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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「脱走兵と雪洞」

204話(脱走兵と雪洞)


「いやね、俺たちもウォーロイ殿下には御恩はあるんだよ」
 湖上城から逃げ出した俺の言葉に、俺の戦友たちもうんうんとうなずいている。
「殿下はいい方だ。気さくだし、話はわかるし、気前もいい」
「でもなあ」
 戦友の言葉に、俺はしみじみと溜息をついた。
「このまま死にたくはないんだよ……」


 俺たちの話し相手は、穏やかな表情の若い男だ。ここは彼とその仲間たちの雪洞。カンテラの灯が揺れながら中を照らしている。
 不寝番をしていたこの男は行商人らしく、売り物っぽいベーコンの塊を炙って分けてくれた。
 俺たちは湯気の立つそれを糧食のパンに挟んで、夢中で頬張る。
 やっと生きた心地がしてきた。


「死ぬならどうせ、戦う意味のある場所で死にたいよな」
 そう言ったのは、若い男だ。
 いいこと言うじゃないか、こいつ。
「そうなんだよ。ドニエスク家がロルムンドの覇権を握れる戦いっていうなら、俺たちだって故郷のために戦うさ」
「実際、俺たちゃあの紅雪城に恐れず立ち向かったんだ」


「紅雪城?」
 若者が不思議そうに首を傾げたので、俺たちは顔を見合わせる。
 思い出したくもねえ。
「エレオラ殿下の副官にな、異国の武将がいるんだよ。そいつが今、湖上城の近くに雪を固めて城を作ってるんだ」
「ほほう」


 あの夜の恐怖を、俺は絶対に忘れない。あれより恐ろしい体験は、もう二度とできないだろう。
「雪の城だっていうから簡単に潰せるかと思ったら、北ロルムンドの猛吹雪みたいに魔法が飛んできやがるんだ」
「そうそう! 魔撃杖っていう新兵器なんだが、ムチャクチャな勢いでな。俺たちの小隊長、胸から上がなくなっちまったよ」
 もう思い出したくもない。


 若い男はじっと考え込み、真顔でうなずく。
「大変だったんだな、あんたたち。……ほら、酒もあるよ。生き残れたお祝いだ、飲みな」
 東ロルムンドの地酒、砂糖大根酒だ。こりゃあ珍品じゃないか。
 あっちは何でも甘いらしいから、これもとろけるような甘口に違いない。疲れた今は甘口が恋しい気分だ。
「へへ、悪いな」


 ここは街道沿いの空き地だ。雪洞でしのいではいるが、何か体を温めたいと思っていたところだ。
 甘みの強い砂糖大根酒をぐいぐいやって、塩気の効いたベーコンをつまみにさらに呑む。
 戦場からはかなり離れたし、しみじみと人間らしい気分が戻ってくる。
 ああ、急に故郷が懐かしくなってきた。


 気前のいい若者は、マグカップに酒を注ぎながら訊ねてくる。
「あんたたちみたいに逃げてくる兵隊さんは多いのか?」
「ああ、敵は城を包囲してないからな。逃げるなら今しかない」
「今しか?」
「アシュレイ殿下が本気を出したんだよ。七万の精鋭がこっちに向かってるって話だ。そしたらまた包囲されちまう」


 イヴァン様が勝てばいいが、負けたら俺たちは逆賊だ。捕まったらどうなるかわからないし、そもそも捕虜になれるかどうかもわからない。
 それなら今のうちに逃げて、故郷の村で知らん顔してればいい。出征なんてしてませんと言い張れば、それで通る。村の連中も口裏を合わせてくれるだろうしな。


 そんな話を聞かせてやると、若者は楽しそうに何度もうなずいた。
「なるほど、確かにそうだ。偉い人たちがどうなろうが知ったこっちゃないよな。自分の生活と安全が第一だ」
「そうとも。俺たちはもう、十分戦ったんだ」


 俺の言葉に、戦友たちもうなずく。
「紅雪城の悪魔とも戦ったが、生き延びることができた。もうたくさんだ」
「あいつ、帝都じゃ決闘卿とか呼ばれてるイカレた野郎らしいぜ。無類の決闘好きで、誰もあいつを倒せないらしい」


「噂じゃ人間じゃないとか」
「ああ、エレオラ殿下が奴隷山脈の向こうで契約した、戦争の悪魔じゃないかって言われてる」
「奴隷山脈の向こうは恐ろしいところらしいからな。三百年前に逃げた奴隷どもも、あっちで地獄を見たらしいし」
 俺たちは夢中になってしゃべったが、人の好さそうな若者は笑ったり沈んだ表情をしたり、なんだか忙しいな。


 俺たちの話を聞いた若者は、ふと訊ねてくる。
「そいつの名前は?」
「なんだっけ、ヴァ……ヴァイチェ? いや、ミラルディア風だから……ヴァイト?」
「そう、それだ。決闘卿ヴァイト!」
「血塗れの悪魔、紅雪将軍ヴァイトさ!」


 俺たちはその後も飲み食いして、すっかり歓待されてしまった。
 でもここはこの若者と、その仲間たちの雪洞だ。
「そろそろ行くか」
「そうだな。夜通し歩いて、この先の宿場街まで行くことにしよう」
「肉と酒、ありがとな。売り物なんだろ? これ少ないんだけど、代金代わりに取っといてくれよ」


 俺たちは銀貨を差し出したが、彼は受け取らなかった。
「金なんていいんだよ。困ってる人間を助けるのは当たり前だろ?」
「お前……いいヤツだな。そういや名前聞いてなかったな」
 すると若者は微笑み、俺たちに先立って雪洞の外に出た。見送ってくれるらしい。


 そして彼は言った。
「俺の名前はヴァイトだ」
 俺たちは一瞬黙り込み、それから顔を見合わせる。
「ヴァイト?」
「なん……?」
 冗談のつもりか?


 次の瞬間、俺たちは猛烈な勢いで背後から羽交い締めにされていた。
 若者の連れだ。寝ていると思っていたのに、いつの間に起きてたんだ!?
「えっ!? いや……なんだ!?」
「どういうことだよ!?」
 冗談としか思えないが、俺たちを取り押さえる腕力は本物だ。
 こいつら、明らかに何かの訓練を積んでいる。


 そしてヴァイトと名乗った若者は、無邪気に笑ってみせた。
「肉と酒の代価といってはなんだが、もう少し話を聞かせてもらえないかな?」
 嘘だろ、オイ。
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