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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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師匠ふたたび

20話


 俺は城壁の監視塔の陰から、そっとユヒト司祭を見送った。
 彼は紛れもなく敵であり、そして愚かな策謀を巡らせた人物ではあるが、俺には彼を憎むことができない。
 俺たちみたいな怪物に街を占領されたら、無茶な方法でも街を取り返そうとする連中が出てくるのはわかる。


 ま、ユヒト司祭は大丈夫だろう。
 彼には太守アイリアの公式な使者としての身分も与えてある。現役の聖職者でもあるし、路頭に迷う心配はない。
 あの面倒くさい爺さんは故郷のトゥバーンに厄介払いして、しばらくおとなしくしててもらおう。
 隣にいるモンザが不満そうな顔をしているが、無視だ無視。


「今からちょっと行って、殺してきちゃダメかな?」
「ダメだ」
 俺はモンザの頭をわしづかみにすると、ぐりぐり力をこめる。
「人間は弱いが、殺すと面倒なんだ。ほらあれだ、蜂みたいなもんだ」
「ああ……蜂、怖いよねえ」
 モンザは子供の頃、熊の真似をしてミツバチの巣を壊して大変な目に遭ったことがある。
 納得してくれたようだ。


 俺は塔のてっぺんから飛び降りると、そのまま街の大通りを歩き始める。モンザもそれに続いた。
 俺は近くの屋台で串焼きを二十本ほど買って、労をねぎらうためにモンザに半分やる。
「ま、これで輝陽教徒もおとなしくなるだろ」
「ふーん。あ、このタレおいしい」
「この甘ダレは、醸造させた豆を使ってる感じだな」
「隊長、料理詳しいの?」
「食べるの専門だけどな」
 懐かしい醤油の味にそっくりだったとは、彼女には言えない。


 その後は俺の読み通り、輝陽教は一気におとなしくなった。
 理由は簡単だ。長であるユヒト司祭の不在だ。
 彼は太守の命で、使者としてトゥバーンに赴いている。まあもう二度と帰ってこないだろうが、それでも彼が指導者だ。
 ユヒト司祭が不在の間、彼らは重要な決定を下すことができない。
 かといって新しい指導者を立ててしまうと、ユヒト司祭が戻ってきたときに面倒なことになる。
 だから彼らは、永遠に戻ってこないユヒト司祭を待ち続けるしかない。


 太守のアイリアはさすがに何か感づいたらしく、「ユヒト司祭と面会した夜に何かあったのですか?」と質問してきた。
 だが彼女に真実を教える義務はない。今回狙われたのはリューンハイトではなく、我々魔王軍だ。
 だから俺はこう返事しておいた。
「鳩の話をしただけだ」
 アイリアが怪訝そうな顔をしたので、俺はこう付け加えておいた。
「彼は実に人間味のある人物だったよ」
「それはそうでしょうけど……」
 彼女はますます怪訝そうにしていた。
 いつか全てを話せる日まで、今はこれで我慢してもらおう。


 そんな訳で、俺たち魔王軍に不満を持つ輝陽教徒も、教団として何かすることはできなくなってしまった。
 俺がやりたかったのは、こういうことだ。
 敢えて殺さない方が効果的にダメージを与えられるというのは、前世で読んだ小説に書いてあったからな。


 一時は不安がっていたリューンハイト市民も、輝陽教のユヒト司祭が使者として派遣されたことで、かなり安心したようだ。
 それから十日もしないうちに、城壁外での戦闘は過去の出来事として日常に埋没してしまった。
 狙い通りだ。


 執務室で俺が謀略家気分で悦に入っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
 俺が返事すると同時に、とんがり帽子のちびっこが室内に出現する。
 師匠だ。
「なんですか、いきなり!?」
「今ノックしたじゃろうが」
 よけいに驚くだろ。


 大賢者と名高い死霊術師ゴモヴィロアは、ふわふわ浮きながら俺に近づいてきた。
「ところで、小競り合いがあったようじゃの」
「報告の通りです」
 戦闘後すぐに犬人兵の伝令に報告書を送らせたから、トゥバーンの義勇兵を壊滅させたことは伝わっているはずだ。


「お借りしてる骨槍隊、少し損害受けちゃいました」
 二千の骸骨兵は敵歩兵三百五十を完全殲滅するまで戦わせたので、かなり激しい抵抗を受けてしまった。
 それでも倒されたのが百余りというのは、やはり数と質の差だろう。これなら無傷に近いと言ってもいい。
 また次の防衛戦に使うために、西の森に隠しておいた。


 もっとも師匠は不満そうだ。
「また一日がかりで補充兵を作らなくてならんのう……」
「いいじゃないですか、おかげで人狼も犬人も一人も死なずに済んだんですし」
「死霊術を使わんヤツは、すぐそういうことを言う」
 見た目が子供だから、まるっきり駄々をこねているようにしか見えない。


 それよりも、追加の報告をしておかなくてはいけない。
 俺は今回の戦闘が輝陽教のユヒト司祭の陰謀であることと、彼を追放したことを詳しく説明した。
「なるほどのう。ま、おぬしらしいやり方じゃ」
 説明を聞いた師匠は、うんうんとうなずいている。


「指導者の不在によって動きを封じる策か。ちと回りくどい気もするがのう」
「師匠だって、同じようなことするでしょう?」
「まあそうじゃが、部下たちの不満を抑えるのが面倒じゃからな。状況による」
 師匠はそう言って、俺の顔を見上げた。


「おぬしは人間のわしよりも、人間臭い物の考え方をしておるようじゃな」
 ニヤニヤ笑う師匠。まさか俺が前世の記憶を持っていることを、見抜いているんじゃないだろうな。
 生と死の秘密に通じた師匠になら真実を打ち明けてもいいが、今度は俺が前世を過ごした世界の説明をしなくてはいけなくなる。
 今はまだ、その時期ではないと思う。


 師匠はまだ俺の顔をじっと見ていたが、やがて小さく肩をすくめた。
「ま、わしの教育を受けておれば、人間臭くもなるというものじゃ」
「そ、そうですね」
 師匠はそれ以上追求せず、今度は屈託のない笑顔を向ける。
「いずれにせよ、よくこの街を守った。その後の処理も上出来といえよう」
「あ、ありがとうございます」
「じゃから安心して、魔王様に申し開きしてくるがよい」
「え?」
 俺は周囲の景色が歪み、渦巻いて消えていくのを呆然と見つめていた。
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