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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「ウォーロイ皇子の覚悟」

207話(ウォーロイ皇子の覚悟)


 俺は近衛の騎士たちと共に行軍を再開しながら、追撃隊の帰還を待っていた。
 ここでの戦いに、さほどの意味はない。
 敵を蹴散らすだけで構わんのだ。早く戻ってこい。


 近衛騎士の一人が兜の面当てを上げ、不安な表情で俺に言う。
「魔撃兵の強さは恐ろしいほどです。追撃を警戒し、私の隊がここに残りましょう」
 俺は笑ってその提案を一蹴する。
「その必要はない。全てにおいて万能な兵などありえん。守勢に強い兵は攻勢では弱く、籠城が得意な兵は追撃は苦手なものだ」
 魔撃兵は待ち伏せや籠城などが得意な兵科のようだ。
 何となくそんな気はしていたが、実際に戦場で使ってみんと、なかなかわからんものだな。


「あの夜襲で、ヴァイト軍にはかなりの数の魔撃兵がいることがわかっている」
 放たれた光弾の数を見た限りでは、守備隊における魔撃兵の比率は高い。そのぶん他の兵は少ないはずだ。
「だが追撃してきた敵は、一発の光弾も放つことはなかった。つまり魔撃兵は全て砦に温存されている。これ以上の追撃はないだろう」
 予想通り慎重に仕掛けてきたな。さすがはヴァイトというところか。
 あの男、派手な言動とは裏腹に用心深い。
 まるで狼だ。


 すると別の騎士が訴えかける。
「しかし殿下は全軍の大将です。どうかお急ぎください。我らは後方を守りながらお供します」
「いや、お前たちがいないと素裸で戦場をうろついている気分でな。鎧だけ置いて先には進めん。共に行こう」
「殿下……」
 いちいちしんみりするな。戦場だぞ。


 俺は伝令兵に命じる。
「先行隊に警戒を解かせ、歩度を上げるよう命令しろ。今なら追撃を受ける心配はない。行軍速度を優先させ、日没までにボリシェヴィキ領に入る」
 ボリシェヴィキ公は俺の従兄で、先行する部隊にはボリシェヴィキ公の弟もいる。
 どこの街に立ち寄っても、まともな飯と寝床にありつけるだろう。


 そのとき、北から誰かが馬で駆けてきた。
 我が軍の将、ジョヴツィヤだ。俺の母方の従弟でもあり、そしてボリシェヴィキ公の弟だった。
「ウォーロイ! ウォーロイ、大変だ!」
「どうした、なんで戻ってきた! お前の槍隊は!?」
 するとジョヴツィヤは俺の横に馬を並べ、息を切らしながらこう言った。


「兄上が! ボリシェヴィキ公が寝返った! いや違う、エレオラに降伏したのだ!」
「なんだと!?」
 おい、冗談じゃないぞ。
 ボリシェヴィキ家は我がドニエスクの姻戚、俺の母と祖母の実家でもある。
 絶対に裏切ることはないと信じていたが、どうやら俺が甘かったようだ。


 考えてみれば、我がドニエスク家はどう言いつくろっても逆徒だ。大義などない。
 大義がない以上、勝ち続けることで価値を証明し続けるしかない。そうでなければ人は離れていく。
 俺が紅雪城攻略で大敗した時点で、兄貴の野望は潰えたといってもいい。
 全ては俺の責任だ。


 ジョヴツィヤは下馬して、俺に平伏する。
「すまん! 兄上はおそらく、命惜しさにエレオラに膝を屈したのだ! 俺の槍隊六千は撤兵を命じられ、領内に帰還中だ!」
 まずい、まずいぞ。
「ジョヴツィヤ、顔を上げてくれ。その兵はボリシェヴィキ公の兵だ、仕方ない。だがボリシェヴィキ領の通行は許可してくれるだろうな?」
「それが……」
 従弟の悔しそうな顔を見て、俺は全てを察した。


