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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

212/414

過去を投げ捨てる男

212話


 北ロルムンドの光景は、予想通りのものだった。
 ほとんどの街や村は何の被害も受けていない様子だったが、エレオラ軍の攻撃を受けた城や砦の近くには戦いの爪痕が見られた。


 焼き払われた建物や畑がちらほらと見つかる。死体を大量に埋葬したと思われる広大な空き地もあった。
 手近な森からは大急ぎで木を大量に伐採した形跡があったり、川の橋が崩落していたりもした。
 どっちの軍によるものかはわからない。


「思ったよりは酷くありませんね」
 マオが馬上から見回しながら、そうつぶやく。心なしかホッとしている様子だ。
 俺も同感なのでうなずき返したが、ちょっとだけ付け加えておく。
「見えない部分で何かあったかも知れない。金品や人身に被害が出ていないといいんだが」


 するとマオは俺の顔をまじまじと見つめて、不思議そうに笑った。
「面白い方ですね、あなたは」
「そうか?」
「こんな遠くの異国の、しかも敵の領地ですよ。私が知っている限り、軍人というものは敵地の被害が大きいと喜ぶものですが」
 本質的には俺、軍人じゃないからな。


 俺は肩をすくめて、こう返しておく。
「人間同士の争いに興味はない。俺は人狼だ」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
 うまくごまかせただろうか。


 道中、治安維持のために駐留しているエレオラ軍とコンタクトを取りながら、俺はキンジャール城へと到着した。
 切り立ったとんがり山の上にそびえる立派な城が、ドニエスク家の軍事拠点キンジャール城だ。
 近隣の都市は全てドニエスク家のものだが、こちらはすでにエレオラ軍が制圧している。


 エレオラは最前線の包囲網にいると聞いたので、俺たちはさっそくエレオラの本陣を訪ねた。
「久しいな、ヴァイト卿」
 激戦をくぐり抜けてきたエレオラは、なんだか少し男前になっていた。美女に男前というのも失礼な話だが、そうとしか表現できない。


「武勲を重ねてまた一段と鋭さを増したようだな、エレオラ殿」
 俺は後方でのんびりしていたので、ちょっと申し訳ない気分になる。
 するとエレオラは苦笑した。
「何を言う。貴殿が後方で大暴れしているから、私も奮闘せざるをえなかったのだよ」
 そういうものかな。


 するとエレオラ派の若手貴族たちも続々と集まってきた。
 出陣のときには輝いていた鎧やマントは、今は擦り傷と汚れですっかり歴戦の風格を醸し出している。
「ヴァイト卿、お久しぶりです!」
「ウォーロイ皇子を捕らえる大手柄、おめでとうございます!」
「我々も貴殿に負けぬよう、エレオラ様をお守りしております」
 みんな精悍な顔つきになっているなあ。


 戦乱というのは平時では見えない一面が出てくるもので、彼らの中には敵将を一騎打ちで倒した者や、砦を攻め落とした者、ドニエスク派貴族を寝返らせた者もいる。
 逆に兵站や占領統治で手腕を発揮した者もいて、今後の人材起用の参考になりそうだ。


「皆、よくエレオラ殿下を補佐しているようだな。おかげで私も楽をさせてもらった」
 するとみんな、不思議そうな顔をしている。
 いや、ほんと楽だったよ? ウォーロイ皇子との戦いに専念できたのは、エレオラ軍が負けることはないと信じていたからだ。


「おい、レコーミャ卿……」
「ああ、わかってるよ。不覚だった」
「ヴァイト卿にとっては、どうもこれぐらいでは物足りないらしいな」
「もう一暴れしておけば良かったか」
 せっかく順調にいってるのに、無茶しないでくれ。


 するとエレオラが咳払いをして、俺にこう言った。
「また貴殿の悪い癖が出ているようだな、ヴァイト卿」
「悪い癖?」
 エレオラは俺にずいっと歩み寄り、困ったような顔をする。
「己の功績や立場、能力を過小評価することだ。むしろ、ますます酷くなっていないか?」


 俺にはあまり自覚がないが、同じことはウォーロイ皇子にも言われているし、よく考えたらずっと前に先王様にも言われていた。
「確かにまあ……皆そう言う」
「ならば少しは受け入れることだ。貴殿は少しぐらい、己を誇っても良いのだぞ?」
 うーん……。


 俺の場合、前世で得た知識と経験があるし、人狼の優れた能力もある。素晴らしい師と出会って魔法も覚えられたし、尊敬できる上司や同僚にも恵まれている。
 これだけあれば、誰だって同じことができるはずだ。
 いったい俺は自分の何を誇ればいいのだろう。
 わからん。


 エレオラはますます困った顔をして、溜息をついた。
「貴殿はどうも、自分の内側に自分なりの評価基準があるようだな。それも、恐ろしく厳しい評価基準が」
「そう……かもしれないな」
 俺の言葉にエレオラはうなずき、他の貴族たちを下がらせる。
「後ほど軍議を行う。それまでに各自の任務を終えておいてくれ」
「はっ!」


 俺と二人きりになったエレオラは、溜息をつきながらイスを勧めた。
「貴殿の生い立ちについては、私は他の者より多少詳しく知っている。だから言えるのだが、貴殿は私に隠し事をしていないか?」
 鋭い指摘に、俺はドキリとした。
 彼女は二人分の紅茶を用意しながら、ちらりと俺を見た。


