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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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秘密の遺産

217話


 俺はキンジャール城まで戻ってきたが、エレオラとは別行動を取ることにする。
 俺はあくまでもミラルディアの外交官であり、この内戦にエレオラ派として参戦している同盟者に過ぎない。
 リューニエ皇子の身柄は、ひとまず俺が預かっておこう。
 リューニエ皇子をエレオラと面会させてしまうと、その時点からエレオラにも義務や責任が発生してしまうからな。


 俺は人狼隊をぞろぞろ引き連れ、リューニエ皇子の案内で目的の邸宅を訪れた。
 ドニエスク家は途方もない資産家なので、びっくりするような豪邸がそこかしこにある。
 どうやら、ひとつの豪邸がひとつの部屋ぐらいの感覚らしい。
 応接間代わりの豪邸とか、書斎代わりの豪邸とか、そういうのが随所にある。


「ミラルディアの太守もみんなお金持ちだったけど、ドニエスク家はもっと凄いねえ」
 ファーンお姉ちゃんが感心半分、呆れ半分でつぶやいたので、俺は振り返った。
「こうやって大きな屋敷をいくつも持つと、使用人をたくさん雇わないといけないだろ? そうすると、このへんの人たちは仕事に困らないんだよ」
「あ、なるほどね」
 地元でお金をじゃんじゃん使うのは、領主の義務でもある。


 それともうひとつ、ドニエスク家ならではの理由があるらしい。
 リューニエ皇子が教えてくれた。
「屋敷がたくさんあると、人や物を隠すのが楽らしいんです。見つかりそうになったら別の場所に移せますし、探すのにも手間と時間がかかるからって、父上が言っていました」
「なるほど、確かにそうですね」


 リューニエ皇子は寄せ木細工の騎士像をぎゅっと握りしめ、さらに続けた。
「我が家は代々、秘密の約束とかたくさんしてきたそうで、その記録をこっそり隠しているんです。記録しておかないといけないけど、見つかるのは困る記録らしいです」
 こんな家の跡取りに生まれて大変だな、リューニエ君。


 そして家族の間でだけ「騎士百合の館」と通称されているこの館は、リューニエ皇子の母親の実家、つまりボリシェヴィキ家との交流にも使われていたらしい。
 そしてボリシェヴィキ家と関係が深い品々が保管されているという。
 リューニエ皇子の母親や祖母など、ボリシェヴィキ出身者の思い出の品も多く、リューニエ皇子は父や祖父と共によくここを訪れていたらしい。


 広大な庭園を抜け、どっしりとした石造りの館に入る。
 リューニエ皇子が案内してくれたのは、ごく普通の客間だった。
 奥に続く扉がいくつもあるが、リューニエ皇子は目くらまし用の普通の扉だと教えてくれる。
「本物の隠し部屋に通じているのは、この仕掛けです」
 そう言って、彼は書棚の横にある版画を動かした。ガチャリという音がして、リューニエ皇子の手で書棚がスライドしていく。
 本棚が並ぶ、いかにもそれらしい隠し部屋が現れた。


「あは、すごい!」
 モンザが目をキラキラさせて書棚の奥の小部屋に入ろうとしたが、リューニエ皇子が慌てて止めた。
「あっ、こっちは本物の隠し部屋を開けるためのただの仕掛けです。床板を踏むと仕掛けが戻って、本物の隠し部屋が開かなくなります」
 なにその凝りっぷり。
 金と技術と人手が余ってると、何でもやりたい放題だな。


 偽の小部屋には書物が山積みになっていたが、あくまでもダミーで普通の書物ばかりらしい。どこまで凝るんだ。
 もう隠蔽が手段じゃなくて目的みたいになっているが、それだけ極秘の部屋ということだろう。
 本物の隠し部屋は、隣の部屋の戸棚の奥にあった。
 だから凝りすぎだって。


 広さは四畳半ぐらいだが、天井まで届く棚が三方に備えられている。そこに羊皮紙の巻物や分厚い書物、古びた封筒などが収納されていた。
 リューニエ皇子が俺に言う。
「これがドニエスク家の秘密のひとつです」
「ひとつなの?」
 ファーンお姉ちゃんが呆れた顔をして、棚を見上げた。


「はい。ここに保管されているのは母方の実家、ボリシェヴィキ家と交わした書類が中心だそうです。他にもあるらしいんですけど、僕はまだ教えてもらっていませんから」
 リューニエ皇子がそう言って大きな封筒をひとつ取り、俺に差し出す。
 俺は封筒を開け、中に入っている書類の束を取り出した。


 これはボリシェヴィキ家と敵対していた男爵についての報告書らしい。世間の評判では信心深い名士だったが、一方でかなり女癖の悪い人物でもあったようだ。
 男爵家の若い女性使用人を買収したので、その方面でさらに幾つかのスキャンダルをでっち上げると書かれていた。
 俺は紙の束をパラパラとめくる。


