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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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少年と騎士

216話


 俺は暗殺者たちの死体を埋葬する手配をして、この村を離れることにした。長居は無用だ。
 ミラルディアの軍旗を掲げ、人狼隊に護衛された馬車の中で、俺とリューニエ皇子は向き合う。


 俺は沈みがちなリューニエ皇子を元気づけるため、なるべく明るく語りかけた。
「ロルムンドの人々がどのように思うかはわかりませんが、私から見た父君は立派なお方でした」
「……ありがとうございます、ヴァイト卿」


 イヴァン皇子は反乱を起こして負けたから、多くのロルムンド人にとっては迷惑なだけの存在だろう。
 普通に父を亡くした場合と違い、リューニエ皇子は世間の冷たい視線を浴びることになる。
 それどころか、彼を殺そうとする者が多数いる。
 大変な境遇だ。


 だがリューニエ皇子は顔を上げ、まっすぐ俺を見つめた。
「ヴァイト卿はなぜ、僕を匿ってくださるのですか? おじいさまはいつも、『理由もなく親切にする人には気をつけなさい。必ず理由があるから』と言っておられました」
 そうだな、知らない人には用心しないといけないよな。


 俺はどう答えるべきか迷ったが、リューニエ皇子は形式だけではあるが成人している。
 一人前の男として、正面から向き合おう。
「ドニエスク公のおっしゃる通りです。私が殿下をお助けした理由は、三つあります」
 リューニエ皇子が緊張した顔つきで俺を見上げてきたので、俺は真面目な顔と口調で告げる。


「ひとつめは、それがウォーロイ殿下から協力を取り付けるための条件だからですよ」
「叔父上が? えっ、あれ? 叔父上はもしかして……」
 歳相応の反応を示して目をパチパチさせているリューニエ皇子に、俺は微笑む。
「ウォーロイ殿下は御存命です。リューニエ殿同様、私が匿っております」
「ほんとに!?」


 自分の境遇を一瞬忘れて、リューニエ皇子が笑顔を浮かべる。肉親がまだ一人生きていたのだ。嬉しいだろう。
 俺は彼の胸中を思いながら、さらに続けた。
「ウォーロイ殿下はドニエスクの軍だけでなく、北ロルムンドの貴族や民衆に強い影響力をお持ちです。私にとっては大切な方ですし、それにあの方は大変に義理堅いですから」


 リューニエ皇子は少し考え、それから上目遣いにおそるおそる俺を見つめる。
「叔父上に恩を売っておこう……ってことですか?」
「はい」
 俺はにっこり笑う。


「そしてふたつめは、これです」
 俺はイヴァン皇子から預かっていた、寄せ木細工の騎士像を取り出した。
「あっ、それは……」
 リューニエ皇子が驚いた表情になったので、俺は説明する。
「キンジャール城の陥落寸前に、イヴァン殿下と密かにお会いすることができました。イヴァン殿下はこれをリューニエ殿にお渡しすれば、私に利益をもたらすだろうと」


 俺はそこまで言って、ハッと気づく。
「……イヴァン殿下はこれを私に託された後、亡くなられました。私の力ではお救いすることはできませんでした」
 ごめん、リューニエ君。
 ほんの一瞬だけど、期待させてしまったな。
 予想通り、リューニエ皇子は深く静かに悲しみに沈んでいる。
 さすがに謀反の張本人は無理だ。彼は自分がしたことの責任を負わなければならない。


「リューニエ殿、私はイヴァン殿下を尊敬しております。ロルムンドの者がどのように言うかは知りませんが、イヴァン殿下は深い知識と先見性があり、責任感が強く、誠実で勇敢なお方でした」
 後世の歴史家がそういう評価をしてくれるのは、たぶん千年ぐらい経ってからだろうが……。少なくとも向こう百年は大悪人扱いだろう。


 リューニエ皇子は俺の言葉が意外だったのか、しばらくうつむいていた。
 それから肩を震わせ、声を押し殺して嗚咽を漏らす。
「す、すみま、せん……。ドニエスクの、男は、涙を……見せては……いけ、いけないって……ち、父上が……父上……」
 彼のズボンにぽたぽたと滴が落ちる。


 俺は不憫に思ったが、身分の高い人をどう慰めればいいのかわからない。
 だから視線をそらして、こう言うしかなかった。
「御安心ください。私は今、窓の外を見ておりますので」
 ここでなら思いっきり泣いてもいいのに、リューニエ皇子は決して声を立てては泣かなかった。


 俺は窓の外の雪景色を眺めながら、イヴァン皇子を偲ぶ。
 彼は少なくとも、息子に愛され尊敬されている。立派な指導者であったかどうかはわからないが、立派な父親であったことは確かだ。
 俺もいつか、そんな立派な男になれるだろうか。


 リューニエ皇子が落ち着いたのを感じて、俺は視線を戻す。そして寄せ木細工の騎士を彼に手渡した。
「どうぞ、リューニエ殿」
「ありがとうございます……」
 真っ赤になった目をごしごし擦ってから、リューニエ皇子は騎士像を見つめる。
「ええとヴァイト卿、これは僕のおじいさま……ドニエスク公の秘密の騎士像なんです」