 俺たちはもう、北に帰ることはできない。
 安全にドニエスク領に帰るには、ボリシェヴィキ領を通過するしかない。この街道を守るのがボリシェヴィキ家の役目だからだ。
 それがエレオラに降伏した今、俺たちは北への退路を断たれたことになる。


「すまん! かくなる上は俺を斬れ! 兄上の目を覚まさせるのだ!」
「落ち着けジョヴツィヤ、それだと逆効果だ」
 責任感が強いのはいいことが、ここで従弟に死なれたら寝覚めが悪い。
「ボリシェヴィキ公が悪いのではない。家名を守るためだ。お前も兄君に従い、家名を守れ。貴族には家臣と領民を守る責任がある」


 ジョヴツィヤは顔を上げ、俺を見る。
「それは……そうだが、ではお前はどうするつもりだ?」
「決まってるだろ。俺も家名を守るだけだ」
 俺は無理して笑ってみせたが、さてどうしたものか。


 二万の兵のうち、六千が脱落して残り一万四千。補給のあてはなく、行軍の安全も保証されてはいない。兵は疲弊する一方だ。
 もはやエレオラ・アシュレイ連合軍と戦える状態ではなくなっている。
 このまま北進し、槍隊不足のいびつな軍で戦っても、戦場のおてんば娘エレオラが相手では勝てる気がせんな。
 昔は天使のように可愛かったのに、とんだ戦天使になっちまいやがって。


 もしボリシェヴィキ領で戦闘になれば、ボリシェヴィキ公が領内の治安維持を口実にエレオラ軍に参戦しかねない。
 そもそも撤退のタイミングでエレオラ軍に降伏というのは、話ができすぎている。
 おそらくもっと早い段階から、エレオラと内通していたはずだ。すぐには寝返らず、ボリシェヴィキ兵を安全に撤退させられる機会を狙っていたに違いない。
 だとすれば間違いなく、この先にはボリシェヴィキ公の罠が待ち受けている。


 北に進むことはできなくなった。進めば間違いなく死ぬ。
 かといって、帝都に侵攻もできない。精鋭かどうかはわからんが、とにかく帝都には七万もの敵がいる。
 兵を呼び戻して、クリーチ湖上城へ撤退するしかないか。
 それにあそこには守備隊と傷病兵が五千ほどいる。あいつらを見捨てることはできん。


 決断は早いほど良いな。俺は近衛騎士たちに命じる。
「伝令を送れ! ただちに全軍を反転させ、クリーチ湖上城に退却させろ! このままではエレオラ・アシュレイ連合軍に野戦で擦り潰される。籠城し、兄上の援軍を待つのだ!」
 期待はできんがな。
 だがひとつだけ、俺にも勝利に近づく道がある。


「近衛隊は俺に続け! 味方の退却時間を稼ぐと共に、機をみてヴァイト卿を討ち取る!」
「ははっ!」
 あいつがいなくなれば、魔撃兵も本来の強さは発揮できまい。
 あの珍妙な雪の城もあいつの考えに違いない。このまま好きにさせておくと、次は何をしでかすかわからん。ここで討ち取るしかない。
 最前線好きなあいつのことだ、まだあの森の中にいるだろう。 


 帝都に集結したアシュレイ軍は動きが鈍く、湖上城周辺には布陣していない。
 ヴァイト軍を蹴散らし、一時的にでも湖上城周辺に戦力の空白地帯を作れば、まだ何かできるはずだ。
「我らには血潮みなぎるこの体と、猛る軍馬、鋭い槍に堅固な鎧まである! これだけあれば何とでも戦えよう! 紅雪将軍ヴァイトを討ち取り、武名を轟かせる好機だ!」
「おお!」


『最後まで諦めなかった者だけが、最後まで戦える』
 単純にして明快な、親父の遺訓だ。
 さあ、やるぞ。
※明日1月31日(日)は更新定休日です。
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