「樹海の奥の隠れ里に生まれ、魔物から何度も里を守りながら魔法を修得する。その後に魔王軍に入り、交易都市リューンハイトの攻略と占領統治に成功。そうだな?」
「ああ」
 懐かしいなあ。


「そしてリューンハイトを魔王軍側に引き込み、最終的にはミラルディア南部を全て味方につけた。私は北部を味方につけようとしたが、それを阻止して捕虜にし、ミラルディアを統一した」
「そうだな」
 そこらへんは割と最近のことだが、ずいぶん昔のことのように思える。


 するとエレオラはまた溜息をついた。
「つまり貴殿の半生は連戦連勝だ。本来なら増長していてもおかしくはないし、そうでなくとも自身の功績や立場をもっと自覚しているのが普通だろう」
 改めて振り返ると、確かによくここまでうまくいったものだ。
 まあ俺の手柄ではないが。


 その瞬間、俺はエレオラに詰め寄られる。
「だから、そこでなぜ『自分の手柄ではない』と考えるのだ?」
「俺の考えを読むのはよせ」
 こいつ鋭いよな。


 しかしエレオラは追求の手を緩めない。
「貴殿の自己評価の低さ、それは過去に手ひどく打ちのめされ続けた者に特有の思考だ。だが私が知る限り、貴殿の経歴にそんなものはない。どこかちぐはぐで、帳尻が合わないのだ」
 うわ、こいつ俺の前世に迫ってきやがった。


 前世の俺は……いやもう思い出したくないからいいや。
 俺は背中に冷や汗をかきながら、こう答える。
「貴殿に嘘はつきたくない。だからそれ以上、訊ねないでくれ」
 適当にごまかすこともできるだろうが、エレオラの鋭い洞察力の前では無駄だろう。


 するとエレオラは少し悲しそうな顔をしたが、やがて微笑んだ。
「無用な詮索をしてしまったな。すまない」
「いや、俺のほうこそ」
 エレオラに真実を打ち明けて不都合があるとは思えないが、理解してもらうのは大変だろう。
 それにあまり思い出したくはない。


 エレオラは無言で俺の前にティーカップを差し出す。皇女殿下がわざわざ淹れてくれた紅茶だ。
「ありがとう」
 俺は湯気の立つそれを一口飲み、普段考えないようにしている色々なことに思いを巡らせる。


 エレオラはそんな俺を見て、こう言った。
「貴殿はおそらく、前しか見ていないのだろう。過去の勝利や栄光には興味がない。次に何をなすべきかだけ考えている。そういう男なのだと受け止めておくよ」
「……そう思ってくれると助かる」
 実際、過去を振り返っている余裕があまりないのは確かだ。
 今の戦いにしても、のんびりしている暇はない。


「そんな訳でエレオラ殿、俺は次になすべきことがある。リューニエ皇子の救出だ」
 するとエレオラは溜息をついた。
「ここに来ると聞いたときから、その可能性は考慮していたよ。救出したところで助命は難しいぞ?」
「わかっている。だがこれがウォーロイ皇子の協力をとりつける際の交換条件だった。今となっては反故にしても不利益はないが、貴殿の名誉のためにも約束は守らねばなるまい」


 ロルムンドの常識、いや俺の前世の歴史知識から考えても、リューニエ皇子を救う手だてはない。謀反人の嫡子だ。
 だがリューニエ皇子自身が何かした訳ではないし、彼にこの陰謀を止める手だてはなかった。
 それなのに死ななければならない。
 理不尽じゃないだろうか。


 俺は紅茶をぐいと飲み干し、悪役っぽくニヤリと笑ってみせる。
「なにより男系皇子の身柄を確保できれば、まだまだロルムンドに混乱を引き起こせるだろう? 俺はロルムンドに混乱をもたらすために来たのだからな」
 完璧な理論武装だ。
 俺は気の毒なお姫様を脅迫して隣国を混乱状態にしようと企む、悪の手先だからな。
 悪いこといっぱいするぞ。


 だがエレオラはなぜか、おかしそうに笑う。
「相変わらずだな、貴殿は」
 何が?
「貴殿はいつもそうだ。……だからこそ信頼しているのだがな」
 だから何が?
 エレオラは笑顔のままティーカップの縁を指先でなぞりながら、こう続けた。


「貴殿が決めたことなら、私に止められるものでもあるまい。盟友として協力しよう。オリガニア家から腕利きの法務官たちを召集する。世俗的なことは私に任せてくれ」
「ありがとう、恩に着る」
 ロルムンドでは表向き、エレオラが俺の上司になっている。
 彼女が協力してくれると大助かりだ。


 俺は立ち上がると、エレオラに告げた。
「この戦いが終わったら、次はアシュレイ派との争いが待っている。ドニエスク家の者を確保しておけば、貴殿のために役立つだろう」
 自分で言っててなんだけど、本当に役立つかな?


 どちらかといえば厄介事の火種にしかならない気がするが、がんばって役立ててみせよう。
 それがエレオラとウォーロイ、それにミラルディアに対する俺の責任でもある。
 責任ばかりどんどん増えていくから、過去なんて振り返ってる暇はないな……。
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