは偉そうだが、中堅幹部に過ぎない。


 その程度の俺が、魔王軍について魔王本人に質問をする機会があるとは、思ってもみなかった。
「案ずるな。非公式の謁見ゆえ、発言によっておぬしが責を負うことはない」
 そう言われましても。


 実のところ、魔王軍はかなり近代化されている。
 入隊して驚いたのは、兵站の概念が存在していたことだ。
 魔王の居城グルンシュタット城は、補給が必要な前線に人員と物資を送り出す巨大な集積所でもある。
 補給線は第一師団が確保していて、おかげで俺たちは安心して戦うことができるのだ。


 一方、人間の軍隊は現地での略奪や購入に頼っている。酷い場合は兵士個人の自己管理だ。
 俺が人間に転生していたら、兵站の改革で功績をあげられたかもしれないのだが、魔王軍ではやることがなかった。
 兵士の徴募制度や訓練方法も整っていて、短期間で新しい部隊を作り上げることができている。
 人間たちは「魔王は魔界から無限に軍勢を召喚できる」と恐れているらしいが、実際は洗練されたシステムが確立されているだけのことだ。


 魔王は俺の顔を見て、発言を促す。
「恐れずともよい。述べよ」
「ははっ」
 別に遠慮している訳ではないのだが、疑問か……あ、そうだ。
「畏れながら我が軍の指揮系統について、お伺いしたく存じます」
「許す、申すがよい」


 魔王軍はこの数年で、一気に勢力を拡大した。
 最初の頃は竜人だけの武装集団だったらしいが、みるみるうちに他種族にも信奉者を増やし、今の規模になったのだ。
 ただ、そのせいで色々と混乱がある。
 例えば俺の身分だ。
 副官なのか副師団長なのか、どっちなんだ。


 俺が魔王軍に入った頃は、それぞれの師団は「竜人隊」「巨人隊」「魔人隊」という名称だった。
 規模が大きくなったので、威容を誇示するために師団という名称を使っている。
 ただ、師団長以下の指揮系統や役割分担が曖昧なままだ。


 例えばバルツェ副官は魔王の側近で、獣鬼のドッグはただの部隊長だ。
 そして俺は、リューンハイトを統治する現地司令官。
 序列でいえば、バルツェ、俺、ドッグの順なのは明らかだろう。
 なのに全員同じ役職名。しかも副官か副師団長か、統一もされていない。
 一見すると同格に見える。


「現在の魔王軍の規模を考えるに、現行の指揮系統や階級制度では曖昧な点が多く、今後問題が生じるのではないかと危惧しております」
 そう言ってちらりとバルツェを見ると、心なしか彼はひきつった顔をしていた。
 魔王の前で魔王軍の制度を批判したヤツは、たぶん俺が最初で最後だろう。


 魔王は穏やかな様子でうなずき、淡々と説明する。
「良い質問だ。強者にしか従わぬのが魔族の生き方ゆえ、軍を組織する上では何かと不都合が多い」
 むしろ序列をはっきりさせやすくて良いと思うのだが、どういうことだろう?


「指揮系統や階級を厳密に定めれば、知恵ある弱兵が愚昧な強兵の上位に立つことも多い。だがそれを受け入れられるほど、魔王軍も魔族もまだ成熟しておらぬ」
 ああそういえば、俺に喧嘩売ってきたヤツがいたな……。
「それゆえ、序列を曖昧なままにして師団長らの采配に委ねるしかないのだ。もっともおぬしの言う通り、いずれは改めねばならぬ」
 意外にも、魔王は魔族の強者至上主義には批判的なようだ。


 俺はすぐさま、魔王に非礼を詫びた。
「私ごとき若輩者が、過ぎたことを申しました。なにとぞ御容赦を」
「よい、おぬしの疑問は鋭い。リューンハイト統治の手腕も、納得がいくというものだ」
 魔王はそう言って、どこか楽しげに続ける。
「なるほどな。おぬしを推挙したときのゴモヴィロアの得意げな顔を、ふと思い出したわ」
 どんなやりとりがあったんだ……。
 だが魔王は一人満足そうな様子で、謁見を打ち切った。
「今回の謁見は極めて有意義であった。今後は定期的に出頭し、統治の状態を報告せよ。おぬしには期待しておるぞ」
「ははっ」
 こうして俺はやっと、魔王の御前から解放されたのだった。
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