「秘密、ですか?」
「はい。ここをこうして……」
 彼の細く小さな指が、台座の一ヶ所を押す。
 すると寄せ木のひとつが中に押し込まれた。
 それから彼は騎士像をひっくり返し、台座の底面を押す。今度も寄せ木のひとつが中に押し込まれる。
 そこから先は、立体パズルの早解きを眺めているようだった。


「こうして……えと、こうだったかな……」
 リューニエ皇子が真剣な表情で、騎士像のあちこちを順番に押し込んだり、引っ張ったりしていく。
 俺には隙間なく組まれているように見えた寄せ木細工だが、リューニエ皇子が騎士像の足下をスライドさせた瞬間、騎士像の台座が前触れもなくバラバラになった。


「あわわっ!?」
 少年の膝の上には、バラバラになった木の部品。
 だがその中にひとつだけ、金属っぽいものがあった。
 青い宝石をいくつもあしらった、銀のイヤリングだ。よく見ると百合のような花の形をしている。宝石は花弁の形にカットされていた。


 リューニエ皇子はそのイヤリングを手に取ると、じっと見つめる。
「これ、父上が結婚前に母上に贈ったものです。片方は母上と一緒に埋葬されて、もう片方を父上はずっと大事に持っていました」
 形見の品か……。
 どうやらこの騎士像、秘密の小物入れになっていたらしい。
 似たようなものは、前世で見たことがあるな。箱になっていることを気づかせないために、騎士像の台座にしていたのか。


 リューニエ皇子はイヤリングを手に取り、不思議そうにしている。
「これって僕や父上には大事なものですけど、そんなに高価じゃないって聞いています」
 つまりこのイヤリング自体は、イヴァン皇子が言っていた「利益」ではないのか。
「だとすればリューニエ殿、これが何かの手がかりなのでしょう。知っていることを教えてくれませんか?」


 するとリューニエ皇子はこっくりうなずき、記憶を掘り返すように語り始めた。
「ええと……これは『騎士百合』のイヤリングで、母上が一番好きな花だったそうです」
「騎士百合ですか。ミラルディアでは聞いたことのない名前です」
「赤い百合の花です。ロルムンド騎士の紋章によく使われているので、そう呼ばれています」


 赤い百合の花を模しているのに、花弁の部分に青い宝石が使われているのは変だな。
 俺は少し気になったが、話の腰を折らないように黙っていることにした。リューニエ皇子はまだ子供だから、こちらの聞く姿勢が大事だ。
「父上は騎士百合をとても大事にしていて、母上の墓に供えるために専用の花壇も作らせていました」


 それはもしかすると、何かのヒントかもしれない。
「母君の墓所と、その花壇はどちらにありますか?」
「キンジャール城の近くの別荘です。その隣が母上の墓所です」
 よし、墓参りも兼ねて訪ねてみよう。
 リューニエ皇子が北ロルムンドに残れる可能性は低いし、これが最後の墓参になるかもしれない。


 他にもリューニエ皇子は両親の思い出を色々と語ってくれた。特に手がかりになりそうな話ではなかったが、俺はそれを聞いて亡きイヴァン皇子を偲ぶ。
 話はやがて祖父のドニエスク公にも及び、リューニエ皇子はこんなことを言った。


「僕がこのおじいさまの寄せ木細工を欲しがったので、おじいさまは次の誕生日に寄せ木細工を贈ってくれると約束してくださったんです」
 バラバラになった台座を戻しながら、リューニエ皇子は続ける。
「父上はこの戦で忙しそうでしたが、おじいさまの代わりに寄せ木細工をくれるっていつも言っていました」


 俺は彼を慰めるため、無理して笑顔を浮かべてみせる。
「イヴァン殿下とドニエスク公は、約束を守られたのですね」
「はい。でも、僕は約束なんかより、父上とおじいさまが生きておられたほうが……」
 そのとき彼の小さな掌の中で、組み立て中の台座がバラバラに崩れた。


「あっ……ごめんなさい……」
 床に散らばった木の部品を見て、ますます意気消沈する少年。
 俺は座席から立ち上がると膝をついて部品を拾い上げ、そのひとつをリューニエ皇子に差し出した。
「どうぞ、リューニエ殿。大切な品ですから」
「あ、ありがとうございます、ヴァイト卿」


 彼を励ますのも慰めるのも、俺にはできそうにはない。
 だから俺は悪戯っぽく笑って、こう言ってみた。
「ところで、私が殿下をお助けした三つめの理由を、まだお話していませんでしたね」
「あ、はい。お聞きしてなかったです」
 リューニエ皇子がこっくりうなずいたので、俺は重大な秘密を打ち明けるように小さな声で言った。


「それはですね……。秘密です」
「え?」
 目を白黒させている少年に、俺はウィンクしてみせる。
「何でも教えてもらえると思ったら甘いですよ、殿下。私は殿下を利用しようと企む、異国から来た小悪党ですから」
「ええと、それはどういう……」
 どう反応していいかわからず、リューニエ皇子は完全に硬直している。


 俺は彼の手を取ると、その小さな掌に寄せ木細工の一片をそっと載せた。
「薄氷を踏むがごとく、私に対しても用心なさいませ。おじいさまや父君がそうであられたように、殿下もドニエスクの男なのですから」
「は、はい!……あれ?」
 用心しろと言われて素直にうなずいているようでは、用心できているうちには入らない。


 俺は笑って自分の座席に腰を下ろしながら、ふと窓の外を眺める。
 父親か。
 ……先王様、俺は元気にやってますよ。
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