 やがて男爵がある伯爵夫人の名誉を汚したと問題になり、伯爵夫人の名誉回復のための決闘で死んだと記されている。
 男爵の対戦相手は、甲冑を着た重戦士四人。刃引きされた彼のレイピアはメイスでへし折られ、男爵はそのまま袋叩きにされて惨殺されているので、これは実質的な公開処刑だ。
 社会的にも物理的にも、見事に抹殺されているな。


 書類には先代ボリシェヴィキ公の署名がある。書式も整っているから、きっと法的にも有効な書類なのだろう。
「内容から察するに、これらはボリシェヴィキ家に貸しを作った証拠、ということでしょうか」
 俺がつぶやくと、リューニエ皇子は首を傾げた。
「僕は読んではいけないと言われていますので、よくわかりません。もう少し大きくなってから読みなさいと、父上に言われていました」
 正しい教育的配慮だ。


 他にも資金工作や秘密軍事協定、人材交流など、両家の結びつきがよくわかる書類が大量にあった。非合法なものばかりだ。
 ざっと見たところ、ボリシェヴィキ領の輝陽教勢力に対する妨害工作が何度も行われている。
 理由はわからないが、ボリシェヴィキ家は輝陽教と仲が悪いらしい。


 隠し部屋のからくりを調べていたジェリクが、ふと疑問を投げかけてくる。
「なあ大将、この書類にはどんな価値があるんだ?」
 俺は書類を木箱に梱包しながら、こう答える。
「これがあれば、ボリシェヴィキ家の手の内を読める。何を企んでいて、何を恐れているのか。そういうのがわかるな。あ、釘とハンマー貸してくれ」
「あいよ、大将」


 俺は書類の束を片っ端から木箱に詰めて、蓋を釘で打ち付けた。
「ボリシェヴィキ公はドニエスク家を裏切り、勢力を保ったまま内戦を生き延びた。彼の裏切りはアシュレイ皇子勝利に大きく貢献しているから、今後はボリシェヴィキ公の発言力が増すだろう」
 おそらく、そういう密約も存在しているに違いない。
 だがそいつは困るのだ。
 この戦で発言力を増すのは、エレオラだけでいい。


 ジェリクはふんふんとうなずく。
「つまりこれはボリシェヴィキ公にでかい顔させないための武器、ってことだ」
「そういうことになるな。紙切れ一枚見逃すな、全部もらっていくぞ」
「おう、大将」
 確かにこれは、途方もない価値があるな。
 北ロルムンドの支配権を手に入れるための重要な武器だ。


 俺は目を閉じ、イヴァン皇子に黙祷する。
「イヴァン殿下、約束のものは確かに頂きましたぞ」
 でもイヴァン皇子。これって奥さんの実家が裏切ったから、その仕返しも兼ねてないか?
 まあいいけどな。


 俺は顔を上げて、神妙な顔をしているリューニエ皇子に笑いかけた。
「ああ、失礼いたしました。リューニエ殿」
「あ、あのヴァイト卿。僕はもう戦に負けてますし、まだ若輩者ですから、そんなに丁寧じゃなくていいです」
「そういうところは叔父君とそっくりですね、リューニエ殿。では少しくだけた感じにしましょうか」


 俺がそう言うと、リューニエ皇子は笑顔でうなずく。
 きちんとしているからつい大人扱いしたくなるが、彼はまだ子供だ。あんまり改まった感じで接されると窮屈なのだろう。
「えー……では、リューニエ殿」
「はい」
「ここに足を運べるのも、これが最後かもしれない」
「そう、ですね……」


 彼も自分の立場はよくわかっているようだ。
 俺は用意した木箱を示す。
「木箱はまだ余っている。もしよければ母君の思い出の品も、持っていかないか?」
 するとリューニエ皇子の顔が明るくなった。


「はい! あ、じゃあ木箱四つと兵四名、それに書記の得意な方一名をお借りしてもよろしいですか? 目録も作りますから!」
 子供の癖に恐ろしく段取りがいいな。さすがはドニエスクの男だ。
 俺が手配した人狼たちを従えて、リューニエ皇子がぱたぱたと駆け出していく。
「こっちです!」


 俺は駆け出していく少年の後ろ姿を見送りながら、念のために叫んでおいた。
「リューニエ殿! わかっているとは思うが、木箱に入るものだけにしなさい!」
「はーい!」
 念を押しておかないと、ピアノやタンスを運び出しかねない勢いだったからな。


「それと荷造りが終わったら、母君の墓所にお参りするから! 騎士百合を摘んで待っているから、早めに戻ってきなさい!」
「はーい! あ、その箱はそこに置いてください! まず二階から回ります! こっちこっち!」
 大丈夫かな……。
※明日2月14日(日)は更新定休日です。
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